勝利を盗む者。 作:レスに咽び泣くリボー推し
・穣
天才。
いちょうステークスを終えた自分はデイリー杯三歳ステークスへと進む運びとなった。
恐らく、次からはこれまでのように油断を誘うことは出来ない。全員が全員、自分を警戒してくるであろう。
そう考えると、これまでのようには行かないのは必至なので、自分はこれまで以上にトレーニングに精を出していた。
しかし、まさかまさかのキツキツスケジュールだ。身体的にはまだそこまでの疲労ではないのだが、精神的に疲れている感じがすごい。
連闘させられないだけまだマシだが、それはそれとして。
アルセーヌのやる気が少し下がった、というやつである。今は好調くらい。
まあ、それはさておき。
デイリー杯三歳ステークスが残り一週間に迫り、最終追い切りをしていたその時、彼は現れた。
「こんにちは。久しぶりだね、アルセーヌ」
『レ、レジェンド、括弧仮……!?』
レジェンド(仮)こと、タケユタカだ。
若き大物が自分の目の前に現れたのである。
この時、自分は薄ら気が付いていた。
「エドモン騎手の代わりに僕が乗ることになったんだ。よろしくね」
そう。
何を隠そう、今回のデイリー杯三歳ステークス、エドモンさんは自分に乗れないのである。
タイミングが合わず、朝日杯三歳ステークスで自分に乗る為には十一月は他の騎手に任せるしかない、ということになったのだ。エドモンさんから聞いた。
で、その代わりがレジェンド(仮)と。
いや、自分には荷が重くないか?
「それにしても、レースを経験して少し大人になったかな? 前も大人しかったけど、堂々としてる」
『あ、確かにそうかも。なんか、度胸が付いた気がしないでもない』
「良いレースが出来たんだね。流石はフランスの天才と言われるだけはある、ということかな」
実際、エドモンさんに乗ってもらうと、自身の力を限界以上に引き出せているような、そんな感じがしなくもない。
それがパッと見で分かるとは、流石はレジェンド(疑惑)だ。ここまで来るとレジェンド(確信)で良いのではなかろうか。
いや、でも、まだ同姓同名の別人という可能性も……無いよなぁ。
タケユタカなんて名前の騎手が何人もいてたまるかという話である。許容できるのは同名の牝馬までだ。
取り敢えず、もう彼がレジェンドということにしよう。うん。
しかし、まさかレジェンドを乗せることになるとは。
これはもう名馬確定フラグのようなモノが立ったのではないだろうか。
ん? 待てよ?
これで負けたら、レジェンドの期待を裏切ってレジェンドに黒星増やした転生駄馬になってしまうのでは?
……か、勝たなくては……!
□
そして迎えたデイリー杯三歳ステークス当日。
『一番人気は七枠八番ミルフォードパス、オッズは2.6倍。二番人気、一枠一番ブレスオウンダンスは5.1倍。三番人気の六枠六番アルセーヌは6.6倍です』
ブレスオウンダンスってことは、イブキマイカグラか。アニメのウマ娘にも出ていたな、確か。ミルフォードパスは……誰だ、ミルフォードスルーか? ああ、多分そうだな。
それにしても、自分の人気の無さだ。
二歳戦のGⅢレースともなると、早い時期から活躍出来る優秀な馬ばかりで、まあ当然と言えば当然かも知れない。むしろ、三番人気になれただけでも十分だろう。
イブキマイカグラ以外だと、スカーレットブーケとかがいるんだったか。要警戒だな。だけど、一着はノーザンドライバーだったはず。そもそも、ノーザンドライバーの活躍自体は曖昧なので強いのかは分からない。警戒しておくに超したことはないだろう。
と、思いながらゲートインしていく馬を見渡していると、鞍上のタケユタカが耳元で話しかけてくる。
「アルセーヌ、前々走は追込、前走は差しだったから、今日は逃げよう」
『は?』
いきなり何を言い出すんだ、このレジェンドは。さては、偽物か?
いや、自分に逃げは無理だと思うのだが。
「大丈夫、絶対に勝てるよ。僕を信じてくれ」
『うーん……レジェンドがそう言うなら、まあ』
でも、本当に自分に逃げは向いていない。これだけは確かだ。後ろとの差が気になって仕方がない自分は、レースどころではなくなってしまう。走れないことは無いけど、スペック上の三分の一の実力も出せないと思う。
そんな自分に逃げをさせて、どうやって勝つというのだろうか?
もしかして、レジェンドは自分のことについてそこまで知らない? いやでも、追い切りはやってくれたし、把握くらいはしてくれていると思うのだが。
大きな不安を抱えながら、自分はゲートインした。
□
【京都競馬場デイリー杯三歳ステークス、各馬体勢整って、今、スタートしました】
【おっと、ここで先頭に飛び出したのは六番アルセーヌだ。前走までは追込、差しと来ていましたが、今回は逃げるようです。それを追うのは三番テイエムミューズ、続く三馬身後ろ八番ミルフォードパス、二番ノーザンオペレータ】
【一番ブレスオウンダンス以下は混戦となっています】
ポンっと飛び出した美しい鹿毛の馬体に、観客はどよめいた。
ある者は奇を衒ったかのような急の作戦変更に嘆き、また、ある者は今度は何を見せてくれるのかと、その馬に期待を寄せる。
アルセーヌを抑えるべく動こうとしていた後方組は、見事なまでのスタートダッシュに驚き、団子のような馬群を形成することとなった。
焦った各馬、特に後方の馬の鞍上は立て直すべく前に出ようと、あるいは後ろに下がろうとするが、アルセーヌを包囲するべく作られた中身の無い強固な包囲網は互いの動きを阻害して、思うような動きをさせない。
してやられた、そう思ったのも束の間。
【おや、残り1000メートル、ここでアルセーヌ失速です。鞍上嵩穣との折り合いが付かなかったか、向こう正面からカーブに差し掛かり、次々と抜かされていきます。ここで先頭変わりまして、テイエムミューズ、いや、ミルフォードパスです】
短い1400メートル。
開幕より先頭を駆け抜け、あろうことかコースの半分より前で一瞬にして最後尾より二馬身の位置まで下がってしまったアルセーヌ。
冷静さを欠いてスタミナを無駄遣いしたその馬の、そこからの巻き返しは不可能。誰もがそう思った。実際、並大抵の馬にはまず成せない所業である。
観客の、或いはライバル達の失笑、嘲笑が聞こえるようであった。
これまでの二勝は、所詮外国馬のポテンシャルに物を言わせたゴリ押しでしかないと呆れと落胆の声。
天才も見誤ったか、ならば。騎手達はこの勝利を確実に我が物にせんと勇む。
またもや、この日、京都競馬場に居る誰もがアルセーヌという存在を捨て置いた。
「ははっ、アルセーヌ、元気が有り余ってるみたいだね……。それじゃあ、行こうか……ッ!!」
先頭が最終コーナーを曲がって、レースが動こうとする時。
果たして、後に競馬界のレジェンドジョッキーに登り詰めるその男の言葉を拾うことが出来る人間が、その場にいたであろうか。
【最後の直線、残り400メートルになって先頭はノーザンオペレータ! ブレスオウンダンスも二番手に上がって参りました!】
【続く各馬もスパートを掛ける! だが、ノーザンオペレータ、速い!】
五番人気のノーザンオペレータが先頭を駆け、その勇姿に観客が沸く中、きっと誰もが己が目と正気を疑うであろう出来事が馬群の内ラチ側で引き起こされていた。
【残り200メートル、先頭は変わらずノーザンオペレータ、二番手はブレスオウンダンス、必死に追うがこれはどうか! 続く三番手はアルセーヌ……っ!? ア、アルセーヌ、何処から現れた!? 三番手はなんとアルセーヌですッ!】
内ラチ沿いから馬群を摺り抜けるようにして突如現れた黄金の馬体に、彼の馬券を買った観客は思わず息を呑んだ。
果たして、五番人気と二番人気の馬による白熱した熱戦と、それに追い縋る馬群という混迷極める中、現状を正しく理解出来た人間がそこに居たか。
答えは、実況の混乱具合が物語っていた。
そして、怪盗の魔の手が、先頭を往く二頭に差し迫り、
【アルセーヌ、止まらない! ブレスオウンダンスを抜いて、続け様にノーザンオペレータを抜いたッ! 速い速い!】
たった一つの栄光を奪い去って尚、加速する。
誰もが、その一瞬の出来事に、上がり2ハロンからの怪盗の手腕に見惚れた。
【突き放すアルセーヌ! 今、ゴールイン! なんとびっくり、三馬身差! 怪盗アルセーヌ、またしても京都競馬場に現る! 二着はノーザンオペレータ!】
その日、ターフに舞った怪盗を誰もが三歳馬最強の一角であると認識した。
アドバイスとかあれば是非。
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よろしくお願いします。
アルセーヌ
1988産
父サガス
父の父リュティエ
父の母セネカ
父の母の父シャパラル
母クラスアリュー(架空馬)
母の父トロイ
母の母エクラ(架空馬)
母の母の父リボー
主な勝ち鞍
・新馬戦 1990
・いちょうステークス 1990
・デイリー杯3歳ステークス 1990