夜明けと晴天   作:まみむ衛門

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5話・真夏を迎えた中

 入学してから三か月ほど経った。

 

 授業・訓練の内容も本格的になりつつあり、任務も少しずつ厳しくなってきている。とはいえ、あの山で遭遇した鹿の呪霊以上に厄介な案件には出くわしていない。

 

 その鹿の呪霊は、報告を踏まえた結果、3級呪霊だと認定された。あの時はそれはそれはもう必死で、偶然に近い勝利に感じたが、4級術師二人がかりでなら倒せて当然、というレベルだったらしい。

 

 ただし後に歌姫から聞いた話によると、判定は準2級すれすれだったそうだ。色々と縛りを科している割に効果が弱いとはいえ、術式を持っている。そのうえ、真依の銃撃を何発も食らっても生きていた。「拳銃があればまあ安心」と例えられる3級呪霊にしては、少しばかり強すぎる。身体能力自体は3級の平均未満らしく、そのせいでギリギリ3級扱い、ということらしい。

 

 そんなことがありつつも、呪術高専生としての生活が当たり前になりつつあった頃――咲来は、すっかり親友となった霞・真依と一緒に、校内のロビーで、女子トークに花を咲かせていた。

 

「モッテモテじゃないですか~」

 

「咲来はパッと見なら大人しそうで呪術師には珍しいものねえ。術式はお転婆だけど」

 

「も、もー」

 

 にやにや笑う霞が肘で咲来をつつき、その反対サイドから真依が指で肩をつつく。その間に挟まれてからかわれている咲来は、少し恥ずかしそうだが、まんざらでもなさそうだった。

 

 三人が向かう大きな机の上に並んでいるのは、いわば「お見合い写真」だった。

 

 咲来は4級術師で、さらにその中でも最底辺クラスである。しかしながら、あの山の一件で見せた大爆発は、3級を通り越して準2級相当の威力があるらしい。

 

 狭い界隈である呪術界で、そのことが少しばかり、話題になっているのだ。

 

 一般人出身の新入生の女の子で、強くて珍しい術式を使う子がいる。

 

 咲来は、そう噂されているのだ。

 

「あれは真依ちゃんのおかげなんだけどなあ」

 

 咲来としては、自分には過ぎた扱いであり、身が縮む思いだった。何せ自分一人ではあの威力はまず出せない。真依の≪構築術式≫があってこそだ。

 

≪構築術式≫で生み出した銃弾は、咲来の≪爆散≫を用いた「爆弾」として、これ以上ないものだ。コントロールからは外れているので術式効果は出せるし、小さいながらも鉛ゆえに質量はあるので持ち運びに便利な上に威力はしっかり出る。

 

 一方で咲来一人だと、自分で作った呪力の塊を爆発させるのが精いっぱいだ。それでも呪力の割にかなりの威力が出るが、3級呪霊の中でも頑丈な方らしいあの鹿の呪霊レベルまでくると、妨害する程度が関の山である。爆発のコントロールも効かないので、なんとも扱いにくい。

 

「はーあ、それにしても、呪術師ってのは本当クズばっかね。高校一年生の女の子に大の大人が『ケッコンシテクダサーイ』よ? 変態よ変態」

 

 そんな彼女に届いた「お見合い写真」について、真依の意見は辛辣だ。

 

 学生に手出しはさせまいと張り切って事前に「検閲」してくれた歌姫が、お見合い写真とともに、その目的を教えてくれた。

 

 まず一つは、青田買い的なコネクション目的だ。結婚とはいかずとも、何かしらの良い関係になれば、珍しい上に強力な術式を持つ咲来が、仲間もしくは身内ということになる。

 

 そしてもう一つが、産んだ子供にその術式が受け継がれること。御三家を筆頭に、呪術の名家には相伝の術式がある。つまり術式は、仕組みは不明だが、遺伝によって受け継ぐことが確認されているのだ。もし咲来が嫁入りして産んだ子供にその術式が遺伝すれば、代々引き継ぐ強力な術式を手に入れることになるのである。

 

 そう、はっきり言って、咲来を、「都合の良いオンナ」としか見ていないのである。

 

 関係を築くためには安直に結婚をもちかける。そして術式の遺伝目的の方は、もはや咲来は「産む機械」扱いでしかない。

 

 呪術界は保守的であり、また代々男性術師が強い場合が多かったこともあり、男尊女卑が当たり前となっている。真依が嫌悪感を示しているのは、そういう部分だ。

 

 当然咲来もあまり良い気はしないが、それはそれとして、年頃の女の子らしく、モテモテなのはまんざらでもない。見もしないというのは「検閲」してくれた歌姫にも悪いので、親友二人をアドバイザーとして、こうして一つ一つ確かめてみることにした。

 

「ふーん、これは白川家ね」

 

 最初に手ごろなところに手を付けて真依が開いたのは、神道で有名な白川家――明治時代に本家は断絶したが分家が隠れて細々と続いている――の、次期当主候補らしい男だ。歳は三十。

 

「論外ね。いちおう名の通った家の次期当主の癖に今まで独身って時点でろくでもないのは確定よ。しかもオッサンじゃない」

 

 ポイ、とそれなりに立派な装丁の写真を、真依は放り投げる。

 

「これは金城(かなぐすく)家、ですか。沖縄の方なんですかね?」

 

「沖縄のシャーマンの系列ね。一応尚氏の血も入ってるらしいわよ」

 

 霞が開いたのは、二十五歳の男の写真だ。見た目に地域性を当てはめるのはナンセンスなのも承知だが、「沖縄らしい」濃い顔立ちである。五歳ほど若いが、先ほどの白川家の男よりも年上に見えそうだ。

 

 真依は御三家出身なだけあって、有名な家の事情には詳しいようだ。アドバイザーとして選んで正解だった。ちなみに霞は、常識人枠としての参加である。

 

 真依は解説しながらその写真を取り上げ、また雑に放り捨てた。

 

「その家は琉球系の中でもオワコン最前線。論外ね」

 

 咲来は、なんだか、お見合い写真を送ってくる魂胆を散々罵っておいて、一番ノリノリなのは真依な気がしてきた。娘の恋人をいちいちチェックする母親だろうか。まあ確かに、咲来は彼女を頼りにすることが多いので、姉妹通り越して母娘のようだと言っても間違いではないかもしれないが。

 

「おー、この人、中々イケメンですよ!」

 

「え? わーホントだ!」

 

 次に霞が開いた写真を見て、二人のテンションが上がる。

 

 身なりがよく顔立ちは鋭くクールなハンサムで、金髪だというのに和装がきっちりハマっている。しかも家の格もお墨付きで、なんと御三家たる禪院家の、次期当主筆頭らしい。

 

 名前は、禪院直――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真を見た真依が、それを今までになく乱暴に奪って、特に立派な装丁でかなりしっかりした冊子になっているというのに、呪力でで強化した腕力でベコベコに折り曲げ、破り、ゴミ箱に叩き込む。その一連の流れを、二人はポカンと見上げるだけだった。

 

「……このクズのことは忘れなさい? いいわね?」

 

「あ、あのどんな人……」

 

「ちょっと説明するだけでも口と耳が腐るほどのカスよ」

 

 あの鹿の呪霊と戦っていた時よりも、よっぽど迫力がある。

 

 同じ禪院だからか、「色々」あるらしい。ただ、「同じ禪院」なんて言おうものならあの写真のようになりそうなので、二人は口が裂けても言わないことを決意した。

 

「ずいぶん騒がしいな、何をやっている?」

 

 そんな騒いでいる三人に、低い男性の声がかけられた。

 

「あ、すみません、加茂先輩」

 

 確かに騒ぎすぎた。注意してくれた一つ上の先輩である加茂憲紀に、咲来は慌てて立ち上がって謝る。

 

 霞も同じく一応謝っているが、真依はムスッとして無視している。特に謝らないのは、先ほどのお見合い写真の主がよほど気に入らなくて不機嫌なのもあるが、別の理由もある。加茂の言葉こそ咎めるような言い回しだが、実際は単に何しているか気になったから通りすがりに声をかけただけで、特に迷惑には思っていないのがわかるからだ。こんな言い回しなのは、天然で人の神経を逆なでしがちな彼の性質である。

 

 近づいてきた彼は、机に並べられたお見合い写真から一つ取って開いて眺め、何をやっていたのかを察する。彼も御三家出身で、しかも次期当主だと言う。呪術界の性質がよく分かっているのだろう。

 

「成宮も大変なようだな」

 

 そう言いながら手に持った冊子を雑に机に放り投げると、先ほどの禪院何某のものにも劣らない立派で格調高い装丁のものを手に取って開く。

 

「……それは加茂家ね?」

 

 ゴミ箱に叩き込んですっきりしたからか少し機嫌を戻した真依が、遠目だというのにすぐ気づく。言われてみれば、表紙に書いてあるマークは、加茂が普段使っているあれこれにたまについているものと同じだ。恐らく家紋なのだろう。

 

「へー、加茂家からも来てるんですね。どんな人なんですか?」

 

 霞がひょこっと加茂の後ろから写真を覗き込む。年頃は大学生ごろに見える。顔つきは悪くはない。

 

「ふむ、そうだな……加茂家次期当主としては、ぜひ一度会ってよい関係になって欲しい、と言うべきだ」

 

 加茂の表情から、感情は読み取れない。彼はこのようにたびたび自身が「次期当主」であると言っているが、いまいちそれを自慢に思っている感じもなく、咲来から見て謎が多い。

 

 だが、そんな彼の顔に、明らかに不穏な色が浮かんでくる。先ほどの冊子に比べて明らかに乱雑に放り捨てながら、吐き捨てるように口を開いた。

 

「だが、あえて先輩として言わせてもらえば、こいつは真正のクズなので、写真を見るのすらやめたほうがいい」

 

「あー、えっと、はい……」

 

 そのあまりの威圧感に、咲来は曖昧な返事を絞り出すのが精いっぱいだった。

 

「ちなみに、どれぐらい酷いのかしら?」

 

 そんな中でも臆さず質問をできるのが、真依という女だ。心なしか、少し面白がっているように思える。先の禪院何某とどちらが酷いか比べようという魂胆なのだろう。

 

「そうだな……方向性は違うが、厄介さは東堂以上と言えば分かりやすいだろう」

 

「どこにでもそんなのいるのね」

 

「なんとなくわかりました」

 

 どうやら真依と加茂に加えて霞も、その例えでどれほど酷いかが分かったようだ。東堂葵――咲来たちの一つ上の先輩で加茂の同級生――は、控え目に言っても「癖が強い」。特に加茂は彼のせいでだいぶストレスをためているらしい。

 

「あ、あははは……」

 

 それを見て、咲来は困ったように苦笑して誤魔化す。彼女も何回か東堂と会ったが、それはそれはもう「癖が強い」ことこの上ない。しかも、初見で早々つまらないやつ扱いされたのだ。第一印象のインパクトで言ったら、いきなり蛇蝎のごとく嫌ってきた真依よりも悪いかもしれない。

 

(そんな悪い人でもないと思うんだけどなあ)

 

 とはいえ、咲来は特に嫌ってはいなかった。

 

 東堂の行動は、ただ自分勝手かつ気ままなだけ――やることなすこと滅茶苦茶なので「ただ・だけ」と言うのもはばかられるが――で、悪意は全くない。それにああ見えて東堂は呪力や体力だけでなく学力も相当なものな上、恐ろしいことに教えるのもうまいので、実は咲来も何回かお世話になっている。おかげで、呪力と体力もそうだが、学力がグンと伸びた。傍に近寄ると主張しすぎない程度に良い匂いがするのが逆に気持ちわるいとは感じるが。

 

「ちなみに」

 

 東堂のことを考えてるとストレスが加速するからか、加茂は話題を切り替える。その顔には、先ほどまでと違って笑みが浮かんでいる。

 

「ええ、ちょっ」

 

 そして彼は話題を切り替えながら、咲来に歩み寄ってきて、ぐっ、と顔を寄せてくる。

 

 すぐ間近に、平たいながらも端正な顔立ちのイケメンと言っても差し支えのない先輩のめったに見せない笑顔がある。

 

「私も、家の方から、成宮を口説くように言われていてね」

 

 真面目一徹に見えるが、意外とこういうのもいけるらしい。咲来は混乱と恥ずかしさとで、頭が回らなくなり、あわあわするしかない。それを見ている霞もなんだが乙女顔だ。ちなみに真依は何が面白いのかケラケラ笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次期当主としても成宮が加茂家に来てくれるならそれ――グボッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな整った顔が、眼前でいきなり歪み、横へと吹っ飛んだ。

 

「加茂ォ! 咲来ちゃんになーに色目使ってんのドスケベ!!!」

 

 強い怒気を孕んだ高いアニメ声が、ロビーの入り口から聞こえてくる。

 

 そちらに目を向けると、「非常に」をつけても足りないほどに金髪を特徴的にセットした、身長が低い少女がいた。

 

 吹っ飛ばされた加茂の元から、箒が宙を浮いて彼女――西宮桃――の元に戻ってくる。

 

 見た目は小さく中学生、下手したら小学生にも見えるが、こう見えても加茂や東堂と同じく、一つ上の先輩だ。ちなみに、この浮いている箒は、彼女の術式≪付喪操術≫による操作である。見とがめた桃が、加茂の横っ面に箒を思い切りぶつけたのだろう。あの吹っ飛び方から察するに、割と手加減はしていない。普段「加茂君」と呼んでいるはずなのに今は呼び捨てな当たり、だいぶご立腹だ。

 

「咲来ちゃん大丈夫? あののっぺらぼうに酷いことされなかった?」

 

「と、特には……」

 

 外国人とのハーフとはいえ、日本人から見ても平たく見えはするものの、加茂のことを「のっぺらぼう」とは酷い言い様である。

 

 桃は同性の一つ上の先輩ということで、よく咲来たちと任務をしている。一年生女子たちをとてもかわいがってくれていて、とてもお世話になっている先輩だ。

 

「……安心しろ。ちょっとした冗談だ。恋愛事なんかにうつつを抜かすつもりは全くない」

 

「鉄面皮がたまに冗談やると大体シャレにならないことやらかすものよ」

 

 腫れあがった頬をさすりながら立ち上がった加茂の言葉に、桃はつっけんどんに言い返す。これに関しては、咲来も同意せざるを得なかった。とはいえ、別に悪い気分だったわけではないので、あまり責める気はない。

 

 彼は「加茂家次期当主として」と自分に言い聞かせてるフシがある。家から言われている以上、口説こうとするのは義務感からして仕方ないのかもしれない。真依もそうだが、呪術界の大御所と言うのは、色々しがらみがありそうだ。

 

(個性的な人ばっかりだなあ)

 

 ぎゃーぎゃー怒鳴ってる桃と、いつも通り天然で神経を逆なでする加茂。それを見て呆れながらも愉快そうに笑っている真依と、苦笑している霞。そんな彼女たちをぼんやりと見ながら、咲来は改めて実感した。

 

 呪術界は、一癖も二癖もあるらしい。

 

 ――結局、元々いた三人よりも先輩二人のせいでそちらのほうが騒がしくなってしまい、お見合い写真の方は面倒くさくなって「ロクなのがいない」という結論を出して、半分も見ることなく放置されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「夏休みにも任務かあ」

 

 八月に入った。世間の高校生どころか高専生も含めて、夏休み期間である。しかしながら呪術師は常に人手不足であり、学業は休みでも、任務に定期的な長期休みはない。

 

「いいじゃないですか、お小遣い稼ぎだと思えば」

 

「休み明けの鈍った身体で任務行くよりはいいでしょう?」

 

 咲来と違って、霞と真依はそこに違和感を覚えてはいないようだ。真依はやはり呪術師のことをよく知っているから、本音はともかくとして覚悟はできている。

 

 ちなみに霞はと言うと、任務で出る給料が目当てだ。家が貧乏で幼い弟も二人いて、高校生ぐらいの年齢になったら風俗行くか呪術師になるかぐらいしか道が無かったらしく、長期休みがなく収入が途絶えないのはむしろありがたいようだ。

 

 霞の境遇は、本人の善性や明るさとは裏腹に、苦しいものだ。一般家庭でのほほんと育ち何も事情を抱えていないのは、咲来ぐらいのものである。御三家次期当主の加茂はもちろん、呪術界では珍しいハーフである桃や、天与呪縛によって不自由を強いられるメカ丸、それと一般出身だが小さいころから暴れっぱなしだった東堂など、色々抱えているものがある。せいぜい呪霊――4級や蠅頭ばかりだった――をたまに狩っていた程度の咲来は、どこまでも一般人だ。歌姫からは「それも十分異常だ」と言われたが、周囲がこれでは霞むだろう。

 

「さ、張り切って可愛くいくわよ!」

 

 そんな彼女たちを引率するのは、今回は桃だ。二年生で、ついこの間等級が上がって準2級術師。≪付喪操術≫による、呪術師としても珍しい安定的な飛行能力と遠距離攻撃を持つ彼女は、4級術師三人と言うあまりにも不安な一年生女子を遠目からサポートするのにぴったりな人材だ。同性と言うこともあり、危険度の少ない簡単な任務ではよく一緒になる。

 

「可愛く」というのは、彼女の呪術師としての矜持で、東堂の「高田ちゃん」ほどではないが、加茂の「次期当主として」と同じぐらいの頻度で現れる口癖だ。男尊女卑の呪術界において、女性呪術師は強さだけでなく、可愛くあること、つまり「完璧」が求められるというのが、彼女の主張だ。真依は思うところがあるらしく同感していたが、霞と咲来にはよくわからなかった。ただ、今まで見た女性呪術師は、みんな綺麗か可愛い、という印象がある人ばかりなので、的外れと言うわけではないのかもしれない。

 

 そんなわけで、補助監督――今回はメカ丸のような武闘派がいないためベテランの女性だ――の運転で向かうのは、京都府の中でも比較的小さな町だ。京都である以上、伝統あるスポットがいくつもある観光地ではあるが、どうしてもメインストリームの陰に隠れがちになっている。何かしら特別な目的がないとわざわざここに観光に来ない、という程度のレベルだ。

 

「今回の案件は、心霊スポットになっているトンネルね」

 

 車内で内容を改めて確認する。音頭を取るのは桃ではなく、経験を積ませるためにもあえて真依だ。咲来と霞にはリーダーシップが無く、堂々と自分から喋る性格でもないので、三人の中で彼女がリーダーになるのは自然な流れだった。

 

 タブレットに映し出されるのは、コンクリート製の古いトンネルだ。昭和期に造られたが開発やらなんやらで使われなくなり、山道でひっそりとさびれている。蔦やら何やらが絡みついていて、「いかにも」な雰囲気だ。

 

 得てしてこういうところは、その「いかにも」な見た目だけでスポットになる。山の深いところにあるトンネルなのでどちらかといえば心霊よりも動物や不良、誰も通らないだろうと油断している自動車のほうがよっぽど怖いだろうに。

 

 しかしながら、「呪い」は人々の負の感情が集積して生まれるものだ。心霊スポットして名が通れば、そこに呪霊が発生してもおかしくはない。

 

「「う、うわあ……」」

 

 一般人の感性が全く抜けない咲来と霞は、揃って嫌そうな声を上げる。

 

 呪術とか関係なく、こんなところ、絶対行きたくない。

 

「呪いの仕業の可能性がある被害内容は、ここ半年の間にここに行ったと思われるうちの三人が行方不明、ねえ」

 

 次に映し出されるのが、行方不明者のプロフィールだ。

 

 その内容は、こう言っては何だが「ろくでもなさそう」な者ばかりである。

 

 人通りのない場所に真夜中に集まる不良、真夏の肝試しに来た「飲みサー」の軽薄そうな大学生、近道しようとこんな危ない道を通った違反歴がいくつかある一般ドライバー。

 

 なるほど、こんなところにわざわざ来るだけのことはある。

 

「なんだかありがちな感じね」

 

 傍で見ている桃がつまらなさそうに呟く。ホラー映画で最初に犠牲になるような面子だった。

 

 そして、呪いの仕業ではなく普通に行方不明になりそうな人物たちでもある。不良は勝手にほっつき歩いてるだろうし、このチャラそうな大学生も遊び歩いているだろう。一般ドライバーも長いこと無職で一人暮らしなので、気ままなドライブとしゃれこんである可能性もある。

 

 咲来も霞も、「呪いの仕業ではなさそう」とまず考えた。

 

「奇妙なのがここからね」

 

 そんな二人の様子を見て、真依が話を進める。

 

「一人目。二〇一七年三月、不良グループは夜中に行方不明者を含む六人でここに来て、いい年して『探検』したみたいね。三人二組に分かれて、トンネル内と周辺山中をそれぞれ騒ぎながらぶらつく。しばらくするとトンネル組から連絡が入って、一人がいつの間にかいなくなっていた、と騒ぎになったそうね」

 

 なるほど、確かに奇妙だ。咲来はうなずくことで話の続きを促す。

 

「二人目。二〇一七年六月、このチャラついた女は、活動実態が無い大学サークルのメンバー八人と、夜中にきた。二人四組に分かれて、トンネルを往復して入り口に戻ってくる、という肝試しを実行。三つ目のグループだった行方不明者が、帰りでいなくなる。残されたもう一人が、半狂乱になりながら出てきて、急に隣からいなくなったと証言したそうよ」

 

 奇妙さは、そこに見いだされる共通点によって確信に変わる。

 

「複数人いたうちで一人だけトンネル内で行方不明、ですか」

 

「トンネルそのものに影響があるなら、全員いなくなってもおかしくないよね?」

 

 呪霊は、理性が無いため基本節操なしだ。無力な人間が複数来たなら、全員が犠牲になるはずである。

 

「そうね。問題は三人目。七月頭、友人によると、これからその友人宅に車で向かう約束をしていた、いい近道を見つけたからそこを通ってみると話していた、とのことね。時間は昼間。いつまでも来ないので警察に相談してもらって、その捜査の過程でトンネル内にて、壁に突っ込んでいた行方不明者の車を発見。コントロールが失われていたらしく酷いありさまだったけど、中には血痕や人体が衝突したあとのようなものはなし、と奇妙な状況だったと記録が残っているわ」

 

 確かにこれは問題だ。

 

 一人目と二人目は、グループで来た中で一人だけが行方不明、かつ呪霊が活発になる夜という共通点があった。だが三人目はもともと一人だし、通った時間も恐らく昼間。性質が真逆だ。

 

「時間や人数に縛られない……ということは、行方不明者三人そのものに共通点があるってことですかね?」

 

「失踪しなかった他の人……一緒に来ていた人や、一応道だし他に通った人もいるだろうから、その人たちとの比較もほしいね」

 

「そうね。あと、暗いトンネルとはいえ一緒にいたはずなのに、いなくなった瞬間に気づかなかったのも不自然だし、三人目の状況も気になるわ」

 

 咲来と霞が思い当ったことはすでに情報整理の段階で補助監督たちが分かっていたようで、データにまとまっている。行方不明者とその同行者、捜査した警察関係者、依頼された呪術関係者を含め、ここを利用したのは最低でも四十五名。行方不明者の割合は、呪霊が介在しているにしては少ない。三人の間に、他利用者とは違う共通点はこれといって見いだせない。

 

 それと真依が気にしている点は、警察の現場検証資料にヒントがある。

 

 これだけの盛大な事故なのに、中でヒトがぶつかった痕跡がないのだ。まるで「誰も乗っていない車が動いて」壁にぶつかったかのようである。車に標準搭載されている運転記録によると、事故当時はかなりの制限速度オーバーをしていたそうだ。ドライブレコーダーの類を装備しておらず映像記録がないのが不満点だ。

 

 とはいえ、これらの要素を加味すれば、ある程度理由が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神隠し、だよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊による被害としては、比較的メジャーなものだ。

 

 先日の奈良の山のような「遭難・迷子」にとの違いは、被害者の移動による行方不明・遭難ではなく、まるで瞬間移動したかのようにその場からいなくなる点である。

 

 一緒にいたのにいなくなった瞬間に気が付かなかった。よくあるパターンだ。

 

 ドライバーについては、「運転中にどこかに攫われ車だけが残った」と考えれば、筋が通る。

 

 これらが呪霊の仕業だった場合、手口はおおよそ一つに絞られる。

 

 ――呪霊自身によって一瞬で攫われた。

 

 呪霊は一般人には見えず、超自然的な動きが可能で、そして物体に縛られない。

 

 例えば、悲鳴を上げる暇もないほどに一瞬のうちに口を塞いで攫ってしまえば、神隠しの完成だ。

 

 またこれを応用して、悲鳴も上げられないほど一瞬のうちに丸のみにして捕食する手口もある。車をすり抜けられるとはいえ、抱えて攫うのは、人間が車に接触するので基本不可能だ。だが、丸呑みして呪術次元に取り込めば、すり抜けることはできる。

 

 当然、事情が無ければ、攫うよりも丸呑みの方が手っ取り早いので、この丸呑みする手口が主流だ。体積もある程度自由なので、非術師相手なら、赤子の手をひねる様なものだ。

 

「仮にそうだとしたら、あまり強い呪霊ではなさそうですね!」

 

 霞は安心したのか、実に嬉しそうだ。

 

 仮に丸呑みするとしても、同行者もどんどん食べてしまえばよいはず。それをしないということは、おそらく捕食から「消化」まで時間がかかるか、はたまた捕食そのものが重労働なほどに、活動力が弱いということである。それも、半年で三人しか食べず、わらわら集まった警察にも手を出さない。「食事」の頻度が少なくて済む程に活発ではなくエネルギーを必要としない。つまり、4級クラスだ。

 

「まあ、そんなところよね」

 

 ここまでの予想は、桃も補助監督も同感の様で、頷いている。この二人は最初から勘づいていたし、それは情報整理の段階でも同じだったからこそ、弱いこの三人に案件が回ってきたのだろう。

 

 とはいえ、それでも死人が出ている事件だ。安全のため、咲来たちの任務はあくまでも祓霊ではなく調査。直接戦闘は積極的に行わず、呪力の弱い補助監督では追いきれない残穢の確認等で、呪霊や呪術師の仕業かどうかの判断、どのような性質の呪霊か、を調べればよい。仮に遭遇して祓えそうなら祓う、ぐらいの気楽さだ。

 

 ポイントは、人間を悲鳴も上げさせず丸呑みする程度のパワーはあるので、不意打ちで大怪我するのを警戒するべき、ぐらいだ。

 

「さあ、つきましたよ」

 

 そんな話をしているうちに、目的地に着いた。

 

 止まったのは、トンネル入り口手前。

 

「…………なるほどねえ」

 

 真依が正面のトンネルを、低く呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その入り口には、うっすらとだが、それでも確かに、残穢がこびりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「「びゃあああああああああああああ!!!」」

 

 トンネルに足を踏み入れて早々、咲来と霞の素っ頓狂な悲鳴が酷く反響した。

 

「何が起きたの!?」

 

「いきなり敵襲!?」

 

 先行していた真依が振り返り、しんがりの桃は臨戦態勢に入る。

 

 

 

 

 

「「む、むしがあああ!!!」」

 

 

 

 

 だが二人が叫んだのは、全く関係ない理由だった。

 

 人通りの少ない山奥で、真夏。しかもほどほどに風通しがよく日陰で温度変化が少ないトンネルは、まさしく、虫たちの楽園なのだ。

 

 しかし、いくら一般的な女の子とはいえ、二人は虫に慣れていないわけではない。咲来は歌姫に会う前からしばしば呪霊退治のために一人で山に向かってるし、霞も貧乏暮らしなので家に虫が湧くのも普通だし幼いころはゲームもないので山の中で遊ぶことも多々ある。また、高専内でも任務でも山林での行動はよくある。虫には強い方だ。

 

 だがここは、これまでの比ではない。「天国」とはその通りで、まず虫の数が桁違い。しかも人の手が行き届いていないからか自然豊富であり、なんだか大きさが人が暮らす場所で見るものの比ではない。

 

 つまり、普段見ないほど大きな虫が、ものすごい密度でわらわらといる。二人が騒ぐのも無理なかった。

 

「……もう置いて先いこうかしら」

 

「なんならここに放置で先帰っててもいいんじゃない?」

 

 そんな二人を見て、呪術師として覚悟が決まっている二人はあきれ顔だ。

 

 というかそもそも、虫けらよりも数百倍グロテスクで恐ろしい呪霊を何回も相手にしているのに、二人は今更何をそこまで怖がるのだろうか。彼女たちには理解できなかった。

 

 咲来と霞は、感性が一般人から未だに歪んでいかない。

 

 真依と桃はそれに呆れはしたが――一方で、どこか眩しさも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 資料を見た限りでは、何の変哲もない、怪談にありがちなトンネルという印象だった。

 

 しかしながら、中に入ってみると、その異様さに気づく。

 

「落書きがすごいね」

 

 壁一面は、乱雑な落書きの山だ。スプレーで、ペンキで、何か硬いもので掘って、好き勝手に文字や絵を刻みつけている。

 

 この手の落書きは、人が訪れない場所では、むしろ定番だ。不良のたまり場になっていて、不思議と中々上手な落書きを残していく。

 

 だが、ここの落書きは――ドラマで見るような不良が書くようなものに、異質なものも混ざっていた。

 

 カエセ!

 

 祟りが起きるぞ!

 

 地獄に落ちろ!!!

 

 デザインが凝った不良の落書きに比べ、それらは書きなぐったような形になっている。それだからこそ、内容も相まって、執念めいたものを感じた。

 

「この変な落書きはなにかしらね」

 

「ホラースポットだし、不良が誰かを脅かすために書いたんじゃない?」

 

 桃の予想には説得力がある。赤のペンキで書かれているあたり、そういわれれば「それっぽさ」を追求したようにも見える。彼女は一年間のキャリアがあるから、そのような現場も幾度か見てきたのだろう。

 

「古いのから新しいのまで、いっぱいありますね」

 

 昼間とはいえ薄暗い中、霞が目ざとく特徴を見つける。顔に近寄ってきた虫を払いながらだったので格好はつかないが。

 

「じゃあ、結構長い間、人が来ているのね」

 

「でも、被害はここ数か月だよね? 呪霊が活動を始めたのは、最近ってことかな?」

 

 その可能性は高い。真依と咲来が立てた予想に、桃は及第点をつける。その可能性は高いだろう。

 

 この任務は、やはり楽に終わりそうだ。例外はいくらでもあるが、呪霊は、基本的に生まれたてほど弱い。人を食らう、呪術師を食らって呪力を奪う、人々の感情が集まって呪力が増す、などで呪霊は成長する。人間の感情から生まれただけあって、そこは人間と同じようだ。

 

 そうして見渡しながら、トンネルの半ばほどまで来た。目に呪力を籠めての警戒は怠っていない。だが、呪力や呪霊の気配どころか、残穢すら、入り口以上のものが見つからない。

 

 もしかして、トンネルの中ではなく、入り口にヒントがあるのでは?

 

 そう思い始めて、咲来はポケットからスマホを取り出す。

 

 予定では、トンネルの向こう側まで調査したら、来たトンネルを戻りながらもう一回調査する、という手筈になっている。それを変えるつもりはないが、もし入り口が重要だとしたら、外で待機している補助監督が危ない。一応連絡を入れておくべきだろう。

 

「うそ、圏外だ」

 

 咲来の驚き声が、トンネルに反響する。さほど大きな声ではなかったが、トンネル半ばと言うことでセミの鳴き声も届かなくなりかなり静かだったので、反響も相まって、三人を驚かせてしまう。

 

「なにそれ、ポンコツじゃないの?」

 

 真依の言うことは最もだ。いくらトンネル内と言っても、高速道路や新幹線のトンネルのように長い、というわけではない。これぐらいならば、今時なら電波が届いて当然だ。

 

 それならば仕方ないと霞が自分のスマホを取り出すが、こちらも圏外だった。それも当然で、貧乏な彼女は、機械に関心が薄い咲来以上に古くて性能が低い機種を使っているし、電波が安定しないといううわさもある格安SIMだ。

 

「あら……」

 

「あーこっちも」

 

 そして、不思議なことに、真依と桃のもまた、圏外を示していた。

 

 本格的ではないとはいえトンネルの半ばというのもあるし、そういえばここは山の中だ。仕方がないのかもしれない。

 

 もしもの時に備えて、電波がもっと安定する端末を経費で支給してもらえないだろうか。

 

 四人とも、そう同時に考えながら、仕方なく、予定通り、トンネルを進むことにした。

 

 




読んでいただきありがとうございます。
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ちなみに本文中の等級は捏造です。原作(本文現在の一年以上後)時点の等級を踏襲しようかと思いましたが、ずっと同じ等級と言うことはないだろうと思って、何段か下げています。
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