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(おかしい)
怒りと、後悔と、自責と、悲嘆と、申し訳なさが、七海の中であふれている。頭に血が上り、鈍痛がする。
ただ、幸か不幸か、それは彼から、冷静さを奪い去ることはなかった。
冷静に、自分の情けなさとあふれ出る感情を自覚してしまいながら、疑問点を吟味する。
(≪獅子蟲≫は、呪霊に飲み込まれて活動を始めたら――「他の呪霊に乗り換えて力を増していく」はず)
信頼できる伊地知の調査によるものだ。間違いはない。外部の一般高校に置いておく程だから情報もある程度残っており、高専の蔵書室ですぐに過去の資料が見つかったと言っていた。
確かに最初は、あの呪霊に飲み込まれることで力を取り戻した。
最初から特級は間違いない呪力なのも、あの飲み込んだウツボ型呪霊が1級相当だったことから納得がいく。
だが――咲来を飲み込んだことで、その力がまた数段進化したのは、理解できない。
まず咲来が呑み込まれたこと自体が理解したくないが、不幸なことに、その現実をすでに受け止めてしまった。もう次の行動に移ることができており、戦闘を開始している。
呪霊は、人間、特に呪術師を食らうことで、その呪力を増すことはできる。それは確かだが――≪獅子蟲≫の強化具合は、およそ、咲来の2級相当の呪力に見合っていない。
元々が特級だったのだ。咲来を飲み込んだところで、その強化は誤差程度にしかならないはずだ。
『んんん、なるほどなぁ~。こいつ、珍しい術式を持っているなぁ~?』
「だまれ」
ふざけきった喋り方に、マグマが噴き出すように怒りが湧き上がる。それを力に変え、七海は鉈で斬りかかった。
≪十劃呪法≫と、全力の斬撃。例え特級でも、ダメージにはなるはずだ。
『何度やっても無駄だなぁ~?』
だが、無意味。インパクトの直前、攻撃される部分のみあえて靄を引かせることで、七海の攻撃は毎回空を切るのみだ。不定形が多い呪霊の中でも、特に形を自由に変えられる。彼の攻撃は打撃・斬撃しかないため、相性としては最悪だ。
――こんなやり取りを、先ほどから、何度も繰り返していた。
七海の攻撃はほぼ無意味。≪獅子蟲≫のほうは、その足掻きを見るのがよほど楽しいらしく、あえてほぼ反撃せず、愉悦を満面の笑みで表現しているのみだ。
そして、そんな数少ない反撃が飛んでくる。
靄の一部を切り離して、七海に飛ばす。その速度たるや銃弾の様だが、かろうじて回避に成功した。
そして、その靄は「爆発」して、急激に体積を増やした。
「――っ!」
その衝撃はすさまじい。それに備えて呪力でガードし、吹き飛ばされた後も受け身は成功。無傷だ。
だが、この攻撃が、七海の精神と思考と、蝕んでいる。
「なぜお前が、成宮さんの術式を!」
考え続けてきたことを、怒りに任せて口に出す。
まさしく咲来を殺した仇がその術式を使うことが許せない。
だが、この叫びには、そのまま、疑問の意味もある。
――数少ない反撃は、咲来の術式である、≪爆散≫を用いている。
今日だけで何度も見たから、間違えようはない。
≪獅子蟲≫の術式がそれだとは聞いていない。術式が判明していたら、伊地知が見つけて教えてくれたはずだ。
それにそもそも。咲来は過去話の中で、記録には残っていない珍しい術式だと言っていた。七海も、似たようなな術式すら知らない。
しかし現に、≪獅子蟲≫は、≪爆散≫を使用している。
『カカッ、嫌だろうなぁ~、苦しいだろうなぁ~、憎らしいだろうなぁ~! 人間のその感情、最高だなぁ~!!!』
喜悦に浸りながら、はらわたが煮えくり返る程愉快そうに嗤う。そうした感情が好きなのは、いかにも呪霊らしい。
『冥途の土産に教えてやろうかなぁ~』
身体の一部を切り離し、今度は複数連射してくる。その軌道は複雑で、どのタイミングで爆発するか分からないこともあって、七海は大げさに回避するほかない。元々意味をなしていなかった攻撃を、することすらできない。
『オレ様の術式は≪
江戸時代から今まで封印されていたくせに、口癖こそ気になるものの、その言葉は実に現代的だ。それゆえに説明は分かりやすく、「縛り」として機能する。
『そしてその神髄はなぁ~、取り込んだ奴の術式全部と、その知識の一部を、奪うことができるんだなぁ~!』
呪力が爆発する向こう側で、受け入れがたい説明がなされる。
大したダメージは食らっていないのに、精神的には、頭を横殴りにされたかのような衝撃を覚えた。
(呪霊に取り込まれて力を増すのは、術式ではなかったのか!)
歯噛みする。呪霊に理屈や常識は通じない。それはその知性や精神性のみならず、本質そのものにも言えることだ。
(あくまでも、それは呪霊としての「性質」、いわば生態に近いものに過ぎなかった! 食われないと力を発揮できないのは、「縛り」にもなっている!)
元々の素養もあったのだろうが、そこに生まれ持っての性質が制限となり、天与呪縛めいた現象が起きて、強力な特級呪霊となったのだろう。
そんな性質を、超自然的現象であるがゆえに、術式だと勘違いしてしまった。
その末路がこれだ。
命の恩人は飲み込まれ、その術式が自身を殺そうとしている。
七海個人の話をするなら、憎たらしい因果で済む。
それよりも、咲来の術式が人を助けるのではなく悪意をもって傷つけるために使われているのが、七海の心を抉る。
――これ以上ないほどに、咲来が、冒涜されていることに他ならない。
もはや自分はこの際死んでも構わない。どうせ咲来がいなければすでに消えていた命だ。ここで力尽きるのも仕方ないだろう。
だが、負けるわけにはいかない。
ここで止めなければ、咲来の術式が、多くの命を奪うことになる。
それだけは――それこそ、自分の命に代えてでも、防がなければならない。
「私の術式は、≪十劃呪法≫」
鉈を改めて構え、全身に呪力をみなぎらせる。
「対象を7:3に分割した時、その分かれ目に強制的に弱点を作り出す術式」
『カカカカッ、そっちも面白いなぁ~。使いにくそうだけど、攻撃力は高そうだなぁ~』
術式を説明することで、呪力を強化する。それは分かっているだろうに、術式について興味深そうに反応する程に、≪獅子蟲≫は余裕そうだ。むしろ術式を聞いたからこそで、≪獅子蟲≫から見た相性の良さが、余裕の理由かもしれない。
今は時間外労働。術式の説明も終えた。
これだけ重ねてもまだ、祓えるビジョンが浮かばない。
それでもやるしかない。
『じゃあ、せっかくだからこれなんかどうかなぁ~?』
睨みつけられる中、靄の一部がもぞもぞと動き出す。それはだんだんと口の方へと集まっていき、その空洞の中から吐き出され――徐々に膨らんで、人の形を作っていく。
「たす、け、いた、や――――」
そして現れたのは、変わり果てた咲来の上半身だった。
「――――――――ッ!!!!」
目の前が真っ赤に染まる。もはや叫び声すら出ない。
全身の力をフル稼働して、怒りに任せて斬りかかる。
『おっとぉ、危ないなぁ~』
しかし、その攻撃もまた、全身の力をフル動員して、止めなければならない。
「このゲスがっ!」
少し身をよじり、その攻撃の軌道上に、咲来を挟んだ。突然目前に、咲来の苦痛と恐怖にまみれた姿が現れ、七海は無理な体勢で急ブレーキをかけ、無様に転ぶ。
『カカカカカカカカカカカカッ!!! 人間ってのは、いつも大馬鹿だなぁ~!!!』
そして靄の一部が伸びて、倒れる七海にぶつかり、まるで蹴飛ばして転がすように追撃した。
『偽物だと思うなよなぁ~? このガキはまだ生きているんだなぁ~。消化にちょっとばかり時間がかかるんだなぁ~』
余裕綽々の説明。それを聞きながらも、七海もただでは済まさない。転んだ際に拾った小石に呪力を籠め、咲来から離れた場所に弱点を作り出して、指の力で飛ばす。
『おっと』
だが当たる直前、その弱点が≪爆散≫した。
「アアアアアアアアアアアッッッ――――――!!!!!」
夜闇をつんざく悲鳴が、世界を揺らす。
上半身だけの咲来は、その苦痛から、ポニーテールの髪を振り乱して暴れまわる。
「痛い! 痛いイイイイイ!!! いやアアアアアア! たす、助けて! 先生! 霞ちゃん! 真依ちゃん! 先輩! みんな! いや、いや、助けて――七海さん!!!」
「成宮さんに何をした!?」
その尋常ではない様子を見て、七海はまた感情に任せて叫ぶ。それをニタニタとにやけて見ながら、おどけるように、≪獅子蟲≫は答えた。
『別になんてことはないなぁ~? このガキの術式を、お前が狙った弱点に使ったんだなぁ~。爆発させて体積が変われば、弱点も無効だなぁ~? 流石に当たると痛そうだからなぁ~。カカカカカカカッ!!!』
何かの虫の鳴き声のようでいて、それらのどれにも似ていない、不快極まりない哄笑。
『この身体のほとんどは、オレ様からすれば操っている人形も同然でなぁ~。オレ様自身で操作できるが、ここのダメージ自体は、オレ様自身でどうこうする分には、オレ様にほとんど入らないんだなぁ~』
言い回しからして、外部からの呪力攻撃は、あの本体ではないらしき靄へのものでも、≪獅子蟲≫そのものにもダメージがあるらしい。自分でやる分にはなんてことない理由は分からないが、それこそが、特級呪霊たる「常識外れ」だ。
『だがこのガキは、所詮操り人形と同じでなぁ~。ダメージや痛みは、ばっちり感じちまうんだなぁ~』
その説明は、七海が想像した最悪と、恐ろしいほどに合致していた。
≪獅子蟲≫への攻撃は、靄を無くして空を切らせるにせよ、≪爆散≫で体積を変えて弱点でなくするにせよ、ほぼ通らない。相手の反応を上回って攻撃を当てるしかない。
そして、攻撃が成功するにせよ、≪爆散≫によって失敗するにせよ――咲来には、多大な苦痛が与えられる。
命を救った相手であるはずの七海の攻撃で痛めつけられるか。
自身の術式であったはずの≪爆散≫で苦しめられるか。
咲来には、そのどちらかが襲い掛かる。
そして、そのどちらも――――七海の攻撃が、その原因となる。
(――――)
頭が真っ白になった。
人助けが好き。心優しく、穏やか。その身を犠牲にして人を助ける意志がある。多くの人を見返りも求めず助けてきた。自分の命も助けてくれた。
そんな咲来が――ただ生かされているだけの状態で、ひたすらに冒涜され続ける。
磔にされたように変わり果てた姿をさらされて。
その≪
そして自身すらも痛めつけることに使われて。
命を助けたはずの自分の攻撃によって、苦痛を与えられる。
悪意を持ってその状況を作っているのは、≪獅子蟲≫だ。
だが、こんな状況を作らせてしまったのは――自分に他ならない。
「成宮さん…………」
俯き、全身の力を抜く。
ダラリと腕も下げたことで、鉈が揺れる。それを十全に振るうために鍛えているはずなのに、やけに重く感じた。
「あ、あ、あ……」
目はうつろになり、口はだらしなく開いて、涎がこぼれている。
大人しそうで、年相応で、真面目そうで可愛らしかった咲来の顔は、乱れに乱れていた。
俯いているのに、嫌でも視界に入ってしまう。目をそらしてしまいたい。だが、それを、自分に許さなかった。
『なんだ、ついに諦めたかなぁ~? 妹だか娘だか弟子だか恋人だか分からんが、苦しめたくはないよなぁ~?』
そのどれでもない。つい半日前に会っただけの、ただの大人と子供でしかないはずだ。
ただ、二人とも呪術師で、呪術界から去った経験があって、そしてお互いに背中を預け合って戦い合った仲でもある。
七海が咲来に抱く感情は、≪獅子蟲≫が言うどれかに似たような、そうでないような、特別なものに変わっていた。
「本当に、申し訳ございません」
瞬間、七海は急接近し、咲来の腕を掴んで、思い切り引っ張った。
「アッ!?」
『てめえ、何するつもりだなぁ~!? そんなことしたって引っ張り出せねえんだなぁ~!』
急な衝撃に咲来が悲鳴を上げ、くっついて引っ張られる≪獅子蟲≫も混乱しながら叫ぶ。
七海はそれに構うことはない。これで咲来が引っ張り出せれば、などという、希望すらない。
咲来を掴み、巨大な黒い靄の呪霊を引っ張り、校庭を疾走する。
その向かう先は――一般人に戻った咲来が日常を過ごした、少し洒落た校舎だ。
「ふんっ!」
全力を籠めて、七海は咲来と≪獅子蟲≫をその校舎に投げつける。あまりにも急でかつ意味がない行動に動揺して抵抗できない≪獅子蟲≫と咲来はそのままなすすべもなく壁面に叩きつけられ、クレーターめいたものができるほどの衝撃を受ける。
『気でも狂ったんだなぁ~?』
とはいえ、さほどダメージにはなっていない。痛みに悶える咲来と違い、≪獅子蟲≫は余裕そうだ。
衝撃で散った砂埃と粉塵を、身体の一部を切り離した≪爆散≫で払って視界を確保する。
そうして見えたのは、七海がその鉈を、思い切り校舎に叩きつけている光景だった。
直後、影が視界いっぱいを覆った
巨大な校舎が崩壊し、ただの大きな瓦礫となって次々と、雨のように降り注いでくる。
硬質な大質量同士がぶつかり合う大音声が世界を支配する、世界そのものが壊れていくような光景。
そう、まさしく、≪
七海の術式≪十劃呪法≫は、強力ではあるが、広範囲攻撃の手段がない。
だが、それはあくまでも術式本体のみの話。
周囲にあるものを利用すれば、どうとでもなる。
例えば、巨大建築物。そこに弱点を作り出し、全力で殴り飛ばせば、それらは一気に崩壊する。
その崩壊した瓦礫全てに呪力を籠めれば――多量の大質量物体落下攻撃となる。
これこそが、七海の拡張術式≪瓦落瓦落≫。
建物だけでなく、敵の想定も、そして敵自身も、全て壊しつくす、彼の必殺技だ。
これならば、≪獅子蟲≫全体まるごとを一気に破壊し尽くすことができる。切り離しや≪爆散≫による退避は間に合わない。
「……申し訳、ございません」
自身は巻き込まれないよう、早々に退避した。
崩壊した校舎を見つめながら、七海は、今にも土下座しそうな気持ちで、≪獅子蟲≫ごと潰され死んだであろう咲来に、再び謝罪する。
気が落ち込み、視線も落ち込む。
――そんな彼の目に、ボロボロになった眼鏡が落ちているのが映った。
歩み寄り、緩慢な動作でそれを拾う。
咲来がつけていた、視線を誤魔化す術式が込められた伊達眼鏡。
≪獅子蟲≫に飲み込まれ、また出された後もかろうじてついたままだったが、先ほど引っ張られた衝撃で、ついに外れたのだろう。
手のひらのちっぽけなそれを見つめながら、七海は、深い、深い溜息を吐く。
結局最後の最後まで、彼女を苦しめ続けた。圧死するというのは、どれだけ苦しいのだろうか。この術式を使うのは初めてではないが、敵の死にざまを想像して、気分が毎度少し暗くなる。ましてや、咲来を殺してしまったのだから、心臓に焼きゴテを押し付けられたかのように、胸が痛い。
この校舎にも、咲来は思い入れがあったはずだ。彼女の、優しく穏やかな日常の象徴。咲来がこの戦場に向かってきたのは、七海を助けるためではなく、学校を守りたいという思いもあったのだろう。だが、自分は、その学校をただの瓦礫にして、さらにはそれでもって咲来を殺した。
それに、瓦礫に潰されるという結末。咲来に対しては、ことさら悪趣味だ。彼女が呪術師を辞め高専を中退するきっかけになったのもまた、瓦礫の崩壊を起こす術式だった。今度はそれによって、命を救った相手に殺されるなど、あまりにも残酷である。
「………………ふぅ」
こうしていても仕方がない。
七海は重い足取りで、報告をするべく、一旦この場を離れようとした。
その時――
――背後で巨大な呪力が、再び膨れ上がった。
――巨大な爆発音とともに、瓦礫が吹き飛ぶ。
とっさに振り返って構えた七海の視界は、土煙で覆われている。
だが、その向こうにうっすらと見えるシルエットは、間違えようが無い。
『よくもやってくれたなああああああああああああ!!!!!!!!』
地の底から湧いてくるような、濃密な憎しみと怨嗟が籠った叫び。
もはやそこには、先ほどまでの余裕が欠片もない。
ダメージによって不安定になっているのか、はたまた感情の発露なのか、靄は先ほどまでよりも形が定まらず、わらわらと、まるで蚊柱のように蠢いている。
そしてそこから生える咲来の上半身は瓦礫で各所が潰され、酷いありさまになっていた。そして恐ろしいことに、≪獅子蟲≫とつながっていてそれがまだ生きている以上、あの咲来もまだ生きているし、意識も痛覚も残っているだろう。幸いにしてその目はうつろで、はっきりとした意識が残っているわけではなさそうだが。
(バカな、殺しきれなかった!)
≪瓦落瓦落≫は1級術師の中でも屈指の破壊力を持つ技だ。また全身を一気に押しつぶすため、体積の増減や一部を切り離すといった方法で防ぐこともできない。≪獅子蟲≫にはこれ以上ないダメージになるはずである。
これまでにないほどに、焦りが加速する。
普通の攻撃では有効打になり得ない。校舎を破壊してしまったので、周囲に建物はない。全力でダッシュして逃げると見せかけて学校周辺の建物へと誘導することも考えたが、もう引っかかるとは思えない。それに、校舎クラスの建築物でダメだったとなると、せいぜいが少し大きい一軒家程度しかないこの周辺では、止めをさせなさそうだ。
『あ~、もう許さねえからなあああああ!!! お前も絶対に食って、このガキみたいにしてやるからなあああああああ!!!!!』
靄が急激に膨らみ、幾本もの触手となって七海に高速で襲い掛かる。身体的・精神的に酷く疲労している中で、七海は駆けまわって回避する。
しかし――すぐに捕まってしまった。
脚に絡みついて動きを止められたのを皮切りに、四肢と首に不定形の触手が巻き付き、≪獅子蟲≫の近くへと引っ張られる。その感触は、数えきれないほどの小さな虫にまとわりつかれているようで、生理的な不快感を覚えた。
『――カカカカカッ、まあでも、術式のいい使い方は見せてもらったなぁ~。お手本ご苦労さんだったなぁ~?』
圧倒的優位に立ち、≪獅子蟲≫は余裕を取り戻した。それに対して七海は、絶望的な状況でも強がって、「裸眼で」睨みつける。サングラスは、引っ張られたときの勢いで落ちてしまった。その目はうっすらと充血している。
食われる。
どうにか暴れてあがきながらも、彼我の戦力差・相性から、もう勝てないことが分かってしまう。
このまま食われて、咲来共々邪悪な呪霊の大きな糧となって、術式が好き放題使われる。
止められずに役に立たなかったどころか、死んでからも足を引っ張り続けるということだ。
呪術師は、満足に死ねることは間違いなくありえないが、考えうる中でも、これは最も屈辱的な死である。
『そんな貴様に、このオレ様が――――お返しに、いいモン見せてやるんだなあああああああああ!!!』
そう≪獅子蟲≫が叫んだ直後。
その呪力が急速に膨れ上がり、周辺に満ちる。
黒い靄は手の形となり、複雑な形で組まれた。
(まさか――!)
七海はこれを知っている。
呪術の極致の一つ。
『領域展開・≪
瞬間、真夜中と≪帳≫による夜闇の景色が、悍ましい「肉」に塗りつぶされた。
「≪領域展開≫……!」
まさか使えたとは。
七海は湧き上がってくるありとあらゆる負の感情に任せて、奥歯を砕かんばかりに噛みしめながら、その正体を呟く。
生得領域は、具現化・展開するだけでも相当の呪力とコントロールを必要とする。それだけでなく、さらにその生得領域に、術式を付与した、究極の呪術。それがこの≪領域展開≫だ。
崩壊した校舎がある真夜中の校庭から、この領域は別世界となった。
地面も周りも空も、全てが、ピンクと赤黒が混じった、脈動する生々しいぬめぬめとした肉に覆われている。まるで内臓の中にいるようだ。それでいて、肉でできた地面の各所からは、何の種類かもわからないほどに食い荒らされ変わり果てた姿になった草花がまばらに生えていて、この上なく不釣り合いだ。
異界。そう呼ぶにふさわしい、理から外れた、呪いの空間。
人の負の感情から生まれた呪いが生まれながらに持つ心の中が顕現し、そこに七海は閉じ込められたのだ。
≪領域展開≫の恐ろしいところは、その対策が「ほぼない」ことである。
その領域に入った時点で、術式は必中。どんな抵抗も意味をなさない。
もし≪領域展開≫に飲み込まれたならば、その領域から脱出するか、より洗練された≪領域展開≫で上書きするしか、基本的には逃れられないのである。
領域からの脱出は不可能。少しでも逃げるそぶりを見せれば、即座に必中の術式に襲われ、その命を散らすことになる。
では、より洗練された≪領域展開≫はどうかというと、七海はそもそも≪領域展開≫ができない。
『これこそが「呪い」の真髄なんだなああああああ!!!』
自らの領域に七海を捕らえることができた≪獅子蟲≫は、気分がよさそうに高笑いしながら叫ぶ。
『といってもまだ不完全だから、あの時ほどのものではないけどなあああああ!!! 貴様を喰えば完全になるだろうが、見せられなくて残念だなあああああああ! それでも「たかが」人間に、これは無理だろうなあああああああ!!!!』
「ハッ、ほざけ」
悦に浸っている≪獅子蟲≫に、まさしくその
「これよりも、もっとはるかに素晴らしく、そして恐ろしい≪領域展開≫をできる人間がいる。ここで私が死ねば、その人が間違いなくお前を見つけて、なんてことなく祓うだろう。ちょうど蟲けららしく、羽虫を払うようにな」
『――カカカカッ、せいぜい強がってるんだなああああああ!!!』
絶望してる様を見せて喜ばせることなど、それこそ死んでもやってやるつもりはない。そんな七海の様子に苛立ちながらも、≪獅子蟲≫は圧倒的優位から、余裕を崩さなかった。
(――――――頼みますよ、先輩)
軽薄な態度の目隠しをつけた男が、閉じた瞼の裏に浮かぶ。
彼ならば、自身を喰ってさらに力を増したこの特級呪霊も、祓ってくれるはずだ。
自分の術式はまだしも、咲来の術式がこれ以上人を傷つけることを、止めてくれる。
それならば――ここで果てるのは、もはや、運命として受け入れるしかなかった。
『それじゃああああ――ご馳走になるかなあああああああ!!!!!!』
舌なめずりせんばかりの≪獅子蟲≫が、逸る気持ちに任せて、呪力を開放する。
途端、周囲を覆う肉の壁を食い破って、何千匹もの虫が、わらわらと湧き出てきた。
まるで黒い靄のような、小さな羽虫の群れ。
それだけではない。
それこそ獅子の肉を内側から食うような、蠕動する蛆虫や寄生虫の類。
山中で動物に吸い付き血を奪う、ヒルのような虫。
死肉に集まり食い荒らす、蟻やゴキブリのような虫。
様々な虫が、何千・何万と、競い合うように七海に殺到する。そしてその足先から頭まで、覆い尽くした。
靄に絡まれたときの比ではない。ありとあらゆる不快な虫にまとわりつかれ、今から全身をじわじわと食い荒らされるのだ。それでも弱みを見せまいと、顔を顰めない。
(――ああ、本当に、本当に、申し訳ございませんでした)
だが代わりに、目の奥が熱くなり、涙が流れてくる。
死の恐怖や、不快感や、全身を食い荒らされる苦痛によるものではない。
浮かぶのは、たった半日弱見ただけの、成宮咲来の姿。
自分を慌てて助けてくれた時の顔。怪我がないか心配してくれた時の表情。誤魔化そうとしたときの困り顔。正体を尋ねた時の複雑そうな何とも言えない表情。過去の話をしてくれた時の、悲しそうだったり嬉しそうだったり懐かしそうだったり苦しそうだったりとコロコロ変わった表情。そして再び自分を助けてくれてさらに一緒に戦ってくれた時の真摯な顔つき。
そしてその果ての、どこまでも苦しそうな崩れた顔と、精神が耐えきれるに虚ろになった表情、瓦礫に潰され血だらけの変わり果てた姿。
最後の最後に、あんな顔をさせてしまった。
その苦しみを生み出したのは自分だ。
そのあげく、こうして何もできずに死んでいく。
人の命を助けた彼女と比べ、自分のなんと卑小なことか。
一か所、虫が喰らいつく。
それを皮切りに、全身の虫が、ご馳走にありつこうと、活発に蠢き始めた。
直後、全ての虫が活動を停止し、ぽろぽろと全てが、「肉ではない空白の地面」に落ちた。
†††
(――――――霞、ちゃん?)
まるで永い眠りから覚めたように、はっきりとしない意識だが、咲来はそれを感じ取った。
もう一年弱会っていないが、分からないはずがない。何度も自分を守ってくれた、頼りになる、無二の親友の呪力だ。それが周囲に広がっている。
直後、全身に激痛が蘇った。
咲来はそれに抵抗しようと悶えようとするが、弱り切っていて、もぞもぞと小さく緩慢に、矮小な虫のように身をよじるしかない。
そしてそのせいで、強制的に、意識が鮮明になった。
『貴様、何したんだなああああああああ!!!!!』
真後ろからなのか自分の体の内側からなのか分からない場所から、本能的に不快な怒りの叫び声が聞こえる。
少しずつ鮮明になっていく、伊達眼鏡越しではない裸眼の視界。そこには、異常な光景が映っていた。
外側を覆うのは、グロテスクな肉の壁。だが、自身と、黒い靄に拘束されている七海の周囲だけは、静謐な虚空となっている。
これを、何度も、何度も、一緒に戦って見てきた。
これは、霞の、≪簡易領域≫だ。
別名、弱者の領域。
≪シン・陰流≫が持つ技術≪簡易領域≫。特殊な修行をすることで一定以上の呪力を持つものは理論上誰もが使える呪術だ。≪簡易領域≫は効果も弱く範囲も狭くまた多くの制限があるが、自身とその周囲を、範囲型や直接干渉型の呪術から守ってくれる。
それが生み出された発端は、≪領域展開≫への弱者の対抗だった。
より洗練された≪領域展開≫が使えるわけでもなく、領域から脱出ができるわけでもない。そんな、呪術の極致に対抗できない呪術師のために編み出された。
その目的通り、≪簡易領域≫は、≪領域展開≫からその中にいる人を守ることができる。
それが今この場で、不完全ながらも、展開されていた。
(霞ちゃんが助けに来てくれた?)
一瞬期待と心配が同時に起こるが、それはあり得ない。あのスタイルと姿勢が良くて綺麗な水色の長い髪と可愛く朗らかでよく変わる表情が特徴の無二の親友の姿は見えなかった。それに霞が未だ3級と言えど、もっとしっかりとした領域を張れるはずだ。
そして、咲来は気づく。
自分の目元から、伊達眼鏡が外れている。
そしてその裸眼で見る視線の先には、サングラスが外れて初めて見る七海の素顔と、彼が握るボロボロになった自身の伊達眼鏡があった。
――この伊達眼鏡に込められた呪術は、視線を誤魔化すものだけではない。
霞自身は、呪力に詳しくはなく、生得術式を持っているわけでもない。
そんな彼女が、自分にできることはないかと、呪具作成の名手であるメカ丸を頼りながらも、なんとか形にしたのが、この伊達眼鏡に込められたもう一つの術式だ。
それこそが、この≪簡易領域≫。
攻撃力は高いが自分の身を守る術がない咲来のために、霞が必死に作り上げて、加茂が用意した伊達眼鏡に込めた、彼女の努力と友情の結晶だ。
≪領域展開≫や生得領域に飲み込まれ、術式の効果が身に及んだ直後に、≪簡易領域≫が発動する。呪具に込めたものであり、かつ未熟な霞が作ったものであるため、その領域は未完成だ。
せいぜい持って十秒かそこら。ある一定以上の洗練された領域には対抗することができない。
だが、確かにこの数秒の間。
咲来の大切な親友の想いの集大成が、七海を恐ろしい呪いから守っていた。
(――――ありがとう、霞ちゃん!)
自然と涙が流れてくる。死にかけていた心が蘇り、感覚が鋭敏になり、思考がフル回転する。
全身を襲う激痛がより強く感じられて精神を蝕むが、それにも負けることはない。
この死から免れない状況だというのに、咲来は、今まで感じたことが無いほどの万能感が湧き出ていた。
このグロテスクな領域とその内側の静謐な領域を作り出しているそれぞれの呪力の構成、自身や自身とつながっている≪獅子蟲≫や七海のそれぞれの呪力の流れ、など、世界を構築する呪力が、より鮮明に感じられる。
――≪獅子蟲≫と咲来は今、繋がっている。
だからこそ≪獅子蟲≫へのダメージを咲来は感じるし、≪獅子蟲≫は咲来の術式を使える。
咲来は今、≪獅子蟲≫の一部と言っても過言ではなかった。
つまり――――彼女は今、この瞬間だけ、「特級呪霊並みの呪力を持っている」のである。
(本当にありがとう、霞ちゃん!)
七海を守ってくれている、微弱な領域。これもまた、負の感情から生まれる呪力によって成り立っているはずだ。
だがそれでも、そこには確かに、温かな想いを感じる。勘違いや感情論ではない。特級呪霊並となった呪力感性で、そうであると確信している。
しかし、そんな≪簡易領域≫も、ついに消えてしまった。また七海へと、虫がたかりはじめる。望みはもはや残っていないはず。
だが、それはあくまでも、「今まで通りの咲来」だったら、だ。
今の咲来は――今までにない可能性の世界へと、足を踏み入れていた。
(≪
魂の奥底から湧き上がった言葉を心の中で叫びながら、術式を発動する。
瞬間、グロテスクな世界も、蠢いていた虫も、全てが消え去った。
†††
とてつもない、≪領域展開≫にも劣らないほどの、次元の違う術式の気配を感じたと同時に、≪獅子蟲≫の領域、≪
それによって付与された術式も無くなり、七海にまとわりついていた虫は跡形もなく消え去る。
『ぐ、が、く――――クソガキイイイイイイイイイ!!!』
そんな必殺の領域を消された≪獅子蟲≫が激高し、暴れる。咲来が何度も激しく校庭の地面に打ちつけられる。その顔は苦悶に歪んでいたが、その口元には、達成感からか、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
七海には分かる。
あの地獄の領域を消しとばしたのは、咲来の術式だ。
そんなことができるなど、およそ考えられないが――今の咲来は、人間であり呪霊でもある、過去類を見ない状態。何かしらの異常が、あったのだろう。
「……申し訳――――――――」
またも咲来が、その身を挺して命を救ってくれた。
自分は大人で呪術師、彼女は子供で非術師。本来なら、自分が守るべきはずなのに。
何度も何度も、咲来は身を犠牲にして助けてくれたのだ。
何度目か分からない謝罪を口にしようとする。
そして、思いとどまった。
咲来は人助けが大好きなのだ。
そんな彼女に助けられたならば。
かけるべき言葉は、謝罪ではない。
「――本当に、ありがとうございます」
感情が高ぶる。全身の感覚が鋭敏になり、力がみなぎってくる。呪力の流れも活発になり、そしてその全てを完全にコントロールできる確信が湧き上がってきた。
「――なな、み、さん。あと、は、よろし、く、お願い――します!」
何度も打ちつけられながら、咲来が叫んだ。
これ以上、彼女を苦しめるわけにはいかない。
愛用の鉈を大きく振りかぶり、未だ激高する≪獅子蟲≫に、高速で接近した。
その体に作り出すは、7:3の境目の弱点。
『何度やっても無駄なんだなああああ!!!』
≪獅子蟲≫が、人間ならば口角泡を飛ばしていたであろう勢いで叫びながら、自身の体に≪爆散≫を使う。体積が膨張して弱点は消滅し、咲来にその痛みが流れる。
そのはずだった。
術式が発動して体積が増える直前、その≪爆散≫が「消えた」。
それと同時に、消えることのなかった弱点へと、七海の鉈が振り下ろされる。
『があああああああああああ!!!』
「イッ――――!!!!!」
弱点を破壊された≪獅子蟲≫が悶え苦しみ、咲来も苦悶の表情になる。だが、唇から血がだらだらと流れるほどに噛みしめ、声を出すのはこらえた。
それを見て、胸にひどい痛みが走るが、七海はなおもためらわずに弱点を作り出し、そこに攻撃を叩き込む。
――――黒い光が、閃いた。
『ごぐあがるがああああああああ!!!!!』
「ッ――、ンッ――!」
その攻撃の破壊力は絶大。同じように生み出した弱点を殴ったとは思えないほど、先ほどの攻撃とは格が違うダメージが、≪獅子蟲≫と咲来へと入った。
それと同時に、七海の感覚はさらに深くなっていく。今や呪力粒子の一つ一つまでもが、明確に分かる気がするほどだ。
――≪黒閃≫。
呪力を籠めた打撃と呪力の衝突がほぼ全く同時だった時に起こる現象だ。
その衝撃はすさまじく、空間は歪んで、呪力は黒く光って雷のごとく迸る。
通常の呪力を籠めた攻撃に比べて、その衝撃は正しく桁違いだ。
しかもそれが、強制的に作り出された弱点へと叩きこまれた。
≪瓦落瓦落≫によるダメージに加え、激しく呪力を消費する≪領域展開≫も使った。≪獅子蟲≫は今、弱っている。そこに、弱点への≪黒閃≫が叩き込まれた。
――この時、≪獅子蟲≫は、生涯で二度目の、死への恐怖を感じた。
『おい、このガキがどうなってもいいのか! こんなに苦しんでるんだぞ! まだ生きる可能性だってあるんだ! オレ様が死ねば、このガキも死ぬんだぞ!!!』
強者としての余裕もプライドも、もはやない。咲来を人質にして七海をためらわせ、生存を図る。
だが七海は無言で、また弱点を作り出しながら、鉈を振るった。その顔には、ただ目の前の敵を祓おうとする、呪術師としての覚悟が浮かんでいる。
(こいつ!)
それに恐怖を増しながら、また≪爆散≫で体積を増やして弱点を無効化しようとした。
だが、またもや≪爆散≫は何かによって消滅し、残った弱点に、黒い光を伴う斬撃がまた叩き込まれる。
この黒い光が発生する攻撃の正体は分からない。
だが、術式が消える原因は分かった。
『さっきから邪魔しやがって、うざったいんだなああああ!!!』
死んだも同然の「消化途中の餌」の仕業だ。繋がっているゆえに、そのことがよくわかる。繋がっているのを逆手にとって、≪獅子蟲≫の呪力を利用して、邪魔をしているのだ。
もう≪爆散≫では防げない。
逃げ方を模索しながら、当初使っていた靄を切り離す方法へとシフトする。これならば、邪魔されることはない。
そして七海の≪黒閃≫が、黒い靄ではなく、咲来へと叩き込まれた。
『あああああああがああああごおおおおおおあああ!!!』
繋がっている以上、咲来への呪術的ダメージは、≪獅子蟲≫にも与えられる。当然のことだ。
≪獅子蟲≫は何の疑いもなく考えていた。七海は咲来に、何かしらの情を抱いている。だから、その体に攻撃しないだろう、と。
だが、違うのだ。
七海は、「咲来に情を抱いているからこそ」、迷わず攻撃をした。
「よろしくお願いします」と頼まれたから。
攻撃するのをためらわないよう、必死に声を出すのを我慢してくれたのを知っているから。
これ以上、苦しませないように。
これ以上、冒涜されないように。
七海は少しでも早く、≪獅子蟲≫に――そして咲来に、止めを刺すことを決断した。
咲来の血肉が飛び散る。その体が砕ける。靄が破壊される。黒い光が閃く。咲来の腕がちぎれ飛ぶ。骨が粉々になる。黒い光の向こうで、咲来の顔面がえぐり取られる。靄が暴れまわるが、どんどん小さくなっていく。
(まずい、こうなったら――!)
死ぬ。
≪獅子蟲≫は直感した。
故に、方針を切り替える。
一度これで何とか生き残って、こうして活動再開できたのだ。
またいつか、長い時を経て、この世界で好き勝手に生きれば良い。
今はまた、前みたいに――――一切の活動を停止して自ら封印される「縛り」を得ることで、破壊できない呪物へと成り替わろうとしていた。
「させない!」
七海が叫びながら、鉈を振り下ろす。それはついに、≪獅子蟲≫の「本体」ともいうべきところへと届いた。
――もし仮に、呪物の状態だったら。
随一の破壊力を誇る七海の攻撃、果ては最強の呪術師でさえ、これを破壊することはできないだろう。
だが≪獅子蟲≫は、封印が解かれ、呪霊に食われることで――呪霊へと「蘇ってしまった」。
故に、本体部分は特級呪霊の中でも特に頑丈なのだが――
――呪術師によって祓うことが、可能な状態なのだ。
そこに叩き込まれる、強制的に作り出された弱点への≪黒閃≫。
その数、一瞬のうちに、四連発。
一度≪黒閃≫を決めたことにより、また七海の意志による集中力の増加もあって、瞬間的に≪黒閃≫の確率が爆発的に上昇している。
連続記録は、自身が持つ、近年最大の危機である百鬼夜行の時に並び。
時間当たりの発動数は、その時のものをはるかに超えた。
特級呪霊≪獅子蟲≫。
人の負の感情により生み出された恐ろしい呪霊は――七海によって、完全に祓われ、消滅した。
「――――――――クソ!!!!!」
直後、衝動的に、七海は鉈を校庭へと叩きつける。
つい先ほどまで、消滅していく≪獅子蟲≫の本体――ミミズと回虫を足したようなあまりにも矮小な姿――がいた地面に突き刺さった鉈は、その周囲にちょっとした地割れを起こす。怒りに任せた全力の八つ当たりもまた、皮肉なことに、≪黒閃≫になっていた。
しゃがみ込み、額を抑えて、荒い息を沈める。暗くなった視界には、咲来の顔が鮮明に浮かんでしまった。
自分が攻撃をためらわないよう、死を超えるほどの苦しみを必死にこらえていた顔。
咲来に≪黒閃≫を叩き込む直前に見えてしまった、優し気な微笑み。
結局最後の最後まで咲来に助けられて、それでいて自分は、彼女ごと殺すほかなかった。
――そして、視界がどんどん、明るくなってくる。
長い長い夜は明けた。六月と言う季節柄、実際に夜は長くはなく、日の出はどんどん早くなっている。
咲来と出会ってから半日以上が経ち、太陽は昇り、雲一つない空から降り注ぐ温かな光は、夜を越え、白い温かな世界にしていく。
七海はその様子に、咲来が最後に見せた術式を、重ねて見てしまった。
だがそれ以上に、今は、この光が、この上なく憎らしい。
六月の季節らしく、雨の一つでも降ってくれれば、なんなら降らずとも曇りでいてくれれば。
自分の心や状況と重なって、少しは悲劇に浸り、現実から逃げることができただろう。
深いため息をついてから、のろのろとした動作で立ち上がり、天を仰いで、呟く。
「やっぱり、呪術師は、クソだ」
何せ、彼女は、一度やめたにもかかわらず、呪術師に戻ったことによって、助けた相手に殺されたのだから。
見上げる目から流れる一筋の雨とは裏腹に。
その視線の先にある空は、雲一つない、気持ちの良い晴天だった。
次回の最終話は明日投稿予定です