勝利を盗む者。 作:レスに咽び泣くリボー推し
・エドモン
天才。勝てると信じている。
【本日、此処中山競馬場に十三頭の若き勇士達が揃いました。天候は小雨ですが、馬場状態は良馬場との発表。これは、各馬の好走が期待できそうです。】
その日、誰もがアルセーヌを一番人気に推した。
その年の朝日杯たった一頭の本命馬は、均整のとれたその美しい馬体を惜しげも無く晒し、鞍上を務める白人の青年は自信ありげな笑みを覗かせる。
この会場の誰も彼もが彼らを推し、そのオッズは1.1倍となる。
怪盗アルセーヌの名を冠したサラブレッドがターフに舞う姿は、一種の興行の如く。観客の心を掴んでいた。
【今日の本命馬アルセーヌ、本日も落ち着いていますね】
【ここまで三戦三勝で臨む朝日杯三歳ステークスです。鞍上エドモン・ルーセル騎手も念願のGⅠ初勝利に向けて意気込みが違うように思えます】
【対抗馬の候補は同じく外国産馬のリンドレイザーが推されているようですね。ここは、日本産馬勢にも頑張って欲しいところです】
なるほど、リンドシェーバーはリンドレイザーになっているのか。
そんなことを思いながら、大外十三の数字を割り振られたアルセーヌはゲートインする。
【各馬、体勢整いました】
昨夜エドモン・ルーセルという男が見せた、アルセーヌの知らなかった一面。
数分にも満たぬ独白に、エドモンという騎手のほとんどを理解した。
その悲愴なまでの決意に、応えたいと思った。
相手は十四年間破られることの無かったマルゼンスキーの記録を塗り替えた、朝日杯レコードホルダーだ。
ただの馬では勝てるはずもない。
だが、アルセーヌは自分のことを良くも悪くもただの馬だとは思っていなかった。
自分だけが特異点であることを確と理解していた。
───これは、エドモン・ルーセルという
気前よく、一番人気も、始終先頭も、全て丸ごと盗んでやろう。
そこに、躊躇いなどありはしなかった。
【朝日杯三歳ステークス、今、スタートしました】
運命のゲートが開く音。
アルセーヌは、誰よりも速く飛び出した。
□
【ポンッと弾かれるように飛び出したのは十三番アルセーヌ! 前走はライバルはおろか実況の度肝すら抜いた開幕速攻ですが、前走より200メートル長い本日も同じ作戦を採るのか】
【前走での奇策を警戒してか、各馬落ち着いて自分のペースを保てているようですね】
本命馬がたった一頭と言えど、各馬の鞍上も調教師も、ただ勝ちを捨てていたわけではない。
むしろ逆だ。勝つ為に、これまでのレースを研究してきた。し尽くしたと言っても良い。
アルセーヌを研究して分かったことは、変幻自在の脚質と、鞍上の指示に完璧に応える聞き分けの良さを持つこと。素の身体能力も高く、適正距離は2000メートル以上。
そして、ひとつのレースを逃げ切れる程の持久力は無い、もしくは単に逃げ切る作戦は苦手であろうということだ。
特に後者の可能性については、前走途中のアルセーヌの挙動からかなり濃厚だと判断していた。
その点、アルセーヌとそれに競り合う一頭の二馬身後ろで冷静に走るリンドレイザーには、アルセーヌと同等の身体能力があると鞍上の男は踏んでいる。奇策にさえ嵌らなければ良い勝負ができると確信してすらいた。
各馬鞍上は誰一人として例外なく、アルセーヌを警戒しながらも、アルセーヌの奇策、動きにばかり目が行っていたと言っても良いだろう。
鮮やかなまでのこれまでのレースを鑑みれば、それは当然の判断であり、どこまでも凡策であった。
【各馬、掛かっている様子もなく、最初のコーナーを曲がり向こう正面へ。これは若干縦長の展開です】
【残り1200メートルですが、果たしてこのまま展開は先延ばしとなるのでしょうか】
【ここは、アルセーヌの動きに注目ですね。どこから仕掛けるか、目が離せません】
だからこそ、そう、だからこそ誰もがアルセーヌの動きを予測出来ていなかった。
もう既に、策は始まっていたのだということを、観客も、実況すら理解していなかったのだ。
【向こう正面から第三コーナーへ。まだ動きはありません、依然アルセーヌ先頭です】
【各馬、アルセーヌの動きを警戒してか動けずにいます。仕掛けるタイミングは大丈夫か!?】
その言葉に急かされたかのように、追い込みの位置にいた馬が段々と動きを始める。
普段ならば、この展開は定石通り。何も問題は無く、レースは終盤に向けて加速する。
だが、この場にいる全ての人間が、このレースに言い様の無い得体の知れなさを感じていた。
不気味なまでの静けさ。
スタンドは静寂に支配され、馬の蹄鉄が大地を踏み鳴らす音と実況の声だけが響く。
【アルセーヌ、未だ先頭を譲らず後ろとは
【ここで七番リンドレイザーも動き出す! 五番クリエイターを抜いて二番手に上がって参りました、後続も釣られて続々とスパートをかけてゆく!】
リンドレイザー鞍上は、これは勝てると確信し、三番手の位置、第四コーナー手前から距離を縮めるべく始動する。
アルセーヌに追い縋っていた一頭を抜かし、二番手へと浮上する。
そのままアルセーヌの喉元へと噛み付かんと剃刀のように鋭く末脚を発揮して。
だが、そこであることに気がついた。
【これは、どういうことでしょうか! リンドレイザー、追い付けない! 差はどんどん広がってゆく! 残り400メートル、差は七馬身!】
アルセーヌとリンドレイザーとのその差は、縮まるどころか
ここで、初めて鞍上の騎手達は戦慄を覚えた。
自分達は、既に怪盗の術中。
誰一人、アルセーヌに手を伸ばせない。
【どうした、どうしたことか。差は広がるばかり! 後続馬も懸命に追い掛けますが、未だにアルセーヌの影すら見つけられない!】
事ここに至り、彼の馬の影を踏める馬はもう既に居ない。
全てを理解した観客は、立ち上がり歓声を上げる。目の前を駆ける怪盗の姿を目に焼き付け、歴史的瞬間をその目に刻む。
【残り200メートル、アルセーヌ、まだまだ加速する! 後ろのことなど見えていないのか!!】
【後続馬、どうしても手が届きません! リンドレイザー粘るが、これはどうか!?】
無情なまでの差を前にして、その実況の沸騰は何処か白々しい。
これ以上離されてなるものかと、他馬は必死に脚を動かした。
だが、最初から最後まで、レースは怪盗の手のひらの上。
黄金の馬体と黒の騎手が、ゴールを駆け抜けた。
【───
二着との間には大差。掲示板が指し示すタイムは、1分32秒4。疑う余地の無い最速が、この日競馬界を震撼させる。
このコースレコードは、二十三年後に破られるその日まで、ターフの怪盗アルセーヌの名と共に競馬史に刻まれることとなるのであった。
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よろしくお願いします。
アルセーヌ
1988産
父サガス
父の父リュティエ
父の母セネカ
父の母の父シャパラル
母クラスアリュー(架空馬)
母の父トロイ
母の母エクラ(架空馬)
母の母の父リボー
主な勝ち鞍
・新馬戦 1990
・いちょうステークス 1990
・デイリー杯3歳ステークス 1990
・朝日杯3歳ステークス 1990