勝利を盗む者。 作:レスに咽び泣くリボー推し
・エドモン
天才。架空騎手。未だに勝利数は同期では断トツだが、天才とは言われなくなりつつある。
最近ヨーロッパ競馬で最もGⅠに近い騎手と言われて内心複雑。
・篠田
調教師。元騎手。熱血系誠実漢。めっちゃ良い人。
・鈴音
篠田の娘。手伝いをしている。アルセーヌの世話係。
「アルセーヌ、ご飯だよー」
『どうも』
「おおー、お礼出来て偉い! 賢い!」
『いえいえ、それほどでも』
マチアスや仲村さんとは男友達な感じがして気楽だったが、世話役が女の人になった途端に妙に緊張してしまうシャイホースが自分です。
と言うのは冗談で、鈴音さんの持ち前の明るさと動物好きのお陰で居心地の悪さを感じることも無く、すでに二月が過ぎた。
その間、坂路やプールでのトレーニングなど、育成牧場ではやらなかったようなトレーニングを熟しながら、この厩舎に預けられている競走馬のスターウォッチャー先輩やキングベルヴェルク先輩と併走したりした。
どちらもGⅠレースにこそ勝利していないが、GⅡレース二勝と三勝の重賞クラス馬。そして、先行馬と大逃げ馬である。
重賞を勝つだけあって当然強い。
自分自身、馬体も完成して結構良い線行ってるんじゃないか、なんて思っていたのだが、それが思い上がりだと理解した。
大逃げされるとやっぱり厳しい。
所謂縦長のレースは、少数かつ同じ作戦の馬がいないと、自然、速くなっていく先頭を必死に追わなければならない。
開幕から大逃げされると三頭なら尚更に付いて行かざるを得ない訳だが、そうなるとこちらとしては終盤にスパートをかけて届く位置に居られるように全力で追い掛けるしかないわけで。
ただ、経験の浅い自分は配分とかそこら辺がまだまだ未熟。
自分のペースを乱されるだけ乱されて、ほとんど何も出来ずに振り回されただけという結果に終わることもしばしば。
体力的には問題無いと思うのだが、どうにも振り回された後だと必要以上に集中力が散漫になっていて、最後の直線で加速するタイミングが分からなくなるのだ。
足は残っているのにスピードが出ないという不思議現象である。
差すために必要なスピードはこれから先も成長しそうな気がするのだが、如何せん、未来を見据えると現状ではそういうところが明らかに足りていないと言うしかない。
メイクデビューやその後暫くは大逃げ馬とは当たりたくないものである。
とはいえ、併走は悪いことではない。むしろ、自分を磨く上ではこれ以上無く良い。
やっていると分かってくることも結構あるもので、最近は三回に一回くらいは差せるようになってきた。
それに、今は1600メートルで走っているが、距離が伸びたらもっと変わってくると思う。
自分にはマイルの距離は短過ぎる。走れないことはないだろうが、もっと経験値が必要そうだ。
スターウォッチャー先輩は1600から2000メートル、キングベルヴェルク先輩は1600メートル前後の距離で活躍するマイラーみたいだし、そういう意味でもGⅡ優勝をしている二頭と併走できるのはかなり有難い経験だ。
次はどうやって先輩方を抜かしてみせようか。
最近では、それを考えるのが唯一の楽しみと化している。
これでも自分は負けず嫌いなのだ。
「アルセーヌ号!」
『?』
今日も今日とて餌を食べながら、次の併走に勝つ為の作戦を考えていたら、篠田さんが溌剌とした声をあげて馬房に入ってきた。
一体何事だろうか。
「お前の新馬戦が決まったぞ! 十月だ!」
「お父さん、それをアルセーヌに言っても分かんないと思うよ?」
『分かった』
「ほら、分かったって頷いてるぞ」
「ええっ!? 嘘!?」
なるほど、十月か。
となると、もう少し調教を詰め込んで欲しい気もするなぁ。
個人的には、三歳GⅠレースの朝日杯三歳ステークスで掲示板入り、欲を言えば二着に入りたい。
流石にレコードを出したリンドシェーバーを抜かせるとは思っていない。
だが、せめてGⅠ二着を取って賞金を加算したい。
自分は外国産馬なので出られるレースが少ない。
だが、凱旋門賞に出る為には、外国産馬の自分でも参加することの出来る来年の宝塚記念や、ジャパンカップ、有馬記念には何としても出ておきたい。
そこで結果を出さなければ、まず間違いなく再来年の凱旋門賞には出られないだろうからだ。
もっと強めのトレーニングを、そう思って篠原さんを真正面から見つめる。
すると、こちらの意図を理解したらしい彼は、応と一声あげて自分の鼻頭に手を置く。
「お前ももっと強くなりたいんだな。分かった、明日からはもっと厳しく行こう!」
本当に頭が上がらない。
どこまでも真摯に向き合うその姿勢は、今まで自分が関わってきた人々の中でも違うベクトルでずば抜けている。
それは即ち、馬の努力への信頼とでも呼ぶべきもの。
マチアスや仲村さん、鈴音さんのような馬を気遣い寄り添う姿勢。白恵さんのような馬を心の底から応援する姿勢。エドモンさんや穣さんのような馬を相棒とする姿勢。
彼の携わり方はエドモンさんや穣さんと似て、それでいて調教師としての見方からかは分からないが、馬自身のやる気や努力、負けん気なんかを信頼しているような。
曖昧だが、そんな感じがするのだ。
育成牧場に居た頃は、ほとんど自分の判断で基礎体力の養成に費やしていた。
だが、ここでは自分よりも馬について詳しい人物が、自分の為の最適解なトレーニングを考案してくれるのだ。トレセン万歳。これで自分はもっと強くなれる。
ちなみに、翌日からのトレーニングは想像を絶するものであった。
篠田さんは良い人だが、信用するのは程々にしておこう。
自分は、そう心に決めるのであった。
□
そして時は流れ、十月。
夏も終わり、我が馬生三度目の秋。
自分は一生に一度きりの新馬戦の為、京都府にある京都競馬場に訪れていた。
最終追い切りはエドモンさんがやってくれた。
他の馬の騎乗依頼もあっただろうに、わざわざ自分の為に二週間前から日本に来てくれたのである。感謝しかない。
これから、自分の馬生において最も大切な期間が幕を開ける。
このレースはその幸先を占うような重要なレースだ。絶対に勝ちたい。
そんな思いを胸に、エドモンさんを見つめた。
さあ、共にサガス産駒としての優秀さ的な物を見せつけよう!
サガスの子供ということを意識したことはほとんど無いが。
「『うーん、四番人気かぁ。僕が鞍上なんだし、もうちょっと人気あっても良いと思うんだけど』」
え、四番人気?
今日って、確か一緒に走るの六頭のはず。六頭中四番人気ってこと? 低くないか?
どうやら、自分はそんなに注目されていなかったらしい。
しかも、天才騎手としてヨーロッパで人気らしいエドモンさんが乗っている上で、である。
とてもショックだ。
『……四番人気かぁ』
「『あ、ごめんごめん。心配するなって、アルセーヌ』」
自分から漏れ出る悲しみのオーラを察したらしいエドモンさんは、自分の首元を擦りながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「『僕と君となら、そんな評判なんて一気に崩せるさ』」
『本当かなぁ』
「『大丈夫さ、アルセーヌ。なんと言ったって、君はサガスの息子にして、トロイの孫、そしてあのリボーの曾孫だ』」
……ん? 今、この期に及んですっごい重要なこと聞いたぞ?
トロイの孫とか、リボーの曾孫とか。
え。
自分、トロイとかリボーの血が入ってるの?
サガスにはその血は入ってないから、入っているのは恐らく牝系だろうけど……もしそうだとしたら、詰め込みすぎじゃないか?
四番人気なの、その浪漫血統のせいでは???
いや、でもリボーとサガスだぞ。人気になるだろ、普通。
圧され気味だけど、リボーの血もまだまだ頑張ってる時代のはずだし。
これ、もしかして単に自分が目立っていないだけって可能性も……? だとしたら凹む。
だが、そんな己が血統、または己自身に対する不安は彼の一言で消え去った。
「『───勝利を盗もう、アルセーヌ』」
自分の強さを、自分達の勝利を疑わない力強い一言。
その時のエドモンさんは、いっそ輝いてすら見えた。
『……それ、ずるいなぁ』
そんなこと言われたら、頑張るしかないじゃないか。
まあ、そもそもメイクデビューくらいで転けるわけにはいかない。
自分は兄貴分なのだ。大見栄張って誓いを立てたけど、血統のせいで凱旋門賞に出られませんでした、なんて面目も立たない。ダサい。
たとえ浪漫極振り血統でも、メイクデビューくらい鮮やかに捌ける底力はあるはずだ。きっと。多分。
それに、自分はたくさんのものを背負ってる。これまでの馬生に嘘はつけない。
だから……。
「『行こう』」
『ああ』
……怪盗の名に恥じない活躍、してみようか。
アドバイスとかあれば是非。
感想はモチベーションに。評価はパワーに繋がります。
よろしくお願いします。
アルセーヌ
1988産
父サガス
父の父リュティエ
父の母セネカ
父の母の父シャパラル
母クラスアリュー(架空馬)
母の父トロイ
母の母エクラ(架空馬)
母の母の父リボー
主な勝ち鞍