ここからは、「もし咲来がなんやかんやあって生き残り高専に復帰して交流会に参加したら」というIF編となります。
なおIF編と言うことで意図的に内容ははっちゃけていますのでご注意ください。
「その……戻ってきました!」
髪をポニーテールに結び、ワンピース型の真っ黒な制服姿の成宮咲来が、言いにくそうに頭を下げる。
それを見ながら京都校の学長である楽巌寺は、長いあごひげを撫でながら、好々爺風に笑う。だがその分厚い瞼と眉に隠れた目線は、ナイフのように鋭かった。
(離れていたはずなのに、力が増しておる……)
咲来が自主退学をした時。呪術師として適性がある人格かどうかは別として、強力で珍しい術式と術師に珍しい善良な性格の彼女が呪術界を去ってしまうのは惜しいと感じてはいたが、一方で、所詮は一回生――関西風の一年生――の4級術師だったのは、大きな痛手ではないとも感じていた。
だが、今の咲来はどうだろう。
トンネルへの任務に赴く数日前が、事件前に見た最後の姿だ。事件後は、自主退学の書類を提出しに来て真に中退の意志を確認するための面接をした時。
前者はまだまだ未熟で、後者は心が折れた弱者だった。
しかし今の咲来は、一年以上しっかり呪術師としてやってきた二回生達に劣らないほどの力を備えているように感じられた。
(儂の老眼が悪化していなければ、思い込みを加味しても、大きく成長しているな)
咲来が再び呪術高専に戻ってきた。
そのきっかけとなった事件の報告書は、にわかに信じられないものだった。
――咲来が転校した先の私立高校には、呪霊の発生を抑えるために、封印された特級呪物≪獅子蟲≫が置かれていた。
だが、先日、それの封印が原因不明ながらいきなり解けてしまう。
咲来は、調査に来ていた1級術師・七海建人と協力して≪獅子蟲≫防衛戦を戦い、霞たちから貰ったプレゼントを活かして、準1級以上を含む数多の呪霊を祓った。
だが、ついに少しの隙を突かれて呪霊に食われ、≪獅子蟲≫の復活を許してしまう。
その直後、復活した≪獅子蟲≫に食われそうになる寸前で、自身の目の前で呪力を≪爆散≫させて己を吹き飛ばし、回避にかろうじて成功。
その後、次々現れる呪霊を取り込みながら力を増していく≪獅子蟲≫相手に、七海に協力して戦う。
役割は、≪爆散≫の特性を生かして、集まってくる大量の呪霊の掃除だ。
≪獅子蟲≫の餌を無くしつつ、敵の数を減らすことで、七海が戦いやすいようにする。
そしてその激闘を制し、特級呪霊≪獅子蟲≫の討伐に成功した。
……およそ、4級術師の状態で中退した女の子が成しえる仕事ではないはず。
だが、現に、捏造した様子のない報告書が上がってきた。事実として受け止めるほかない。
そういうわけで、事前に成しえた偉業の報告書を見たせいで、「強くなっている」という前提を持たざるを得ない。
そんな色眼鏡をかけた状態で、以前と違って伊達眼鏡をつけた咲来と、対面することになった。
自分がそうした多少の思い込みがあることを加味しても――目の前にいる咲来は、以前とは見違えるように、強くなっているように思えた。
(……何はともあれ強くなっているなら大歓迎じゃな)
しかもそれで、呪術界に戻ってきてくれた。
大きな試練を乗り越えて、心身共に成長し、また「人助け」のために、真にやりがいを見出して、再スタートを切る。
そんな決断をしてくれた彼女を、歓迎しない理由はなかった。
だが。
「して、事前に聞いてはおるが…………呪術師には、なるつもりはないと?」
「……その、はい」
咲来が気まずそうに返事をする。
ここがネックだった。
結局のところ咲来は、未だにあの時のトラウマを乗り越え切れていない。より大きな試練を生き残ったが、いや、その試練が重なったからこそ、命を懸けた戦いへの恐怖は、未だ彼女の心を縛り付けているままなのだ。
「ふむ…………」
呪術師になるつもりはないのに、なぜ戻ってきたのか。
――咲来は将来、補助監督になるために、戻ってきた。
呪力を生かして人助けをすることにやりがいを見出したが、戦うのは怖い。
そこで、呪力を生かして、かつ非常事態以外は戦わずに仲間や世の中に貢献できる、補助監督になることを選んだ。
それが、あの≪獅子蟲≫をめぐる戦いを通して得た、咲来の将来の夢なのだ。
「………………よかろう」
たっぷり十数秒の沈黙。その末に、楽巌寺は、それを了承した。
呪術師になってくれないのは残念だ。
だが、気弱で人見知りしがちではあるが、真面目で常識を備えた善人で、地味な仕事や作業もさほど苦にしないタイプの彼女が補助監督になるというのは、頼もしい限りである。それに、最悪自分でちょっとした呪術師並みに戦える補助監督と言うのは、非常に貴重な上にありがたい。術式の特性も考えれば、呪術師に主目的の呪霊へ集中してもらうために、雑魚呪霊を露払いするという仕事も期待できる。
「ありがとうございます!」
咲来はパッと笑顔の花を咲かせて、深々と頭を下げた。
――こうして晴れて、咲来は、一度去った呪術高専へと、新しい夢をかなえるために戻ってきた。
――自分一人のために「補助監督コース」が新設されるのを知った彼女が恐縮しすぎて涙目になるのは、ここから数日後のことだった。
†††
「東京、ですか?」
夏がさらに本格的になってきたころ。
単位は全く足りていないが、一般高校で教科の単位を十分すぎるほど取っていたことと、一般人だったころにボランティアで数多の呪術案件を独力で解決し、また≪獅子蟲≫をめぐる戦いで活躍したことを踏まえて、特例で二回生となった咲来は、少し上ずった声で、オウム返しめいた質問をした。
「ああ、この夏に、東京の姉妹校と交流戦をやるんだ。その打ち合わせのために、学長についていってほしいんだ」
戻ってきてくれた可愛い生徒の純粋な反応を見て思わず頬を緩めながら、歌姫は説明する。
呪術高専は東京と京都にあり、毎年夏に、互いに切磋琢磨するべく、交流会を行っている。当然呪術師同士なので、その交流は過激な試合になるわけだが。
「学長と、その秘書として三輪が行く。成宮も、去年の交流会の時はもういなくて、向こうと面識ないからな。顔を見せてやってほしいんだ」
それならば、確かに理屈としては通っている。
「分かりました! ぜひ行きたいです!」
咲来は意気揚々と返事をした。その顔は明るく、興奮からかわずかに紅潮している。
歌姫にはわかる。これは、東京校に行くのが楽しみなわけではない。
おそらく、咲来の頭の中には、スカイツリーや上野動物園や原宿が浮かんでいるだろう。そしてその予想は、大正解だった。
だが、それは、急に収まる。
咲来の脳に、ある疑問が浮かんできた。
「その、戻ってきたばかりで呪術関連の単位とかそれなりにギリギリなんですけど……大丈夫なんですか?」
遠慮がちに、上目遣いで問いかけてくる。伊達眼鏡越しの視線は、今は逸らしていない。
歌姫にはわかる。問いかけは「大丈夫なんですか」だが、実際は、「本当の目的は何ですか」という問いだろう。
大きな試練を乗り越えて、こういった面でも、呪術師として成長しているようだ。
喜ばしい一方で、今は少し煩わしい。
歌姫は深くため息をつき、観念したように、口を開く。
「…………東堂と真依もついていくことになってるんだ」
「………………あ、はい」
それは確かに、霞と学長だけだと、ストレスで胃に穴があきそうな案件だ。
あの二人は、間違いなく、先方に迷惑をかける。
――楽しい東京観光には、ならなさそうだ。
†††
東京校についてからは案の定、楽巌寺の命令で、霞と学長とは離れて、勝手に動き始めた真依と東堂に同行することになった。
「その、二人とも……あんまり変なことしないでくださいね?」
先輩である東堂が含まれているので、真依に対しても敬語になる。
「あら、私がそんなトラブル起こしそうに見えるかしら」
「うん」
相変わらずセクシーで不敵な質問に、咲来は何のためらいもなく即答した。
「ずいぶんと図太くなったわね……」
そんなあまりにも遠慮がない反応に、真依は怯む。咲来は気弱で人見知りしがちだが、真に仲良くなった相手には、たまに毒が強く遠慮がないこともあるのだ。
「俺は別に、いつも通りだが?」
「そのいつも通りが厄介だって言ってるのよ……」
一方東堂は、なんのことだか分かっていない。思わず真依が咲来の味方に付いて、額を抑える。こんなことを言っているが、正しい世界線では、真依も相応のことをやっているのは余談である。
「なんでこっちいるんですか? 禪院先輩」
そんなこんなで、自販機で飲み物を買っていた二人と邂逅する。
事前に話を聞いていた通りの、今年入ってきた一年生の二人だ。不思議な髪形のハンサムな男の子・伏黒恵と、茶髪が似合うあか抜けた雰囲気の女の子・釘崎野薔薇。
(やっぱ東京の子おしゃれだなー)
それを見て、咲来は呑気な感想を抱く。ただし、野薔薇がお洒落なのは事実だが、彼女は「東京の子」ではないのだが。
「いやだなあ、伏黒君。それじゃあ真希と区別付かないわ。真依、って呼んで?」
そんな咲来の目の前では、真依が恵に話しかけている。すごくセクシーだ。そんじょそこらの男の子ならこれで顔を赤くするだろうが――恵は無反応である。
(東京の子って遊び慣れてるのかなあ)
あの顔ならば、女の子相手に遊べそうだ。
そんな、全く事実と異なる伏黒恵像が咲来の中で出来上がってしまった。
「こいつらが乙骨と三年の代打の一年生、ね」
「え、三年生もなんですか?」
そんな中、東堂の何気ない言葉に、咲来は思わず反応する。海外留学中らしい二年生の特級術師・乙骨の代打とは聞いていたが、三年生も不在とは聞いていない。
「知らないの? 三年生の秤は、去年の百鬼夜行の時に京都にいて、偉い人たちをぶん殴って停学中なのよ」
「え、ええ……」
真依の解説に、咲来は戸惑った。
テレビのイメージ通り、東京の不良は一味違うらしい。
またも全く違う人物像が出来上がる――ここまでお察しの通り咲来は田舎者的性格だ――中、どうやら真依や東堂と面識あるらしい伏黒が、口を開いた。
「それで、そちらの方はどなたですか? 見たところ、高専の生徒の様ですが」
彼の視線は、咲来の方を向いている。それを受けて、咲来は慌てて自己紹介した。
「あ、えっと、二年生の成宮咲来です。学長についてくるよう言われてここまで来ました。よろしくお願いします!」
ぺこっ、と勢いよく頭を下げて礼をする。それを見て、恵は戸惑った。
(常識人っぽいぞ!?)
明らかにやばそうな東堂と、イヤミ満点の真依と一緒にいるから、てっきりやばいやつだと思っていた。
だが、この自己紹介を見て、恵は確信する。常識人だ。
しかも、年下であるというのに、敬語だしとても畏まっている。態度からして人見知りの気もありそうで、つくづく呪術師らしからぬ性格だ。
「おい、アタシをほっぽって話進めんな。で、結局何の用なの?」
野薔薇がそこに割り込んでくる。とんでもなくガラが悪いので、咲来が即座に東京の凄い不良認定――これはあまり間違っていない――する中、東堂が口を開いた。
「お前らが乙骨の代わり足り得るのか、確かめに来たんだ」
「私は違うわよ」
「あ、私はその、最近戻ってきたので顔見せです……」
真依は呆れ、咲来は自分の目的を補足する。真依は悠仁関連で煽り倒すつもりだったが、事前に咲来に止められていたので我慢した。すでに色々噛み合っていなくて恵と野薔薇はげんなりする中、東堂は構わず、上着を脱ぐ捨てながら、恵に問いかけた。
「どんな女がタイプだ!?」
(は、始まったーーーー!!!)
一年生二人がぽかんとする中、咲来は頭を抱える。これだからこの先輩は……。
なんて考えている暇はない。咲来は即座に準備していたスケッチブックを、東堂からは見えないよう、伏黒に示す。
『とりあえず、事情は聴かないで、「身長とお尻が大きい子」って答えて!!!』
常識人だと思っていた咲来から必死にとんでもない指示が飛び出してきたせいで評価をガクッっと下げた恵は、イマイチ事情は掴めないが、そちらを無視して、答えた。
「別に、好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があれば」
そのあまりにも格好良い返事を聞いて、真依は何を思ったか、楽しそうに笑う。
だが、そんな姿は、恵と野薔薇の目に入らない。
それよりも、もっとド派手なアクションを起こした人物が、すぐ横にいたからだ。
「真依ちゃんと釘崎さん、早く先生か強い人呼んできてーーーーー!!! 伏黒君は逃げてーーーーーー!!!」
スケッチブックを叩きつけながら、あらん限りに叫ぶ咲来の姿。
この後に起こった出来事を思い出して、恵と野薔薇は、こう振り返る。
†††
結局デカい騒ぎを東堂が起こし、咲来が慌てふためいて誰か先生を呼びに行っている間に真依と野薔薇まで私闘をはじめ、早々に面倒ごとの気配を察して姿を消した――そのくせ最強の呪術師とのツーショットはちゃっかり撮っていた――親友・霞もなしに、東京校の面々にペコペコ頭を下げることになった。
パンダ――誰もパンダについて説明してくれなくて戸惑った――と、狗巻――おにぎりの具しか喋らない理由を誰も説明してくれなかった――には驚かれ、真希――真依のお姉ちゃんで同じく綺麗な人――からは「真依にいじめられてないか」と心配される一幕もあったりしたが。
「え、高田ちゃんの握手会ですか!?」
東堂に誘われた咲来は、東京観光をしようとしていたことなど忘れ、顔を輝かせた。
「咲来、高田ちゃん? というののファンだったの? もしかしてオタク?」
真依が、常識人だと思っていた親友がまさかの東堂と同じ趣味を持っていたことに絶望しながら、問いかける。
「うーん、ファンといえばファンかな」
そんな咲来の返答は、曖昧だ。
「強いて言えば、命の恩人?」
「東堂のバカが感染ったのかしら……」
そしてそれに続く回答に、絶望を深める。
だが、咲来としては、これは偽らざる本音だ。
――あの夜。
高田ちゃんのプロ意識と常識にとらわれない発想が、咲来と七海の命を救ったのだ。
そんな人と会えるならば、ぜひ会いたい。
というわけで、東堂と咲来、そして多数決に敗北してしぶしぶ着いてくる羽目になった真依の三人は、握手会会場に向かう。
先に向かった東堂と真依が神ファンサで骨抜きにされるのを見た後、わずかに緊張しながら、咲来はスペースへと進む。
「わっ、また女の子だぁ。初めましてだよね?」
「は、はい! はじめまひて!」
緊張で思いっきり噛みながら、咲来は勢いよく頭を下げる。昼間の恵・野薔薇への自己紹介の時の非ではない緊張だ。
「ふふ、リラックスして、おてて出して?」
「はい!」
促され、両手を差し出す。
そんな咲来の両手を、高田ちゃんの、アイドルと言うには大きめの柔らかい手が、優しく包んだ。
「……さっきの女の子とお友達なんだよね?」
「……はい、すっごく大事な、友達です」
当初は嫌われ、命を預け合って戦ってからは仲良くなり、ずっと気にかけてくれた、大事な親友。
先ほどまでの緊張が嘘のように、芯が強い様子になった咲来に少し驚きながら、高田ちゃんは、耳元で優しく、言葉を紡ぐ。
「……さっきの子とはまた違う、頑張り屋さんの手」
撫でられたのは、最近できたペンダコ。痛む箇所のはずなのに、撫でられて、むしろ痛みが和らぐように感じる。
――今日の昼に起きた事件程ではないが、高専に戻ってきてから、大変だった。
補助監督は数多の業務を抱える。その卵とはいえ、覚えることややることは多かった。毎日何時間もペンを握って、ペンダコが出来てしまったのだ。
胸が高鳴る。そこまで、分かってくれるのか。
「応援、しているよ」
「~~~~~~ッ! はい!!!」
この日から高田ちゃんは、咲来にとって、命の恩人でかつ「推し」になった。
こそこそ話
成宮咲来の大好物は、汁気の多い果物全般。特技は利きジュース