勝利を盗む者。 作:レスに咽び泣くリボー推し
追記
二ツ星くんの馬名を変更しました。
・マチアス
顔は良いが、どこか苦労人の気配が滲み出ている男。主人公の育成牧場の牧場長を務める。独り身の寂しさからか馬房の近くで自棄酒に走ったが、流石に中で酒を飲まない程度の良識はあった。
・二ツ星くん
馬名はグランシャリオ。
未だに幼名が判明していない。
額に二ツ星のマーキングのある黒鹿毛の男の子。ヴェイグリーノーブル辺りの血を継いでいる。成長が早い。若干アホの子気味。
・カルムちゃん
馬名はアルカナクイーン。
元名も無き隣人ちゃん。
鹿毛の女の子。ミルリーフ系。実は話せること、天然電波系であることが判明した。まだいくつか爆弾を抱えている。様子が変。
馬としての誕生後初めて迎えた十二月。
町を見れば、何やらクリスマスムードに沸いているのが伺えた。
最近では、この牧場以外にも、トラックに載せられて違う牧場に連れて行かれることが増えた。察するに、あれが育成牧場なのだろう。
馬体もしっかりしてきて、そろそろ人を乗せられるくらいには成長した気がする。
この前は鉄の棒(恐らく、ハミという物)を咥えさせられたが、あれにはビックリした。
人間の精神を有する自分は何だかんだ言ってスムーズに着けられたが、そうではない他の馬はきっと大変だろう。実際、二ツ星くんは暴れていたし。
とはいえ、名も無き隣人ちゃんもすんなり着けられていたし、嫌がる馬と嫌がらない馬の割合はそこまで偏っていないのかも。
でも、二ツ星くんに体当たりされる厩務員の姿を見ると、馬具を付けるのは大変だなと思った。
後、どうやら自分は来年の四月頃、後、四ヶ月くらいしたら日本に渡る予定らしい。
時折訪問してくる白恵さんの話を盗み聞きしたから、理由があって延期にでもならない限りはこれは確かだと思う。
前までは帰郷に想いを馳せていたが、今はそれほどでもない。
一年前、または何十年も先の前世では日本で暮らしていたはずなのに、いざ日本に行く、または帰るとなるととても久しく遠く感じるのは不思議な感覚だ。
多分、今となってはフランスの此処、この牧場が第二の実家のように思えてきているのかもしれない。そう思うと感慨深いものがある。
最近はフランス語も何となく分かるようになってきたし、それなりに馴染んできたと思うので尚更に。
それに、二ツ星くんとは、体感だがそれなりに長い間一緒に過ごしてきたので情も湧くというもの。しっかり弟のような甥のような認識が根付いている。
もうフランスには帰って来ないだろうし、実はちょっと寂しいという気持ちもあるにはあるのだ。
まあ、自分には名馬になるという我が馬生最大にして唯一の目標があるので、そんなことでクヨクヨしてはいられないのだが。
しかし、同じように一緒に過ごした名も無き隣人ちゃんとはこれまで一言も話せていない。そればかりはやはり気掛かりだ。
せっかくの家族や幼馴染のようなものなのだし、一言くらいは言葉を交えたかったのだが。
『───あの』
『え?』
聞き慣れない声が集団馬房に響く。
二ツ星くんとは違う、女性的な声だ。
その上、二ツ星くんは今出払っているので二ツ星くんが風邪をひいて変な声になっているという可能性もゼロ。
詰まるところ、この声の主は……。
『クラス、というのは貴方……?』
『も、もしかして名も無き隣人ちゃん?』
あ。
流石に、名も無き隣人ちゃんはダメだろう。とはいえ、呼び方も知らないしなぁ。外見に特徴らしい特徴が無いから呼びにくい。
さあどうしようと悩んでいると、当の本人から助け舟。
『カルム。……カルムと呼ばれてる』
カルム。
そう名乗った彼女は、馬房の壁にある窓越しに自分を見つめていた。
なるほど。
マチアスが時折口にしていたカルムという単語は、彼女の名前の事だったのか。
全然意味が分からなかったのであまり気に留めていなかったが、彼女に付けるということは、物静かとか大人しいみたいな意味合いの単語だろう。雰囲気的に。
脱線気味だが、彼女の名前について納得はしたものの。
ここで一つ新たな疑問が浮かんでくる。
大した話ではないのだが、どうして今になって話しかけてきたのか、ということである。
『カルム、もしかして最近話せるようになったのか?』
『? 前から話せた』
『え』
成長し、最近になって話せるようになったのかと思えばそうでは無いらしい。
どういうことだろうか。
疑問に思うと同時に、薄々彼女の正体に気が付き始めていた。
『なら、なんで今?』
『……なんとなく?』
『なんとなく……』
やはりだ!
やはり、このカルムという馬は天然電波系だ! くそ!
実を言うと、自分はこういう手合いが苦手だ。嫌いとかではなく、単純に苦手である。
自分でも自覚する程度には理屈っぽいところがある性格故に、彼女みたいな曖昧な感覚派と会話するのは兎に角疲れる。こういうタイプはどこに琴線があって、どこに逆鱗があるのか全く分からないのだ。
前世で勤めていた会社の上司がこんな感じで、一時期苦労したというのも苦手になった理由の一つだろう。あんな経験はもう懲り懲りである。
とはいえ、性格が合わなかろうと一緒に育ってきた妹みたいなもの。無視するのは心情的に難しい。前世の上司のように嫌ってやる必要は無い。
ちゃんと受け答えくらいはしておこう。
上司の琴線は分からなかったし今でも理解不能だが、彼女のは分かるかもしれないし。
『それで? 何か聞きたいことがあったんだろう?』
でも、話し掛けるタイミングはなんとなくであろうと、話しかけてきたということは即ち、何か自分に聞きたいことや話したいことがあるのは確かだ。
……一応、何を聞かれても良いように身構えておこう。
『? ないけど』
こ、こいつ……ッ!?
思わず天を仰いでしまった自分は悪くない。
なぜ、話すくらいで神経をすり減らさねばならないのか。
『……でも、前から少し気になってたことはある』
『? 良いよ、何でも聞くと良い』
『……好きな馬のタイプは?』
『え?』
思考が停止した。
この子はいきなり何を聞くのだろうか。まさかそんな事を聞かれるとは夢にも思っていなかった。
取り敢えず、今ひとつ決めたことがある。
これから、この子のことは電波ちゃんと呼ぼう。
□
馬房の掃除の為に放り出された、冷え込んだ早朝。
眠さからか若干惚けながらその時を待つ。
『……おぉ……凄い』
自然とそんな漠然とした感動が漏れ出る。
山々の向こうから、煌びやかで幻想的な朝日が覗いた。
前世のテレビや動画、写真などで観るようなそれと、実際に見たこの景色とでは雲泥の差と言うしかない。
馬の視線から見た初日の出はなかなかに新鮮であった。
『初日の出だ』
『初日の出?』
昨日、マチアスが馬房の外のベンチで涙ながらに自棄酒していた時にそれらしい独り言が聞こえたので、今日が元日ということで間違いないはず。
生まれた日から数えても多分今日くらいだろう。そもそも生まれた日が正確には分からないのだが。
これで違ったら恥ずかしいが、まあ、馬の身では知る術も限られてくるため、あんまり気にしても仕方がない。
それに、そんな些事はこれから始まる今年一年に比べれば気にもならない。
去年は、最初こそ転生したことや馬になったことなどなど驚愕ばかりであったが、振り返ってみればなんということはない割とゆったりとした一年だった。
だが、今年からは違う。
去年みたいにボケっとしていたら取り返しのつかない事になるだろうことは想像に難くない。
自分は日本に渡り、本格的に競走馬としてのトレーニングを開始していくことになる。
名馬になるべく、その努力は欠かせない。
名馬になれなかったら食肉になるのも仕方無し。それくらいの覚悟で臨まなければ、日本の名馬には太刀打ちできないだろう。
幸い、前世から自己研鑽は好きな質なので、仕事を無限に課されるよりも余程前向きになれる。
今年が、これから先の馬生を決める一番大事な年だ。
頑張ろう。
『よし、やるぞ』
『走るのか? だったら、俺も!』
『……ああ、まあ、うん。……はぁ……走るか』
まだまだしばらくこの日常は変わらなさそうだな、と思いながら、二ツ星くんの後を追って駆け出すのであった。
アドバイスとかあれば是非。
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よろしくお願いします。
アルセーヌ
1988産
父サガス
父の父リュティエ
父の母セネカ
父の母の父シャパラル
母クラスアリュー(架空馬)
母の父トロイ
母の母エクラ(架空馬)
母の母の父リボー
主な勝ち鞍