ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

62 / 69
第二段階

 

 木ノ葉病院の待合ホールは怪我人で埋め尽くされていた。椅子もベッドも足りず、床に寝かされたり座らされたりと、まさに足の踏み場もない状態だ。

 その上さらに、戦闘で負傷した忍たちが次から次へと運びこまれる。

 サクラはそこで、綱手の弟子としての責務を果たさねばならなかった。

 ここも一つの戦場だった。

 その殺伐とした状況で、不意に柔い声がかけられた。

 

「サクラちゃん」

 

 振り返ると、白い入院着を土埃で汚した姿のナナが居た。

 

「ナナ?!」

 

 ナナは表情のないままに、用件だけを言った。

 

「クナイを一本貸してくれる? メスでもいい」

 

 サクラの脳で、ナナの姿はパズルになっていた。

 今朝病室を訪れた時、ナナはまだ目を覚ましていなかった。重度の貧血から回復の兆しはまだ見られなかったはずだった。

 そしてこの凶事が起きた直後、マニュアルに従って各病室に駆けつけた担当の医療忍者から、すでにナナのベッドは空っぽだったと先ほど報告を受けていた。

 そのナナが、目の前に居る……。

 

「クナイってどういうこと?! あんたも早く避難所へ……」

「避難所なら大丈夫」

 

 ナナはサクラの言葉を遮り、淡々と言った。

 

「結界を張って、私の式神に護らせた。避難所への通路も来る途中に結界で護りを固めて来たから」

「そ、そう言うことじゃなくて……!」

 

 避難所の心配ではなく、ナナの身体の心配を……それを伝えようとしたが、ナナはまた言葉遮って、機械のように説明した。

 

「さっきシカマルにも心配されたけど私は大丈夫。私が木ノ葉へ来たのは、里の人たちを護るためなんだから、そのための術の修行は十分してる」

「修業……?」

「今は戦う力が足りなかったとしても、戦えない人たちは護れる。そういう術を習って来てるから大丈夫」

 

 そして手を差し出した。

 

「ここにも結界を張るから、クナイを貸してほしいの」

 

 クナイと結界……それがどう結びつくのかサクラにはわからなかった。

 だが、差し出された方と反対の手を見て気づいた。

 そこからは、血がポタポタと落ちていた。

 

「ナナ、その怪我……!」

 

 サクラはそっちの方へと手を伸ばした。が、ナナはそれすらも遮った。

 

「サクラちゃんのチャクラは怪我した人たちのために使って」

 

 サクラの周囲は重症者で溢れている。

 確かに、彼らを救うためのチャクラは貴重だった。

 

「でもっ……」

「少しでも多くの人を治療しなくちゃ」

「ナナ……!」

「それがサクラちゃんの役目でしょう?」

 

 ナナはやっと“人”らしい表情を見せた。

 サクラは諦めてクナイを一本手渡した。

 護るためなら命を惜しまない……その気持ちはよくわかっていた。

 自分が同じ状態でも、じっと大人しくしてなどいないだろう。

 

「ナナ、無理はしないで」

 

 冷たい金属に想いを込めた。

 

「わかってる」

 

 それが伝わったかのように、ナナは少し笑った。

 

「大丈夫、そんなに難しいことじゃないから」

「ナナ……」

 

 立ち上がり背を向けたナナは、儚げでも凛としていた。

 

「それに……私はまだ死ねない」

 

 サクラはその背をまっすぐに見上げた。

 そして次の瞬間、聞こえて来たのは……。

 

 

「サスケが来るまでは死ねないから」

 

 

 「意味がわからない」と判断するのに時間がかかった。

 

「え……?」

 

 やっと短く聞き返した時、すでにナナの姿は消えていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 目が覚めたのは、たくさんの“声”が聞こえたから。

 その主は、この里に留まる“見えない者たち”だった。

 「急げ」「目を覚ませ」「里を護れ」「愛する者を助けてくれ」……。そんな彼らの声に耳を傾けた時に目が覚めて、この惨状を知った。

 窓の外に立ち上る煙や次々に壊れていく建物。そして、身体に感じる地響き。

 それは信じがたい光景だった。

 「何故またこの里にいるのか」「あの海からどうやって戻ったのか」一瞬そう思ったが、追及する気は逸れた。

 これから何をしなければならないのかが、自動的に頭の中に浮かび上がった。

 この里に来る前に、身体にしっかりと刻み込まれていたからだった。

 そして、いつかはこうなるという予感もあった。

 あの時……波打ち際でサスケの意志を聞かされた時から、この時が来ると知っていた。

 

 点滴を引っこ抜き、ベッドから降りて、窓を開けた。

 土埃の匂いが木の葉中に巻き上がっていた。

 手をかざすと、ピリピリと張り詰めた空気を感じた。

 空は鳴いていた。この里の平和が終わったことを嘆くように……。

 だが、この現状は“予感”とは違っていた。

 

「ちがう……」

 

 ナナは呟いた。

 

 

「……サスケじゃない……」

 

 

 安堵したのか失望したのか……。

 自分でもどちらかわからなかった。

 

 

 

 その、安堵か失望かわからないものをぶら下げたまま、ここまで来た。

 シカマルもサクラも、とても心配してくれていた。

 だが、その想いは風のように身体を通り過ぎるだけで、心を揺らしはしなかった。

 ただやるべきことをやるだけ。使命を果たすだけ。それだけで良いはずだった。

 

 木ノ葉病院の屋根の上は、意外にも静かだった。階下の惨状や、向こうの喧騒とは切り離されたように。

 ナナはサクラから借りたクナイを左の手のひらに突き立てた。

 塞がりかけた傷口から、新しい滴が乾いた屋根に落ちた。その円がある程度まで大きくなると、指で広げるようにして紅い星を描く。

 そして、両手を組んで呪文を唱えた。呪文はスラスラと淀みなく口から零れた。四つか五つのときに覚えて以来、一度も忘れたことのない呪文だった。

 五分もかけてそれを唱え終えると、術は難なく発動され、木ノ葉病院は結界に包まれた。

 ナナは立ち上がり、ひとつ溜息をついた。

 プログラムは第二段階まで完了した。

 次の第三段階は“敵”をくい止めている木ノ葉の忍を撤退させること。

 その次は“敵”と一対一の状況を作り出すために、“敵”と自分だけの空間を結界で作り出すこと。

 そこまで終わらせた時、いよいよ“敵”と対峙する……。

 その全ては、“敵”=“九尾”を想定してのプログラムだった。

 今回、想定とは状況が異なる。

 が、ナナは“敵”が“九尾”でなくても出来る限りそれを遂行するつもりだった。

 この身体で、できるところまで……。

 それは決意というより、本能というほうが正しかった。

 決意とか使命とか……想いとか……。そんなことを考える気力はない。

 幼いころに身体に叩き込まれたことを、無意識的に機械のように……“道具として”実行する方が楽だった。

 ただ、死ぬわけにはいかなかった。

 サクラに言ったように、まだ死ねない。

 この襲撃が、“サスケでない”のなら……。まだ死ぬことはできない。

 サスケが“来る”までは……まだ……。

 

 ナナは再び吐息をついた。

 敵が口寄せした巨獣がすぐ近くで暴れていた。

 

 まずはあれから……

 

 そう思った時、急に体から力が抜けた。ガクンと膝が折れ、屋根の上に手をつく。指の先まで震えていた。

 そのわけは……。

 

「そんな……」

 

 目覚めてから初めて心が揺れていた。

 魂の行方を知ることができるナナの血が、それを伝えていたのだ。

 

「カカシ……せんせいっ……」

 

 カカシの魂が、この世から去ったことを。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。