対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。   作:槍刀拳

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~まえがき~
 対魔忍RPG、4周年記念おめでとうございます!




Episode99 『稲毛屋のソフトクリーム』

「そういえば。影本ちゃんを含め、他の子たちは皆うちのソフトアイスクリームを食べたけど、あんたは食べないんかい?」

 

 陽葵ちゃんを甘やかさず最低ラインは守ってくれる心寧ちゃんに感謝していると、今度は稲毛屋の店主は私に声をかけてきた。

 その顔は鹿子ちゃんの時と同じで、一切の悪意や敵意を感じることがなく、好意さえも抱く様な朗らかな笑顔だ。

 

「え? あ、私ですか?」

「そうだよぉ。まぁ、名乗らずとも私はあんたのことは知っているし、初日以降もあのふうまの坊ちゃんとつるんでいるということは悪い子じゃないんだろうがね。ああ、噂もかねがね聞いているよ。なんて言ったって、あんたはいろんな(・・・・)意味で “有名人” だからねぇ」

「は、はは……()()()()()()で有名人、ですか……。噂についてはお手柔らかな対応でお願いしたいところです」

「ま。ま。ま。その噂も悪いものばかりじゃないしね。……それで、アイスは食べていかんのかい? ほれ。五車に来てから、まだ食べたことがないだろう? こう言っては何だけど、稲毛屋のソフトアイスクリームは美味しいよ。高級アイスにも劣らない……もう、ほっぺたが堕ちてしまうほどにね」

「あー……どうしましょ……」

 

 稲毛屋の店主によるソフトアイスクリーム推しに、片目を瞑りながら後頭部を掻いて悩む私。

 正直なところ、鹿之助くんも蛇子ちゃんも『美味しい美味しい』と言いながら食べ、鹿之助くんが密かに教えてくれたふうま君の夢の1つ『クラスメイト全員に稲毛屋のアイスクリームを奢る』とまで言わしめる稲毛屋のソフトアイスクリームにどんな味がするのか興味はある。

 現に鹿子ちゃん、陽葵ちゃん、心寧ちゃんの3人が稲毛屋隣のベンチで、アイスクリームを食べている時に少し離れた位置から眺めていた時も、とても甘そうなバニラエッセンスの匂いがプンプンと漂っていた。

 それを食べていた3人の表情も、眺めているこっちすらも一口ぐらい口にしてみたくなってしまうほどに幸せそうな顔ではあったこともある。

 

「日葵ちゃん! 稲毛屋のソフトアイスクリームは本ッ当に美味しいんだよ! よかったら食べてみて欲しいな!」

「あははは……そうですね。でも……

 

 稲毛屋の店主に加えて、陽葵ちゃんもキラキラとその顔を輝かせて勧誘の後押しをしてくる。

 しかし、私としてはポケットから財布を取り出してひっくり返し、片手を受け皿のように広げて現在の所持金をこの場に居る誰にでも分かるように見せつける。

 財布の小銭入れから出てきた硬貨は、ソフトアイスクリームを購入するには明らかに足りない100円未満の硬貨だった。

 この様子に陽葵ちゃんは『あぁん……それならしょうがないよね』という残念そうな顔をする。稲毛屋の店主も、私が『お金が足りないので今回は止めておきます』という趣旨が伝わったのか、眉を下げて店内へと戻って行った。

 申し訳ないが……前回の洋館探索で出費が “かさんだ(約30万円の支出)” ほかにも最近の株取引がうまく行かず大損を出したばかりでカツカツなのだ。そしてこれは青空 日葵の母親には内緒の案件だが、既に手出ししてはダメなお金(生活費の一部)を株にぶち込ませてもらっている。

 

 そう。倍プッシュで、大損を取り戻すのだ。

 

 なぁに私の〈経理〉情報に依れば、この大損は即取り戻せる予定だ。

 今回の投資先は最近ノリに乗りまくっている米連に本拠地を構えている『ノマド』という株式会社、それと『アーカムバイオ社』という株式会社だ。経営情報なども確認させてもらったが今後もこの企業は伸びる気しかしない。そうとう経営者がやり手なのだろう。後者の企業に至ってはなんかもう、会社名から魅力しか感じない。だからこそ、今月はあまり余計な出費は抑えておきたいことも絡んでいる。

 ……ちなみにコーラは購入した。したけど。あれはあくまでも陽葵ちゃんや心寧ちゃんに余計な気遣いをさせないためだ。彼女達が美味しそうにアイスクリームを食べて居るのに、私だけが指をくわえてそんな光景を眺めていたら………そりゃ、ねぇ? 気にするなって方が無理な話よ。

 

「それじゃあね、今回は特別だよ」

「え?」

 

 話も丸く収まった所で、瓶に残ったコーラを飲み切る。

 他の3人も、残すは心寧ちゃんがコーン部分を食べれば食べ終わるというところで、先ほど店内へと消えていった稲毛屋の店主がソフトアイスクリームを片手に店先に出てきた。

 

「いつも噂話でこっちは楽しませてもらっているからね。これはサービスだよ。是非とも食べていきな」

「えっ。……でも代金を支払ってませんし……稲毛屋さんも商売なのですからこれは頂けません」

「いいの。いいの。さっきも言ったろ? これはサービスだって。子供が大人の経営の気遣いなんかするんじゃないよ。お代なんかいいから受け取りな、ほら」

「あ……ありがとうございます」

「いいなー!」

「いいなー!」

 

 差し出されるソフトクリームに、両手を胸元で横に振り頂けないと首を振ったものの最終的には稲毛屋の店主に押し負けてしまい左手にソフトクリームを握らされる。

 その光景を見た陽葵ちゃんと鹿子ちゃんがうらやましそうな声を上げた。

 

「日葵ちゃん、先ほどは炎天下でコーラを飲んでましたが、陽葵ちゃんと鹿子ちゃんが退いたのでこっちの日陰で涼みながら食べると更に美味しくなりますよ」

「そうなんですか?」

「日向と日陰じゃ温度差がありますからね、ほらどうぞ」

「それじゃぁ……」

 

 心寧ちゃんに促されるまま陽葵ちゃんの退いたベンチに座り、手渡されたアイスクリームを改めて見つめる。

 ……稲毛屋のソフトアイスクリームは、これまでに私が見てきたどのソフトクリームよりも完璧な形をしていた。まさにプラスチック製のシンプルなコーンの上に鏡餅のような丸みを帯びた極太のクリームが3段になって乗っている。

 

 ——まさに見本そのままのソフトアイスクリームの外見をしていた。

 

 息を吸い込むたびに、今ゼロ距離に存在しているバニラエッセンスの香りが、鼻孔の奥。喉を通って肺の奥に吸収されて行くのがわかる。

 

 先ほど、腹持ちの良い甘味料と糖分が多く含まれた炭酸飲料のコーラを飲んだにも関わらず、匂いを嗅いでいるうちにこのフワフワのクリーム部分を一口で頬張ったらどんなに美味しいだろうかという思考が頭の中を錯綜する。

 

 また肺に取り込んだのと同時に、口腔内に存在する唾液線からダパダパと唾液があふれ出して、食べたこともないはずなのに直感でこれは美味しい食べ物だと私の脳が認知させていた。

 

 

 みんなが見守る中、自然と口が開いていき————誰かに盗られてしまう前に、自分の所有物だと証明するために、ひとくち目を……。

 

 

「…………」

 

「? 日葵ちゃん? どうかしたんですか?」

 

 

 

 ——……待て。何かおかしくないか?

 

 

 

「…………」

 

 

「ひまりちゃーん? アイスクリーム溶けちゃうよー? って、うわっ! アイス、溶けてる!もう溶けてるよ!日葵ちゃん!!!」

 

 

 

 

 

 盗られる???

 

 

 

 

 

 誰に?????

 

 

 

 

 

「ちょっとだけ……。ンフッ♪ あま~い!」

 

「駄目ですよ。鹿子ちゃん、そんな食べ方をしては——」

 

「えー? でも、勿体ないし……」

 

「そうだよ! 鹿子ちゃん! これは日葵ちゃんのアイスなんだから! 勝手に食べちゃ駄目!」

 

「はーい……」

 

「いえ。あの、私が言いたいのは溶けて地面に滴ったアイスのしずくを指で舐めとる行為のほうですからね?」

 

 

 

 陽葵ちゃん?

 

 

 

 それとも、心寧ちゃん?

 

 

 

 あるいは鹿子ちゃんに?

 

 

 

 顔の角度は変えずに視点を目まぐるしく動かしてその対象を探す。

 

 

 でもこれは私がサービスで貰ったもの。例え誰かに盗られたとしても懐は痛むことなんかない。

 

 第一、盗られるなんてことはまずありえない話だ。例え盗られたとして、私の出費ではないのだ。だからどこも痛むことも損失を被ることもないはずなのだ。

 

 

——では、この異常にこみ上げてくる独占欲は何だ?

 

 

 そもそもの話、私はこのソフトクリームを食べたことがない。

 

 食べたことがないのにも関わらず、脳はこのソフトクリームを “美味しいもの” だと認知して副交感神経の反応が引き出されている。

 そして五車学園の生徒に娯楽施設について尋ねた時、10人に聞いて9人が『稲毛屋』推しな事についても……どうも今の私の症状と無関係だとは思えない。

 

「…………」

「えーっと……じゃぁ、青空お姉ちゃん? もしかして、アイス苦手なの? 鹿子が食べてあげよっか?」

「あっ!待って!ずるい!ずるい! 日葵ちゃん! 私も食べたい! 日葵ちゃんのアイス! 私も食べたい!!!」

 

 ふと詰め寄ってくる陽葵ちゃんと鹿子ちゃんの声に反応しながら、彼女の背後にいる稲毛屋の店主を横目で確認する。

 彼女は——先ほどからアイスを受け取った私をずっと見ているような気がする。いや、気のせいかもしれない。彼女の視点は別段、私へと向けられてはいない。

 でも今の彼女の行動は私に妙な引っ掛かりを生み出している。彼女は、ホウキとチリトリを片手に軒の出の先に出て、アスファルトの地面に落ちている幾ばくも無いゴミを拾い上げていた。私がちゃんと食べたか見届けるまで店内には戻らないつもりなのだろうか?

 いや、そんなわけはない。そんなことはあるはずはない。この思考は前世での知識と余計な経験のせいで猜疑心が働き過ぎているだけだ。

 ここは鹿之助くんや蛇子ちゃん、陽葵ちゃんだって馴染みの駄菓子屋で私も何度か飲食を行っている店だぞ? そうだ。きっと私の考え過ぎに違いない。

 いや、でも、しかし——

 

 




~五車学園にて撒かれた無許可のプロパガンダ~

 私、ずっと考えていたんです。
 何故、五車町という世間から途絶された山間部の田舎町に若者が集結して。
 まえさき市という都心部に出るにも電車とバスで3時間も離れていて。
 友人達もまえさき市で遊びたがるほどに都心部への憧れを持っているのに。

 どうして誰も彼も五車町を出て行かないのか。

 対魔忍だから。という縛り。
 抜け忍になるから。という縛り。
 刻の日本国に管理されているという観点から出られない線もあるでしょう。

 ですが、果たして “縛り” はそれだけなのでしょうか?

 我々は今一度。
 太古の昔から闇の存在・魑魅魍魎が跋扈する刻の日本国。
 人魔結託した犯罪組織や企業が暗躍している対魔忍世界と時代の混沌へと凋落した世界を目に、考えるときに立たされているのではないでしょうか?


~あとがき~
 本章の『稲毛屋のソフトアイスクリーム』はあと1話続きます。
 次回は115話目、Episode100になります!
 最新話と追加してあるのは、分かりやすくしました。後で消します。
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