対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
「あとは——鹿之助くんはリモコンを適当なクラスから調達してきてください」
「え、でも……」
「リモコンについての心配ごとでしたら基本的に学校に設置されているエアコンの型は同一の物なので、学内にあるものであれば他のクラスの物でも起動できます。あるいは窃盗的な心配事ですか? であれば、リモコンはちょっと借りるだけなので発覚する前に返却すれば何も問題はありませんよ」
「そうじゃないんだけど……わ、わかったよ。行ってくるぞ。落ちるなよ?」
「ははは、鹿之助くんはやさしいですね。大丈夫ですよーだ。私、
「っとぉ上原、あぶねーな」
「」ガタガタッ
「わっ!わわわ日葵落ち落ち落ち落ちる!!!」
「……なーんちゃって。鹿之助くんは早くリモコンの調達をお願いします」
「う、うん……」
「青空さん……洗って来たぜ?」
「……ありがと」
西郷寺くんがフィルターを洗っている間に、他には何が必要か……そんなことを考えて鹿之助くんにお願いをし、教室を出ようとしているところに西郷寺くんが教室へと戻ってくる。
あわや正面衝突しそうになって私は動揺のあまり机上から転がり落ちそうになるが、間一髪、鹿之助くんの方が西郷寺を躱して怪我をすることなく教室を出て行った。
良かったな西郷寺。いま鹿之助くんと衝突して彼を転がそうものならば、私は〈跳躍〉からの落下ダメージ込み〈マーシャルアーツ〉〈キック〉をお前の顔面に叩き込むところだったぞ。
鹿之助くんが西郷寺と衝突して転びそうになることは未遂で終わったので、それはさておき……。私は時間にシビアってわけではないが、あと2分で次の授業のチャイムが響く。それまでにはエアコンの整備を終わらせたいとは考えていたところだった。愛想のよい顔で彼からフィルターを受け取り、エアコンの定位置にハメ直す。
……私の想定では、これであの悪臭を完封できるはずだった。
………
……
…
キーンコーン
カーンコーン……
鹿之助くんがふうま君のクラスから、エアコンのリモコンを調達してきたところで授業のチャイムが響く。
「ひひひひひひまりぃ………」
「大丈夫ですよ。大丈夫です。次の時間で、私が何食わぬ顔で返しに行きますから」ピッ
「うぅぅぅ……」
「ほんと上原くんって情けないよね」
「もっと男なんだから、堂々としていればいいのに。ホンット頼りがいのない」
「分かる~!ナヨナヨとして女っぽいよね」
「格闘の授業では男の癖にビリッケツだし」
「まさに頼れない男の典型的だよね」
「そうそう。将来の向いている職業も電気工事ぐらいなのに、青空さんが率先して直してるところとかさ」
「ほんとほんと。彼女、あんな男の何処が良いんだか……」
チャイムによって返却するタイミングを見失った挙句に、窃盗の片棒を担がされた鹿之助くんはその場でバイブレータのような震え、加虐心を煽るような情けない声を上げた。
彼の声を聴いていると自然と口角がにんまりと上がってくる。それにこのニヤけは、鹿之助くんに対するクラスメイトの女子による性的差別によるヒソヒソ話も含まれていた。
確かに彼女達の発言は、私にとって不快に値するものである。しかしそれは同時にこのクラスメイトの女子たちは鹿之助くんには、興味がないことを示していた。つまり、私が彼を独占していても誰も何も思わない、恋敵がこのクラスには存在しないということだ。いや。私としてはどんなに、ひ弱でナヨナヨしていたってこんな守ってあげたくなる男の娘の時点で胸のときめきが抑えられないんだが。
この日本に司法さえ、存在しなければとっくの昔に襲い掛かってるんだが? てか、こんなかわいい男の娘に興味ないなんて、お前等の目は節穴かよぉ!
グヒッ、グヒヒ、ギィヒヒヒヒヒヒッという気持ちの悪い声が喉元までこみ上げてくるが、鹿之助くんの手前、押し殺してエアコンのスイッチを入れた。
ゴォォォォ……
「直ったな!」
「やっと涼しい中、勉強ができる……」
「次の授業は何だっけ?」
「ああ、国語の——」
私がスイッチを押すのと同時に、先ほどまでよりも力強い冷房が下で待機している直撃した。いい風だ。とても冷やされていて、それでいて風量が先ほどよりも上がったような気がする。間違いなく私がチョークの粉まみれのフィルターを掃除したおかげだ。
これで快適な環境の中、勉学に励めるというわけだ。
「ところで、
二段重ねになった机を掛け声とともに飛び降りる。ドンっと両足から着地するが所詮は1ⅿ程度の高さ。私は若さも相まって何処にも怪我を負ってはいない。
この飛び降りは年老いた大人が、子供の真似をすると簡単に筋やら骨やらを捻挫するらしいのだが……私の肉体はそんな兆しを微塵にも見せることはなかった!
ひとまず重ねていた鹿之助くんの机を自分の手拭いで、乾拭きとしてぬぐってから元の場所に返却する。この机を重ねた時、鹿之助くんの机を上に持ってくるか、私の机を上に持ってくるか数秒悩んだものだが、鹿之助くんが普段使っている机を、靴下は履いたムレた生足で踏むという行為には実に背徳感があってよかった。
いやぁ。そしてこの瞬間も、彼の机をベタベタと乾拭きで……乾拭きだからこそ、私の…………ぐへへへへ。
ガラララッ!
「こんにちはー! やっほー! みんなーっ!」
「おっ! 別クラスの日ノ出じゃん!」
「何!?」
「マジで?!」
「そうだよー! 日ノ出だよー! あのね、今日は先生の自主都合で自習だってー!」
「おぉっ!」
「やった!」
「はい! 藏石さん! 自習の課題は作文だから配って!配って!」
口元の緩みつつある私が机を戻していると、やがて教室の扉が開く。
そしてそこに立っていたのが、陽葵ちゃんだった。彼女は今、両手に自習の課題を持ってこの教室に入ってきた。本来であれば、彼女のクラスでは今授業を開いているということ……すなわち——
「♥♥♥! やっほーっ! ひまりちゃぁぁぁぁぁん!!! 放課後まで待てなくて愛しに来ちゃった!!!!!」
「……」
「えぇえええ!? せっかく私という許嫁が遊びに来たのに、なんでそんなに嫌そうな顔をするのーっ!?」
「い、許嫁……?」
「鹿之助くんは今の言葉は気にしないでください。彼女、洋館事件以来少しばかり妄想癖が入っているのですよ」
「いいや、これは真実の愛! いいや!純愛だよっ!」
「はいはい。いずれにせよ……別に嫌な顔はしていませんよ。苦虫を嚙み潰したような顔はしましたけど」
「どっちも同じ意味でしょーっ?!」
日ノ出 陽葵の乱入にクラスメイトの男子生徒は私に対する敵意と疑問視のような感情を向け、女子生徒の大半は『あぁ、またか』という顔で私達のことを見る。
こっちもこっちで “いつもの青空と青空に振り回される上原” と同じような……ある種の風物詩のような目であった。とりあえずクラスメイト達の感覚的には “愛を絶叫する日ノ出とそれを拒絶する青空” ぐらいの認識に違いない。一部の層は何故、陽葵ちゃんが問題児の私にべったりなのか理解不能そうな不審な顔をしているが。
今日はたまたま陽葵ちゃんが授業をサボったため乱入は早かったが、この状況は放課後や昼休みになると発生する強制イベントだ。
このイベントで苦手な部分は、別に陽葵ちゃんが乱入してくることにあるわけではない。
「えへへへへぇ~。ひまりちゃぁ~ん♥」
「暑いんだから、そんなに引っ付かないでください」
今日も砂糖よりも甘い——猫なで声を出しながらベタベタと粘着性の高いスライムのようにへばりついてくる彼女の顎やお腹を推す形で引き剥がしにかかる。
陽葵ちゃんは本当に毎日元気いっぱいで、気分が落ち込むような生理の日でも朗らかな気分にさせてくれる。
しかし……私としては、鹿之助くんから私を取り上げようとする行為は許容範囲外だ。
彼女も私が鹿之助くんに対して強い好意を抱いていることは承知しているようだが、それゆえか……何かと彼に私達の関わり合い見せつけようと画策してくるのだ。今も頬を赤らめて私達の取っ組み合いを目を丸くしながらも釘付けになっている鹿之助くんに対してチラチラと視線を送っている。これはきっと鹿之助くんと私の間に防壁を立てようとしているのだろう。これには本当に頭が痛くなってくる。
何度でもいうが私は許嫁認定をした覚えはないぞ。入院中にたとえ話の流れで通い妻とは言ったけど。
第一、そんなにベッタベッタされると両刀使いのようなあだ名が出かけん。
私はNL、Normal Love. 私達、新トモダチコレクションまでの関係。どんなに親睦を深めようとも陽葵ちゃんと私の関係は、親友までの間柄にしかなり得ないの。Are you OK?
「それで? 聞くまででもないかもしれませんが、陽葵ちゃん。授業は?」
「サボったよ!」
「そんな……さも当然みたいに言わないでくださいよ……駄目ですよ。授業はちゃんと出ないと……大人になった時に基礎的な教養がないと困ることだってあるんですから」
「大丈夫、大丈夫! 教養がなくても就ける
「そんな自信たっぷりに言わないでもらえます? 第一、そんな職業はないですし……近い未来に絶対困ると思うんですけど……」
「そういう日葵ちゃんだって、授業をよくサボるって聞いたよ?!」
「最近はサボってないです。
「そんなことよりも日葵ちゃんの教室、変なにおいもしないし涼しいね! もう業者さんにエアコンの掃除をしてもらったの?」スンスン……
「おいコラ」
私のつぶやきによるツッコミは、陽葵ちゃんによる強制的な話題の切り替えによって流れを変えられてしまった。
陽葵ちゃんの反応は時折、天然なのか故意なのか判断に困るような切り返しをしてくる。
しかし、今回は分かるぞ。これは故意に話題を切り替えている。現にいつもならこちらの反応を伺うようにチラチラと構ってほしそうな横目で探ってくるのに、今日は完全にそっぽを向いて口笛を吹きながら露骨に話題を変えたからだ。これには異議を唱えねばなるまい。
「そ、それは日葵が机によじ登って掃除してくれたんだ。そのおかげでって感じだな」
「えっ!!? 日葵ちゃん、エアコンの掃除をしたの!?」
「……正確には蓋を開けて取り外しただけです。フィルターの掃除自体はクラスメイトの西郷寺くんにしてもらいました」
鹿之助くんが私の
…………もう。鹿之助くんがそういうなら私は話を流されてもまんざらじゃぁないけどさ……。
話題に食いつく陽葵ちゃんは、そっぽを向くのを止めて首をグルリンとこっちに回した後、キラキラとした目で私を褒める初期動作に入る。
だから私としても、そんな彼女のベタ褒めムーブを仕掛けられ、褒め言葉に私が飲み込まれないようフィルターの掃除を手伝ってくれた西郷寺くんへ意識を向けさせた。西郷寺くんもソワソワしながら私達のグループに近づいてきては、陽葵ちゃんに褒めてもらいたそうな顔をしてたし。
「へへへっ……すごいだ——」
「へぇ! あのエアコンって私達でも掃除できるんだ……! すっごい大きなエアコンだから、先生達が言うように業者さんが掃除しなきゃダメなのかと思ってた! でもエアコンの何が変で、何処からあの変なにおいがしているのか突き止めて的確に修理しちゃう日葵ちゃん、やっぱりすごいよ!」
「」
しかし陽葵ちゃんの容赦のない一言に、西郷寺くんは叩き伏せられる。
「…………あの、陽葵ちゃん。西郷寺くんの方をもっと褒めてあげてもろて……」
「え? なんで?! 上原くんと日葵ちゃんの話だと、西郷寺くんは臭気の原因に気が付くこともなく日葵ちゃんの指示で、フィルター洗っただけでしょ?」
「……」
あの……西郷寺くん。涙、拭いてもろて……。
「oh……今のは鋭すぎる一撃……」
「さ、西郷寺……どんまい」
「…………おう」
それにしても陽葵ちゃんは人をべた褒めするそういうところがずるい。『私、何かやっちゃいました?』というノリは苦手だが、エアコンのフィルター掃除なんてできて当たり前のことでも陽葵ちゃんからベタ褒めされると『私、何かやっちゃいました?』という自惚れのような気持にさせてくれる。
「日葵ちゃんさ……私がどんなに褒めても『ぷっぷくぷぅー』な態度を取るけど、別にデレてもいいんだよ? 日葵ちゃんなら、いっぱい甘えさせてあげるから♥」コッショリ♥
「」
陽葵ちゃんの手を口元に沿わせた艶っぽいコッショリボイスをゼロ距離で浴びた西郷寺くんは完全に放心…………機能停止に至る。陽葵ちゃんに恋心か下心を抱いている彼には、やはり致命傷か。
「……デレませんよ」
私も……。私が照れた
「うひゃっ?! なっ、な、ななななんで、この流れで俺に背中から抱き着くんだよ!? ひまりぃ!!!?」
「」
そこから更に、一種のバリア機能を果たす鹿之助くんの背後に回って彼をあすなろ抱きで抱擁する。女性耐性のない鹿之助くんはこれをされると思考が停止するのか、その場で石像のように微動だにしなくなってしまうのだが……。
そんな光景を見せられた陽葵ちゃんには仲睦まじい私達の様子にそこそこの心的ダメージがあるのか、文字通り『ベルサイユのばら』に登場する白目顔で凍り付いて追撃をしてくるのを止めてくれる。
~あとがき~
読宣兄貴姉貴へ。
確かに、フォント38番の書置き。見させてもらいました。ありがとうございます。
~評価返信~
『アルエル・ハマー様』
■ +の方から旧版にやってきたけどすげぇ面白い
◇ 逆輸入は初めてだわぁ……(恍惚)
あちらは3日に1回のペース投稿ですが、追いつくには少なくとも来年の3月になるまでは本作品に届かないですからね……。楽しんで頂けているようならば何よりです!ありがとうございます!