ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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刻印

 

 目を開いた瞬間、自分がどこにいるのかわからなかった。

 とりあえず何かが動いた気配を感じて足元を見下ろすと、膝の辺りまで温い水に浸かっていた。

 いつの間にか、白い袴を身にまとっていた。

 生暖かい風が髪をさらった。

 それが吹いてきた方を向こうとした時、頭上から声が響いた。

 

「やっと来たか、和泉の姫」

 

 腹を揺さぶる、低く、しわがれた大きな声。

 それは、聞いたことのない声だった。が、知っているような気もした。

 ナナは黙って振り仰いだ。

 薄暗い空間の向こうに、星のように妖しく光る目が二つ。

 暗がりに目が慣れるまでもなかった。

 

「九……尾……」

 

 ソレは聞かされていた通りの姿をしていた。おぞましく、醜悪で、狂気すらまとっていた。

 

「九尾……アナタは……」

 

 が、初めてわかったこともあった。

 

「アナタは……()()()()()でできていたの……?」

 

 九尾はナナを見下ろして、にやりと笑った。

 

「そうだ……。今ならわかるだろう? 和泉の姫」

 

 そこから感じられるのはただの悪しき“気”ではなく……、激しい『憎しみ』、深い『恨み』、そして『嫌悪』『絶望』『殺意』『苦しみ』……闇の気配だった。

 

「ワシを封じに来たか?」

 

 九尾の目が妖しく光った。

 

「あのガキのタガはもうすぐ外れる。そうすれば、ワシを閉じ込めるのはお前の役目だ」

 

 言葉に反して、九尾は楽しんでいる。

 不気味な狂気を感じ、ナナは胸に手をやった。目の前のモノを封じ刻印があったはずの場所を探した。

 

「ワシをその身に封じればいい」

 

 それを見て、九尾はそう誘った。

 

「私はもう“刻印”を持たない……。だから……アナタを封印する力はない」

 

 産み出された目的が消滅したことを、鼻先に精一杯突きつける。

 自分を倒す力がないと宣言されて、九尾は笑った。

 しかしそれは、天敵が“必殺技を失ったただの人”となり下がった……という理由ではなかった。

 

「和泉の姫……お前ならば“刻印”などなくとも、このワシを封印できるはずだ」

 

 九尾は己が喜ぶべき事態に、全く逆のことを言ってのけた。

 嘘だ。そんなわけがない。

 ナナはそう言おうとして留まった。

 嫌な予感が背をつたった。

 

「ただのヒトが“人柱力”になれるのに、和泉の姫ができないわけがないだろう?」

「え……?」

 

 その言葉は、ナナの根幹を揺るがす。

 

「お前が産み出されたあの日から、お前とワシはともに生きる運命なのだ」

「共に生きるって……ど、どういう意味……?」

 

 ナナの目には、もう九尾の妖しい光しか映らなかった。

 

「お前がワシを封じることで、ワシとお前はひとつの存在として生まれ変わる」

 

 が、九尾はナナの恐れに構わず悦に入った。

 

「“今の”お前となら、この世に敵うモノがないほどのチカラを手にできるだろう」

 

 九尾は笑い、口が耳まで裂けた。その妖気はとっくにナナを包み込み、意識まで束縛しようとしていた。

 

「私と、九尾が……ひとつの存在に……?」

 

 戯言……と言い聞かせようとしても、言葉は見つからなかった。新たに疑問を投げかけようとも、その答えが恐ろしかった。

 ナナはグッと喉に力を込めた。何か言えば、意識を囚われそうだった。

 

「さぁ、ワシを封じろ、和泉の姫!! あのガキが、もうすぐ自ら封印を解きに来る」

 

 巨大な体を揺さぶって、九尾は笑った。

 

「ナ……ルト……」

 

 ナナは精一杯、信じたはずの存在を思い浮かべた。

 

「ナルトは……」

 

 こんな日が来なければいい……きっと来ない……そう思って過ごした木ノ葉での日々。

 まっすぐで、まぶしくて、強く惹かれた存在だった。

 救われた。自分の使命を忘れられた。

 だから、

 

「ナルトは封印なんて解かない!!!」

 

 ついに、ナナは叫んだ。

 

「ナルトはっ……アナタの声なんか聞かない!!!」

 

 絡みつく醜悪なチャクラが途切れた。

 

「ナルトがもしここへ来ても……私が止める!!」

 

 九尾も一瞬、瞬きした。

 

「アナタを絶対に開放しない!!!」

 

 が、

 

「お前がナルトを“止める”だと……?」

 

 九尾は今までで一番高らかに鳴いた。

 そして、

 

 

「ではなぜ、お前は“コチラ側”にいる?」

 

 

 そう言った。

 

「え……?」

 

 ナナは後ろを振り返った。

 巨大な九尾の身体を閉じ込める柵が、巨木のようにそびえていた。

 

「こ、ここは……」

 

 そう、そこは九尾の『檻の中』。

 

「なんで……?」

 

 九尾を封じる使命を持った自分が、何故檻の内側に居るのか……。

 疑問はすぐにまた恐れと直結した。

 

「お前とワシはひとつになる運命だと言ったはずだ」

 

 恐れに染まった心が、知らずと九尾の言葉に呼応した。

 

「もう楽になれ……どうせお前に今のナルトは止められない」

 

 耳から心へ、そして脳へ……九尾の言葉はナナの深みへと侵攻していく。

 

「お前もわかっているはずだ、何故、封印が解かれようとしているのか」

 

 言いながら、九尾はナナの後ろへと視線を向けた。

 操られるように、ナナも後ろを振り返る。

 柵の向こうに、見慣れた影が立っていた。

 

「ほら……来たぞ」

 

 九尾は小さくほくそ笑んだ。

 

「感じるだろう? 和泉の姫」

 

 ナナは、檻の前にフラフラと立つ「ナルト」に息を呑んだ。

 

「あのガキの、混乱や憎しみを……!!」

 

  「ナルト!!」

 

 その名を叫んだ。が、また声を失っていた。

 走り寄ろうとも、膝を曲げることすらできなかった。

 

『なんでだ……?!』

 

 逆に、ナルトの声が聞こえた。

 

『なんでこうなっちまうんだよ……?!』

 

 激しい感情も伝わって来た。

 

『苦しい……』

 

 混乱と苛立ち、絶望、嫌悪、憎しみ……ぐちゃぐちゃに混ざったそれは、受け止めるのに耐えきれるものではなかった。

 

『イヤだ……』

 

 次第にそれが己の奥深くにあるものと同調するのを感じた。

 それも、止められるものではなかった。

 

『オレってばどうすればいい?!』

 

 ナナは何もできなかった。

 つい先ほど、「ナルトを止める」と言った矢先であるのに、声のひとつも出ない。

 

『誰か助けてくれ!!』

 

 弱い言葉も、諦めも……とても似合わぬ姿を見せつけられても、何もできなかった。

 

『誰か答えを教えてくれ!!』

 

「全てを壊せ」

 

 代わりに、九尾が言った。

 

「ワシに預けろ」

 

 薄暗い空間に、星のように妖しく目を光らせて。

 

「お前の心を、全て」

 

 そうナルトを誘った。

 

「そうすれば、お前を苦しみから救ってやる」

 

 甘い誘いだった。

 ナルトにとっても、そしてナナにとっても。

 

「ぐっ……!!」

 

 九尾の誘いに答えるかのように、ナルトの腹の封印式が壊れた。

 

「そうだ……それでいい」

 

 頭上の声は満足げだった。

 

「ナルト!!」

 

 何が起ころうとしているか、もちろんわかりきっていた。

 だから、ナナは本能のままに叫んだ。

 が、やはり己の声は聞こえなかった。足も、その場に根をはやしたかのようにピクリとも動かなかった。

 

「ナルト!! ダメだよっ!」

 

 精一杯叫んだ。喉に痛みも感じていた。

 それでも、声は出なかった。

 

「さあ こっちに来い」

 

 反対に、九尾はますます饒舌になる。

 

「この封印の札を引き千切れ!」

「ダメだよっ、こんなのっ!!」

 

 届かぬ声に意味はなく……ナナの目には、誘われるがままにこちらに近づいて来るナルトの姿が映った。

 

「ナルト! 来ちゃだめ!!」

 

 ナルトの意識は消滅していた。

 反対に、憎しみの感情がナナの意識になだれ込んでくる。

 

「ナルト……!!」

 

 必死で言葉を探した。届かなくとも、彼を止める言葉を探した。

 

「…………」

 

 が、見つからなかった。

 頭上で九尾が喉を鳴らした。

 ナルトの手が、檻に張られた札にかかった。

 もう、ナナの脳は、その先に起こることを受け入れようとしていた。

 

「…………!」

 

 と、その時……。突然白い影が現れてナルトの手を掴んだ。

 そしてそのまま、ナルトを九尾から引き離した。

 

「お、お前は!!」

 

 ナナより先に、九尾が反応した。

 怒りの火花が、頭上から落ちた。

 同時に、ナルトの目に色が戻った。

 

「火影……様……?」

 

 現れたのは、“四代目火影”だった。

 

 

 

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