夜明けと晴天   作:まみむ衛門

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3話・迷いと登山

「す、すご……」

 

 呪術高専京都校に入学するにあたり、入寮準備などの都合で、三月の段階で訪問することになった。

 

 ついこの間中学校の卒業式を終え、友達と涙の別れをした彼女は、高専敷地内に数多くある立派な寺社仏閣群を見上げて、圧倒されていた。

 

 表向きは宗教系の私立高専扱いだが、実際は公立だ。表向きの体裁を整え、それでいて公立ゆえの潤沢な資金で、こうして同じ京都府内にある大規模なものに負けない寺社がずらりと並んでいる。自慢の視力でも、その全てを見渡すことができないほどに広大だ。

 

 来るのは二度目だというのに、新しい生活がこれから始まる緊張もあってか、一度目と同じ反応をしてしまった。

 

 そんな彼女のいでたちは以前からはずいぶんと変わっていた。服装は高専指定の全身真っ黒な制服。形が可愛かったからと言うことで、膝上になるかならないか程度の長さのスカートのワンピースタイプだ。また髪形も、以前の二つ結びのおさげから、低めの位置で結んだポニーテールに変わっている。新環境と言うことで、ちょっとした高校デビューのつもりだった。大人しくて派手好きではないが、こういったところは、普通の年頃の女の子と変わらない。

 

「驚くのは分かるが、その重い荷物をとっとと下ろしたいだろ? 早く寮に行くぞ?」

 

「は、はい!」

 

 ほほえましそうに笑う付き添いの歌姫に促され、咲来は慌ててまた歩き出す。大きな荷物はおおむね業者に頼んだが、それでも彼女が持っている引っ越し荷物はとても重いものだ。およそ、ひ弱そうな見た目の彼女には過ぎたものである。ただし彼女は、重いとは思いながらも、そこまで気になってもいなかった。

 

 身体の組成――骨格や筋肉量――自体は女子平均からやや弱い程度なのに、身体は人一倍丈夫だったし、運動能力も体力もパワーも、男子にすら負けなかった。ずっと不思議だったが、歌姫から「無意識に呪力で強化している」と説明されて、納得できた。

 

 呪力なるものの存在自体初めて聞いたが、それ以来、自分の中に「流れて」いるものを意識するようになると、だんだんと実感が湧くようになった。それ以来は意識的にコントロールできるようになり、よりパワフルになったのは余談である。

 

 そうしてしばらく歩いてたどり着いた寮は、居並ぶ寺社に反して、一般的な学生寮に近かった。部屋の間取りや写真自体は引っ越しの荷物を決める際に事前に見ていたので知っていたが、どうしてもギャップを感じざるを得ない。

 

「今日からここが成宮の家だ。何か困ったことがあったら、寮母さんもいるし、私や他の先生、なんなら学長にも遠慮なく言ってくれ。いろいろ相談に乗るわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 部屋に案内され、荷物を置く。業者に頼んだ荷物は明日届くらしく、とりあえず今日のうちは、手荷物さえ荷解きすれば、あとは何もすることはない。広島から大きな荷物を抱えての旅だったので、呪力強化もあるとはいえ、精神的に疲れた。

 

「――呪術師、かあ」

 

 一年と少し前、あの山の神社で歌姫と出会った日から、咲来の人生は、大きく変わった。

 

 呪術師。呪力を扱える変わった人間で、その中でも呪霊や呪詛師――悪い呪術師らしい――と戦い問題解決することを生業とする者たち。「呪力を扱える」という時点で圧倒的少数らしく、万年人手不足がどうのと歌姫から愚痴を聞いたことがある。少数と言うことは、一学年に一クラス分ぐらいだろうか、と予想している。

 

 この高専は、そうした呪術師を育てるための学び舎だ。あくまでも学業面では「普通」と言っても差し支えない道を進む予定だったが、大きく変わったものだ。

 

 そうなると、色々変わってくる。先生や両親を説得にまず苦労した。

 

 歌姫が立ち会ってくれて――巫女服で来そうだった所をスーツに変えさせたのは我ながら良い判断だった――はいたものの、話すこと全てが異常の塊でしかない。両親はまだ咲来が変なものが見えていると昔から主張し続けていたこともあって意外とすんなりいったが、中学校の先生にはどう説明したものか本当に迷った。その割には引き留められなかったが。歌姫曰く、人材確保に国が必至だから圧力があったらしい。自分ごときにそんな力が働いてよいものか。

 

 それと、友達にはどんな高校に行くのか説明を誤魔化すのも苦労した。京都にある宗教法人系の高校、という説明が精いっぱいだ。

 

 そしてその次にあったのが、入学試験だった。

 

 内容は、学長との面接のみ。学力などは度外視らしい。

 

「……すごかったなあ、学長」

 

 今思い出しても、この京都校の学長・楽巌寺のビジュアルはすさまじい。

 

 ぬらりひょんや仙人を思わせる特徴的な形の禿頭に、立派に蓄えられた白いひげと、深い深い皺が刻まれた、和服の老人。それだけでも呪術師然としていて驚きだが、そんな彼の顔には、なんと大きなピアスがいくつもついていた。和風の仙人・妖怪風なのに、その大量のピアスは、アフリカの呪術師(シャーマン)を連想させる。

 

 正直、とんでもなく恐ろしかった。

 

 見た目で言えば、呪霊の方がはるかに悍ましいし恐ろしいはずだ。だというのに、暗いお堂の中という場の雰囲気も相まって、楽巌寺の方が何倍も恐ろしく感じた。

 

『ほほっ、その子が歌姫が見つけた一般人かい?』

 

 そして脳内に、見た目に反して、朗らかで優しそうな好々爺風の第一声が蘇ってくる。とはいえ、当時の咲来はそれを聞いても、今思えば失礼極まりないが、老獪・狸爺的な印象はぬぐえなかった。そのせいで、やたらと緊張したし、怯えていた。

 

『ふむ、なに、君の思うことを、素直に話してくれれば、それでよい』

 

 そんな彼女の様子を見てか、緊張をほぐすように笑いながら声をかけてくれたのも覚えている。そのあとの面接も終始和やかで、終わるころには、咲来も少しだけ笑顔を見せていた。

 

 面接内容は、名前、出身校、呪力に気づいたきっかけ、今まで呪霊にどう対応したか、など、通り一遍のものだった。

 

 ただ一つ――最後の質問だけは、場の空気が固くなったのも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『して……呪術師になろうと思った理由は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、咲来は、楽巌寺から、睨みつけられているような錯覚をした。核心ともいえる質問だからか、声も一段低く、真剣みが増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人助け、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝転がって、寮の自室の天井をぼんやりと見ながら、その時の自分の答えを呟く。

 

 人を助けたいから。

 

 これは、彼女の偽らざる本音だった。

 

 今まで呪霊を積極的に退治――界隈では「祓う」と言うらしい――してきたのも、人助けが理由だ。

 

 それをできる仕事がある。

 

 あの真冬の神社で歌姫から説明を聞いた時、心が躍ったのが分かった。

 

 だからこそ、少し怖気づいたが、その険しくなった目を見つめ返して、胸を張って答えた。

 

『ふむ………………よかろう、合格じゃ』

 

 長いあごひげを撫でながら考え込んで、楽巌寺が出した答えは、合格だった。

 

 ――そんなことを思い出しながら、咲来は、身体を流れる呪力をコントロールする。

 

 指先に少しだけ集めて塊にし、弾丸のようにして、ゆっくりと射出。

 

 

 

 

 

 

 

 その直後――天井に届く直前に、その呪力が、弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しの呪力だから、発した衝撃は、少し髪を揺らす程度。

 

 これが、自分だけの、特別な術式(ちから)

 

 その様子を見ていると、ふつふつと、胸の奥から熱いものがこみあげてくる。

 

「私……呪術師に、なるんだ」

 

 この自分だけの術式を使って、これからたくさん、人助けができる。

 

 それが彼女には、たまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 新しい方ですか?」

 

 夕食の時間になって食堂に呼ばれると、そこには先客がいた。

 

「あ、えっと、初めまして!」

 

 気弱なこともあってか人見知りの気がある咲来は、うろたえながら挨拶をする。

 

 まず特徴的なのは、水色の長い髪だ。少し離れたところから見ただけでも、さらりと絹のような質なのがわかる。顔つきも可愛らしく、人のよさそうな笑みを浮かべている。

 

「いやー、私一人で心細かったんですよ! 先輩方も今日はいないし!」

 

 席を立って、こちらに向かってきて、にこにこと笑いながら、緊張でうつむきがちだった咲来に目線を合わせてくる。咲来と違って、人懐っこい性格の様だ。

 

「えーっと、ここの生徒さん、ですか?」

 

「うーん、一応そうなるんですかね。まだ三月なので入学はしてないですけど!」

 

 ということは、咲来と同じ、新一年生だ。多分、咲来よりも早く、事前に入寮していたのだろう。

 

 つまり、これから四年間一緒に過ごす同級生と言うことだ。優しそうな人だと、咲来は胸をなでおろす。

 

「申し遅れました! 私は三輪霞です! これからよろしくお願いしますね!」

 

「えっと、成宮咲来、です。よろしくお願いします」

 

 咲来も自己紹介をすると、彼女――霞は、咲来の手を取って両手で握って握手のようなものをすると、そのまま手を引いて、元居た席の隣へと誘導してくれる。そしてちょうどそこに、今日の晩御飯が配膳された。

 

 この後、咲来は霞から彼女の部屋に呼ばれて、おしゃべりをすることになる。当初は「三輪さん」「成宮さん」だったが、「霞ちゃん」「咲来」と呼び合うようになるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、今回の任務は……」

 

 入学してから一か月ほどが経った。基本は高専内で座学――高校生と同じ内容の「教科」と、呪術や呪術師について学ぶ「呪術」の二つがある――か訓練、一週間に一度ほど、呪術師が行うことが望ましい簡単な任務をこなすという日々だ。最初のうちは慣れないことの連続だったのでヘロヘロだったが、今は少しだけ慣れてきた。

 

 咲来がぎこちない操作をしながらタブレットで見ているのは、今回の任務の概要だ。今いるのは、任務地に向かう車の中。市街地のため、いつものような物々しい車ではなく、あくまでも黒い軽自動車である。

 

「あなた、それ確認するの何回目よ。脳味噌ついてるの?」

 

 そんな彼女に、霞を挟んだ向こう側に座っているボブカットの長身の少女が、心底呆れ果てた目で見下しながら罵倒してきた。

 

「まあまあ真依さん、確認する分にはタダですから」

 

 そんなボブカットの少女――禪院真依を、二人の間にいる霞が困ったように苦笑いしながら宥める。

 

「え、えへへ、ごめんね」

 

「チッ」

 

 癪に触らないわけでもないが、人と争うぐらいならその場を誤魔化すことを選び続けてきた咲来は、霞のものよりもさらに困ったような苦笑いを浮かべて謝り、誤魔化す。そんな彼女に真依は、相当腹が立ったようで、その鋭さで人を切り裂けそうなほどに目を吊り上げ、腕を組んで聞こえよがしに大きな舌打ちをした。

 

「三輪の言う通りダ。何度も見て確認するに越したことはなイ」

 

 そんな彼女に低くくぐもった声をかけたのが、助手席に座っているロボット、究極(アルティメット)メカ丸だ。

 

 ――この四人が、今年の京都校の新入生。

 

 少ないと聞くから一クラス分程度か、と予想していた咲来は、まずこの人数の少なさに度肝を抜かれた。

 

 そしてさらに、この入学初日に初顔合わせした同級生二人にも、驚かされた。

 

 まずわかりやすい驚きは、メカ丸だ。

 

 なにせ、ロボットである。

 

 え、ロボット? 同級生? サポートAIではなく???

 

 と咲来の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされ、それこそ壊れたロボットのように動けなくなったのも、今では良い思い出だ。

 

 詳しいことは聞かなかったが、曰く、身体が弱くて動けないので呪力による遠隔操作ロボットで活動しているらしい。呪力は、そんなこともできるようだ。

 

 そして、真依については、驚きもあるが、困惑の方が強い。

 

 まず第一印象は、カッコイイ美人だった。歌姫とはまた違った麗しさがあり、「孤高」とでもいうべき美しさを感じた。

 

 その一方で、困惑もある。

 

 ――今のやり取りの通り、咲来は、真依に嫌われている。

 

 咲来は他者との衝突を望まないので、何か悪いことをした覚えはない。寮の部屋も少し離れているので、物音がうるさいということもないだろう。

 

 そもそも、「初対面」の時点で、相当に嫌われていた。それも、蛇蝎のごとくを通り越して、食べ物に湧く虫のような嫌われようだ。こうなってくると、お互いにメリットがないので、関わらないようにするのが咲来なりの知恵である。ところが残念なことに、同じ新入生として、授業はいつも一緒だし、今回は任務ですらも一緒だ。霞という癒しがいなければ、咲来の胃には穴があいていただろう。

 

 ――そんなやり取りがありつつ、目的地に到着した。

 

 京都のお隣、奈良県某所の、何の変哲もない山。さほど深くも険しくもないが、ここで救助を要する出来事が続出しているらしい。幸い全員その日のうちにで救助隊に見つかっているので、死者は出ていないが、奇妙なのが、その証言だった。

 

 この山はハイキングと呼ぶのも言い過ぎとなる程の、緩やかな山だ。道もしっかり整備されていて、意図的でなければ、およそ木々の中に迷うこともない。地元の散歩コースの定番である。

 

 被害者も全員、地元住民だ。

 

 共通しているのが、「いつもの道を通っているつもりだったのに、いつの間にか木々の深くまで迷い込んでいた」というものだった。そこから自力で脱出しようとするものの、どうにも同じ場所に戻ってしまう。幸い携帯電話の電波は届いていたので地元警察や家族に連絡をして事なきを得ているが、これが急に続出しているとなると、奇妙なことだと、話題になり始めている。

 

「山道で迷わせるのは、呪霊のやり口の定番ね」

 

「大したことない山で幸いでしたね。これが大きな山ってなると、大事ですよ」

 

 山中の舗装された道を同級生・補助監督の五人で進みながら、口を開く。真依は呪術の大御所一家らしい禪院家出身らしく、呪霊のやり口を知っているようだ。それに対して霞は、善人な彼女らしく、被害者の無事を喜んでいる。

 

「真依さん、どういう風に迷わせていると思う?」

 

 色々知っているらしい真依に、咲来が問いかける。真依はよほど自分の苗字が嫌いらしく、咲来にすら名前呼びを強要している。

 

「この前授業でやったでしょう、今時幼稚園生でももっと記憶力いいわよ」

 

 そして咲来は、おそらく苗字の次ぐらいに、真依に嫌われている。

 

「授業でやったのハ、舗装されていない山道の例ばかりダ。今回はこれほどわかりやすい道だゾ。また別の術式の可能性を考えロ」

 

「あーはいはい、高性能ロボット君は賢いわね」

 

 メカ丸の言葉は、真依にとっても図星だったようで、露骨に不機嫌になる。

 

 咲来の問いかけも、メカ丸の言ったことを考慮してのことだ。険しい山道で迷わせるのは簡単だが、こうも開けた道だと、いくら一般人相手と言えど迷わせるのは難しいだろう。被害の規模のわりに、強力な術式の可能性もある。

 

 こんなことは、真依にもすぐに分かるはずだ。どうやらいつにも増して不機嫌らしく、冷静さを欠いている。

 

「方向感覚を狂わせる、というレベルじゃないのは間違いないでしょうね。慣れた道で迷ったということも考えると……幻覚か、洗脳、あたりでしょうか」

 

 霞の出した結論に、全員が無言で同意する。今ある情報では、一番妥当な判断だろう。

 

 そんな四人の後ろをついていきながら、加藤――補助監督の女性――はタブレットに何やら入力している。この任務も授業の一環だ。評価のようなものを記入しているのかもしれない。

 

 そうこうしているうちに、頂上についてしまった。簡易的なベンチと水飲み場が置かれているだけで、景色もさほど良くはない。なんともイマイチな山だ。

 

「今のところ異変は見られないナ」

 

「そうだね」

 

 簡素なベンチの周りに集まり、また話し合いをする。ちなみにベンチが小さいせいで二人しか座れず、呪力が弱くて体力強化すらできないレベルらしい加藤と、今回の資料を表示している大型タブレットを持つ霞が、腰を掛けている。

 

「迷子だから、『このあたりで迷った』っていうピンポイントの情報が無いのが困りものね」

 

「いくらこんな山だと言っても、全部回ったらさすがに結構時間がかかりますよねー」

 

 今回の任務は、資料が揃っているとは言えない。呪霊の仕業の可能性自体は高いが、それ以上のものが見えてこないのだ。

 

「手分けして探すことを提案すル。まとまって動いていては埒が開かなイ」

 

「あまり戦力は分散するものじゃないけど、仕方ないわね」

 

 呪術界隈にいた時間が長いため、四人の中ではメカ丸と真依の意見が必ず最初に出るし、そして妥当であるがゆえによく通る。咲来や霞としても不安ではあるが、今までの被害状況から察するに、ハプニングがあってもそう悪いことにはならないだろう。

 

「それで、どう分かれますか?」

 

 少し疲労気味の加藤が問いかけてくる。

 

「俺が一人で、そちらは四人で行動しロ」

 

「さすがメカ丸、頼りになりますね!」

 

 提案に、霞が明るい笑みを浮かべて即座に同意する。なんならサムズアップすらしていた。そんな彼女を、ロボットであるがゆえにどんな感情を抱いているのか定かではないが、メカ丸はぼんやりと見つめている。咲来の見立てでは、多分、呆れている。

 

 メカ丸は新入生の中では圧倒的な戦力だ。呪術師には4級~特級のランクがあり、咲来と真依と霞は新米な上に経験も少なく、さらに言うと「弱い」ので、4級である。

 

 一方メカ丸は入学前から前線で活動していて経験豊富であり、しかも呪力も莫大で、ロボット特有の性能もあって、すでに準2級だ。同じ女子寮に住んでいて一つ上の先輩でもある西宮桃が3級、男子の先輩の加茂憲紀が2級であることを考えると、その強さがわかるだろう。ちなみにまだ会ったことは無いが、東堂葵と言う先輩はすでに準1級らしい。

 

 そういうわけで、アンバランスにも見えるこの分かれ方は、実はベストな選択だ。メカ丸は三人が束になってかかっても敵わないほど強いし、また経験の浅い咲来と霞がいるグループに補助監督がつくという点でもベストである。

 

 ちなみに霞が喜んでいる理由だが、メカ丸と離れるのが嬉しいとか、咲来と一緒なのが嬉しいとかいう話ではなく、「二手に分かれなきゃなのは分かってるけど少人数は不安だなーイヤだなー」とか思っていたからである。

 

「足は引っ張らないで頂戴ね」

 

 そうした中で発せられた真依のイヤミは、間違いなく、咲来だけに対して向けられたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 気まずい。

 

 咲来と真依は、お互いに何もしゃべらず、黙々と森の中を、時折木に目立つ傷をつけながら、周囲を見回しつつ進んでいた。

 

 とんでもなく情けないことに、二手に分かれてからしばらく、メカ丸が元来た道の反対側の道路を調査すると言うので、元来た道を戻る方向に調査をしていた四人は、見事にはぐれていた。

 

(もー! 霞ちゃんに加藤さんのバカ!)

 

 一応四人とも呪術師ではあるはずだが、実力は最底辺クラスだ。呪術に対する「耐性」ともいうべきものがまだ弱い。

 

 そういうわけで、四人で行動していたはずなのに、霞と加藤がはぐれてしまった。

 

 咲来と真依が二人がいないことに気づいたのは、舗装された開けた山道の中腹あたり。こんな開けた道で霞と加藤がいないということは、二人がどこか脇道の藪の中に逸れてしまったのだろう。自分たちが実は迷子になった可能性も考えたが、ただ一本道を下っていただけだ、こちらが迷子と言われるのは心外である。

 

 そういうわけで、自分のことを嫌っている真依と二人きりになってしまった。しかも状況は芳しくない。そのせいで真依は一層不機嫌になっている。

 

(メカ丸君、早く反応してー!)

 

 緊急事態――二重の意味で――なので、咲来はスマートホンで何度も電話をかける。だが一向に出る気配がない。

 

「ねえ」

 

「はい!」

 

 そんな中でいきなり声をかけられ、咲来は上ずった声で返事をする。

 

「メカ丸はまだ反応しないの?」

 

「う、うん……圏外にはなっていないんだけどなあ……」

 

「そう……」

 

 不思議なこともあるものだ。画面に出ている電波表示はいたって正常だ。真依の方も霞や加藤に何度も電話をかけているようだが、この様子だと反応がないのだろう。

 

「あの二人はまだしも、メカ丸はスマートホンと機体をリンクさせて、手動操作なしで通話に反応することができるわ。仮に戦闘中だとしても、よほどの場面じゃない限り電話に出れるはずよ」

 

「だよねえ」

 

 口には出さないが、二人の間に、共通の認識が出来上がり始める。

 

 こういう異常なことが起こるということは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――呪霊の、手のひらの上にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界。呪霊が根城にしている「場」は、呪霊の意図のあるなしに違いはあれど、呪力が影響して、異常な現象が起こる。例えば二年前に咲来が山の上のすたれた神社で感じた怖気は、結界の内側に入ったことが影響している。そうした結界の作用の一つが、外界との断絶だ。

 

 入った瞬間に気づかないということは、楽観的に見れば、呪霊が強力ではない、ということになる。悲観的に見れば、わざと気づかせないようになっているということで、呪霊の知性や呪力が高いということだ。

 

 緊張が走る。被害規模は小さいが、思ったよりも厄介な事件なのかもしれない。

 

「一旦道に戻りましょう。私たちまで迷子になりかねないわ」

 

 真依が提案する。咲来も賛成だ。

 

「うん、そうしたいところだけど、でも……」

 

「何よ、二人が心配なの? じゃあ置いていくわよ?」

 

 真依が明らかに苛立っている。

 

 確かに二人のことは心配だ。だが、咲来が言いたいのはそれではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マーキングが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真依が来た道を慌てて振り返る。

 

 ここまで迷わないように、通り道の木には目立つように傷をつけていた。

 

 だが、それらが――消えている。

 

 被害者たちは、「迷い込んだ」。あんな開けた道を歩いていたと思ったらいつの間にか森の中、というのは異常事態だ。

 

 だからこそ、「迷い込む」ことばかりに気を取られてしまっていた。

 

 この山は、深くもないし険しくもないし広くもない。多少迷い込んでも、人通りのある道に出るのは造作もないはずだ。

 

 だが、被害者たちは――いつの間にか元の場所に戻ってしまい、迷い続けた。

 

 それもまた、呪霊の仕業に違いない。

 

 自分たちは「迷い込まされた」わけではなく、自分たちから入り込んだ。だがそれでも、「出られなくする」分には十分だ。

 

「…………サイアクね」

 

 真依が懐に隠していたシリンダー式拳銃を取り出し、警戒態勢に入る。それとほぼ同時に、咲来も身構え始める。

 

 二人はついさっき、マーキングが無くなっていることに気づいたあたりから、チリチリとひりつくような痛みを感じていた。

 

 呪力を持つ呪術師は、第六感、シックスセンスとでもいうべきものが発達している。

 

 

 

 

 被害者たちは、しばらくすると携帯が通じるようになって、外に出られた。

 

 おそらくだが、「迷い込ませる」「出られなくする」効果がメインで、外界との断絶には時間制限がある。

 

 迷い込まされたのは全員一般人だ。だが彼らは全員脱出できている。

 

 そう――彼らは、見逃された。

 

 だからこそ、放置されたのだ。

 

 呪霊は人を好んで食べ、呪力を成長させる。大概の呪霊は雑食で、人間であれば目についた分だけ食べようとする。

 

 だが、中には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たち、餌場に迷い込んだみたいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――呪力を持つ呪術師のみを狙って、一気に力をつけようとする呪霊もいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、甲高い笑い声とともに、「真っ赤な馬」が飛び出してきた。

 

「そこ!」

 

「っ!」

 

 真依が呪力を籠めた弾丸を、少し反応が遅れて咲来が呪力を固めた小さな球を、その赤い何かに放つ。木々が生い茂る中だというのに、その真っ赤な馬は即座に横ステップで、その二つを避けた。

 

「それ!」

 

 だが、咲来が放った呪力の球が――爆発する。

 

 その急激な膨張は予想外だったようで、爆風がその馬の体勢を崩した。

 

 すかさず真依が追撃の弾丸を放つが、それも、器用にバランスを取って立て直した馬が回避する。

 

 そうして、両者は相対した。

 

「……相変わらず呪霊って、悪趣味ね」

 

 真依が銃口を向けながら吐き捨てるように呟く。

 

 それは、馬のように見えたが、違った。

 

 角こそ生えていないが――頭の出っ張りをみるに、鹿なのだ。

 

 ただしその全身は――皮が全て剥がされたかのように、肉が露出して、血が滴っている。

 

 そして、そんな痛々しい見た目だというのに――そのグロテスクな貌にある耳のあたりまで裂けた大きな口は、「嗤って」いる。

 

 おそらくだが、これがこの山に現れた呪霊だろう。そして、四人を迷わせた正体だ。

 

 咲来は、今まで見た呪霊とは違うベクトルの、生々しいグロテスクな姿に吐き気を覚える。しかしすぐに気を持ち直して、その不気味な嗤い貌の、口元を注視する。

 

 体表から血が垂れているのに、口からは垂れていない。恐らくだが、まだ霞と加藤は食われていないようだ。

 

「スマートホンは、自動で電話をかけ続ける設定にしてあるよ。時間を稼げば、大丈夫だと思う」

 

 咲来は警戒をしながらも、真依に提案する。

 

 この呪霊はどうにも、自分たちの手に余りそうだ。森の中と言うこともあって、彼我のスピードも段違いだ。それならば、おそらく「迷い込ませる」「出られなくする」術式強化のための、外界との断絶についている時間制限の縛りを利用して、時間稼ぎをするのが良い。

 

 直後――呪霊とは関係なしに、二人の間の空気が、一気に冷たくなる。

 

「……何言ってるの?」

 

 真依は、底冷えするような声で、咲来に聞き返す。

 

「私は呪術師よ。呪霊を払わなきゃ、意味がないじゃない!」

 

 呪霊から目線と銃口は逸らさない。だが、彼女の敵意は、呪霊以上に、咲来に対して向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げたいなら、一人で逃げなさい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫ぶと同時、それを合図とするかのように、二発の弾丸が放たれ、呪霊はまた横にステップして回避する。銃弾は亜音速で襲い掛かるため、それが放たれてから避けるのにも、音速で動く必要がある。できるかどうかは別として、普通の生物でそんなことをすれば、身体が持たないだろう。それを可能にするのが、超科学的存在である呪霊であり、呪術で体を強化できる呪術師だ。

 

 呪霊の大きな口が開き、真っ赤な血の塊のようなものが放たれる。真依はそれらを連続で回避しながら反撃するが、弾切れを起こし、すかさず木の裏に隠れて銃弾を籠め始める。何度も何度も練習したのだろう、その動きはよどみなく、そして速い。

 

 だが呪霊はそれを見逃さず飛び掛かる。真依はリロードを終えシリンダーを戻しながら横に転がって回避するが、すれ違いざまに――呪霊の「脇腹に口が開いて」そこから血の塊が放たれた。

 

(至近距離、避けきれない!)

 

 真依は被弾を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、爆風が、両者の間を駆け抜け、血の塊を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫!?」

 

 咲来は、心配しながら叫ぶ。今のは急いでいたし必要な威力も大きかったから、手加減が効かなかった。

 

 真依を守るつもりだったが、今の行動で傷ついてしまった可能性もある。

 

「ええ、残念ながらね」

 

 真依はそう吐き捨てるように言いながらも立ち上がり、呪霊に牽制の弾丸を打ち込みながらも距離を取って、咲来の横に並ぶ。

 

「どうしたの? 逃げたいんじゃないの?」

 

 真依は冷ややかな笑みを浮かべ、鼻で笑うように問いかける。

 

 それに対して咲来は――いつも罵倒されたときに浮かべるものとは違う、穏やかな笑みで、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真依さんを置いていくわけにはいかないよ。助けたいもん」

 

 

 

 

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