勝利を盗む者。 作:レスに咽び泣くリボー推し
恐れながら、本話を読む前に前話、前々話を読み返していただくと混乱しなくて済むかと。
⋯⋯それにしても、なんであんな奇妙なミスを犯したのだろうか。
・白恵
超有能キャリアウーマン。実は競馬に関係する家の出身。
・穣
天才。レジェンド。苗字は嵩。武豊氏とは同じ名前の読みを持つ別人。音声認識機能の存在は知らない。
・篠田
調教師。元騎手。熱血系誠実漢。めっちゃ良い人。
・鈴音
篠田の娘。手伝いをしている。アルセーヌの世話係。
・名も無き育成牧場長
アルセーヌに宿る血の発露に魅了されてしまった。
多分もう出ない。
季節は流れ、十一月もそろそろ終わろうかという頃。
人間の知能を積んでいるからか、エドモンさんが乗った後、十一月に入る手前頃にはほとんど完璧に馴致が終わって、それからずっと基礎能力の養成に費やしている。
どうやら、自分にはステイヤーとしての素養もそれなりにあるみたいで、それを考慮したメニューを延々と続けている。
お陰でだいぶスタミナは付いてきたと思うのだが、どうにも頭打ちになりつつあるような気もする。
このまま行けば三千メートルくらいは全然走れそうだが、やっぱりどれだけ成長しても四千メートルは壁が高そうだ。
それと、どうやら自分は先頭を走ったり、先頭集団に紛れるのは苦手みたいである。
比較的成長の早い同期の馬達と何度か併せで走ったことがあるのだが、逃げや先行の位置取りは後ろから追い掛けられるのがどうにも気になって思ったようにスピードが出せない。
反面、差しや追い込みのような後ろからの競馬は自分に合っているように思えた。
大外から回って行く時に、前を走っていた馬達を抜かしていくのはちょっとした快感を覚えるレベルだ。
とまあ、自分という馬について結構理解が深まってきていた矢先。
自分は、その人物と邂逅したのである。
「こんにちは、アルセーヌ」
『? こんにちは……?』
いきなり牧場スタッフによって連れてこられた芝コースの上で、手持ち無沙汰でぼんやりしていた自分に掛けられた若い男の声。
誰か分からなかった。
なんとなく佇まいとかから騎手かな、とは思ったが、なにぶん前世の知識自体は普通に残っているのだが顔などは段々と薄れてきている為に名前を聞いたりしなければ誰とは判断できない。
だが、自分は次いだ自己紹介に心底驚愕せざるを得なかった。
「僕は
『え』
え。
???
「少し、乗らせてもらっても良いかな?」
『……?』
たけゆたか? タケユタカ……武豊???
本当に? あのタケユタカ?
「……凄いな。全然不安がらない」
……いや、ありえない話じゃない。
年代的には、やっぱり天才なのだが、まだレジェンドと呼ばれる程の活躍はしていない頃のはず。
しかし、そんな未来の大物が何故自分のところに?
いや、まったく心当たりがないので、本当に分からないのだが。
そもそも何処に接点があったのだろうか。
放心していると、気が付けば未来の競馬界のレジェンド(疑惑)が自分の鞍上に乗っていた。
と思いきや、いきなりの加速指示。
「完璧に馴致は熟しているって聞いてたけど、まさかここまでとはね」
満足気に頷きながら、鞍上のタケユタカは次々と指示を出す。
ちょうどこの前のエドモンさんみたく、どこまでできるか測るみたいに。
「……本当に全部理解してるみたいだね。なら、ちょっと付き合ってもらおうかな」
未だに理解が追い付いていない、というよりも現実逃避をかましている自分を他所に、再三タケユタカは加速の指示を出す。
もう考えるのが億劫になった自分は、若干の腹癒せもあって思いっきり踏み込んでみせた。
「うぉっと……はははっ、賢いのにこんだけスピードも出せるのか……!」
『まだ出せる』
「凄い……! こんな馬、初めてだ……!」
多分、あなたが将来出会う例の異次元の逃亡者と比べたらそうでもないと思うんですけど。
とはいえ、未来のレジェンド(仮)に褒められて嬉しくないはずもない。
少しだけ調子に乗った自分は、止められるまでコースを走り回るのであった。
□
「いやぁ、凄い。何回か見には来てたけど、実際に乗ってみると全然違うね。こんな凄い馬、本当に居るんだって驚いたよ」
「でしょう? あんなに走れるのにクラシック三冠路線に出られないだなんて、競馬界にとってこんなに不幸なことは無い」
「……そうだね。是非とも、彼の鞍上でクラシック三冠を走りたかった。彼となら、三冠……いや、無敗の三冠も夢じゃない気がするよ」
「……そこでなんですけど、穣さん。どうやら、フランスのエドモン騎手が日本でアルセーヌ号に乗るみたいですよ?」
「ああ、来年の短期騎手免許制度でか。なるほどね」
「良かったら、自分が口添えしておきましょうか?」
「え?」
「エドモン騎手が乗らない時のアルセーヌ号の鞍上の話です。個人的には穣さんにアルセーヌ号に乗って活躍して欲しいなんて思ったりしまして」
「……でも、そのエドモン騎手に悪いんじゃないかな?」
「出れても年に三、四回。元々アルセーヌ号は出られるレース自体少ないですけど、それでもあの馬がたったそれだけしか日本で走れないなんて勿体無い。私はそう思うんです」
「それは、確かにそうだけど……」
「……穣さんは、アルセーヌ号に乗りたくないんですか?」
「あー、そう言われたら困るなぁ……じゃあ、頼んでも良いかな?」
「もちろん。アルセーヌ号のこと、お願いします」
「はは、馬主さんみたいだね」
「……そんなんじゃないですよ。ただ、アルセーヌ号の育成を担当すると、こんなに凄い馬が活躍出来ないなんて有り得ないって、そう思うんです」
「なるほどね……その気持ちは分かるかもしれない」
「でしょう? だから、アルセーヌ号をたくさん勝たせてやってください。頼みます」
「ううん、こちらこそ。その時まで、アルセーヌをお願いします」
□
年は移って、1990年の春。
二歳、又はこの時代の日本競馬的には三歳になった自分は晴れて育成牧場を卒業し、栗東のトレーニングセンターに入ることになった。
「それでは、アルセーヌさんをお願いしますね」
「はい、任せてください。アルセーヌ号は、自分達が責任を持って第一線で活躍する名馬にしてみせます」
「ふふ、頼もしいですね。アルセーヌさん、頑張ってきてください」
『任せてください、白恵さん。自分は、責任を持って第一線で活躍する名馬になります』
自分を預かることになったのは、栗東所属の調教師歴三年目の若手
元々は騎手をしていたのだとか。若くして引退し、調教師に転向したらしい。
まだまだ勝利数自体はそこまでだが、GⅡレース優勝馬も排出した期待の調教師とのこと。
いつも思うのだが、白恵さんの伝手が凄い。
白恵さんはこの後に用事があるみたいで、最後に手で自分の鬣を梳いてから急ぎ足で厩舎を去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで深く頭を下げていた篠田さんは、しばらくして自分に向き直って見つめてくる。
「アルセーヌ号、再三の自己紹介となるが、俺が君を預かることになった篠田だ。よろしく頼む」
『よろしく』
「ははは、聞いていた通り賢いな」
少し触れ合っただけで分かるような真面目さ。清潔感。
彼は、とても誠実な人間のようだ。信頼出来そうなので、しっかりお辞儀をしておく。
「それで、彼女が娘の
「よろしくね、アルセーヌ」
『どうも』
紹介されたのは後ろで控えていた、まだ二十歳にも満たなそうな少女という印象がピッタリの女性、鈴音さん。
どうやら、家族ぐるみで調教師業をやっているようだ。
また新たな縁が増えたことを感慨深く思いながら、案内されて自分は馬房に向かうのであった。
アドバイスとかあれば是非。
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よろしくお願いします。
アルセーヌ
1988産
父サガス
父の父リュティエ
父の母セネカ
父の母の父シャパラル
母クラスアリュー(架空馬)
母の父トロイ
母の母エクラ(架空馬)
母の母の父リボー
主な勝ち鞍