夜明けと晴天   作:まみむ衛門

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本日2話分同時投稿しています
ここは4話で、先に3話を読んだ覚えがない方は、そちらを読んでください


4話・想いと爆散

「迷子の迷子の霞ちゃん~、貴方の友達どこですか~、あははは……」

 

「み、三輪さん、しっかりしてください!」

 

 咲来たちが呪霊に遭遇する少し前、自分たちがまんまと術式に引っかかって山奥に迷い込んで出られなくなってしまったことに気づいた霞たちは、御覧のありさまだった。

 

(参ったなあ、これじゃあ本当に足手まといじゃん。マーキングも付けてないし、まんまと術式に引っかかるし。あ、タピオカ飲んでみたいな。奈良だし和風のドリンクとかあるかなあ)

 

「三輪さん! 三輪さんってば!」

 

「はい、役立たず三輪です」

 

 ショックのあまり放心して変なことを考えていたが、大声で呼びかけられて、自虐も交えた返事をする。

 

「は、はやく戻って合流しましょう! 二人が心配ですよ!」

 

 弱いから四人で固まっているのに、それが二分割された。それも、呪霊の手によって、呪霊の住処で。

 

 霞の術式は、こと身を守るという点では、4級術師と言えど強力だ。有名な術式なので、加藤も知っている。その場を凌ぐだけなら心配はない。

 

「確かに、あのお二人はあまり仲がよろしくないので、喧嘩しないか心配ですね」

 

「そうではなく! 呪霊に襲われでもしたら大変ですよ!」

 

 だが、霞からの返答はズレたものだった。

 

 加藤が心配しているのは、二人の戦闘力だ。彼女はまず二人の術式を知らないので、入学したての4級という認識でしかない。

 

「うーん、それはそうですけど……」

 

 霞も同意する面があるのか、どちらに行けばよいかは分からないが、とりあえず歩き出す。

 

「真依は術式は使いにくいですけど、直接戦闘や応用力がありますし……」

 

 そんな彼女の声には、いまいち緊張感がない。

 

 代わりに――二人への信頼が、込められていた。

 

 

 

 

 

「咲来は、とびっきりの術式を持ってるので、あまり心配いらないと思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊の足元が、爆ぜる。

 

 踏み出そうとした足元が急に爆発したせいでバランスを崩した呪霊は、その胴体に呪力を籠めた弾丸二発をモロに食らう。呪霊故に体は即修復されるが、それでもダメージは残る。

 

「今まで秘密にしたほうがいいって聞いたから隠してたけど、真依さんも傷つけちゃうから、術式の説明するね!」

 

 戦闘中だからか、声は抑えられず、叫ぶような形で、咲来はまくしたてるように説明を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の術式の名前は≪爆散≫!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲来が呪力で作った球が、呪霊の目の前で爆発する。それによって目をくらまされ、近くにいた真依から横っ腹へと蹴りを食らった。

 

「呪力が固まっているのを、呪力同士の結びつきを解いて、ただの呪力にする術式!」

 

 その叫ぶような説明は、呪霊の耳にも入る。意図せずして、説明と言う縛りによって、彼女の呪力は、少しだけ上昇していた。

 

「結びつきが解けた呪力は、一瞬で膨張して、爆発するの!」

 

 水蒸気爆発と言う現象がある。

 

 水が、超高熱のもの――例えばマグマ――に触れると、一瞬で加熱され、蒸発する。物質は、液体から気体へと変わった場合、その体積は膨れ上がる。

 

 通常の蒸発ではさほどの衝撃にならないが――一瞬で多量の液体が気化したら、その膨張量と速度はすさまじく、爆発のように衝撃をまき散らすのだ。

 

 咲来の術式は、その呪力版。

 

 呪力でできたもの――呪霊の体や呪力で作った球――の呪力同士の結びつきを解き、ただの呪力の粒子にする。液体から気体どころか、言わば固体から分子レベルへと一瞬で変化するようなものなので、体積の膨張量と速度は、まさに「爆発的」なものになる。

 

 元々なんとなく使っていたが、あの神社での出来事から入学までの間に、歌姫の指導によって、自身の術式(ちから)の正体を知った。

 

 呪霊が爆発するのは、この≪爆散≫の術式によるものだったのだ。

 

 このように、彼女の≪爆散≫は、必要呪力や呪力消費のわりに、高い威力を発揮することができる、強力な術式だ。

 

 歌姫や楽巌寺によると、この術式は、長い呪術師の歴史でも記録すら残っていない、珍しいものらしい。そんな、分かる限りでは唯一無二でいて、強力な術式が、咲来に刻まれていたのだ。

 

 ただし、ある程度限界がある。

 

 まず≪爆散≫できるのは一度に一か所または一つだけ。一度に≪爆散≫できる呪力の質量とでもいうべきものは頑張ってもせいぜいスマートホン程度。呪霊の体、術師に流れている呪力のような、強力にコントロールされているものは、相手より明確に強い呪力でないと全く通用しない。例えば今相手にしている呪霊と咲来は、おそらく同格か、多少相手が格上だ。その体を直接≪爆散≫することはできない。

 

 また、一度結びつきを解いた後の呪力はコントロールできず、体積膨張の衝撃はただただ放射状に広がるのみだ。そのため、自身や仲間、周囲のものを巻き込んでしまう恐れがある。さらに、術式の行使は短い間隔で行うことができず、数秒のインターバルが必要となる。

 

 

 

「そんなのとっくに知ってるわよ!!!」

 

「ええええっ!?」

 

 だが真依からの返答は、咲来の予想外のものだった。

 

 まだ同級生だと霞にしか話していないのに。歌姫先生あたりから聞いたのだろうか。私は真依さんの術式知らないのに、ずるい。

 

 そんな思いが次々あふれ出してくるが、呪霊は待ってくれない。狩る側だと思ったら劣勢になっていることに腹を立てたのか、天に向かって首を上げると、

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■ー!!!」

 

 

 

 

 

 本能的に不快な、世にも悍ましい金切り声で、咆えた。

 

 途端、二人の目の前の景色が一変する。地面の傾き、木々の配置、太陽の方向、葉っぱの向き――同じ森だが別の場所にいるような状態になってしまう。

 

「ふ、ええ!?」

 

「落ち着きなさい、幻術よ! 目に呪力を籠めて!」

 

 咲来が歌姫に合うまで相手にしていたのは、4級の中でも下の方、または等級すら付けられない蠅頭(ようとう)と呼ばれる雑魚だった。当然、警戒態勢の呪術師を陥れるほどの幻覚術式を持つような呪霊など、遭遇したことが無い。運が良かったのだ。もし遭遇していたら、幼い咲来は、死体すら残らなかっただろう。

 

 こうした幻術への対策は簡単だ。目に呪力を籠めれば、景色を変えるタイプの幻術だった場合は、無効化できる。

 

 言われたとおりにすると、元の場所に戻っていた。脳や認識や精神に働きかける強力なものではなかったようだ。

 

「呪霊としてはせいぜい3級程度ね」

 

「でも術式は持ってるよ!」

 

 目に呪力を籠めながらとなると、それ以外へのリソースが落ちてしまう。必然的に戦闘能力が落ちた二人は先ほどと比べて拮抗した戦いに歯噛みしながらも、情報の交換をする。

 

 呪霊の等級はある程度の目安がある。

 

「普通の武器が効く」という仮定での話になるが、4級は「木製バットで余裕」、3級は「拳銃があればある程度安心」だ。真依のリボルバーが効いていることから考えるに、この呪霊はせいぜいが3級だ。

 

 だが、術式を持っているとなれば話は別。呪霊の中でも術式を有するものは別格で、準1級以上は固いだろう。そのちぐはぐさが、咲来には疑問だった。

 

「さっき話したでしょう! ここは呪霊のホームグラウンドだし、それ以外にも色々『縛り』をかけているのよ!」

 

 縛りとは、色々な制限を施すことで、その反動として呪力を高める技術だ。恐らくだが、この呪霊の幻術は、意外と不便なモノなのだろう。

 

 真依は叫びながら弾丸を連射し、正確に呪霊の両前脚を打ち抜く。このプロ顔負けの射撃能力が、彼女の持ち味だ。呪力で筋力を上げ反動を抑えているとはいえ、並々ならぬ努力のたまものである。最初は当たらなかったが、だんだんと照準が定まってきて、少しずつ形勢を盛り返しつつあった。

 

 とはいえ、彼女の弾丸の手持ちにも、底が見えてきた。そもそも今回は調査任務であり、戦闘はそこまで想定されておらず、あまり持ってきていない。呪霊は今だ当初と変わらず機敏な動きを続けている。

 

 今の連射で弾切れを起こした。真依はすかさず身を隠してリロードをする。どうやら等級のわりに賢いようで、呪霊はその隙を見つけるや否や飛び掛かりながら血の塊を連射する。

 

 しかし、その血の塊は、放たれた直後、呪霊の眼前で爆発した。あれは呪力の弾丸のようであり、放たれた時点で、コントロールの外だ。あまりにも速度があって認識できず今まで出来なかったが、咲来はようやく、それを爆発させられるようになった。

 

 眼前で急に爆発したため、後発の弾丸も衝撃で撃ち落とされ、飛び掛かりも中断され、無様に地面に打ち付けられる。そこを見逃さず即座にリロードを終えた真依が弾丸を連射するが、二発ほどは胴に命中したものの、三発目・四発目は即座に起き上がってて回避した。

 

 そして呪霊は学習したのか、今度は真依の傍を離れないで、近接主体での攻撃に取り掛かる。この距離ではリボルバーは活かせず、リロードの暇もない。

 

「くそ、しつこい女は嫌われるわよ!」

 

 真依が悪態をつきながら、角が無いゆえに――性別をあえて判断するとすればの話だが――メスであろう呪霊との格闘戦に入る。真依の長い手足を活かした運動能力は中々のもので少なくとも咲来よりも格段に強いが、あまり得意ではない。

 

「う、うう、どうしよう」

 

 そして咲来は、それに手が出せないでいた。雑魚呪霊を見つけては爆発させてきた以外は平凡な女の子だったため、反射神経などは鍛えられていないし、センスもあるわけではない。呪力強化のおかげで一般人よりは上だが、呪術師の中では体力・反射神経などは最底辺なのだ。

 

 しかも、≪爆散≫も、ああも近距離では、絶対真依を巻き込むので使えない。呪霊にダメージを与えるほどの攻撃となれば、それよりもずっと脆い人間の体には致命傷なのだ。

 

「あーもう役立たず! 木の棒に呪力籠めて殴りなさい!」

 

 いくら呪力を籠めても、木の棒ではたかが知れている。それでもないよりはマシかと意を決した咲来は手ごろな棒を拾って参戦しようとする。

 

 だがその前に、戦況が動いた。

 

 真依の渾身の回し蹴りが、呪霊の横っ面にクリーンヒットした。呪霊の顔が歪む程の衝撃で、その体は木へと叩きつけられる。

 

「これで終わりよ!」

 

 リロードできないままだった残弾の五・六発目をその頭に叩き込んで追撃しようとする。それを見た咲来はトドメになるよう、いつもよりも多く呪力を固めて、弾を形成した。

 

(やった、なんとかなっ――!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、直撃すると思われた真依の弾丸は、「呪霊の顔に突然空いた穴を通り抜ける」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、呪霊を足止めはできない。恐ろしい速度で起き上がった呪霊は、口角を吊り上げながら、真正面から最短距離で、真依を殺そうとする。

 

 これを見て、咲来は失敗を悟った。

 

 呪霊はこれを狙っていたのだ。真依がだんだん狙いが定まり、咲来が血の塊に反応できるようになったように――リボルバーと弾丸の性質を、学習していた。

 

 銃弾は、自らの体を呪力操作して通り抜けさせれば、なんら脅威ではない。

 

 リボルバーはその見た目の通り装弾数が六発で、マガジンもないためリロードに時間がかかる。

 

 そのため呪霊は、あの吹き飛ばされた後の一瞬で、ここまでの作戦を立てた。

 

 連射によって残弾数が少なくなったところを、接近戦に持ち込むことで、リロードをさせない。そして程よく隙を見せて残り二発をわざと撃たせて、近い距離の状態で弾数をゼロにし、二発はすり抜けさせることで回避する。

 

 そうすれば、ただの鉄の塊を持った人間が、近くにいるだけ。

 

 もう一人いる人間・咲来は、同士討ちの危険性が強い術式を使うから、この状況で横やりは入れられない。

 

 呪霊は――確実に、真依を喰える、殺せる。

 

「真依さん! 危ない!」

 

 真依は回避やリロードに移らず、リボルバーを構えたままだ。すり抜けさせられたことに驚いて、動けないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐めるんじゃないわよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、真依に、強力な呪力があふれ出す。

 

 その口の端が、誇らしげに、そして呪霊を見下しあざ笑うように、吊り上がる。

 

 強力な呪力は、空っぽのシリンダーの中に収束していき――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――呪霊の胴体に、叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊は撃ち落とされ、攻撃は失敗する。すかさず真依はリロードして、その頭に六発、弾丸を打ち込んで、止めを刺した。

 

「呪霊にしては賢いわね。まあ、所詮鹿だし、馬鹿だったけどね」

 

 咲来はポカンと、その様子を見ているだけだった。

 

 そんな彼女の様子に気づいた真依は、座って木にもたれかかり、身体を弛緩させながら、口を開いた。

 

「訳が分からないって顔してるわね。それじゃあ呪霊と同じよ」

 

 イヤミは健在だが、幾分か険が少ない。呪霊を出し抜いて倒したからか、機嫌が良いようだ。ただしその声には、覇気がなかった。

 

「≪構築術式≫。それが私の術式よ」

 

≪構築術式≫。通常、呪力で作ったものは、コントロールを失ってしばらくしたら、自然にただの呪力へと戻る。

 

 だが、≪構築術式≫は違う。呪力で「物体そのものをこの世に生み出す」のだ。その物体は、実際の物体と同じように、そのあとも残り続ける。まるで造物主のごとき、神の御業ともいえる術式だ。

 

 しかし、当然ながら、呪力消費は大きい。

 

≪構築術式≫には、二つの目的で呪力が必要となる。

 

 まずは、物体の材料となる呪力。物体の質量、精密さ、性質などによって必要呪力は違うが、この世に新たな物質を生み出すだけあって、ちょっとしたものでも通常の術式とは比べ物にならない呪力が必要となる。

 

 もう一つが、それらの呪力を固めて物体を生成する「術式」に使う呪力だ。こちらもまた、無から有を生み出すに等しい神業のごとき行為であり、呪力消費が大きい。

 

 真依はなぜ、細身の女性にとって反動が少ないというわけでもなく、残弾数が少ない上に分かりやすく、リロードに時間がかかるリボルバーを使っているのか。

 

 それは、整備が楽で比較的安価と言うだけではない。

 

 先述の「デメリットを相手に見せつける」ためだ。

 

 相手は当然、先ほどの呪霊のように、こちらの残弾の様子を見て攻撃してくる。そこに、不意の「七発目」を≪構築術式≫で作り出し、油断した相手にぶち込むのだ。

 

 この作戦に、呪霊はまんまと引っかかった。真依の作戦勝ちだった。

 

「ゲホゲホッ」

 

「真依さん!?」

 

 説明し終えるや否や、真依は咳き込む。慌てて近寄って背中を撫でてあげるが緩和はせず、四つん這いになってえずく。その口から、大量の赤黒い液体が、びちゃびちゃとあふれ出した。

 

「ええ、ち、血が!」

 

 慌てながらも、咲来はすぐさま真っ先に授業で習うことになる応急処置を施す。とはいえ体内の事なので、安定姿勢を取らせることしかできない。

 

「……私はね、生まれつき……持ってる呪力が少ない……の」

 

 苦しそうに深く呼吸をしながら、真依は、自嘲するように話し始める。

 

「私の呪力では……一日弾丸一発、が……限界……」

 

 咲来は愕然とした。

 

 一日一発が限界。

 

 そんな術式を、すでに呪力を籠めた弾丸を何発も放った状態で使って、さらにその直後、六発打ち込んでいる。限界まで呪力を使い切った身体は弱り、さらに術式の負担に耐えられない。彼女の体は、もうボロボロだ。

 

「大丈夫だよ、待ってて! メカ丸君たちがすぐ来てくれるから」

 

 呪霊が払われたなら、結界の効果は切れている。自動的に連絡が飛ぶようになっているから、近いうちにメカ丸がくるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これだけ時間が経っているのに、返信が届いていない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はハッとし、血の気が引く。

 

 首筋がチリチリとひりつく「嫌な予感」が、また膨れ上がってきている。

 

 返信があっても良いはずだ。でも、ない。

 

 なぜ?

 

 結界が、残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ呪霊が、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、そ、でしょ……」

 

 真依が驚愕に目を見開く。安定姿勢で寝転がって動けない彼女の視線の先では……トドメを刺したと思われた呪霊が、フラフラと揺れ、プルプルと震え、弱弱しく唸りながらも、立ち上がろうとしている。

 

 そしてその全身から――憎しみを、怒りを、恨みを――「呪い」を湧き出させながら。

 

「逃げよう!」

 

 咲来は長身の真依を即座に抱えて、がむしゃらに走り出す。

 

 呪霊は弱っている。今なら逃げられる。

 

「手持ちの、弾は……もうないわ。私は……これで、足手まといよっ! 置いていきなさいっ――!」

 

 木々の中を走っている咲来に抱えられてるため、酷く痛むだろう。途切れ途切れの声で、それでも強く、自分を囮にするように命令する。あの呪霊は、出し抜いた自分を狙っている。十分な時間稼ぎになるはずだ。

 

「嫌! 絶対に、真依さんを『助ける』!」

 

 後方に滅茶苦茶に呪力の塊を飛ばし爆発させて目くらましと牽制をしながら、咲来は叫ぶ。ここで置いていったら、今までの戦いが、何の意味もない。

 

「馬鹿っ……! そんなこと、したって、なん、の、意味もな、いでしょ!」

 

 真依が反論してくるが、それを無視して、一心不乱に前を見て、逃げようとする。だが恐ろしいことに、咲来は、「元居た場所に戻ってきてしまった」。

 

 咲来は山駆けは一度もやったことが無い。今は焦っているし、冷静ではないし、体力的にも精神的にも弱っている。それでも、この状況で、元の場所に戻る程に、方向感覚が狂うわけではない。

 

 目に呪力は宿し続けている。幻術にハマったわけではないだろう。

 

 つまり、あの呪霊は――幻術だけでなく、方向感覚を狂わせる程度の、弱い術式も持っていたのだ。

 

「くっ!」

 

 一直線に走っていたはずなのに、目の前で呪霊が待ち構えている。呪力の球の爆発で牽制しながらUターンしてまた駆けだすが、その先でもまた同じ場所に戻り、目前に呪霊がいる。

 

 そんなことを繰り返しながら、咲来はなんとか考えを巡らせる。

 

 目前に待ち構えていた呪霊は、これまで見たことないほどに、冷酷に、侮蔑に、快楽に、そして喜悦に、嗤っていた。

 

 自分を散々痛めつけた憎き人間を、いたぶり、なぶり、絶望させて殺し、そして喰うつもりだ。

 

(どうしよう、どうしよう! どうしよう!!!)

 

 必死に考える。何も浮かばない。

 

 恐怖と情けなさで、涙が出てくる。

 

 呪霊が待ち構えている。修復が間に合わないのか、穴が塞がってない。顔面に六つ、正面から胴体に打ち込まれた≪構築術式≫による銃創が一つ。

 

 Uターンする。走る。まだ思い浮かばない。脚が痛い。息が乱れる。真依を抱え、慣れない山の中を、極限状態でずっと全力疾走。呪力で強化していても、限界が近い。

 

 呪霊がニタニタと嗤っている。≪爆散≫で時間を稼ぎながらまた逃げる。

 

(私に呪力がもっとあれば!)

 

 入学前みたいに、呪霊の体を直接爆発させれば、全て解決するはずだった。

 

 甘かった。運よく弱い呪霊ばかりだった。現実は、こんなにも苦しい。

 

 呪霊がまた待ち構えている。その体の銃創は、むき出しの肉と滴る血もあってか、なお痛ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――銃創?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に打ち込まれた弾丸は、おそらく貫通した。

 

 だが≪構築術式≫による銃弾は、正面から胴体に打ち込まれた。四つん這いの動物の体を正面から貫くほどの力は、リボルバーにはない。おそらく、体内に残っている。

 

≪構築術式≫。「呪力で」新たなものを作る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……真依ちゃん、ありがとう、あと、ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 何をいきなり――」

 

 瞬間、ひときわ大きな爆発が、呪霊の身体を消しとばし、祓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界が解け、駆け付けた霞たちに保護された二人は、奈良県内の呪術界の息がかかった病院で検査を受けている。咲来に大きな怪我は無し、真依は重体目前の重傷で、本格的な処置を終えたが、これから≪反転術式≫なる、回復魔法みたいなものでの治療が必要らしい。そんなことまでできるとは、呪力と言うのは不思議なものだ。

 

「どう、『真依ちゃん』」

 

「『咲来』に揺らされたせいで痛いことこの上ないわ」

 

「あ、はは、ごめんごめん」

 

 真依のイヤミに、咲来は苦笑いで誤魔化しながら謝る。今までと同じやり取りだが、二人の間に、緊張感はない。あの出来事以来、二人の仲は、急速に深まっていた。

 

 真依が安静しているベッドの横に座っている咲来は、あの直後意識を失った真依に、何が起きたのか説明をする。

 

「鹿さんの胴体は縦に長いから、正面から撃ったら、体内に弾丸が残るよね。それを≪爆散≫したの」

 

≪構築術式≫で作った弾丸は、もはや普通の弾丸と全く同一と言える。しかし、あくまでも呪力で作ったものであり、その結びつきは強固だが、コントロールからは離れているため、咲来の≪爆散≫が使える。

 

 銃弾は小さいが、鉛などの金属でできており、大きさの割には重い。つまり、密度が高いのだ。たった一発作るだけで死にかけるほどの呪力を消費する理由も分かる。

 

 故にそこに詰まっている呪力は莫大だ。その結びつきを解いてやれば――無秩序になった呪力の粒子は、恐ろしい速度で、恐ろしい大きさに膨張する。とてつもない大爆発になるのだ。

 

 そんな大爆発を体内で起こされた。3級呪霊には、ひとたまりもないだろう。

 

「あの…………ごめんね」

 

 説明を終えた咲来が、唐突に、謝ってくる。

 

「……何がよ」

 

 真依にだって、分かっている。何せ、それこそが、真依が咲来を嫌っていた理由なのだから。

 

「真依ちゃんが頑張って作ったのを、壊しちゃったから」

 

 そう、咲来は、ある意味で、真依の術式の否定者だ。

 

 体に負担をかけ、大量の呪力を消費し、やっと一つ創造できる。

 

 だが咲来はと言うと、呪力の塊をただの呪力へと変え、爆発させ、壊し、無へと帰す。

 

 穏やかで気弱だが、その術式は、狂暴極まりない、破壊に他ならない。

 

 しかもその効果は、消費量が少ない割には強力だ。

 

 つくづく、真依の苦労を踏みにじっている術式なのである。

 

 入学前に、同級生の紹介を歌姫からされて、咲来の術式を聞いた時。怒りと憎しみから、目の前が真っ赤になった。脳の血管が切れたような錯覚すら覚えた。

 

 それ以来真依にとって、咲来は、禪院家と姉の次に、大嫌いな存在になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に、いいわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真依はそっぽを向きながら、そっけなく、許す。

 

 そもそも、術式は選べないものだ。もし選べるなら、真依は、もっと強い術式か――いや、呪力も術式も全くないことを望む。

 

 そんなことで一方的に嫌うのが、そもそもお門違いだ。それもずっと分かっていたが、それでも憎しみは収まらず、そんな自分に苛立ち、さらに咲来への怒りが増す……ずいぶんと情けなくて、理不尽なサイクルが出来上がっていた。

 

「そもそも銃弾なんてね、一発撃ったらもう使い物にならないの。そんなの、壊されたって、何とも思わないわ」

 

 真依は、禪院家であるがゆえに、呪術師の「現実」を知っている。

 

 常に人手不足で、調査も情報も足りず、危険に挑まざるを得ない。いわば、使い捨てのようになっている現状がある。どうしても真依は、呪術師に、弾丸を重ねてしまう。

 

 咲来はまだ知らないだろう。霞も恐らくまだ実感していない。口で言っても、きっとわからない。咲来と霞はこれから、この現実に直面した時、どうなるだろうか。

 

 

 

「それにね……」

 

 

 

 そんな暗い考えとともに、心に温かいものが湧き上がってくる。

 

 真依は、自分の術式が嫌いだった。

 

 禪院家に女として生まれた。呪力が中途半端にあった。術式は呪力消費が膨大で負担が大きい割にはあまり役に立たない。それらのせいで、禪院家では落ちこぼれ。しかも姉が家出し、挑戦状めいたものまで叩きつけて残していったので、そんな役に立たない呪力と術式(ちから)があるせいで、呪術師にならざるを得なかった。

 

 ――大っ嫌いな姉と一緒にいられれば、呪力も術式もいらない。

 

 ――痛いのも苦しいのも、嫌いだ。

 

 だが、そんなものがあったために、こんなことになっている。

 

 そんな中で必死に編み出したのが、リボルバーによるブラフだ。呪霊はほぼ知性が無いので役に立たない。対人、つまり表向きは、対呪詛師の戦術。だが、実際は姉を負かすことだけを意識したものだ。

 

 対呪霊では役に立つはずがない。今回も役に立ったかと思われたが、役にも立たなかった。

 

 悔しかった。悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを救ってくれたのが、咲来だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの爆発を、今でも覚えている。

 

 ただただ呪力が膨れ上がり、暴力的に呪霊や木々を吹き飛ばしていくのを。

 

 あれは、咲来だけが成し遂げたものではない。

 

 真依のコンプレックスであった、≪構築術式(真依自身)≫が、あの爆発の源なのだ。

 

 咲来は、真依を、「昇華」させてくれる。まるで固体が≪爆散≫するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、何?」

 

「なんでもないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただそれを伝えるのは、まだどうしても、無理だった。

 

 ――こうして咲来は、真依にとって、かけがえのない存在となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな咲来が呪術界を去ったのは、三か月後のことである。

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