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それでは、オマケ編の最終話をお楽しみください
(こんにちは、役立たず成宮です!)
思わず親友の口癖めいたものを真似してしまう。
襲撃事件から一日たった昨日の時点で、今のこの展開は決まっていたはずなのに、未だに理解が追い付かない。
――東堂の意見がきっかけで、交流会は中止にならなかった。
そういうわけで二回戦に当たる個人戦が行われるはずだった。
メカ丸の機体が再起不能のため、個人戦には咲来が出ることになる。術式の都合上、手合わせにはほぼ使えないため、咲来だけは術式無しで戦うほかない。つまり、例えるならば、武器を持った軍人相手に素人が素手で戦うようなものだった。
何秒持てば頑張ったと言えるかなあ、なんて絶望していた彼女だったが、そこに、予定調和を狂わせる存在が現れた。
『僕、ルーティーンって嫌いなんだよねえ』
そういうわけで、咲来たちは、いつの間にか用意されていたユニフォームに身を包み、野球に興じていた。
京都校チーム
1番・三輪霞 セカンド兼ショート
2番・西宮桃 外野
3番・加茂憲紀 ピッチャー
4番・東堂葵 キャッチャー
5番・禪院真依 ファースト
6番・成宮咲来 サード
互いにメンバーが六人しかいない。そこで、外野は一人である代わりに呪術に使用が認められ、内野はセカンドとショートを兼任することになっている。
京都校チームの布陣は厳しい。一番運動能力に優れる東堂がピッチャーをやるべきだが誰もその球を受け止められないため、盗塁を刺すためにもキャッチャーに。
代わりにピッチャーは細身とはいえ男子の加茂が任されることになった。
外野は、術式で空を飛べて、三次元的広範囲へ機動性抜群の桃が担当。
咲来と真依は呪術なしの運動能力がクソザコのため、素人野球では内野の中でも一番仕事がないサードに咲来が、打球は飛んできにくいが捕球をする場面が多い真依がファースト。
そしてその二人をカバーすべく、女子にしては瞬発力が高い霞が、セカンド兼ショートで二人を
東京校チーム
1番・狗巻棘 ショート兼セカンド
2番・禪院真希 ピッチャー
3番・伏黒恵 外野
4番・パンダ ファースト
5番・釘崎野薔薇 サード
6番・虎杖悠仁 キャッチャー
一方こちらは人材が豊富。一番運動神経が低い野薔薇ですら、京都校で内野の要として頼りにされている霞と同程度だ。仕事が少ないサードを任される。
ピッチャーには圧倒的に優れた運動神経と、道具の扱い、つまりコントロールに優れる真希が選ばれ、反射神経と瞬時の判断能力が高くまた真希の速球を受け止められる上に強肩の悠仁が選ばれた。
外野は数多の式神で何人分もの働きができる恵が、セカンド兼ショートは瞬発力に優れる狗巻が、そしてファーストは体格に優れ上方向に逸れた送球も取りやすいパンダが、それぞれ担当する。
「…………やる前から諦めてたら話になりませんよ!」
「霞ちゃん、表情がすでに諦めてるよ?」
はっきり言って、こんなの勝負にならない。
外野以外術式が禁止されており、身体能力に圧倒的な差がある。咲来と真希を交換しても京都校が勝つのは難しいだろう。
そういうわけで暗黙の了解として、京都校側はビジターにもかかわらず、有利な後攻を貰うことになった。
「プレイボール!」
全ての元凶であるバカ目隠しが元気に試合開始を宣言する。今日はサングラスの様だ。
『1番・セカンド兼ショート、狗巻君』
急遽グラウンドに設けられた球場に、今朝咲来が録音させられたウグイス嬢ボイスが流れる。こうして自分で聞くと恥ずかしいが、特に桃と歌姫からは、聞き取りやすくてかわいい声と評判だった。それが余計に恥ずかしいのは余談である。
「よっしゃー、しまっていくわよー!」
監督役の歌姫がベンチから大声を出す。熱心な西武ライオンズファンの彼女は、すっかりエキサイトしていた。ちなみにテレビっ子であり広島出身である咲来は当然広島東洋カープファンだが、さほど真剣なわけではなく、ルールを知っている程度だ。
それとかなりどうでもよい話だが、この年は西武も広島も好調であり、日本シリーズで当たることが予想される。つまり、歌姫と咲来の贔屓対決と言うわけだ。
……なお西武はソフトバンクにクライマックスシリーズで敗れ、広島も日本シリーズでソフトバンクに負けるのだが、それこそ余談であろう。
「いくら!」
『狗巻棘
昨日ぐらいから伏黒恵の視線がやけに冷たいが、身に覚えがない。
咲来のお土産で一番気に入ったのは、「焼きサバ、サケ、いくら」とのこと。』
見た目通り俊足でもある彼は、一番バッターにふさわしい。バントもあり得るだろう。
だが加茂とて負けるわけにはいかない。呪術に関係あるとは思えないが、それでも勝負には常に本気で挑んでこそ、常に勝者でなければならない加茂家の次期当主なのである。
「ストライク、バッターアウト!」
「おかか……」
「ナイピ―!」
「「ナイスピッチー」」
東堂の思考の隙を的確に突いたリードと加茂の意外なコントロールによって、狗巻は三振に倒れた。エキサイトしている歌姫と、善人である咲来と霞が、加茂を讃える。ちなみに他の仲間は、そんなことしてくれるわけがなかった。
『2番・ピッチャー、真希さん』
ウグイス嬢の読み上げも本人に配慮して、禪院姉妹は下の名前にしてある。これは録音時の咲来のアドリブだ。
『禪院真希
高専入学したぐらいから妹が少し明るくなって嬉しいが、一方で少し寂しく感じている。
お気に入りのお土産は粉ものセット』
さて、要警戒対象だ。
パワーだけなら東堂のリードでどうとでも騙せるが、彼女は反射神経や動体視力も抜群で、身体コントロールもずば抜けている。プロの球ですらクリーンヒットさせかねない。
(ここはクレバーにいくか)
東堂とて勝負から逃げたいわけではないが、あくまでも試合が重要。内角、ストライクゾーンからボール一つ分外れたところへ集中させる。ここは歩かせてもかまわない。
「ふん!」
だが、それも彼女には通じない。二球目には迷わず一振りして、ボールはものすごい勢いで飛んでいった。グラウンドどころか、広いナゴヤドーム――まだバンテリンドームではない――でもホームラン確定だろう。
「まずはいってーん」
悠々と、当たり前だと言わんばかりに胸を張って、ダイヤモンドへと足を踏み出す。
「アウトー!」
外野が空を飛べる魔女っ子・桃でなければの話だが。
「「あああああああ!!!」」
ダイヤモンド上の真希とベンチの虎杖の声が重なる。どうやらすっかり忘れていたようだ。
『3番・外野、伏黒君』
『伏黒恵
後から、あの白い特級呪霊の言うことよりも、狗巻の言うことの方がよっぽどわけわからないと気づいてしまった。
気に入ったお土産は、千枚漬け』
ちなみに恵はサードの咲来を狙ってゴロを転がしたが、わずかに内側に外れて霞に捕球され、一塁アウトとなった。
†††
『1番・セカンド兼ショート、三輪さん』
『三輪霞
高専入学後しばらくと、ここ二か月ぐらいは、お肌の調子が良い。
誰も気づいていないが、理由は咲来が自腹で毎晩用意している各種フルーツ』
真希の投球を、打てるはずもなかった。
『2番・外野、西宮さん』
『西宮桃
野球歴2光年。
ここ一年ぐらい、任務中の後ろが妙に寂しい。』
「よしっ!」
以外にも運動神経が良い桃は、真希の速球を芯でとらえた、打球は、レフト方向の深いところへと突き刺さる。式神≪玉犬≫は捕球力こそ強いが、一度落としてしまえば送球ができない。大チャンスだ。
「これなら三塁いけるぞ!」
「了解!」
歌姫の指示を聞き、桃はダイヤモンドを爆走する。
――バッターボックス左側、三塁へと直接。
「アウトー」
「え? なんで?」
「西宮―!!! 昨日映像見せただろ!!!」
野球はルールが複雑であるため、昨日のうちに、歌姫が個人的西武ライオンズ名試合セレクションを見せながら解説したのだ。
桃は、歌姫の熱いうんちくとプロ野球特有のテンポの悪さのせいで、早々に寝落ちしていたのだが。
『昨日あれだけ解説したのにナ』
ブチギレて立ち上がる歌姫の横には、壊れたメイン機体の代わりに急遽派遣されたミニメカ丸が座って、溜息を吐いていた。専門用語だらけの教師とは思えない分かりにくい解説を逐一翻訳したのも彼であるが、その努力は無駄だったようだ。
『メカ丸
人生で二番目にやりたいことは、新劇場版エヴァンゲリヲンの最終回を見ること。
男子の中では咲来と一番よく話す。理由は、咲来から霞のことをそれとなく聞くため』
『3番・ピッチャー、加茂君』
『加茂憲紀
TOEICのスコアを伸ばすために勉強中だが、ノー勉の東堂に完敗して地味にショック。
咲来に渡そうとしていた当初の伊達眼鏡は、ショッキングピンクだった』
「加茂ー! 振らなきゃ当たらねーぞ!」
自分からキャッチャーに囁きにいって三振とは前代未聞である。
†††
『4番・ファースト、パンダ君』
『パンダ
咲来に抱き着かれてモフモフされているときは流石に照れ臭かった。
美味しかったお土産は、八つ橋』
そのパワーを存分に活かしたフルスイングは、見事に三回、空を切った。
「東堂のリードがいやらしすぎるだろ。なんであれで賢いんだよ、反則か?」
「おかか……」
パンダと狗巻が口を尖らせながらベンチでしょんぼりする。
「全く、おにぎり先輩もパンダ先輩も、学びっちゅーもんがないわね。東北のマー君ことこの私がいっちょかましたるわ!」
『5番・サード、釘崎さん』
『釘崎野薔薇
お土産のやり取りの後、さらにがっついて食べていたので「餌付けされた猿」と口々に罵られた。
一番好きなお土産はバームクーヘン』
「東北のマー君ってそれまんまマー君だろ」
「しかもピッチャーじゃん」
仲間からの冷たい煽りに苛立った結果、見事に配球に引っかかって三振した。
『6番・キャッチャー、虎杖君』
『虎杖悠仁
咲来の存在は、五条と七海から聞いてはいた。
彼女への第一印象は、「東京校のみんなに俺よりも歓迎されててズルい」』
その圧倒的な身体能力により、真希をも超えるホームラン性の当たりだ。桃も間に合いそうにない。
「よっしゃー、今度こそ一点!」
虎杖は喜び跳ねまわりながら、一塁へと向かい始めた。
桃が箒で起こした突風により打球の軌道が変わり、そのままファールゾーンへと切れていく。
「…………え?」
真っ白な炭と化した悠仁は、その後、棒立ちで三振した。
†††
『4番・キャッチャー、東堂君』
『東堂葵
この前の握手会を境に、高田ちゃんの番組を咲来や真依が一緒に見てくれるようになった。
それを見た桃は「二人に馬鹿が感染しちゃった……!」と、絶望で呪いに転じかけた』
藤浪を越える真希の剛速球が、顔面に突き刺さる。
「ナイピー」(パンダ)
「おかかー」(狗巻)
「ナイッピー」(野薔薇)
「ナイスピッチー」(恵)
「ワン!」(玉犬)
「ナイッピー」(加茂)
「ナイピー」(真依)
「ナイピー」(歌姫)
「ナイスピッチー!」(桃)
「な、ないぴー!」(霞)
「え、えっと、その…………な、ナイスピッチー?」(咲来)
「成宮先輩まで!?!?!?」
東堂の嫌われように、悠仁は腰を抜かした。
『5番・ファースト、真依さん』
『禪院真依
入学以来、姉や禪院家のことを考える時間が減って、ストレスも減った。
咲来退学後しばらくは酷く荒れていたが、最近は逆に不気味なほど上機嫌』
「全く、か弱い乙女にこんな野蛮なもの持たせるなんて」
手に持った金属バットをため息をつきながら眺めたのち、バッターボックスに入る前に素振りをする。呪力を使っていない彼女のそれは、恐ろしくへっぴり腰だった。
(右手と左手の上下が逆だけど大丈夫かな……)
キャッチャー・悠仁の内心の心配は、三振と言う形で現実となった。
『え、これ自分で呼ぶんですか? あ、はい。ンッ、ンンッ、6番・サード、成宮さん』
「ちょっとー! なんでそこまで入ってるんですかー!!!」
ぶかぶかのヘルメットと似合わないバットを持ちながら、咲来は顔を真っ赤にして抗議する。しかもさらに恥ずかしいことに、自分の名前を読み上げるのが一番最後だっただけあって、一番読み方がキマっている。
「ごっめーん、カットし忘れてた」
「もー!!!」
「絶対わざとだな」
マウンド上の真希が、球審の馬鹿を冷ややかに見下ろす。
『成宮咲来
実はお土産のラインナップには、フルーツ風味の葛切りも入っていた。
なお、行きの新幹線で誘惑に負け、開封して食べてしまった模様』
当然、三振。
†††
真希の速球と東堂のリードが優れているのに対し打者はみな素人だったせいかたこ焼きが並び、結局悠仁がソロホームランを打ってそれが決勝点となった塩試合の後。
京都校メンバーはそのまま帰るというわけではなく、名目上は交流会なので、ちょっとした合同お食事会が寮の食堂で開かれていた。いつもは各校で固まって「交流とは」という形になるのだが、東堂が悠仁にゴリゴリに絡み、東京校二年生が咲来にゴリゴリに絡んだ結果、各所で自然と交流が生まれ始めていた。
だが、そんな時間を過ごせるのは生徒たちのみ。大人たちは、交流会を踏まえた生徒評価や先日の襲撃・強盗についての会議など、やることが多い。
「ふーん、成宮がそんなことをねえ。確かにやりそうだな」
「分かってくれるかい? そういうわけで、可愛い生徒が無茶したのを止めてあげたんだ。当然弾んでくれるね?」
「はいはいわかったわよ、全く、金の亡者め」
だが、真面目な話は学長二人や情報を集めた補助監督たちがやっているので、歌姫と冥冥は早々に雑談を始めていた。
内容は、先日の咲来についてだ。
「はー、成宮は、臆病な癖に無鉄砲なところもあるからな」
「多少無鉄砲なぐらいじゃないと、呪術師は務まらないからねえ。早死にするけど」
時にはどんな危険な場面でも、身を挺して戦わなければならないのが呪術師だ。故に、蛮勇ともいえる勇気も時には必要である。ただしそんな善性を持つ呪術師は、早々に殉職するのも通例だが。
「あいつはもう呪術師じゃなくて、補助監督コースだよ。無鉄砲はむしろ敵だ」
歌姫の物言いは厳しい。元々粗野な口調ではあるが、彼女の、咲来の無鉄砲に対する評価は特に辛口だった。
「おや、ずいぶんかわいがってるじゃないか」
咲来の経歴については、冥冥も聞いていたので知っている。あんなことがあれば、歌姫が
「ま、長生きするかは別として。あの子は中々勘が良かったねえ。真面目そうだし、頭も回るし、最低限雑魚相手なら戦えるし、中々使える補助監督になるんじゃないかい?」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、冥冥は歌姫を励ました。
「…………ずいぶん、成宮を気に入ってるみたいだな」
「おや、そう見えるかい?」
だが歌姫は、今言ったことの方が気になっていた。
金が絡むことを除けば、冥冥は他者に無関心でドライだ。多少情に厚い面も無きにしも非ずと言えなくもないが、初対面の「取るに足らない」子どもについて、ここまで話してくるのは珍しい。
「……そうだね、まあほら、あの見た目と態度が小動物みたいで可愛いじゃないか。ほどほどに賢くて、そのくせおバカだしね。妹として可愛がってもいいかもね」
咲来をなんとなく気に入っているというのは、冥冥自身、自覚している。あの時はらしくもなく話しすぎていたし、今も彼女について話していると、少しだけ楽しい。
「お前に小動物みたいって言われると、なんだか縁起悪いな……」
歌姫は――悟と話している時の次ぐらいに――ひどくげんなりとした顔をしている。
「呪いなんて、縁起悪くてナンボだろう?」
この女に口で勝てそうにはないな。
呪術でも勝てそうにない歌姫は、ため息をつきながら、そう思った。
†††
「すんません、ちょっといいすか?」
「ふぇっ!? な、なん、ですか?」
大人たちが、度合こそ違えど真面目な話をしている頃。生徒たちは、各々思い思いに、お食事会を楽しんでいた。
そんな中、東堂がパンダや恵にも絡み始めて代わりに解放された悠仁が、少し疲れた顔をしながらも、隅っこで目隠し利きフルーツジュースを全問正解して狗巻とパンダにドン引きされている咲来に声をかけた。
「お、なんだ虎杖ナンパか?」
「は? 風穴開けるわよ?」
「お前らは俺を何だと思ってるんだっ!」
その様子を見た野薔薇が煽り、野薔薇と強炭酸コーラ一気飲み対決をしていた真依が拳銃を取り出す。
ちなみに京都校のほぼ全員は、交流会を通して、悠仁のことを「宿儺の器」ではなく、「東堂に絡まれてる哀れな善人」と思っているのは余談である。
それはともかくとして、ナンパと思われるのも無理はない話だ。
何せ悠仁は、少し人気のないところで話そうとしていたのだから。
咲来としてもいきなり話しかけられたからびっくりしただけで、悠仁にどうこうされる心配はしていない。特に迷うことなく、その誘いに乗った。
寮の食堂から離れた、屋外のベンチ。そこに二人は、並んで座る。
二人とも、目線は合わせない。視線は、どちらも夕暮れを向いていた。
この空だけは、広島も京都も神奈川も東京も変わらない。
「それで、お話って?」
「その、ナナミン、あー、七海さんから、成宮先輩の事聞いたんすけど」
「あー、なるほど」
七海の方から咲来に、悠仁と仲良くしてくれ、とわざわざ連絡を入れたのだ。悠仁の方にも、咲来の話をしていても不思議ではない。それはおそらく、宿儺の器として恐れられるであろう悠仁への配慮だろう。
「その、一回、呪術師やめてたんすよね? それなのに、ナナミン助けるために、たくさんの呪霊と戦ったって聞いて、すげえなって思って」
「虎杖君も大体同じ事やってません?」
対して話したこともない恵や同好会の先輩を助けるために、初めて存在を知った呪霊と戦い、≪宿儺の指≫を飲み込んだ。そのあげく死刑にされそうになるし、任務で一度死ぬし、裏任務でも七海と協力の上で特級呪霊と交戦、そして今回も東堂と協力して特級呪霊と真正面から戦った。
大体同じ事、とは、咲来が彼を恐縮させてしまわないよう、低めの表現をしたに過ぎない。はっきり言えば、はるかにすごいことをしている。
昨晩、霞と比べてたのとはわけが違う。その危険度も、貢献度も、強さも、回数も、何もかもが格が違った。
「……そうなんすかね? …………それで、先輩の動機が、『人助け』だって聞いて」
「なんか改めて人から言われると恥ずかしいけど……はい、その通りです」
未だに、自分に「人助け」なんて大層なことができるとは思っていない。それをできるだけの、知識も、力も、能力も、経験も、何もかもが足りない。おとといも、結局は何もできなかった。
それでも。「人助け」はしたい。だから今は、じっくりと、自分にできることを少しずつやっていくしかない。
「俺もその、呪術師になったのは半分成り行きみたいなものなんすが、人を助けたい、っていうのもあって」
悠仁が天を仰ぐ。その顔にはこれといって表情が浮かんでいないが、何だか、悩んでいるように見えた。
「別に、元々そういうのがあったわけじゃないんすよ。伏黒に会う直前ぐらいに、じいちゃんが亡くなって……その時に、大勢の人を助けろ、たくさんの人に囲まれて死ねって……。それがきっかけっすね」
「えーっと、その……」
想像の五十倍ぐらい重い話をされて、咲来は戸惑う。彼が何を考えて話しているのか分からなかった。
ただ、間違いなく、彼は今、何か迷っているのだろう。
多分、人助け云々については、もう迷っていない。
ただその道中で起こる、または起こった何かが、彼の心に闇を落としているのだろう。
自分に、その悩みは解決できなさそうだ。
ここでもやはり、悠仁のことは助けられない。咲来は、どこまでも無力だった。
「……そうなんだ。私とは、違うんだね」
だから。
せめて、その悩みを共有してあげたい。
悠仁が少し驚いた顔で、ほんのり微笑む咲来の顔を見つめる。
後輩である自分にすら使っていた敬語が、崩れていた。
「私はね、『人助け』が好きな理由、特にないんだ」
「え、マジすか?」
「うん。本当に、なんのきっかけもなく、ただ好きなだけ。……もしかしたら何かあったのかもしれないけど、特別なことはなかったと思う」
癖で浅く腰かけていたベンチの、後ろ側の空いたスペースに後ろ手をついて、空を見上げる。夕日はだんだんと沈み、夜へと近づいていく。
「お礼もされたらそれはそれで嬉しいんだけど、別になくても大丈夫で……『人助け』そのものが好きだったんだよね。だから、小さいころから、周りで悪いことしてた呪霊とかを、一人で祓ってたりして」
「…………成宮先輩だけは常識人だと思ってたんすけどね……」
「なんかとんでもない誤解が生まれようとしてる気がする……」
悠仁が顔をゆがめて頭を抱えた。咲来も自分がとんでもなことをしていた自覚はあるのだが、小さな子供が自分だけが見える悪いお化けを自分だけが持っている力で倒せるとなれば、勘違いしてそんなことしていても仕方ないだろう、という自己弁護もある。
「そんな中で歌姫先生に会って、スカウトされて……。そうだなあ、後から考えると、『人助け』だけが、なった理由じゃないんだと思う。自分だけが持っている特別な力だって、自惚れていたんじゃないかな」
自嘲するように笑う。悠仁が何か慰めようとして慌てているのが分かるが、もうこれは自分の中で乗り越えた問題だ。気を遣わせる前に、話を進めることにした。
「そんな状態で任務なんかいったら、まあ、痛い目にあうよね。入学してから四か月くらいで、予想外の1級呪霊との戦いになってね…………私、呪力を暴走させちゃって、霞ちゃんや真依ちゃん、桃先輩を、死なせかけちゃったんだ」
悠仁が絶句する。
咲来の術式は、詳しい仕組みこそ聞いてないから分からないが、爆発させる術式なのは知っていた。それが暴走したとなれば、いったい、どれほどの被害が出るのだろうか。
「『人助け』なんて言ってたのに、みんなのことは助けられなかったし、それどころか大怪我までさせちゃって。それにもう、戦うのが怖くなって……それで、高専を辞めたんだ」
中退した経緯までは聞いていなかった。自分も編入してから、もうすぐ四か月が経つ。咲来のその経験は、自分のせいで人が死んだし、救うこともできなかった、悠仁の経験に比べたら、きっと些細なものなのだろう。だがそれより、同じような経験が原因で中退したということが、やはり心に重くのしかかる。
「で、それからもうすぐ一年ってところで、七海さんとの事件があって……それで、やっぱり、みんなを助けたいって思って、高専に戻ってきたんだ。……戦うのはまだ怖いから、補助監督コースだけどね」
補助監督は、呪術師を志して入学し卒業したものの、実力が足りなかった者がなる仕事である、という実情もある。別に補助監督と言う仕事が卑しいとは全く思っていないが、それでも、命をかけて頑張っている呪術師に、申し訳ないという気持ちはある。
そんな、自嘲気味の咲来に。
悠仁は、二人の人間が重なって見えた。
一人は、似たような経歴を持つ七海。
もう一人は――生きていることを秘匿にしている間に仕事見学をさせて貰った、伊地知だ。
「…………俺は、すげぇって、思いますよ、補助監督。俺自身、まだまだ弱いんすけど、どうやら、戦う力はあるみたいで。だから、呪術師やれてる面もあるんす。それに比べて……戦う自信がないのに、呪術に関わって、仕事してるんすから」
思い浮かべるのは、後部座席から見た、弱弱しいが頼もしくも見えた、伊地知の背中だ。
「呪術師が気兼ねなく仕事できるのも、補助監督のおかげなんすよ。だから……先輩の事、俺は尊敬します」
自分の思っていることが、言語化できているとは言い難い。
それでもなんとか、伝えたいことは伝えられたのではないか。
言いたいことをいきなり言い出した悠仁を、咲来はポカン、と見る。
「…………ふふっ、ありがとね」
ただ、励ましてくれているのは分かった。
少しでも悩みを共有しようと自分のことを話したのに、逆に励まされてしまうとは。
「ははっ」
それに釣られ、緊張していた悠仁も笑う。その笑顔は緩くて柔らかく、見た目とは逆の、彼の人の好さが感じられた。
そうして二人は、しばらく笑いあった。
「さ、じゃあ戻ろうか」
「そうっすね」
いつの間にか、夕日はすっかり沈んで暗くなっている。そろそろ戻らなければならない。
七海を介してつながった、人助けのために呪術師になった二人。
全く縁もゆかりもなかったが、この会話で、互いの間にあった壁は、だいぶなくなっていた。
少し距離が近くなって戻った二人を見て野薔薇や東京校の二年生が囃し立て、桃と真依が目を尖らせて悠仁に武器を突きつけ、霞と咲来でそれをなだめる。
こんな楽しい時間を送れたのは、間違いなく、咲来と悠仁が積み重ねてきた人助けがあったからだ。
これからも、こんな時間が続けばいい。
二人とも、そう思った。
虎杖悠仁の身体を支配した両面宿儺の≪領域展開≫によって成宮咲来が死ぬのは、この一か月と少し後のことである。
無残に切り刻まれた咲来の死体の傍には、そこに込められた術式が役に立たなかった伊達眼鏡が、細切れになって転がっていた。
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