対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
稲毛屋は、我等が母校となる予定の五車学園の近所。
かつ五車町のほぼ中心部。
それも多差路の5差路の中心に位置する甘味処である。
蛇子ちゃんや鹿之助くん曰く。五車町に住まう子供たちは必ずこの稲毛屋に立ち寄っては名物品である『ソフトアイスクリーム』と『白玉あんみつ』の
さらに学園側が許可しているかどうかは知らないが、稲毛屋は学校の帰宅途中に寄り道して買い食いについて寛容な場所でもある。それゆえ、鹿之助くん、蛇子ちゃん、ふうま君と揃って帰るときに稲毛屋に寄っていくと他の五車学園の生徒が大体たむろしておしゃべりをしていることが多い場所だった。
外観として稲毛屋は木造建築の古き良き2階建て家屋になっている。
1階部分の半分以上が駄菓子屋となっており、2階部分がこの駄菓子屋の主である稲下さんの生活スペースのようだった。
1階部分には青色のトタンでできた軒の出があり、雨宿りにも適した構造になっている。稲毛屋を正面に左手側には紅色の布が掛けられたおしゃれなベンチ。右手側には2階部の側面に付けられた『駄菓子 稲毛屋』の看板がある。また先に五車学園があるのが見えた。
さらに生徒が集まるということもあり、稲毛屋の対面側にはガゼボ*1が設置されていて、そこが人数超過時のたむろ場となっている。
おまけに外観の情報から、この建物が本当に古いことが推察できる。
2階や1階に窓が存在するのだが、そこの窓は現代で見られるような平坦なガラスではなく、少したわみが存在する昭和初期頃のガラスが用いられていた。また稲毛屋の壁に付けられているひし形のナンチョールという文字列が並べられた看板は色あせ傾き、ふち部位の錆がこれがまた古っぽい良い味を出しているのだ。
店先には業務用クーラーボックスが1台置かれ、そのすぐ脇にはプラスチック製の特大ソフトクリームとコンビニで見かけるようなガラス製の小型の冷蔵庫。ソフトクリームと書かれたのれんに、また店主が描いたであろう木の看板が立てかけられている。看板には名物であるソフトクリームが描かれ『かいさ!』……恐らく買っていけとの方言交じりの文字が描かれている。
店内には奥に茶色の戸棚があって、そこには駄菓子がいっぱい並べられている。天井にはくじ引きや、お湯で貼り付ける『いれずみシール』、今はもう製造が製造終了してしまったはずの『ようかい/おばけけむり』(対魔忍世界では『ようまけむり』という名称になっている)などもあり本当に“昔ながらの駄菓子屋”という光景だった。
「…………」
こうして改めて稲毛屋を眺めていると鹿之助くん達と来た時とは異なり、
前世ではゲームセンターや喫茶店の繁栄と共にこのような建物は衰退傾向にあり、バブル崩壊後のリーマンショックにおける不景気や中国の武漢より発生した感染症、戦争、時には神話生物やカルティストの手によって次々に倒産していった。かつて、釘貫 神葬が生きていたころの駄菓子屋ももう潰れてしまっただろう。
「おばちゃーん! ソフトアイスクリーム1つー!」
「あいよ」
到着した矢先に、鹿子ちゃんが真っ先に稲毛屋の名物であるソフトクリームを頼む声が響く。
「はぁ……」
「? ため息なんかついてどうしたの?」
「……大したことではないですよ。鹿之助くん達に連れられて、稲毛屋には何度か足を運んではいるのですが……実際にこうしてまじまじと見つめるのは初めてでして、ちょっと幼い頃を思い出してしまっただけです」
「あ、日葵ちゃんは転校生でしたもんね。懐かしさを感じたのですか?」
「えぇ。あんな穏やかな日常もあったな……と」
「日葵ちゃんの穏やかな日常!? なにそれー?! ちょっと気になっちゃうかも! ぜひ聞いてみたいな!」
「子供の時の些細な思い出ですよ。残念ですが、話を膨らませられるほどの思い出はないです」
脳内で『ひぐらしのなく頃に』のエンディングテーマである『why,or why not』が流れ、半分魂が抜けてしまったところで、陽葵ちゃんは興味深そうな顔で。心寧ちゃんは心配そうな顔で5差路の中央で立ち尽くす私の元へ寄ってきてくれた。
しかし前世での記憶ゆえに堂々と表立って話せる話題でもなかったため、話題に喰いついた陽葵ちゃんの深堀を拒否する形で稲毛屋店内へと進む。
「……」
ノスタルジーに浸った私ではあるが、この稲毛屋には違和感も抱いていた。
これは五車学園の生徒に限った話(と言っても、対魔忍世界では五車学園のしか私は知らないわけだが)となってしまうが……。
放課後、そっと五車学園の他の生徒の会話に耳を傾けると話題が偏っており、大体はこの稲毛屋か、Y-kazeXと呼ばれる実況者についてを話している。
他にジャスコ……サティ……もとい、イオンモールのような大型商業施設が五車町に存在せず、そういった建物はまえさき市に限られていることも1つの要因だと考えられるものの……。それにしては『Q.憩いの場と言えば?』ピンポーン!『A.稲毛屋!』と二つ返事で返されるような場所がこんなに寂れた駄菓子屋というのも何か変だ。
早押しクイズのCMで有名な越後製華じゃないんだぞ?
一応、五車町には絶滅危惧種の商店街やニュータウン(笑)クソしょぼホームセンター(嘲) 五車店など稲毛屋以外にも娯楽施設が……。……娯楽施設は、まぁ。一応ないこともない。
でもオススメの甘味処については、10人に聞いて9人が『稲毛屋』推しなのは、ちょっと私の探索者としての好奇心を刺激して来るものがあった。これが、きな粉棒のあたりが沢山出るとか……くじ引きの景品が豪勢で興味をかなり引くものとかだったら、まだわかる。
だけど……。その五車学園の生徒、それも初等部から高等部の全学生達を魅了しているのが『ソフトアイスクリーム』と『白玉あんみつ』、2つのメニューだけ、ってのはね? 推すにしてもインパクトが弱すぎるんじゃないかと思う。
裏メニューとして、まえさき市のフードコート付近にあったパフェが出るとかならまだわかる。もちろん、私が知らないだけという可能性もあるだろう。しかし、あのまえさき市で3時間ウンコしていた方の蛇子ちゃんが知らないのだ。その点を考慮すると存在しない可能性が高い。
「フフフッ♪ ここのソフトクリームは、いつも美味しいね! お姉ちゃん達はソフトクリーム買わないの? すっごく美味しいよ! 食べなきゃ人生をソンしているよ!」
鹿子ちゃんは一足先にベンチへ座って、ソフトクリームのクリーム部分にシャブりついていた。口の周りをサンタクロースのヒゲのように白く染めながら、笑顔のまま私達へ向けて大きく手招きをする。
「あ、ではお婆ちゃん。私も鹿子ちゃんと同じソフトアイスクリームを下さい」
「あいよ」
「おばちゃん!私も私も!!!ソフトアイスクリーム!」
「はいはい」
「日葵ちゃんは!?」
「じゃぁ……そこのコーラでも買いますね。稲毛さん、えっと、そこの冷蔵庫の瓶コーラ1本とこちらの陽葵ちゃんのソフトクリームの代金込みの金額です」
「あいあい」
「あと、『ようまけむり』と『いれずみシール』もそれぞれ数枚……5枚ずつ、買います」
そんな鹿子ちゃんに釣られて心寧ちゃん陽葵ちゃんも稲毛屋に近寄って、鹿子ちゃんと同じものを注文していた。
私と言えば元々、陽葵ちゃんのアイスクリームは元々奢る約束をしていたため、ガラス製の冷蔵庫からコーラ瓶を1本抜き取り、天井から掛けられたシールを手に取ると陽葵ちゃんのソフトクリームの代金と共に支払う。
それを稲毛屋の店主は愛想のよい親近感の湧く様なにっこりとした笑顔で受け取ってお釣りを手渡してくれた。
キュポン。…………シュワシュワシュワ――
「ムシャムシャ」
「あーむ♪」
「ぺろぺろ……」
3人は軒の出下のベンチに座る。私は彼女達の正面に立って、美味しそうにソフトクリームを並んで食べる姿をコーラ瓶を傾け飲みながら眺めた。
食べ方こそ三種三様だが、3人ともソフトクリームをとても美味しそうな表情で食べている。
こんな光景を眺めれば眺めるほど『あの救助活動がなければこんな未来は見られなかった』という感情と、あの時こそは探索者として介入したことに関して僅かばかりの悔いが生まれたが、そんな悔いも正面の3人を眺めているうちに溶けていくのを感じた。
「そういえば……」
ここでふと稲毛屋の店主が、奥の座敷からノロノロと出て来て口を開く。
「そっちの小さなお嬢ちゃんは初めて見る顔だねぇ、五車では見たことのない子だし……お名前は?」
「わたし? わたしは……あっ。そっか。はじめまして! わたしは影本 鹿子っていいます!」
「影本ちゃんっていうのかい、まだ幼いのにちゃんと挨拶できてえらいねぇ。こっちのお姉ちゃん達とはどういう関係なのかな?」
「大きなお屋敷のなかで会いました! コーラを飲んでいるのが青空お姉ちゃん!フライパンとか鉄の棒で楽器で音楽を奏でられるんだよ!」
「ふむふむ」
稲毛屋の店主は、ナメクジのような速度で顔を動かし私を見つめる。
既にこの店主とは顔見知りではあるが、目が合ったためコーラを飲むのを止めて軽い会釈を返す。
「アイスを大きな口で食べちゃったのが日ノ出お姉ちゃん! 青空お姉ちゃんが好きで、すっごく元気いっぱいなの!」
「も~っ♪ 鹿子ちゃん! そんなに褒めないでよ! あと日葵ちゃんのことは好きなんじゃなくて大好きなんだよ!」
「大好きなの!」
「そう! 日葵ちゃん大好き!」
「大好き!」
「大好き!」
「大好き!」
「「大好き! 大好き!」」
「ゴブフッ!!!!」
陽葵ちゃんのラブコールはいつものことだと気にしないように澄ました顔で振る舞ってはいたものの……。突然のラブコールにコーラを吹き出し、噎せたコーラが鼻から滴り落ちる。
「……大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶ……。だいじょっ……ぶ……ゴホッゴホッ!!!!!!」
「それで、いま青空お姉ちゃんにハンカチを差し出したのが、心寧お姉ちゃん! アイスはバニラ味が大好きで私とおんなじ!」
「そうかい、そうかい」
「ゴーッホッ!!! ゴホゴホッ!」
激しく噎せる私を他所に紹介は続いていき、その間 私は心寧ちゃんに背中を摩られながら落ち着きを取り戻そうとしていた。
2人そろって大声で「大好き」コールは想定外だったんよ。
もう半分以上残ったコーラを飲み込んだ瞬間に鼻から息を吸っちゃって、コーラが気管に入っちゃったよね。
そういえば、稲毛屋に来るたびに碌な目に遭ってないな……。
初めて稲毛屋に訪れたときは、蛇子ちゃんのおごりでアイスを食べようとして……そのお金が転がって排水溝に落ちちゃうし。今回は突然の大好きラブコールでコーラを噎せるし。やっぱり、ついてない。
しかし、これは仕方のないことでもある。〈幸運〉ロールは『新クトゥルフ神話TRPG』95頁記載“選択ルール:幸運を消費する” で〈幸運〉を用いて自身の運気を上げることはできないと裁定されている。
この不運は元より定められている結果なのだから甘んじて受け入れるほかないのだ。
「ん゙ん゙っ……」
「落ち着きましたか?」
「なんとか…………えっと、ハンカチは洗濯して後日返却しますね……」
「別に私の家で洗いますから、そこまでされなくても大丈夫ですよ」
「…………すみません」
私の唾液やらコーラやらが付着したハンカチを心寧ちゃんは嫌な顔1つすることもなく、受け取ると持参していたハンドバッグの中にしまう。
その現場に近づいてくる女が1人——
「……ね~え? 心寧ちゃ——「駄目です」
「まだ何も言ってないけど!?」
「いまの陽葵ちゃんのことですから、このハンカチが目当てなのぐらい分かります」
「なんでそこまでわかるの!?」
「それは正直で素直な陽葵ちゃんだからですよ」
その過程で目敏い陽葵ちゃんが猫なで声で心寧ちゃんに近づき、そのハンカチを譲ってもらおうとするハプニングがあったもののそのハプニングは心寧ちゃんの
Good Job. 心寧ちゃん。
~あとがき~
対魔忍RPG4周年イベント周回しています。
そして、やっぱりリリス職員が見に来てる疑惑がががが……。
いよいよ現実味を帯びてきた理由としまして、2022/09/16、16:00~から実装された対魔忍RPGのキャラに『エレ・アンスタン』という未来編の放浪者が居るのですが、彼女の必殺技が『生存者の意地』なんですよね…………。
対魔忍RPG プレイアブルキャラ化 企画で【探索者の本領発揮】釘貫 神葬 版を公開しましたけど、こっちはリーダースキルが『探索者の意地』なので……どこか似ているのですよ。
あとは彼女の発言にある “人は簡単に死ぬ。息をするくらい当たり前に、理不尽にね。でも私の手の届く範囲でなら、簡単に奪われてしまう命を救いたい” とか達観した熟練の探索者の思考なのですよ。
失礼と捉えられるかもしれませんけど、9章~12章の悪霊の家編のオリ主の思考とマッチしているのです……。
あの時も、見捨てようと思えば4人や1人も捨てられる状態だったので。
ただ、探索者として関わらなければ悲惨な結末は変えられなかったでしょう。
ここまで想いを綴りましたが、所詮は公式のお目こぼしで続けられているような貧弱な二次創作の存在なので本作品が削除されないことを祈ってます。
輸入は嬉しいのですけどね! 今後も入れられるものがあれば入れて欲しいとか思っちゃうけど……!
~更新情報~
各章を変更しました!
7章を3分割して、9章まで分類化させました。
平穏な日常を綴っておいて生徒指導でどったんばったん大騒ぎは、見方に依れば平穏かもしれませんけど一区切りついていたので8章にしました。
活動報告、更新しました……。