風影の屋敷では、我愛羅の蘇りを祝う声ともうひとつ、ナナとの再会を喜ぶ声があった。
ナナは明らかに、少し距離を置いてたたずんでいた。
笑顔を向けてはいたものの、もう彼らの輪に溶けることはないような、そんな気配を持ち歩いていた。
当然『ナナも翌日には一緒に木ノ葉へ帰る』のだと、そう信じて疑わないナルトとは、いっそう目を合わせようとしなかった。
皆も、ナルト自身も、それに気づいていた。
だが、誰も何も言わなかった。
『烈風』=『ナナ』の図式への疑問も……。
この三年間、ナナが何をしてきたのか、
いや、ナナが三年前に何を思って里を去ったのか、
真意は誰も、何も、知り得ないから。
やがて夜も更け、それぞれが宛がわれた部屋へ向かう頃、我愛羅とともに部屋を出たナナの背に、誰も声をかけなかった。
我愛羅はいつもの部屋まで送ってくれた。
が、あれから毎晩そうしていたように、絨毯に並べたクッションに座ろうとはしなかった。
二人、立ったままで向き合った。
我愛羅の瞳には柔らかいヒカリが灯っている。
ナナはそれを見上げながら、ただ突っ立っていた。
死んだはずの我愛羅は、ここにいる。
また、目の前に存在している。
また、話をすることも、触れることもできる。
それはこの上ない喜びだった。
彼に使われた禁術が、また『和泉』によってこの
否応なしに、姉の笑みが蘇ったけれど。
言葉が見つからないのはそのせいじゃない。
喜びと同じくらいの後悔と懺悔が胸に渦を巻いている。
だから、何から話せばいいのかわからずにいるのだ。
草原で再会した時から、最初のひと言を決められずにいる。
我愛羅も何も言わなかった。
彼も迷っているのだろうか……。
いや、瞳に浮かぶ光にぶれはない。
きっと、待っていてくれているのだ。
『オレはお前の心も護りたいんだ』
彼は数日前にそう言った。
そう……、今も。
(護られてる……)
実感したとたん、胸が締め付けられた。
だから絞り出すように声を出した。
「我愛羅……、ごめんね……。私は……」
『私はアナタを護れなかった』と続ける前に、彼の指が唇に触れた。
乾いた手が、言葉を塞ぐ。
「ナナ、ありがとう……」
言うべき言葉は喉に引っかかったまま、彼の優しい笑みを見つめた。
「オレはお前に護られた」
首を振った。
彼の手が離れたので、思い切りうつむいた。
「護られたのは……、私のほうだった……」
情けない言葉を、絨毯に落とすだけ。
「ナナ……」
が、両頬をまた温かい手に包まれて、上向かされる。
「お前がオレに『護られた』と思うのなら、オレも同じものをお前からもらっているということだ」
(同じもの……?)
『オレはお前の心も護りたいんだ』
だとしたら。
「私も……アナタの心を……?」
そっとたずねる。
と、我愛羅は笑った。
「ずっとそうだ。ナナ」
ずっと……。つい最近、誰かもそう言っていた。
「お前はオレに、誰かを愛することを教えてくれた……」
思い出す前に、彼は大人びた顔で言った。
「誰にも愛されなかったはずのオレがそうなったのは、お前のおかげなんだ」
そして、自らの額……『愛』に触れる。
「我愛羅……」
「ナナ、木ノ葉でオレを鎮めたお前は、“敵”であり、仲間を傷つけたはずのオレに、無償の愛をくれたな……」
彼が柔らかく話すので、それが遠い昔の話に聞こえた。
「そして今は、理由のない愛を教えてくれた」
「理由のない……」
理由の無い、愛。
彼の言葉をなぞる。
「オレは死に逝くときの中で、確かにそれを感じたんだ」
だから……、だから『ありがとう』なのか。
だから『オレはお前に護られた』なのか。
だとしても……、納得はできなかった。
「ちがうよっ……!」
柔らかいはずの光が眩しかった。
「そんなんじゃないっ……! 私はっ……」
それに照らされる資格なんてないのだ。
「私はただ、アナタにすがっただけ……!!」
三年間、和泉の里で修行して……ひとりで……。
サスケへの想いとか、姉への恐怖とか、そんなものを忘れるために、独りでいて。
和泉の人間である運命も受け入れようと、木ノ葉の忍でもなくなって……。
強くなろうと……。
そんなふうに変われた自分を実感したかった。
だから、『暁』が砂を襲撃する情報を掴んだ時、我愛羅を護ろうと思った。
今度は和泉のチカラで、彼を護るのだと決めた。
きっと、それすら変われた自分を実感するための口実だ。
それなのに、我愛羅はずっと続いていた孤独を癒してくれた。
彼にはなんでも話せたのだ。
自分と同じ、望まぬ力を持たされて生まれてきた我愛羅に。
自分と同じ、運命に抗い生きようとしてきた我愛羅に。
和泉の自分を少しだけ知っている我愛羅に。
そして、サスケと自分のことを知らない、木ノ葉の忍でもない我愛羅だから……。
だが、なんでも話して自分の不遇を押し付けただけだった。
全てを話せて、少し楽になって、彼の言葉に甘えた。
護られてる……なんて満足して、本当は彼の優しさを利用していた。
『“ここ”は居心地がいい』なんて言って……それが錯覚じゃないと思い込もうとしていた。
護ろうとして、彼に優しさをもらっていただけだった。
本当は……すがっていただけだった。
だから……。
「だから……そんなふうに言わないでっ……」
謝らせてほしかった。
優しいことばかり言わないでほしかった。
死の間際にそんなことを思って、満足したような顔をしないでほしかった。
(我愛羅……ごめん。ごめんね……)
だからといって、どうすることもできない。
簡単な謝罪の言葉も陳腐すぎて、声が出ない。
頭も身体も心もバラバラで……、いっそ逃げ出したくても足は動かない。
口をつぐみたくても何か言わなければと思っている。
目を逸らしたいのに、あのヒカリにまたすがりたいと……性懲りもなく探してしまう。
「ナナ……」
醜く混乱しているのに……、我愛羅はナナをしっかりと抱きしめた。
もうずっと、何度もそうしてくれていたかのように。
優しく。あったかく。強く。
そして、“ここ”に留まっていてはいけないと抵抗するナナの心に、我愛羅はそっと、ささやいた。
「……すがることは、傷つけることじゃない……」
傷……。
そう言われた瞬間、逃げ出したい気持ちが収まった。
「お前はオレを、傷つけたわけじゃない」
彼の目を見た。
「誰かにすがることを、恐れるな」
後悔、痛み、混乱……全ての正体を、彼はあっさりと教えてくれた。
(そうか……、私、怖かったんだ……)
蘇った彼を見た瞬間。
蘇った彼の目に映る自分を見た瞬間。
そこから今までずっと、怖かった。
彼を護るだけの力が足りなかった、その後悔よりずっと……。
彼にすがってしまったことの後悔が恐怖に変わっていた。
それを、彼は全てわかってくれている。
泡立つ心をそっとなだめてくれている。
「ナナ。オレは、お前の心を、少しでも癒すことができていたか……?」
すがりついた手は、優しく握られた。
そのまま引き寄せ、抱きしめてくれた。
柔らかな温もりが、全身を包み込んだ。
やっぱり……、“ここ”は心地よかった。
今まですごしたどんな場所よりも。
錯覚なんかじゃなかった。
これは、真実だ。
「うん……とても……」
彼の目を見ることはできなかった。
涙が溢れてきたから。
それをまた、彼に押し付けた。
やはり彼は、頭の上で少し笑って、触れるだけの強さで頭を撫でてくれた。
(我愛羅……)
恐怖は消えた。後悔さえも。
“ここ”では全てが許されるのかもしれないと思った。
使命のこと。一族のこと。忍のこと。仲間たちへの嘘も。サスケのことも。イタチのことも……。全部。
我愛羅が生き返って、きっと“もうひとつ”道が現れた……。
“ここ”に。
「我愛羅、私……」
ナナはそっと、目の前にある彼の心の奥に向かって呟いた。
「ここに……いてもいい……?」
きっと拒絶なんてしないんだろう。
傲慢にもそう思って呟いた。
我愛羅の指が顎に触れ、彼の瞳を見上げた。
優しいヒカリ。
柔らかいそれはやはり眩しすぎて……、目を閉じた。