夜明けと晴天   作:まみむ衛門

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ページを開いていただきありがとうございます。ぜひお楽しみください。

また、よろしければ、以前投稿した拙二次創作『マジカル・ジョーカー』(原作『魔法科高校の劣等生』)もよろしくお願いします。

https://syosetu.org/novel/198515/


1話・邂逅

 二〇一八年六月某日、神奈川某所。

 

 暑さが増してくる中、ややお洒落ながらも派手ではない夏服を着た高校二年生の少女が、彼女が通う高校へと続く長い坂道を登っていた。

 

 黒い髪は肩甲骨のあたりまで伸びていて、校則に合わせて二つ結びのおさげ縛りで、前髪はやや目線が隠れがちな長さだ。落ち着いたデザインの眼鏡をかけていて、大人しい印象を受ける。

 

 しかしながら、彼女が急勾配の長い坂道を登る足取りは、周囲に比べて軽かった。汗も季節相応にかいてはいるものの周囲の生徒に比べたら少なく、顔にも疲労の色は見られず平然としている。大人しそうな見た目に反して、この坂道を苦にしている様子は見られない。

 

「おはよー、ふう、疲れた」

 

 そうして、周囲の生徒に比べてすらすらと坂道を登り切った彼女は、そこにあるいたって普通の学校の教室に入る。おだやかで控えめながらも、不思議と聞こえやすい声でのあいさつは、まだ登校者が少ない教室に、やや目立つ形で響いた。

 

「なーにが疲れたなの、成宮さん……平然としてるくせに」

 

「いや、この暑さであの坂は流石にキツイって」

 

 席に着いた彼女――成宮咲来(なりみやさくら)に、クラスメイトの女子が声をかける。実際、咲来としてはそれなりに疲れているつもりだが、大して汗もかいておらず、息も切れていないのは、他の生徒から見たら明らかにおかしかった。大きな声で「あー!」と叫びながら咲来に遅れてたった今教室に入ってきた体力自慢の男子の顔色が疲労困憊で、汗だくなのを見たら、咲来の平然とした様子は、浮いているように見える。

 

 カバンから勉強道具を取り出し机にしまいながら、全開だというのに風が全く入ってこない窓の外をぼんやりと眺める。

 

(……もうすぐ一年かあ、だいぶ慣れてきたかなあ)

 

 季節のわりに、空には雲が少ない。もう少し空を覆ってくれればいくらか日差しを遮ってくれたはずだが、あいにくながらの晴天だ。

 

 義務教育の小学校・中学校に比べて、入学に試験が必要となる高校において、転校生は少ない。ましてやこの高校は、地域では少しだけ有名な、私立の進学校だ。とびぬけて頭が良いわけではないが、入学試験の難度も倍率もそれなりにある。転校のハードルは高いはずだが――咲来は、去年の九月に、ここに転校してきた、珍しい転校生だった。

 

「――っ!」

 

 そして突然、右膝と左肘に、鈍い痛みが走る。彼女の言うような急勾配の坂道が原因ではない。これといって怪我をしているわけでも疲れているわけでもなく、その痛みは、幻覚に近いものだ。

 

「ん? どうしたの?」

 

「え、あ、いや、なんでもないよ、ごめんね?」

 

 声をかけられ、曖昧に笑いながら誤魔化す。口では何でもないと言いつつ、幻みたいなものだというのに、痛みはだんだんと現実感を伴って激しくなってくる。咲来は周囲に気づかれないよう、深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせ、その痛みをこらえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーなー成宮ぁ、最近すげぇ体が重いんだけどよぉ、治してくれねえか?」

 

「わ、私はお医者さんじゃないよ?」

 

 四コマ分の授業が終わった休み時間。咲来に少し遅れて登校してきた例の男子が、軽い調子ながらも少し深刻そうに話しかけてくる。咲来は急に声をかけられたことにびっくりしながらも、「お決まり」となった返事をした。

 

「えー、でも、浅井は成宮に相談したら嘘みたいに治ったって言ってたぜ?」

 

「それは偶然でしょ?」

 

「あー、私も成宮さんに相談したら、肩こりが治ったんだよね!」

 

「それも単に寝不足が原因だったじゃん……」

 

 別のクラスメイトの女子も話に参加してくる。咲来は少し慌てながらも、ばれないようにしながら、さりげなく男子の身体を「凝視」する。そこには、なんらかの異常が見られなかった。

 

 こうだと、咲来に出来ることは、「先ほどの女子の相談に乗った時と違って」何もない。適当に、長風呂や整体通いを勧めて、話を終わらせる。

 

 もとより、控え目で弱気な彼女は、目立つことは苦手だ。ちょっとした善意でやったことが、ずいぶんと広まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それでも、「もうやめよう」、とは、一切思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。定期テストが迫る「テスト期間」と呼ばれる時期なので、部活動やその他放課後活動は原則禁止され、生徒たちはこれ幸いと、ホームルームが終わると我先にと教室から出ていく。

 

 この学校は住宅地からだいぶ離れた山の上にあるため、登校時は皆等しくそれなりの距離を移動することになり、最後には急勾配かつ長い坂道が待ち構えているため、生徒たちの足取りは重い。しかし、帰り道は下り坂のため、大した負担にはならず、帰る生徒の足取りは軽いのだ。そこの差は、「登校」「下校」の差だけではなく、この学校の立地も大きく関係していた。

 

 そんな中、咲来は不自然にならない程度にスローペースで帰りの準備をして、周囲からあえて遅れる。そうして人気があらかたなくなったところで向かったのは、下校のための校門ではなかった。

 

「なんか最近、多くなった気がするなあ……」

 

 ぼけーっと気の抜けた声で独り言をこぼしながら向かったのは、校舎の裏手にある、持て余して空き地となっているスペースだ。立地上地価が安く、調子に乗って無駄に広い敷地を確保した結果、こうして余ってしまったらしい。緑化という名目で木が生えっぱなしであり、高校生が遊ぶにはあまりにも不自由なため、誰も寄り付かない。体育倉庫に入りきらなかった、多少野晒しでも問題ない道具が置かれているのと、あとは百葉箱や理科で使う花壇がある程度である。

 

 そんな林の中に、彼女は制服とパンプスのまま、迷いのない足取りで入っていく。外側は柵で区切られているので、迷う心配はない。

 

 学校と言う場の特性、さらには敷地内に人目につかない林がある状態。こうした立地上、ここには、他の場所に比べて、「あるもの」が現れやすい。彼女はそれを探す目的で、たまにここへと足を運んでいて、最近はやや「あるもの」が増えてきた気がするので、日課にすらなっている。

 

 ふらふらと十数分、所詮校内の一角にある林のため、すぐに探索し終わる。

 

 今日はいなかったみたいだ。

 

 咲来はそう安心しながら、戻ってすぐ家に帰ろうとする。それなりの学校なだけあって、定期テストの競争は激しいし、四か月分ぐらいの「遅れ」も取り戻さなければならない。

 

(今日やるお勉強は、えーっと、とりあえず数学Bと……)

 

 ぼんやりと考え事をしながら歩いているうちに、林を抜けて――快晴の昼間ということもあって、一気に視界が開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、知らない男の目の前に、「化け物」がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金髪で白いスーツを着た男。見たことないが、スーツを着て学校にいるということは教師だろう。金髪で身長が高く筋肉質に見えることから、外国人のALTかもしれない。顔は後ろ姿なので分からないが。

 

 問題は、その少し向こう、男の正面、数歩の距離にいる、「化け物」。

 

 縦に2メートルはあろうかと言う巨体に、同じく横幅も大きい巨体。ぶよぶよとうごめいていて、紫とも濃い青とも言い難い本能的に不気味さを覚える色だ。そしてそこから、血色の悪い手足がいくつも生えている。頭と見られる部分には、子供程度なら丸呑みできそうな大きな口が二つあり、その歯は肉食動物のように鋭い。

 

 そしてその化け物は、ぼんやりと立っている男をその視線に捉えて――片方の口の端を吊り上げて、ニィ、と笑いながら、もう一つの口を開けて、男に飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い肌に、整った金髪。その男はクォーターであり、特にデンマーク人である祖父の特徴を受け継いでいた。

 

「ここが最後の場所ですか」

 

 大人数の生徒の波に逆らって、初夏の長く険しい坂を「汗一つなく」登り切ったその男は、目的地である校舎を見上げる。

 

 その姿は――あまりにも「浮いていた」。

 

 クォーターであるがゆえの見た目の問題だけではない。

 

 その男は長身で体格が良く、また、妙なサングラスと、派手なネクタイとシャツに白いスーツを着ていた。

 

 金髪サングラスで派手なスーツを着た体格の良い男――はっきり言って、「カタギ」には見えない。控え目に言ってホスト、ありていに言ってしまえばヤクザだ。

 

 そんな男が、学校の正面で、校舎を見上げている。

 

「そこのあなた、何か御用ですか?」

 

 校門から出る、少し遅れた生徒たちが、彼を避けるようにおびえながら去っていく。まあまあの進学校だからかそうじて大人しそうであり、そんな彼らに、この男は刺激が強い。

 

 それを見とがめたのが、門番の役割も果たしている、これまた男に負けない体格の体育教師だ。

 

「ああ、失礼しました。私、先日許可を取った者です」

 

 男の返事は、見た目に似合わず、礼儀正しい。しかしどこか平坦で棒読みであり、敬語は上っ面だけで、へりくだっているようには聞こえなかった。

 

 男が懐から取り出したのは、「入校許可書」と書かれたカードだ。それを見て、体育教師は少しだけ驚いて目を見開く。

 

 彼が普段見る、保護者向けの、色紙に大量印刷してハンコを適当に押しただけのものではない。自治体の教育委員会の長、学園長、そして学校を運営するグループの会長、と、お偉方のハンコが勢ぞろいしている。カードのデザインや材質も豪華で、どこか格調高い。

 

「これは失礼いたしました。して、どのような御用で?」

 

「学園長との相談に参りました。設備についてのお話です」

 

 なるほど、そういうことか。体育教師は納得して、男を招き入れた。その男も、平然と中に入り、校門の正面にある校舎入口へと入っていく。

 

 そうして校舎に入り、体育教師からの死角になると――男は、学園長室へと向かうことなく、裏口からまた「屋外」へと出る。

 

 そうして向かうのが、およそ「設備の相談」をしにきた外部の人間が一人でいくはずがない、校舎の裏手。その歩みは、初めてくる場所のはずなのに、迷いがない。

 

 ついたのは、目の前には小さな林が広がり、周囲に花壇や百葉箱がある空きスペースだ。

 

 その光景をぼんやりと眺めたのち――男は、ふう、と、疲れたような、いや、面倒なことになったとでもいうような、重いため息をつき――振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、化け物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、学校は多いですね」

 

 サングラスをかけているから、この呪霊は、自分が「見えている」ことが、視線から分からない。すっかり油断しきって、喜悦の笑みを浮かべなら、その大口を開けた。

 

 さっさと対処するか。

 

 男が腰から何かを取り出そうとしたとき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――目の前の化け物が、「爆ぜた」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボッ! と鈍い爆発音とともに、化け物の分厚い肉体がはじけ飛ぶ。どうやら化け物の背中側が爆発したようで、化け物の体が盾になって、男にさほどの爆風はない。

 

 直後、次々と化け物の体の各所が爆ぜていく。その急なダメージに化け物は身もだえして抵抗するが――そのまま瞬く間に、消しとばされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大人しそうな女の子が、控えめながらも焦ったような声で話しかけてきながら、背後から駆け寄ってくる。

 

 制服からして、この学校の生徒だ。なぜこの時間にこんなところにいるかは不明だが、男にとっては、それよりも不可解なことがあった。

 

「今のは?」

 

「え!? あ、えーと、は、蜂が! 大きな蜂がすごい勢いでそちらに飛んでいったので! お怪我とかありませんか?」

 

 問いかけると、慌てたように声を出し、目を逸らしながら、理由を説明する。嘘をついているのは、この快晴の青空よりも明らかだ。

 

「ええ、平気です」

 

「よかったぁ」

 

 とりあえず心配されているらしいので、大丈夫であることを告げると、その大人しそうな少女は、気の抜けた笑みを浮かべて、ため息をついた。

 

「それよりも、今のは?」

 

「えっと、だから、すごく大きな蜂が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはもう結構です、今のは何をしたんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛んできて……え?」

 

 言い訳を遮り、問いただす。

 

 今の化け物が爆ぜたのは、明らかに、目の前の人畜無害そうで優しそうな少女によるものだ。

 

 数秒の、沈黙。いくらなんでも気が早すぎるセミの声と、夕方が近づいてきたからかようやく吹き始めた風の音がよく聞こえるが、二人とも、そちらに耳を傾けてはいなかった。

 

「えーっと、その………何を見ました?」

 

 震える声で、口を曲げながら、誤魔化すように笑いながら、少女は問い返す。

 

「『呪霊』が内側から爆発しました」

 

「じゅ!?」

 

 少女の声が裏返り、その顔が驚きに満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は七海建人、呪術師です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、な、なるほどぉ」

 

 自分からこう名乗った方が話は早いだろう。男――七海は、自分から自己紹介する。それに対して少女は、色々想うところがある、複雑な顔で、中身のない返事をした。

 

「それで、あなたは?」

 

 そして、改めて問いかける。

 

 この少女にも、「見えている」。そして、少女は、あの呪霊を「祓った」。

 

 これは、「ちょっとした」では済まない事態だ。七海は判断し、場合によっては、対応を考える必要がある。

 

「そ、そのう……」

 

 気弱で大人しい性格なのだろう。色々とハプニングが過ぎると、派手なスーツを着た金髪サングラスの体格が良い知らない男に問い詰められているという状況が、少女を委縮させていた。そして、そんな「普通の」機微に対し、七海は、「普通に比べたら」、やや鈍感なきらいがあって、それには気づかない。

 

 ただ仮に自覚があっても、彼女の答えが遅いのは、彼の見た目以外にあることが容易に分かる。

 

 委縮して怯えている以外にも、単純に、答えにくそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成宮咲来、です……その、『今は』、ここの生徒で……元、高専生、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、七海健人と、成宮咲来の、出会いだった。




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