「弥彦と長門が私の全てだった」
全てが終わった後、二人の亡骸を紙で包み、小南は言った。
「弥彦と長門……、二人の夢がお前に託されたのなら、これからはお前が二人の夢だ」
彼女の目に涙は無かった。まっすぐにナルトを見つめていた。
「長門がお前を信じたのなら、私もお前を信じよう」
そして柔く笑みながら、ナルトの背後に立つナナに視線を向けた。
ナルトは強くうなずき、ナナを振り返った。
ナナの表情は、小南とは対照的だった。
「どうして……?」
ナナから発せられる陰のこもった声に、ナルトは背筋が冷えるのを感じた。
瞬間、ナナは力を失って膝をついた。
「ナナ!?」
ここに来る前からナナの体力は限界だった。
ナルトがペインと戦っている間、ナナが何をしていたのかは知らない。
だが、ナナは傷ついた身体で戦ったのだ。足りない血を流し、安静にしていなければならない者が身に付けるはずの入院着をボロボロにして……。
「ナナ……大丈夫か?!」
ナルトが着せた上着を通しても、肌の冷たさが伝わって来た。
「どう……して……?」
が、ナナはナルトを見ず、泣きそうな顔で小南を見上げたまま言う。
「アナタは……裏切られて大切な人を失い……今、もう一人の大切な人に
小南の表情も変わった。
「どうして、まだ『信じる』ことができるの……?」
「ナナ……」
「お前……」
たった今、長門を失った小南よりもっと深い闇に、ナナは居る。
そう思った。
「大切な人を傷つけられ、殺されて……、
暗い場所から湧き出る言葉を吐き出しながら、ナナは徐々意識を手放していく。
「アナタは……まだ信じ……られるの……?」
「ナナ……!」
ナルトの腕の中に、ナナはゆっくりと落ちて行く。
「どうやったら……“コレ”を抱えて……生きて……いける……の……?」
自分の言葉を拒否するように、ナナはついに眠りについた。怖ろしいほど冷たい身体を抱いて、ナルトは途方に暮れた。
「まるで……」
小南がかすれた声でつぶやいた。
「まるで、引きずり込まれるようだな……」
ナルトはナナを見た。瞼が透けそうなほど白かった。
「和泉の姫が抱えるものを、私は知らない……」
小南はナルトに言った。
「だが、弥彦が死んだ時に私や長門が“感じたもの”を……そいつにも感じる」
ナルトは奥歯を噛みしめた。『絶望』の二文字が、ナナの白い肌からにじみ出るようだった。
「そこから救うことなど他人には到底出来ない……が、信じさせることは出来るかも知れない」
小南は黙りこくったナルトに言った。
「お前が、長門や私に見せたように、信じさせる力をそいつに見せればいい」
少しの希望を。
「……ああ……」
それではしゃぐほど、ナルトはもう子供ではなかった。
「オレが、ナナをもう一回笑わせてやる……」
だから、自身の心に刷り込むようにそう言った。
「オレとナナは、一緒に生きてく運命みたいだからな!」
そして、笑った。それが“使命”じゃなく、“絆”であることを願って。
ナナは息をしているのかも分からないほど、静かに眠っていた。
「だったら、離れるな……」
小南は大人びた笑みを浮かべながらそう言って、“二人”を連れて去って行った。
「ナナ……」
ナナと二人、静寂に包まれる中、ナルトは様々なことに想いを巡らせた。
九尾のこと。自来也のこと。カカシのこと。長門と小南のこと。ヒナタのこと。サクラのこと。仲間たちのこと。サスケのこと。父のこと……。そして、ナナのこと。
みんな繋がっている。
そう思った。
みんなと繋がって、自分はここまで来ることができた。木ノ葉を守ることができた。
それに、ずっと一人きりだと思っていた頃も、本当はそうじゃなかった。
ナナとは知り合う前から繋がっていたのだ。
それはとても幸福なことに思えた。お互いに、一人きりだった瞬間などなかったのだ。
たとえ、望まなくとも……。
「きっと……」
サスケも……。
ナナの閉じられた瞼を見て、続きを呑み込んだ。
『どうして、まだ“信じる”ことができるの……?』
闇の奥底から響くようなナナの声が、まだ耳に残っている。
『どうやったら……、“コレ”を抱えて……生きて……いける……の……?』
底まで引きずり込まれそうな絶望を、ナルトは知ってしまった。
大切な人を失う絶望を……。
「さてと!」
ナルトはわざとらしく気を取り直して、ナナを抱き上げた。
「里に帰るってばよ……!」
木ノ葉の住人たちを連れ戻したナナを、早く木ノ葉に連れ帰りたかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『先生……まだ逝っちゃダメだよ』
子供っぽいのに大人びて、怒っているのに泣きそうで……。
『勝手にいなくなるなんて……』
そんなナナの顔を、暗がりでもはっきりと見た。あの、生と死の狭間の場所で。
まるで夢のような出来事に、しばし呆けていても良いはずだった。
父と再会を果たし、言葉を交わし、積年の想いを交わして……。
あれが現実だとは思えなかった。いや、現実ではないのだから当然だった。
が、ひどく曖昧な空間の中で、ナナの存在だけは確かだった。
『大丈夫、みんなで帰ろう……!』
闇に在る唯一の光だった。
『木ノ葉に帰ろ』
それは光り輝く……とは程遠い、控え目なともし火のようだった。
それでも、彼女は大勢を導いた。自分はともかく、失わなくて良かった多くの命を再び生の世界へと導いた。
それだけははっきりとわかるから……。
だから、呆けているわけにはいかなかった。
大切な仲間たちの戦いは、まだ終わっていない。
まだ、救われた命でやれることはあるはずだった。
「間違いない、ナルトだ……!」
先を走るパックンの声が珍しく裏返った。
と同時に、前方の大木の枝に“黄色の風”を見る。
それはバランスを崩して、足元を踏み外した。
「ナルト……!」
その身体が枝からずり落ちる前に、どうにか腕を伸ばした。
「カカシ先生……」
見るからにボロボロだった。
「ナルト……よくやったな」
が、ナルトは白い歯を見せて笑った。
そして、
「ナナも……相当ムリしたみたいだな」
カカシはナルトの背で眠るナナをみやった。
「カカシ先生、ナナってば……」
ナルトの言葉は遮った。
「ああ、わかってる」
そう言いながら、人形のようなナナを抱き取る。
「
異様に冷たい身体だが、かすかに呼吸しているのが確認できた。
ナルトは何も言わなかった。ただ、ナナの青白い横顔を見つめていた。
「里まで踏ん張れるか?」
「もちろんだってばよ!」
「バテバテのくせに」
「カカシ先生だって生き返ったばっかのくせに!」
なんとなく言い合ったのは、ナナに聞こえていればいいと……そう思ったからだ。
ナルトも同じ思いに違いなかった。
「里に帰ろう、先生! ナナを連れて!」
ナナと同じ言葉を聞いて、カカシはどことなく安堵し、大きくうなずいた。
里に戻ったナルトを待ち受けていたのは、信じられない光景だった。
それは跡形もなくなった里の景観ではなく、彼を“英雄”として迎える里の者たちの晴れ晴れとした顔だった。
サクラとの再会を果たすやいなや、ナルトはあっという間に彼らによって取り囲まれ、胴上げまでされていた。
疎まれ、嫌悪されてきた彼が、里中の皆に認められた瞬間だった。
その光景を、サクラも、仲間たちも、イルカも、涙ながらに見守っていた。
「ナナ……」
そしてカカシも、背にナナの弱い吐息を感じながら見つめていた。
「ナルトはこの里の“英雄”になったよ」
と……。
「先生……」
だらんと垂れ下がったナナの指先がピクリと動いた。
「ナナ?!」
自分の背に居るというのに、間抜けにも振り返る。
ナナの表情は見えなかった。
だが。
「見たかった……。この、景色……」
カカシにだけ聞こえる声で、ナナは確かに言葉を発した。
「ナナ……」
そして、
「わかってたよ……。私には……」
そう言って、そっと息を吐いた。
「ナナ……!」
同時にまた指から力が抜けた。
「ナナ!」
もう、声は無かった。代わりに、弱い呼吸が規則正しく聞こえて来た。
「カカシ先生!」
カカシの動揺に気づいてか、サクラが駆けて来た。
「先生? ナナ? ナナは!?」
背負った者を見つけると、すぐに医療忍者の顔になる。
「診せて!」
ナナを背から降ろして抱きかかえると、サクラはすぐさまその手を取った。
肌の冷たさに一瞬だけ驚いて、脈を診て、奇妙な顔をする。
カカシは小さく息をついた。
「ナナ……」
サクラは困惑した顔でカカシを見上げた。
ナナの肩は冷えきっていて、脈も弱くて、それでもどうにか無事で……サクラは安堵しただろう。が、こんな顔をしているのは……。
「ナルトを祝福してるんだよ」
ナナの口元が満足げに笑みを浮かべていたからだった。
第2部完結!
引き続き第3部『ひと葉 ~参の巻~』をよろしくお願いいたします!
(最終章ですのでラストまで突っ走ります~)