また誤字報告や原作との設定・口調の差異などといった修正点などがあれば、誤字報告や感想で、ぜひよろしくお願いいたします。
物心ついた時から、「変なもの」が見えていた。
それらに対して、酷く恐怖していたのを覚えている。
なにせ「それら」は、人の負の感情から自然と生まれた、悪意の塊。
つまり、人間が、本能的に嫌悪感を覚える存在に他ならなかった。
赤ちゃんの頃は、よく泣いていたらしい。今思うと、「そういうの」がそのころから見えていたのだろう。
――転換点は、小学校低学年のころ。
「お化け」とは、本能で目を合わせないようにしていたが、ふとした時に目が合って、相手に「見えている」と悟られてしまった。
小さい女の子は格好の餌だ。嬉々として襲われた。
当然、何もできるはずがない。頭を抱えてうずくまる事しかできなかった。
もう終わり、そう思った時――
――「お化け」が、爆発して、死んだ。
鈍く弾ける音が、何の音なのか、最初は分からなかった。
ただ音にびっくりして顔を上げると、爆発してより醜くなった「お化け」が悶絶しながら、消えていくありさまだった。
「お化け」がいると意識すると、それらが爆発し、死んでいくようになったのは、それからだった。
訳が分からなかったが、いくつかわかることもある。
「お化け」は、自分にしか見えない。
その「お化け」は、悪いことをたくさんする。
そして――「お化け」を倒す力が、自分にある。
幼い心で理解した咲来は――そこから、「人助け」を始めた。
「お化け」を見つけたら、爆発させる。怖いこともたくさんあったが、自分がそうしたおかげで、困っていた人たちが喜んでいるのを何回か見た。まさか咲来が解決したなんて思うはずもないため、感謝されることこそなかったが、彼女にとっては、それで十分だった。
そんな日々――といっても遭遇することは稀だったが――が続いて成長し、中学二年生。二回目の転換が、訪れた。
†††
「逃げていったのは、このあたりかな……」
中学二年生の冬場。地元・広島某所のいたって普通の公立高校に志望校を絞り始めたころだ。
季節柄元気がなさそうな木が立ち並ぶ山の中を、学校の帰り道で制服姿だというのに、長めの髪を縛った二つ結びのおさげを揺らしながら、スイスイと進んでいた。
そんな彼女が、自慢の視力で見上げながら登る道は、決して整っていない。
舗装されていないのはもちろんの事、泥がむき出しな上に前日の小雨のせいで少しぬかるんでおり、枝や石などの障害物がそこかしこにあり、でこぼこしている。人が通ることが想定されているため獣道というほどではないが、現代の女子中学生には酷な道だ。
それでも彼女は、少し登りにくいと思う程度で、順調に登っていく。昔から、体育では男子すらも抜かして圧倒的に一番だった。運動は好きではないし目立つのも嫌なので習い事や運動部所属などはしていないが、彼女が気付かないところで、ひそかに話題に出ることが多かった。
そうして登っているうちに、ぬかるんだ山道が、急に開けた。
「……そ、それっぽい、かな?」
目の前に急に現れたのは、石段だった。その途中には鳥居があり、さらにその向こうには、廃屋同然のこぢんまりとした建物がある。恐らく神社だろうが、すっかり人が訪れず、荒れ果てている。
こんなところが地元にあるなんて知らなかった。「お化け」が逃げ込むにはぴったりだ。
とはいえ、こんなところに来るのは初めてだ。ましてや、気弱な女子中学生が、しかも一人で。
思わずしり込みする。しばしの逡巡。すると、口をきゅっと結び、意を決して、彼女は石段を登り始めた。
逃げてきた「お化け」は、特に質が悪かった。彼女の目の前で運転中のトラック運転手に憑りつこうとしていたのだ。恐らく、暴走させて事故を起こすつもりだったのだろう。
幸い、憑りつく直前に、「爆発」させた。だがそれでは倒しきれず、そのままここまで逃げられてしまったのだ。
これまでで分かったことがある。
まず「お化け」は、全部、相当悪いことをする。嫌がらせをする、困らせる、程度ならまだ良い。ある程度強い「お化け」は人を食べようとする。そして今回のは、悪いことに、食事ではなく、単なる「遊び」で、人を殺そうとしていた。
(私がやらなきゃ……)
自分だけが見えて、自分だけが倒せる。
その責任感が、彼女の背中を押していた。
急な石段を、一段一段登っていく。その足取りは、足元の悪い山道を登ってきたとは思えないほどにしっかりとしていた。
そうして、鳥居をくぐった瞬間――空気が、変わった。
天気が変わりやすい山中で、冬だから。そんな理由が通用しない。
激しい寒気がする。気温とかではない。気持ちの問題でもない。
明らかに、鳥居をくぐった瞬間に――まるで「空間が変わった」ように、怖気がするようになった。
戻ろうか。
一瞬よぎるが、それでも責任感が、彼女の歩みを進める。
そうして続きの石段を登り切り、ボロボロの小さな神社と、相対する。
「■■■■■■!!!!!」
その賽銭箱の残骸の上に、先ほど自分から逃げた「お化け」が、仁王立ちしていた。
あらん限りの敵意をこちらに向けて、およそ言葉で表せない声で、叫んでいる。
きっと、罵詈雑言の限りを叫んでいるに違いない。自分を爆発させただけでなく、ナワバリまで追いかけて踏み入ってきたのだから。
その迫力に、咲来は三度目のしり込みをする。
それでも、震える右手を左手で抑えて無理やり引っ張り上げ、右人差し指で、賽銭箱の上から動かない「お化け」を、指さす。
瞬間――「お化け」が、爆発した。
そして、コントロールを失敗したのだろうか、その爆風が、賽銭箱どころか、ボロボロの神社すらも、まるでトランプタワーを風が壊すように、たやすく吹っ飛ばしてしまった。
「………………ど、どうしよう……」
たっぷり数十秒、呆けてしまう。
思わずしりもちをついてしまった。壊れるさまを、見上げることしかできなかった。
「お化け」はどうやら物体ではないらしい。壁をすり抜けることができるなど、物理的障壁の干渉を受けない。だが、ある程度、影響することがある。「お化け」が暴れたら、周囲のものが壊れたりすることもあるのだ。
だからこそ、爆発には気を遣っていたのだが――今回は精神的動揺でコントロールがきかなかっただけでなく、神社そのものがあまりにもボロボロだったのもあって、大変なことになってしまった。
どうしよう。
彼女の脳裏によぎるのは、警察に捕まりニュースになる自分の姿だ。中学生が山の中の神社に勝手に入り大破壊。ヤンチャな不良集団のやりそうなことを、自分一人でやってしまったのだ。
そう、「そんなこと」を気にする余裕が、いつの間にかできていた。
「お化け」が死んだことで、空間が元通りになった。異常な怖気はなくなり、代わりに「やってしまった、どうしよう」という一般的な恐怖による怖気に代わっている。
「おい」
「ひいいいい!!! ごめんなさいごめんなさい!!!」
急に後ろから、険が強い低めの女性の声をかけられた。
反射的に悲鳴を上げ、謝罪する。「わざとじゃないんです!」という言い訳が口をついてでなかったあたりに、咲来の人の良さが現れている。
平身低頭。しりもちから、土下座に近い形で、声がしたほうに頭を下げる。
「とりあえず、顔を上げろ」
まだ謝罪の意思が心からあるが、そういわれては仕方ない。逆らうわけにはいかない。
いったいこれからどうなっちゃうんだろう。そんな不安から、恐る恐る、ゆっくりと、顔を上げて――声をかけてきた女性を見上げた。
(わ、み、巫女さん!?)
そこにいたのは、テレビや漫画でしか見たことない、これぞと言わんばかりの「巫女」だった。
長い黒髪を白いリボンでポニーテールにまとめ、巫女服を着ている。
(き、綺麗……)
そして思わず、見惚れてしまった。
身長はすらりと高く、長い黒髪も艶やかだ。巫女服が似合っていて、その立ち姿は優雅。和風美人のお手本と言ったいで立ちだが、大きな純白のリボンがあか抜けたおしゃれさも演出している。その顔は凛々しいながらも可愛らしさと綺麗さを両立させている。顔についた大きな痛ましい傷跡が目立つが、それが気にならないほどだった。
「あれはお前がやったのか?」
「は、はい! ごめんなさい!!! すいません!!!」
そんな夢のような一瞬も、この問いかけで砕け散る。すぐさま認め、また頭を下げた。
あれ、とは、この神社をただの木くずに変えてしまったことだろう。この状況を見れば、真実の通り、自分がやったのは明らかだった。
格好からして、この神社の巫女さんなのかもしれない。後ろから――つまり石段を登ってきたということは、巻き込まれていなかったのは幸いだ。
すっごく怒られる。お父さんとお母さんにも連絡がいく。ニュースに取り上げられ、パトカーで運ばれる姿がたくさんのカメラに映され、学校や友達には連日熱狂したマスコミが――テレビの見過ぎな感がある嫌な想像が、次々と思い浮かんでくる。
「何を謝ってるのよ?」
そんな咲来にとって、巫女の女性が発した問いかけは、予想外だった。
「はい? えーと、その……あの、神社を壊しちゃったこと……ごめんなさい……」
「あ、あー、なるほど、そういうことね」
巫女の女性は、廃材と化した神社を見て、納得がいったような声を出す。これのせいで、咲来には訳が分からなくなった。
「そっちはこの際どうでもいいわ。どうせボロ神社だし、ご神体も運ばれてるでしょ」
「ど、どう?」
どうでもいいって? の言葉は、動揺のせいで言いきれなかった。状況的にこの神社の巫女さんであることは間違いないはず。それなのに、なんでこの神社を壊されて、「どうでもいい」で済ませるのか。
「そっちじゃなくて、あの『呪霊』のほうよ!」
「じゅ、じゅれい? れい、霊……あの、『お化け』のことですか?」
「え、知らないのか……えーっと、そう、そのお化けよ」
「それも、えっと、はい……」
「大人しそうな子なのにエグい術式ね……」
じゅつしき、とは? と聴くことはできなかった。「どうでもいい」とは言われたが、神社を壊した罪の意識と、予想される未来で、咲来の思考は乱れに乱れていたのだ。
「ちょっとそこで待ってなさい」
「は、はい!」
言われたことには素直に従う。地面に正座して背筋をピンと伸ばしていると、巫女の女性は、袂からスマートホン――服装にミスマッチだ――を取り出し、電話をかけ始めた。
「ええ、そう、追いかけていたら、一般人の女の子が」
自分のことを話しているのだろう。多分、通話相手は警察だ。
「で、その子がね、呪霊を倒したのよ。多分術式、よくわからないけど、爆発で」
いや、その話は警察にしないだろう。まず神社を壊した話をするはずだ。
となると――誰に電話をかけている?
そう考えているうちに話が終わったのか、巫女の女性は、通話を切って、こっちに向き直った。
「あなた、名前は?」
「な、成宮咲来です……」
「歳は?」
「えっと、14……中学二年生です……」
「そう……」
聞くだけ聞いて、女性はスマートホンをまた操作し始める。何か、どこかにメッセージを送っているようだ。
「そ、そのう…‥巫女のお姉さんも、『見える』んですか?」
「え? まあね」
巫女さんとか神主さんって、本物だったんだ。今度から「お化け」を見たら相談しよう。
そんな抜けた感想が、心によぎる。
「ねえ貴方、呪術師?」
「え?」
「まあ、そういう反応になるわよね」
じゅじゅつし……呪術師?
「えーっと、ゲームとかの呪術師ですか? それとも、アフリカの部族のお祭りでやってるあれみたいな……」
「そうと言えばそうだけど、とりあえず知らないし貴方が呪術師じゃないってことはわかったわ」
そう言いながら、彼女はしゃがみ、目線を合わせて、咲来の顔を、真剣なまなざしで、じっ、と見る。
「紹介が遅れたわ。私は庵歌姫」
和風でみやびだが古臭くもなく、可愛い名前だ。彼女……歌姫にぴったりだと、咲来は思った。
「ねえ、貴方、呪術師にならない?」
これが、成宮咲来が、「呪術師」となったきっかけだった。
†††
「なるほど、先輩が」
「はい、歌姫先生に誘われて、呪術高専の京都校に入学しました」
日本には、呪術を学ぶ高専が、東京と京都にある。広島に住んでいた彼女は、このスカウトがきっかけで、志望していた地元の普通科高校ではなく、呪術高専京都校に入学したのだ。
ここは、近所の喫茶店。立ち話もなんだということで、七海の提案で移動した。制服姿の女子高生とあの見た目の七海では「いかがわしい」関係に見えそうなので、一応一度帰宅して、簡素な私服に着替えている。
それにしても、今、彼は歌姫を「先輩」と呼んだ。見た目に反して年下らしい。
「学年と年齢からして、今の二年生と同級生でしたか?」
「はい、霞ちゃんと真依ちゃん、メカ丸君と同級生でした」
同級生の名前を出すときの咲来の声と表情は、明るかった。どうやら、良い関係だったらしい。
「メカ丸君はすっごく強かったからほとんど一緒の任務には出なかったんですけど……霞ちゃんと真依ちゃん、それに桃先輩とは、よく一緒に行っていました」
「仲はよろしかったのですか?」
「はい。霞ちゃんとはすぐ気が合って、真依ちゃんは……その、怖かったし、向こうからも最初は嫌われていたんですけど、最初の任務で仲良くなって……桃先輩には、何かとお世話になっていました」
話はまとまっているとはいえない。だからこそ、仲の良い友達の話をしている、いたって普通の女子高生の様だ。
そうなってくると、七海はやはり、自分の経歴もあって、気になってしまう。
踏み込むべきではないのかもしれない。
それでも、今回の任務に影響することもあるかもしれないということもあり、私情半分・仕事半分で、本人に聞かざるを得なかった。
「ではなぜ……高専を中退したのですか?」
瞬間、和やかだった空気が霧散し、硬直する。
そう、彼女は今、神奈川のやや学力が高い、一般の私立高校に通っている。彼女自身も、「元」高専生だと名乗っていた。
時間にして数十秒。長い、長い沈黙だった。
咲来は急に暗い顔になって、俯く。長い前髪が、眼鏡とその奥にある逸らしがちな視線の目を隠してしまうが、一方で体は小刻みに揺れていて、感情を雄弁に語っている。
「………‥怖くなって、逃げちゃったんです」
ようやく口を開いた彼女は、そう震える声で言って、自嘲の笑みを浮かべた。