夜明けと晴天   作:まみむ衛門

8 / 16
読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字報告、質問、評価等、お待ちしております。


8話・独りの死闘

 1級術師の中でも七海の身体能力は高い方だ。人目も人通りも少ない深夜なのを良いことに全力疾走をすれば、風すらも追い抜くほどの速さで駆けることができる。

 

 幸いホテルと学校からの距離はそう遠くはない。事前に「念のため」と調査しておいた最短ルートを駆け抜けて、学校へ到着する。そのまま息も整えず、昼間に咲来と出会った、校舎の裏手へと向かっていった。

 

 さしもの彼ですら一瞬気圧されるほどの呪力が、校舎の裏手の百葉箱からあふれ出ている。間違いなく、この中の≪獅子蟲≫が、この呪力の発生源だ。

 

(≪獅子蟲≫は初期段階だと、他の呪霊に取り込まれなければ単体では力を発揮できない! これは特性からして、間違いなく呪霊を寄せ付ける呪力!)

 

 百葉箱を乱暴に破壊し、中に巧妙に隠されている古びた小箱を取り出し、すぐにまた駆けだす。走りながら中を確認したら、封印に使われていた呪符が破けていた。

 

(油断した! ほんのわずかに緩んだところを起点に、一気に解放したのでしょう!)

 

 ここに来るまでの間に、興奮した数多の呪霊が、彼と同じ方向に急行していたのを見た。そのどれもを追い抜いて、真っ先に到着したのだ。

 

 あと少しもしないうちに、ここには周辺、下手をすれば町中の呪霊が集まる地獄と化す。

 

 ここに走ってくるまでの間に、ある程度作戦は立ててある。

 

 最初に思いついたのが、呪物を回収して即座に呪術師複数が待機している基地のような場所に持ち込み、結界を張る事。

 

 しかしそれは、この呪霊を寄せ集める特級呪物≪獅子蟲≫を、非術師が寝静まっているところで持ち運ぶことになる。広範囲に被害が及ぶだろう。

 

 同じ理由で、次に思いついた、持ってひたすら逃げ回って時間稼ぎをするのもだめだ。

 

 ならばどうするか。

 

 

 七海は校庭のど真ん中にたどり着くと、そこで脚を止め、≪獅子蟲≫を懐に入れる。360度、周囲には、数多の呪霊がこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで時間を稼ぎます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 言霊に気合を籠めながら、得物を抜く。少し変わった形の鉈だ。

 

 普段は力を抑える呪具でぐるぐる巻きにしてある。だが今は、最初から取り払ってある。

 

 自身に課した縛り。

 

 定時外の仕事は、したくない。

 

 だからこそ――大嫌いな時間外労働に関しては、大幅にパワーアップする。

 

 不幸なことに、今は深夜だ。ただでさえ今日は若干の時間外労働をしたというのに、さらに睡眠もなしに「夜勤」である。

 

 今この絶望的な状況に置いて――悲しいかな、七海は絶好調になってしまっていた。

 

 ここに来るまでの過程で、応援依頼はしてある。どうやら同時刻に各地で呪術師が必要な大小の事件が多発しているらしく、届くまでの時間は未定。≪帳≫すら自分で張らなければならないほどだ。

 

 やるしかない。

 

 呪霊たちが一斉に迫りくる。

 

 彼がそれに対して鉈を振るうと、呪霊は両断され、苦悶の断末魔をあげながら祓われる。

 

 そうして、次々迫りくる興奮した様子の呪霊を、バッタバッタと一撃で両断し、祓っていく。

 

 ――彼が1級術師の中でもかなりの筋力を誇っているとしても、今祓った呪霊は、2級や準2級相当だ。一撃で次々と倒していくなんてことは、そうそうできることではない。

 

 それを可能にしているのが、彼の術式――≪十劃呪法(とおかくじゅほう)≫だ。

 

 7:3の比率の点に弱点を作り出す術式。対象は一切問わず、また弱点を作り出すことは基本的に防げない。

 

 つまりは強制的に弱点を作り出すという単純な術式だが、その威力は絶大だ。強制的に作り出された弱点は、正確にヒットすれば、ちょっとした衝撃でも大ダメージとなる。そこに彼の強力な攻撃が加わるとなると――2級呪霊程度では、一撃すら耐えることができない。

 

 ただし、欠点もある。7:3の点はとても狭く、その比率の中途半端さもあって、正確に狙うのが難しい。弱点を作り出したからと言って、ゲームのようにそこに何か目印が出るわけでもない。しかもそれでいて、正確にヒットさせなければ、ただの攻撃と全く変わりない。

 

 強力な術式ではあるが、それを使いこなすには、ハイレベルな実力が必要になる。

 

(――これで何体目だか)

 

 数えるのも億劫なほどに、呪霊を一撃で沈めてきた。思わず内心で皮肉を吐き出す。集中力の乱れと疲れが見えてきた。

 

 だがそれでも、正確に弱点にヒットさせ続け、数えるのを止めてからも、次々と一撃で倒していく。

 

 七海は、たぐいまれなる才能と鍛錬で、7:3の弱点へ正確に当て続ける実力を持っているのだ。

 

 これこそが、彼を1級術師足らしめている理由。最強の呪術師から信頼を置かれているのは、その実直な性格からのみではないのだ。

 

「次から次へと、どれだけいるのやら……」

 

 七海は毒づく。数多の呪霊を使役する呪術≪呪霊操術≫を持つ呪詛師・夏油傑が、その呪術を駆使して大量の呪霊を暴れさせた近年まれにみる大事件「百鬼夜行」の時でも、これほどの数を相手にしたことはない。質で言えば2級がせいぜいの今回はかなり低いが、量はあの時とは比較にならないだろう。

 

 この町に数時間滞在した限り、近辺には呪霊が比較的少なかったはずだ。それでこれだけの数が集まっているとなると、おそらく、町を超えて、相当な範囲へとあの呪力を届かせていることになる。いくら呪物に堕ちたといえど、さすがは「特級」だ。

 

「キィイイイイイイイイイ!!!」

 

「――――!!!」

 

「¶§Φ$э∇!」

 

 そんなことを考えながら切り捨てているうちに、強大な気配を持った三つの影が現れる。

 

 金切り声を上げながら空中だというのにビタンビタンと跳ねまわる、全身に目玉がついた熱帯に住む人食い魚のような呪霊。

 

 空気が漏れるような声にならない声で叫ぶ、何人もの小腸をつなぎ合わせて丸めたような、グロテスクで悍ましい球体の呪霊。

 

 およそ言語化できない言葉を確かな意思を持って叫ぶ、前後に潰れた頭が二つずつついている、少し理知的に見える犬型の呪霊。

 

「……これはまた厄介な」

 

 先ほどまで相手にしていた雑魚とは違う。彼でもしんどいであろう、強力な呪霊だ。低く見積もって準1級は固い。それが同時に、三体だ。

 

 それでも、やるしかない。背後から迫っていた蛇とウナギの中間のような低級呪霊二匹を振り向きもせず両断して祓いながら、三体に相対する。これらに協力関係があるわけではないが、だからといってお互いに潰しあってくれるようなことは期待できない。そんな「横道」に逸れる理由が全くないほどに、三体とも、ギラギラと七海が隠し持つ≪獅子蟲≫を狙っている。

 

「――シッ!」

 

 数瞬にらみ合ったのち、七海から動き出す。にらみ合いは、他の呪霊が集まってくるだけだから得策ではない。さっさと数を減らす事こそが最善手だ。

 

 狙うは、一番的が大きそうな小腸球体呪霊だ。形的にも、7:3の位置がわかりやすい。その呪霊は攻撃をかわそうとするが間に合わず、見た目に反して中々粘り強いその体に鉈の一撃を受け、真っ赤な腸のはずなのに青黒い血のようなものを噴き出す。だが、わずかにずらされたせいで弱点には当たらず、致命傷にはなっていない。

 

 そして反撃として、小腸の一部が伸びて、七海の首に襲い掛かる。それを七海は躱すことなく、むしろ部分的な7:3の弱点を作り出して切り払って返り討ちにして、また本体に切りかかる。またも躱そうとされるが、それは織り込み済み。先ほど延ばされた小腸を掴んで引っ張って戻し、無理やり弱点を引き戻して直撃させる。

 

 先ほどは手ごたえが無かったが、今回の効果は大きい。球体は両断され、そのまま風の前の塵のように消え去った。

 

 ――その隙をついて、背後から魚呪霊と犬呪霊が襲い掛かってくる。

 

(休む間もない!)

 

 予想通りの動きとはいえ、決して状況が良いわけではない。斬りかかった勢いをあえて殺さず前転することで背後からの攻撃を避けながら向き直り、左手のジャブを犬呪霊の顔面に食らわせる。しかし、それで怯んだかと思いきや、その口から真っ赤な針のようなものを飛ばしてきた。

 

 正確に目玉を狙ったそれを避けることはできず、呪力で強化した鉈でガードする。しかしそのせいで視界が遮られてしまい、その隙に魚呪霊の接近を許して、鉈を回りこむように両サイドから、恐ろしい速度で骨製の銛のようなものを放ってきた。

 

 その片方は鉈を振るって払い、もう片方には、弱点を作り出したうえで、的が小さい上に高速だというのに、正確に狙って横から手刀を叩き込むことで落とした。

 

(術式の鋭さは中々、耐久は並ですか)

 

 これはただ身体の一部や形成した呪力を飛ばしているわけではない。間違いなく術式だ。その術式は両方ともそれなりに厄介なものだった。針も銛も、撃ちだすまでも弾速も速く、そして刺されば致命傷になる鋭さを持っている。見た目通り脆くて防ぎやすいのは上々だが、複数敵がいる中では相手したくないタイプである。

 

 耐久が並ならば、呪力強化だけでなんとかならないか。

 

 一瞬希望的観測がよぎるが、すぐに否定する。鉈の表面にはそれなりに深い傷がついていた。金属を呪力で強化してこれなのだから、人体では耐えられないだろう。それに小さな傷で済んだとしても、毒などがあれば最悪だ。

 

 結局、鉈でガードするか回避、最悪の場合に不確実だが≪十劃呪法≫と手刀の組み合わせで落とすしかない。

 

 そう決めるや否や、中遠距離戦は不利と見て、また接近する。先ほど小腸球体呪霊が一撃で祓われているのを見たからか、二体の呪霊は距離を取って先ほどの針や銛を中心として戦っている。流石1級、賢さもあるようだ。

 

(ならこれはどうでしょう!)

 

 足元の石を拾い、呪力を籠めて投げつける。大したフォームではないが、彼の筋力でそこそこの速度となった石は、見事犬呪霊の頭の一つに命中し――その頭を砕いた。

 

≪十劃呪法≫は、あくまで弱点を作り出す術式だ。こうした応用も可能である。

 

 犬呪霊は一瞬たじろいだが、すぐに前後を反転させ、反対側の二つの頭を向けて応戦してくる。その向こうでは、元から潰れていたのをさらに砕いた頭が、ボコボコとうごめいていた。

 

(時間はかかるようですが、再生することもできるみたいですね)

 

 そうなれば、短期決戦で行くべきだ。

 

 七海は、一回で小石を複数拾っていた。呪力を籠めつつ、身体で隠しながら指ではじく。投げた時ほどの速度は出なかったが、その不意打ちの攻撃は作り出した弱点にクリーンヒットし、犬呪霊の下あごを砕く。そして怯んだところに、もう一つの頭――ではなく、二つの頭が繋がる根元に向けて、鉈を振り下ろした。

 

「――э―ё!!!」

 

 犬呪霊が悶える。何か叫ぼうとしているが、頭は一つしか残っていないため、発音にすらなっていない。そしてその追撃で、振り下ろした鉈をその胴体へと切り上げる。そこもまた作り出した弱点だ。

 

「分かってますよ!」

 

 そしてその切り上げの勢いのまま、鉈を真横に振って回転し、背後から迫っていた銛をまとめて撃ち落としつつ、また小石を指ではじいて少し時間差で放たれた銛も撃ち落とす。背後からの奇襲に失敗した魚呪霊はうろたえずまた距離を取ろうとするが――間に合わない。七海に高速で接近され、一瞬の間に鉈の二連撃を加えられ、祓われる。

 

(とりあえずこれで一息――!)

 

 とはいかないのが、今の現状だ。

 

 この三体ほどではないが、今の間にまたわらわらと2級以下の呪霊が集まっている。

 

 悲しいことに、七海はほぼ全てを一撃で祓うパワーを持っているが、複数への攻撃は得意ではない。奥の手ならば今ここに居並ぶ呪霊たちを一撃で全部祓えるが、今の状況では一度しか使えないため、切り札にしておきたい。

 

 呪霊たちが迫ってくる。その大小は様々で、小さいものだと子猫程度、大きいものだと洋服タンスほどのものもいる。

 

 巨大な呪霊が真上から押しつぶそうとしてくるが、タイミングを合わせて鉈を振るって返り討ちにする。その間に四方八方から小型呪霊が殺到するが、しゃがんで呪霊たちをぶつからせたうえでまとめて両断する。まるで挟み込むように、大型呪霊が二体左右から迫ってくるが、それは転がることで回避し、すれ違いざまに呪力を籠めた蹴りでバランスを崩してやった。そして立ち上がると同時に、しゃがんでいる間に掴んでおいた砂に呪力を籠めて投げつけて視界を塞ぎ、その後ろから小石を投げて弱点に直撃させる。

 

(今、どれぐらい時間が経った!)

 

 腕時計はしているが、見ている暇はない。体感時間はすでにかなりのものだが、実際はそこまで経っていないだろう。

 

 焦り。応援は間違いなく遅れる。後何時間、常に生死の狭間で戦い続けなければならないのか。

 

 また呪霊が殺到する。かなりの数が集まっているみたいで、時代劇のように順番に来ることもなく、四方八方から押し寄せてくる。これだけ数が多いと、≪十劃呪法≫でまとめて切り倒すことができない。

 

「一点突破です!」

 

 修羅場を幾度も潜り抜けてきた頭脳が、最適解を導き出す。一番薄い場所を一瞬で判断し、そこに集中して全力で呪力を籠めたタックルでぶつかっていく。これによって、囲まれている状況から抜け出せた。

 

 そのまま七海は全力で走り出す。呪霊たちは我先にと、追いかけ始めた。

 

 校庭で、いい歳して鬼ごっこか。あの最強の呪術師ならそうからかってくるかもしれないが、今の彼にはそんなことを考えつく余裕すらない。広い校庭を全力で駆け抜ける。

 

 これによって、呪霊たちは、囲むどころか、まるで列をなすようにして七海に追いすがろうとする形になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間を舐めないことです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七海は叫びながら、校庭隅にあった本格的な鉄棒を、≪十劃呪法≫を併用した斬撃によって折り、呪力を最大限に籠めたうえで全力で呪霊たちに投げる。

 

 これにより、列をなしていた呪霊たちは、貫通した鉄棒によって次々と祓われ、その数を半分に減らした。

 

 有象無象の呪霊には知能が無い。経験を生かした戦い方だ。

 

 急な反撃で呪霊たちが動揺している間に、七海はそこに飛び込み、走りながらすれ違いざまに次々と鉈で両断していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、一段落着いた。

 

 七海はまだ周囲を警戒しながら、少し息をつく。今ので相当数を一気に祓ったので、しばらくはこないだろう。はたまた、この憎らしい呪物≪獅子蟲≫の呪力が届く範囲の呪霊を、今のですべて祓いつくしたのかもしれない。

 

(一生分の呪霊を見ましたね……)

 

 呪術師は大抵短命だが、長生きする術師もいる。だが、そんな彼らが一生かけてみる数を、短時間のうちに一気に祓った。さしもの七海も、疲れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ほんの少し、緩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後に強大な呪力が急に現れる。

 

 振り返るとそこには、太くて鋭い円錐型の槍と腕が一体化した、3メートルほどの醜い巨人がいた。

 

 その槍はすでに、七海を貫かんと閃いている。

 

(油断――!)

 

 感覚からして1級相当。これほど強大な気配をさっきまで感じなかったのは、見た目に反してトリッキーな、自身を隠蔽する類の術式を使っていたのだろう。

 

 振り返り、鉈を振るいながら、≪十劃呪法≫を発動する。対象はその腕と一体化した太い槍。鉈で弱点を切り払えば、たやすく破壊でき、防御になるはず。だが、間に合わない。

 

 覚悟を決めた、その時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼の命を貫こうとした槍と呪霊が、同時に、爆ぜた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。