ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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約束

 ナナを抱きとめた時、迷うことはなかった。

 鬼鮫に、“集合”には参加するが、しばらくは戻らないと連絡を入れ、そのまま岩影に身を隠した。

 持ち合わせの布や傷薬で手当てすると、ナナはうっすらと意識を取り戻した。

 水を飲ませると、『また毒が』と真っ白な顔で自嘲したので、解毒薬も飲ませた。

 木ノ葉にいるはずのナナが何故ここにいるのか、何故忍の恰好でなく、懐かしい袴姿なのか……。

 理由はわからない。

 だが何をしていたのかは、砂まみれの白袴を見た瞬間にわかった気がした。

 この地は砂隠れの里と『暁』の集合場所との直線上に位置する。

 だから、砂を襲撃したはずのサソリやデイダラと戦ったのに違いなかった。

 だとしたらその『毒』はサソリのものであるはず。

 であれば、持っている解毒薬はそれに効くものであった。

 ただ、相当な“力”を使ったようで……、その身体は死人のように冷たかった。

 火を起こすわけにはいかず、ただマントでくるんでやることくらいしかできなかった。

 ナナは虚ろなままもぞもぞと動いて、マントに包まったままイタチの膝に頭を乗せた。

 まるであの頃のように……。

 あの頃と違うのは、疲れて甘えているのではないということ。

 今のナナは、疲れて、悲しんで、諦めている……。

 ナナはそのまま、目を閉じた。

 一尾を封印する儀式、『幻龍九封印』が行われているときも。

 『象転の術』で、カカシやナルトと対峙している時も。

 ナナは眠り続けた。

 

 

 そして全てが終わった時、ナナは目を覚ました。

 全てが終わるのを見ていたかのように。

 ナナは気だるそうにふたつ瞬きしたのちに、抑揚のない声でつぶやいた。

 

「我愛羅は……死んじゃったの……?」

 

 目は合わない。

 

「我愛羅……死んじゃったの……?」

 

 もう一度、同じ調子で問われ、

 

「……ああ……」

 

 うなずいた。

 

 ナナはやはり全てを知っているかのように、ゆっくりとこちらを見た。

 目が合った。

 ナナの瞳に、怒りはなかった。

 あったのは、ただの絶望……。

 

「……私は……我愛羅を護れなかった……」

 

 ナナは大きく息を吐き、深くうなだれた。

 まるで、地中に沈んで行くように。

 

「何故、お前が砂にいた?」

 

 が、二人の間に沈黙は無意味と知っていた。

 だから、今は風影である……風影であった“一尾”の名を親しく呼んだ理由を問う。

 

「アナタたち『暁』が、我愛羅を襲いに行くっていう情報を得た。だから知らせに行った」

 

 ナナは『アナタたち』をわずかに強めたが、あとは機械のように平坦な口調で答えた。

 

「その恰好……、和泉の里からか?」

「そう。私はこの二年、あそこにいた」

「お前があそこに……? 当主の命か?」

「違う。私の意思」

「……何があった?」

 

 ナナが()()()を好んでいなかったことは良く知っている。

 幼いナナは、早く()()()を出て木ノ葉で暮らしたがっていた。

 ()()()に親族はいても、親しいものは一人もいなかった。

 だから、自らの意思で()()()へ戻るとは思えなかった。

 そうせざるを得ない事情があるとすれば……。

 

「新たな術を会得する必要があったのか?」

 

 それだった。

 

「ねぇ、イタチ……」

 

 ナナは答えず、こちらに視線を向けた。

 が、合っているような気はしなかった。

 

「姉上を、覚えてる……?」

 

 ナナの姉……、美しいが冷たい目をした少女だった。

 冷えて乾いた心を隠しもせずに生きていたのを、よく覚えている。

 

「琴葉……、だったな」

「そう。その姉が、怨睨(オニ)になって私の前に現れたの」

「オニ……?」

 

 ナナの目つきが変わった。

 虚ろな中に、怨の炎が揺らめいた気がした。

 

「サスケが……、里を抜けたことは……?」

 

 その目で口にしたのは、姉の名ではなかった。

 

「今は、大蛇丸の元にいる……と」

「やっぱり、知ってたんだ……」

 

 情報は得ていた。

 木ノ葉の忍が追手をかけた予測もできた。

 だが、()()()ナナがどうしたか……、ずっと気がかりだった。

 ナナはそれを語り始めた。

 怨睨(オニ)と化した姉の話は、恐ろしかったが不思議と驚きはしなかった。

 あの冷たい視線と乾いた声に何が込められているのか、初めから知っていた気がした。

 それをナナには言わなかった。

 言ったところでどうにもならない。

 それに、

 

「その時に……」

 

 ナナが唐突にマントを払いのけ、着物の襟を開いた。

 

「ナナ……」

 

 乱暴に下げられたさらしの下……、露わになった肌には醜い傷痕があった。

 思わず奥歯を噛みしめたのは、その痕から傷の深さがわかってしまったからではない。

 それがただの傷でないと知っていたから。

 そこにあるはずのものが壊されたことを知ってしまったから。

 

「刻印を破られた」

 

 ナナは着物を直しながら、ついでのように付け足した。

 

「アナタにもらった赤いさらしも、クナイも、姉上に奪われた」

 

 こちらの反応などまるで興味を示さず、

 

「だから、刻印が無くても尾獣を封印する方法と、姉を倒す術を得るために、和泉に戻ってた」

 

 白袴の意味を明かす。

 最初の問いと繋がっても、イタチは言葉を出せずにいた。

 

「その間、式神を使って『暁』の情報を集めたけど……、アナタのことは何もわからなかった。アナタたちの目的も……」

 

 それを見透かして、ナナが問う。

 

「ねぇ……、尾獣を集めて、何をするつもりなの?」

 

 答えられるものは無い。

 

「尾獣を扱える人なんていないくせに、どうするつもり?」

 

 ナナの声には力がこもり始める

 

「アナタはそこで何をするつもりなの?」

 

 あの打ち捨てられた仏堂で飲み込んだものが、吐き出される。

 

「どうして木ノ葉を抜けてそんな組織にいるの?」

 

 あの時、無理矢理に飲み込んだモノが……。

 

「アナタが一族を亡ぼしたのは本当なの?」

 

 全部。

 

「どうしてサスケを生かしたの? なんであんなに傷つけたの?」

 

 答えも言い訳も持ち合わせてはいなかった。

 目を逸らすことさえできずにいた。

 が、ナナはそれらを望んでいたわけではなかった。

 小さな刀を振り上げただけで、斬りつけはしなかった。

 少しの沈黙ののち、ナナは失望したようにため息をつき、またうつむいた。

 そして、薄く笑った。

 

「わかってる。答えてはくれないんでしょう?」

 

 急に大人びた顔になり、

 

「何も言わずに私を和泉に置き去りにして行っちゃったアナタが。今さら答えてくれるわけないよね」

 

 そう皮肉をぶつけた。

 仏堂で飲み込んだんじゃない。もっとずっと前……、滝の上にいた時から、ナナは全てを飲み込んできたのだ。

 それを思い知った瞬間に、“あの時”、きつく結んだものがほどけてしまいそうになるのを感じた。

 言葉はないまま、手が、ナナの肩に触れそうになる。

 だが、ナナの手が先にイタチの膝に触れた。

 そこにはまだ、ナナの涙が染み込んだ跡があった。

 

「ねぇ、イタチ……。ひとつだけ教えて」

 

 新たな雫を静かに零しながら、ナナはつぶやいた。

 

「我愛羅は……どうなるの?」

 

 膝が冷えて行くのを感じながら、イタチは知り得ることを答えた。

 

「木ノ葉の忍……、カカシさんやナルトたちが、“一尾”の封印場所に駆けつけたはずだ」

「みんなが……?!」

「そこでデイダラ、サソリと戦っているだろう」

「あの人たちと……」

 

 ナナの瞳に生気が戻った。

 が、それも束の間のことだった。

 

「でも……、我愛羅は、もう……」

「ああ……」

「みんなは……、無事なの?」

「わからない」

 

 ナナは立ち上がろうとはしなかった。

 

「オレは少し前、足止めのためにカカシさんやナルトと交戦した」

「戦ったの……?」

「ああ……。だが、こちらがやられた」

「影分身だったの……?」

「少し違うが、そのようなものだ」

 

 それどころか、すでに興味を失ったかのような顔で聞いている。

 

「カカシさんはもちろん、ナルトも決して弱くはなかった」

 

 自分でも滑稽な慰めに聞こえたが、事実を伝えた。

 

「でも……」

 

 その真実も、ナナの予測で上塗りされる。

 

「ナルトが勝ったとしても……、我愛羅はもう……戻らない」

 

 暗い声とともに、ぽたぽたと雫が落ちた。

 『アナタたちのせいで』と責めもせず、ナナはただ悲しんでいる。

 いや。

 

「私は……、我愛羅を護れなかった……」

 

 後悔を繰り返す。

 

「護りたかったのに……」

 

 イタチの膝の上の手が、握りしめられる。

 

「ナナ……。“一尾”とは親しかったのか?」

 

 卑怯な問いなのは承知していた。

 ナナが“九尾”と親しいことは知っている。

 だから“九尾”を奪われたときの絶望はわかっているはずだった。

 が、“一尾”もそうだとしたら……。

 

「我愛羅は……」

 

 ナナは絞り出すように告げた。

 

「我愛羅には全部話した。アナタ以外に、“私のこと”を全部話せる人だった……」

 

 わずかに心が揺れた。

 

「一族のことも、使命のことも、姉のことも、サスケのことも……、アナタのことも」

 

 向けられた視線は、どんな手練れの殺気よりも鋭く、イタチの胸に突き刺さった。

 それがどういう意味か……、『わかっているでしょう?』と責められているようだった。

 もちろんわかっていた。

 だから、足元が崩れかけて行くようだった。

 

「ナナ……」

 

 ナナをこんなところまで追い詰めたのは、全て自分のせいだ。

 今さら自覚した。

 

「私は……」

 

 ナナは目を伏せ、静かに流れ出る涙をそのままにつぶやく。

 

「……忍として……サスケを救えず……。陰陽師として……我愛羅を救えず……」

 

 ナナの辛苦の深さを、改めて思い知らされた。

 

「私は……忍としても陰陽師としても……生きられない……」

 

 強かったナナは、もういない。

 絶望を飲み込みながら可憐に笑ったナナは、もう居ない。

 

「イタチ……」

 

 力を失ったナナの腕は、イタチの首にすがりついた。

 

 

「お願い……私を連れて行って……」

 

 

 ナナは言った。

 あの時、小さい時分に飲み込んだ言葉を……今になって言った。

 

「お願い……イタチと一緒にいたい……」

 

 肩の上に、ナナは新たに温かいものをこぼす。

 

「……ナナ……」

「お願い……連れてって……」

 

 最後は消え入るように……。

 

「……ナナ……」

 

 抱きしめながら、イタチは喉の奥にぶら下がる言葉を感じた。

 それを見透かしたように、ナナは言う。

 

「……イタチ……アナタの想いを……私は知ってる」

 

 最後の賭けにでも使うようなセリフを、まだ幼げなナナは言う。

 

「そうじゃなきゃ……二度も奇跡は起きないもん……」

「…………」

「二度も……助けに来てくれるはずないっ……」

「……ただの……偶然だ……」

 

 子供のような言い訳じみた言葉に、ナナはしがみつきながら言った。

 

「……だったら私を殺してっ……!」

 

 脅しではなない、ナナの叫び。

 

「あの時や今のが『ただの偶然』ならっ……今すぐ私を殺して……!」

「ナナ……何を……」

「どうせもう“敵”なんだったら、今すぐ殺してよ……!」

 

 心の悲鳴は、受け止めきれぬほど鋭く……。

 

 

「イタチの想いしか……もう私にすがれるものはないからっ……!!」

 

 

 忍としての自分……。

 陰陽師としての自分……。

 全てを失い、もうそれしか生きる糧がないのだと……ナナは泣く。

 

「お願い……!」

 

 もう、彼しか無いのだと……ナナは叫ぶ。

 

「ずっと……側にいるからっ……!!」

 

 痛いほどにしがみ付き、想いをぶつけて来るナナが……、哀れで愛おしかった。

 満月の下……幼いナナに伸ばしかけた手と、言いかけた言葉が……、長い年月を経て、今喉元まで出掛かっている。

 ナナを手放したときに認めたこの想いを、イタチは止めるすべを知らない。

 何を手に入れてもナナに勝るものは無いのだと……悟った自分を否定することはもうできない。

 こんなふうに、すがるナナを、今の今まで、戦い続けてきたナナを、あの時、けなげに笑んだナナを、もうこの腕から離したくはない……。

 強く想った。

 そしてナナが掠れた声でもう一度……。

 

「……イタチと一緒に……いきたいよ……」

 

 そう独り言のように呟いたとき、

 

「ナナ……」

 

 イタチはようやく口を開いた。

 強い想いを、胸いっぱいに抱きながら。

 

 

「オレは……お前が愛おしい……」

「…………」

 

 

 ナナはにわかに身じろいで、彼の肩に手を置いたまま、彼の目をみつめた。

 濡れたその瞳から、もう逃げることはせず、イタチは言った。

 

「ずっと……お前が愛おしかった……」

 

 ナナの唇がかすかに動く。

 それさえも、この想いを突き動かすのに……。

 

「だが……今はまだ、お前を連れては行けない……」

 

 彼はそう言った。

 見る間にナナの顔が曇ってゆく。

 が、彼はナナの言葉を遮るように続けた。

 

「……お前には……まだ道がある……」

「……っ……」

「まだいくつも道がある……」

 

 こんな、虚無の時だからこそ、ナナには選べる道があった。

 ナナを愛おしいと、ずっとそんな存在だと思い続けてきたからこそ、はっきりとそれが見えている。

 黙って横に首を振るナナに、それを指し示す。

 

「木ノ葉へ帰り……もう一度木ノ葉の忍として生きるか。木ノ葉で、忍ではない者として生きるか……」

 

 仲間とあるナナ……。

 

「……このままどこか、知らない場所で暮らすか……」

 

 新たな地で生きるナナ……。

 

「和泉へ戻り、陰陽師として生きるか……」

 

 運命(さだめ)を生きるナナ……。

 

「このまま……オレと生きるか……」

 

 腕の中のナナ……。

 そして……。

 

「……サスケのところへ行くか……」

 

 最後の『道』を突きつけられた瞬間に、ナナは彼の肩にあった手で顔を覆った。

 否定する気力すら殺ぐ残酷さ。

 だが、今だから選べる道であることも確かだった。

 そして、本当はそれがナナにとって一番“正しい”のかもしれないと、彼が思う道でもあった。

 肩を震わすナナを、彼はゆっくりと抱き寄せた。

 

「ナナ……よく聞け……」

 

 嗚咽は罪の意識を貫くが、イタチはできるだけ静かに、彼女の耳もとでささやいた。

 

「明日の夜明けごろ、オレはこの場所に居る……」

「…………」

「お前が……『オレと生きる道』を選んだのならここへ来い……」

 

 ナナは子供のように両手で乱暴に涙を払い、イタチを見上げた。

 

「……やり残したことがなければ、それを選べ……」

「……イタチは……私が好きじゃないの……?」

 

 幼子のような声に、イタチは少し笑った。

 

「オレは誰より……お前を想ってきた……」

 

 だからこそ……。

 

「それでも……今すぐ連れて行ってくれないの……?」

「ちゃんと……、もう一度ちゃんと全てを見て決めるんだ……」

 

 今すぐにさらっていきたい気持ちを抑えることができる。

 

「……もう……なにも見たくない……」

「ちゃんと見ろ。お前の仲間も、お前が護ろうとした者も、お前の師も……お前自身の心も」

「いや……。見たくない……!」

 

 だからこそ、突き放すことができる。

 

「『砂漠の我愛羅』のことも……このままにしておけないだろう?」

「…………」

「ナルトたちがどうなったかもわからない」

「…………」

「やり残したことを終わらせて……ここへ来ればいい」

「……そうしたら本当に……連れて行ってくれるの……?」

「ああ……」

 

 温かいものが、突き刺す何かを和らげる。

 

「……そして二度と、お前を離さないだろう……」

 

 本当の気持ちを言うことの、疲れと温もりを彼は感じた。

 

「本当に……?」

「約束だ……ナナ……」

 

 イタチは冷えたナナの頬に手を沿え、笑った。

 そして、まだ不安げなナナを残し、立ち上がった。

 

「……イタチ……」

「……約束だ……」

「……私はきっと……ここにいるよ……」

 

 ナナの瞳に迷いはなかった。

 

「……明日から……ずっと一緒なんだよね……?」

 

 ナナはマントを脱いで、こちらに押し付けた。

 精一杯こちらを見上げているナナは、壊れそうに見えた。

 愛おしい……。

 また、想い……、イタチは再びかがんで、そっとナナの頭を撫ぜた。

 そして……。

 

「お前が例えどの道を選んでも……オレの心は変わらない……それだけは覚えておけ」

 

 そう言い残し、ナナの前を去った。

 

 

 

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