対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
本当は怖い五車学園。
「……。……やっぱりいないですね」
「え?」
「やっぱり居なくなっていると言ったんです。クラスメイトの
「…………」
彼が出席者名簿表を閉じさせるよりも、私の方が情報を引き抜く方が早かった。
私の言葉に鹿之助くんは、唇を噛むようにしてそっと右下に視線を逸らした。
この様子は〈心理学〉上。彼の表情や目の動き、そして私を名簿から遠ざけようとしたような言動からは、何かを知っている上で隠し事をしているのだろう。同時にそれがネガティブな感情であり、何か考え事をしているような顔でもあった。
「……鹿之助くん」
「!」
「鹿之助くんは、彼女が今、何処にいるのか……もしかしてご存じなのでしょうか?」
「…………」
鹿之助くんは、本当に分かりやすい。
口に出さずともその行動の1つ1つに今の彼の心境がありありと映し出されている。
現在、彼の右手は片手で手垢を擦り落とすかのようにモゾモゾと指を動かしていた。私の問いかけには、小さな子供が親に核心を突かれたときのようにビクンっと身体を大きく跳ねさせている。視線は一切こちらには合わさずに、僅かに噛んでいる下唇が固定されているにも関わらず上唇だけが微かに動いて、なんとか私の問いかけに答えようとしているのを把握できた。
「あ、えと……勘違いして欲しくないのは、別に私は怒ってないですよ? だた、クラスメイトの駒ちゃん……彼女が何処に行ったのか知っているなら教えて欲しいのと……。いえ、現状はそれだけで十分です」
「…………」
「……場所、変えましょうか。何だかんだで今回の鹿之助くんの予測は外れて、クラスメイトからの注目を集めつつありますし」
ふとここで立ち上がり視線を鹿之助くん1点だけではなく、クラス全体へと広げる。
今、クラスメイト達は私達……というよりも、おもに教卓裏で何かガサゴソと作業をしている私へと注目を集めつつあった。
彼等の目つきから、まぁ……。 “いつもの青空とそれに振り回される上原” という視線なのを察知する。
だから教卓の引き出しへ出席者名簿表を乱暴にしまって、そんな彼等から逃げるように蹲ったままの鹿之助くんの小さなおててを……うぇへひっ。水底に沈む絹豆腐を包み込むように優しく掴んで、廊下へと引っ張った。
………
……
…
廊下へと出た後は、彼を防火扉近くの階段踊り場に連れてくる。
こう言ってしまってはなんだが……五車学園での私のキャラづくりは良い感じに馴染んでいると思う。
私が何かしらのタブーを犯したとしても『まぁ、青空だしな』という感覚で片付けられているところは、初日から五車学園の教員である八津 紫先生によって『優等生:青空 日葵』の可能性を潰された身としては好都合なキャラ付け位置だった。
「……ヨシ。誰も尾行していないですね。……どうですか? ここなら話せます?」
「…………」
「……」
場所を移し替えても沈黙を貫き通し続ける鹿之助くんに、私は困った顔して片目を瞑って片手で後頭部を掻く。
今回は彼の言いたくない気持ちを汲み取って話を “なかったこと” にする選択肢はなかった。
駒宮 幸子ちゃんというのは、私と鹿之助くんの同じクラスの女子生徒の1人だ。
私がまえさき市の一件で退院したあとの席替えで隣の席になった女の子だった。
彼女はくすんだ海色の髪に、碧色の瞳、気の強そうな目つき。いつも小豆色のマスクをつけた女子生徒で……。彼女が現代社会の授業で問題をハンジロー先生*1に当てられたときに、回答の助け舟を出して以来、少しずつ関係を持ち始めた私の友達の1人だ。
鹿之助くんがふうま君達との “課外授業” で居ないときなどは、彼女と一緒に食堂で昼食を摂っていたこともある。そんな私の日常に少しずつ介入していた友人だった。
駒宮ちゃんが、私と一緒に食堂へ向かう姿を見た五車学園の生徒が、ギョッとした顔で二度見するぐらいには学校生活での素行が良い子で……。私と鹿之助くんのようにだいたい登校時間の遅刻ギリギリで教室に滑り込むようなことは無かったし、授業をサボったり早退をしたこともないような子だった。
あとのクラスメイトの2人は友達ではなかったが、素行の良い部分では駒宮ちゃんと似たような存在ではあった。駒宮ちゃん……駒ちゃんとは違って、クラスの中では常にトップを争いあうような文武両道な成績優秀な2人だったと思う。
ちなみに、あの名簿表に名前がなかったことに関して “課外授業” が関係していないことは充分に承知している。鹿之助くんがふうま君達と “課外授業” に出かけていた時には、出席名簿表に鹿之助くんの名前は存在して机もそのままの形で残されていたのだ。
……ここまで情報が出そろって居れば、彼等が何処に行ったのかなんて見当はついているのだが……。
この時の私は、なにか事情を知っているであろう鹿之助くんに、真実を話されるまで私もソレを認めたくなかったのだと思う。
「……駒宮さんは……」
「! 駒ちゃんは!?」
「……ッ」
ここでやっと鹿之助くんが口を開いてくれた。視線を下に落とし合わせてはくれなかったが、私も彼の言葉に食らいつくように次の言葉を催促する。
でもそれは逆効果だったようだ。今度は上唇まで噛みしめて非常に重々しい雰囲気を漂わせ始めた。身体も少し震えている。
「いや……おれは……おれは……俺は言うぞ。日葵……。駒宮さんは “転校” したんだ……」
「転、校……?」
「…………ぁぁ」
「……」
本当に言いにくそうな鹿之助くんの言葉に、『ああ、やっぱりそうか』と小さな溜息をつきながら納得してしまう。
そうじゃないかなと……思う部分はあったが、こうも現実は冷酷で予想通りの結果を突き付けてくる。それでも……信じたくなくて……。
「もしかして、他の2人も?」
「…………そうだよ。2人とも “転校” していった」
更なる私の問いかけに、鹿之助くんはその両目を目頭付近にしわができてしまうほどに固く閉ざす。まるで鹿之助くん自身もあまり触れて欲しくない話題のようで、考え込みながらも言葉を選ぶ……まるで戦争帰りの軍人が、戦友の死去をその遺族に告げるかのような苦慮に満ちた声だった。
「…………そうですか……」
「あいつらは “優秀” だったからさ。こんな片田舎の学校よりも、都会のもっと設備と頭のいい学校があって、そっちに “転校” したんだって。……
ここでやっと鹿之助くんが私の顔に視線を向けてくれる。その顔は今にも泣きそうでありながら、罪悪感に押しつぶされそうな声と表情だった。それでも、その中で私の気持ちに寄り添ってくれるような、やるせないながらにも無理に笑顔を浮かべて励ましてくれる。
それでも、この五車学園は私の知り得るどの私立高校ですら見られないほど、充分に設備が行き届いた学園であることにも関わらず……そう更にそれを上回る学校・学園と聞いて疑問が湧いてしまうが……。きっと、それも鹿之助くんが私を安心させるためについている優しい嘘なのだろう。そうに違いないと思って。
「……わかりました。教えて頂いて…………ありがとうございます」
これ以上は詮索はしまいと、端的にお礼を述べて私も彼から顔を背けた。
「……おう。机が無くなったら “転校” したってことだからさ。もう、もう無暗に出席表とか開くなよ? 日葵の元いた学校ではどうだったか分からないけど、この学校じゃ個人情報保護に先生達がとにかくうるさいんだからな!」
「……肝に銘じておきます」
「……。じゃ、もう教室に戻ろうぜ。次の授業の準備をしなくっちゃな! 日葵は休んでいた分もあるんだし、今は俺の方が賢いかもな!」
峠は越えたのか彼はいつも通りの表情を浮かべて、小生意気な軽口を叩きながらも軽やかな足取りで教室に戻ろうとする。
だから私も彼の後ろについて歩いて————彼の半袖のワイシャツの袖口を掴んだ。
「……」
「…………駒ちゃん。最後に、私に対して何か言っていましたか?」
「……。……『お見舞いに行けなくて、ごめん』って言ってた」
「…………そうですか」
彼の言葉を廊下で聞き届けてから教室の扉を潜る。
………
……
…
「あ、先生。青空さんが帰ってきました」
「ヒョッ?」
新しい友人の転校の知らせにセンチメンタルな気分になりながらも、教室に入るとそこにはクラスメイトの
その傍らには蓮魔先生が立っていて…………手には、1限目開始までには直そうと思っていた半壊の出席名簿表を……——
ドサッ……。バサバサバサ……。
先生が振り向くのと同時にその手携えていた出席名簿表が、もう限界とばかりに彼女の手の中で空中分解……全壊して床に落ちる。
「…………」
途端に険しくなる蓮魔先生の形相。
「アッ」
……今日も私は
~ちょっと空気が明るくなるかもしれない蛇足~
「あーおーぞーらぁー! 貴様ァ!」
響き渡る蓮魔先生の怒声。
今の怒声で、私の脳内に流れる『ナースのお仕事』のBGM。
「せんせーい!?」
その身を強張らせながら、
クラスメイトの『はいはい、いつものいつもの』という顔。
鹿之助くんのやっちまった!言わんこっちゃない!という仕草。
「えっ!? 日葵ちゃんがどうかしたの!? いま現場に新妻が参上したよ!」
どこからともなく他クラスから乱入してくる陽葵ちゃん。お前は次に授業があるだろ。
やっぱり今日も五車学園はいつも通り平和です。
~補足~
駒宮 幸子ちゃんですが、本小説のオリジナルキャラクターです。
イメージ図としてはN/対魔忍傭兵ちゃんが元ネタですね。
そして最後にチラッとできた西郷寺くんに関しては、対魔忍RPGに登場するキャラクターです。