対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
青紫色に怪しく輝く月が、魔都 東京の青白く反射しあうビル群の彼方へと沈みつつある。
あの月が完全に沈み切ったときこそ朝日が全てを照らし、こちらの命運が尽きるのも幾許であろうがここまで来ることができたのであれば差したる問題ではない。
東京キングダムから3kmほどでも距離を稼ぐことができれば、彼等が警戒している地区からの無事脱出判定も90%まで上り詰めることができる。
例えヤツがワープゲートを行使したとしても、出てきた瞬間にチャンスはまだ残されている。
〈幸運〉にも風も波立ちも弱い。
足早に駒ちゃんに預けていた荷物を回収し、防水用の風呂敷に貴重品を包み込む。適度なストレッチとアキレス腱を入念に引き伸ばす。
灯台下暗しということわざがあるが、我ながらにこの逃走ルートは妙案だと思う。この発想はインスマス面/海藻を纏う怪物の奇襲攻撃の経験を転換したものだ。陸上生物が船も使わずにこの距離を渡るとは思うまい。
さすがに半世紀も経つと流石に水質汚染が気になるところではあるものの、インドのガンジス川やパリのセーヌ川。大阪の道頓堀に比べればマシな部類だろう。
仮に大腸菌を介する病気になってしまっても、魔界医療で室井に治してもらえばいい。
高位魔族に捕縛されて、口にするのも恐ろしい残虐非道な拷問に遭うより絶対にマシ。
コラテラル、コラテラル。
「さーて、本土までサクサク行きますよ! 準備運動はいいですか!」
「待て待て待て待て!早まるなっ!ヤケになるな!もっと他に別のいい方法があるでしょう!?」
なかなか準備運動を始めない3人を励ますために喝の声掛けをしたところで、オークに手首を掴まれて海辺から引き離される。
訳がわからず、首を捻る。
何をたった10㎞の距離を〈水泳〉することで何をそんなに大袈裟に騒いでいるんだ?
「別にヤケなんか起こしてないですが?」
「じゃあさ、今から何しようと思ってるの?」
「え? 泳ごうとしているだけですが……?」
「大将!こっから岸まで、どんくらいあると思ってやがっ……りますか!?」
「本土で買った観光地情報によると、大凡10㎞ぐらいだったと思いますけど」
「ねえ大将、恐怖で頭がどこかおかしくなっちゃってたりしない?」
「してないですよ。……あっ、そうか。流石に泳ぎ続けるのは自信がないと? 休憩時間が欲しいという事ですね?」
魔族2人総がかりでの質問責めに淡々と答えつつ、期末試験で建物内部を計測した時のように、左腕を突き出して親指を立て左右の目を交互に見開いて距離を測る。
「では適度に橋を支える主塔の土台へ〈登攀〉でして休みましょう。えーっと主塔同士の間隔は約600ⅿだと思いますよ。だから休憩は、最大16回は取れますね!」
「ちっがーうっ!!!!」
「え? ……休憩が欲しかったんじゃないんですか?」
「………ああ、神様……助けて……。……俺……今回ばかりはついていく人を間違えたかも…………」シクシク
「……あの、泣き始めないでもらえますかね?」
「絶対ダメだよこの大将。早く何とかしないと」コソコソ
伝令の全力完全否定に加えて、またオークが頭を抱えて泣き始めてしまった。頻回に泣くオークだ。泣いた赤鬼かよ。
今回は別に寒冷水泳をすることを促しているわけじゃない、離岸流程度のみが脅威レベルのプールと言っても差し支えない泳ぎやすい穏やかな夏の海だというのに。
こんなの小学生だってできるし、今回は着衣水泳を促しているわけでもない。
もしや……カナヅチなのだろうか……?
確かにオークと言えどもプライドが邪魔して、泳げないということが言えなかったのかもしれない。
しょうがない、浮き輪を作ってやるか。手間ばかりかかるオークだな。これだからオークは。
「あのさ、大将のお友達さん。あの人っていつもあんな感じなの……?」
「……。いつもってわけではないですけど……。青空ちゃんは、学校でもこういうところありました」
「やっぱり? 具体的には?」
「実力試験で緊急警報装置作動させたりとか、人を驚かせようとして窓ガラス割っちゃったりとか……」
「うっわ……」
「外から転校してきた都会人だから私達とは違うんだろうなとは思っていたのですけど……」
「これはもう『都会人だから』ってレベルじゃなくない? オークを暴力と暴力以外で泣かせてる人間なんか初めて見るよ??」
「えっと、青空ちゃんは対魔忍なので……」
「え、対魔忍なの? でも大将それっぽい忍法使ってなかったよ? 見てたと思うけど」
「えっ」
「ずっと
「うっ…………そ、それは……。……そんなこと……ないです」
「そうだと思うけど? でも大将は……違うよ。対魔忍じゃない。賭けてもいいよ。発想とかもだけど、なにかが根本的に違う」
少し離れたところで伝令と駒ちゃんが何かをヒソヒソと小声で話している。
いつの間にかに仲良くなっていいことだ。特に悪だくみをしている表情ではないことから、介入の必要はないだろう。〈心理学〉的にあの表情は……怯えて……る?
2人が怯えている主な要因は、きっとエドウィン・ブラックだろう。
わからないこともない。恐れている通り、エドウィン・ブラックは要警戒が必要な高位魔族だ。怯えるのは当然だと思う。居場所が判明して追撃されようものならば、あっという間に私達は敗れるに違いない。
だからこそ早く本土に渡るべきだ。
そのために泳ごうと言っているだけなのに。
私の視線に気づいて、交友関係を深めていた2人がお互いに距離を取る。
裏切りを画策してなければ、別に私は特に魔族と仲良くしても咎めたりしないんだけどなぁ……。高位魔族やオークは別だけど。
さて、と。伝令の背中には翼があることだし、10㎞の距離は低空飛行すれば問題なく渡れるだろう。されど水に落ちた時のことを考えて念のため余分に浮き輪を作ろうと思う。
そしてこんな犯罪者と嫌な思い出しか残らなかった東京キングダムだったが、少しだけいい部分も見つかった。
治安が劣悪なおかげで目のつくあらゆる場所にゴミが散乱しているのだ。
お陰様で簡易的な浮き輪の材料である空のペットボトルが何本も見つかるのは良いところ。ペットボトルは2Lも500mlも口は規格に差がない分、あらゆるペットボトル蓋の代用品になるのは素晴らしい。
「あのー、大将? ウキウキで私達の分の浮き輪を作ってくれるのは有難いんだけど……逆に。逆にね? 大将には『ここら辺にある船を盗んで本土まで逃げる』って発想はないのかな……って、ちょこっとだけ思ったり……?」
ここで申し訳なさそうな顔をした伝令の魔族が、恐る恐ると言った様子で代案を提案してくる。その様子はこちらの怒りを買ってしまわないように色々と配慮がこもっている。
ああ、それは実に名案だ。名案ではあるが……。
「——船、ですか……」
「あっ、いやっ、私としてはもう大将が10kmの距離を泳ぎたい!っていうなら、もう止めないし! 大将の案も良いとわたしは、私は思うけど、ねっ?!ウンッ!思うけど……っ! 船はやっぱり他の派閥から盗むのには労力がいるからさ!うんっ!思いつき!これはちょこっとした思いつき!」
私を持ち上げてご機嫌を取ろうとしているが、やけに歯にものが挟まったかのような自分の意見を押し殺しきれず漏れてしまった言い方だ……。しかしこれは魔族の特性として、力なき者が意見を言うことはあまり許されないのかもしれない。
あるいは意見を言ったが最後、無残に殺されてしまうような現実をみてきたのかもしれない。
私としては他に〈アイデア〉があるならば、考え方を柔軟に保つため案を出してほしいのだが。
ここはもっと異種間コミュニケーションですり合わせるべきなのだろう。
「ああ、大丈夫ですよ。船ぐらいなら調達はできますけど……」
伝令に対しあっけらかんとした口調で、船を盗むという意見を取り入れる姿勢はみせる。
「え!?船の調達できるの!?やったッ!流石、私達の総大将!なんでもできるね!」
「ええ、ただ……」
「ただ?」
「この中で〈(船舶)操縦〉できる魔族や人はいらっしゃいます?」
素朴な疑問を投げかけてみる。
伝令はコロコロと表情を七変化させたのちに駒ちゃんの方を見つめ、駒ちゃんは首を横に振り、オークは絶望的な顔をしている。
もちろん、私も〈(船舶)操縦〉することなどできない。適当に船の操縦桿をランダムに動かしていればいずれ船自体は動くだろうが、停止させる時はそうもいかないだろう。
高速で本土の港へ突っ込んで無事に大破。私たちはコンクリートに投げ出されて、魔族、オーク、対魔忍、探索者製品のもみじおろしとか作りたくないよ?
つまり結果的に泳いだ方が速く、なおかつ敵に発見される確率を最小にとどめることができる〈水泳〉に落ち着くのだ。
「……いらっしゃられないようなのでやはり〈泳ぐ〉しかないですね!」
〈水泳〉案を再び太鼓判した拍子で、露骨に3人とも心底嫌そうな顔をする。
休憩頻度が要因ではないとなると、ここまで嫌がるのはやはりあの水質のせいだろうか? 私は探索者である以上、さほど病気や負傷に関してこの世界の治癒速度を知る機会がなかったのだが……。やはりそこなのだろうか?
3人のために今一度、他に〈操縦(船舶)〉の代用になりそうなものを見渡す。
周囲にあるものといえば、港に運び込まれた資材を運搬するための重機やバックホウ*1、資材運搬に用いられると思わしいバージ船や作業船、コンテナ船、小型の冷凍船ばかりで…………いや。バージ船(
「まったく。泳いだ方が速いのに………。しょうがない。代案で行きましょう」
さすがにこの案は1人では達成し得ないため、てきぱきと指示を送る。
まずは〈隠密〉状態で見張りの少ない適当なバージ船を制圧。
人の身では成し得ない怪力を持ったオークへ機材を積み込むための作業用タラップを設置してもらう。そのまま船を手腕で一時的に固定。
駒ちゃんには大橋の根元で規制線をはっているであろうブラック達の動向を観察してもらい、伝令には機材運搬用の重機械の上で邪魔者が現れないか周囲の見張り役を任せる。
あとは私が駒ちゃんに預けていた工具を用いてバックホウへ〈鍵開け〉を試みてエンジンを点火をさせたら、〈重機械操作〉で操作してオークが用意してくれたタラップの上を渡りバージ船に積み込む。
「さーて、〈水泳〉で本土に渡るよりも時間がかかりそうですが、気長に頑張りましょう」
〈重機械操作〉でバックホウを動かし、ショベル部分をボートにおけるオールのように動かし水を漕ぐ。
簡易的なイカダの完成だ。
「「「…………」」」
「ほら何をぼんやりしているんですか!逃げるんだからさっさと乗ってください」
声掛けで3人も〈泳ぐ〉よりは……とでも言いたげに、各々の荷物を手にバージ船に乗り込んでくれる。オークにも怪力を活かして、船を漕がせるために適当なオールを持たせる。
確実に泳ぐよりも微速だが、東京キングダムから順調に離れることが出来ている。中ご……中華連合4000年の歴史から学んだ船渡の術である。
Twinterの動画で初めて見た時は、目から鱗の現場猫案件だったがバランスさえうまくとればなんとかなるもんだ。
………
……
…
「日葵ちゃーん!」
脱出を目前にして、心のどこかに緩みが出来たのだろう。
陽葵ちゃんの声が聞こえるようなそんな気がする。
「日葵ちゃーんっ!」
近いうちに陽葵ちゃんと心寧ちゃん、鹿子ちゃんと共に川に行くからかな?
今回のオーク、伝令、駒水ちゃんのおかげで学んだことは、必ず3人分のライフジャケットを人数分用意して安全対策を可能な限り施して楽しもう。
心寧ちゃんは大丈夫だろうが、鹿子ちゃんと陽葵ちゃん辺りはなすすべもなく川に流されて行きそうな光景しか思い浮かばない。
「日葵ちゃーん!」
こんな風に。
「日葵ちゃーん!!!!」
陽葵ちゃんの川流れ。
「ひっ!まっ!りっ!ちゃぁーんっ!!!!!」
目を閉じると、断末魔が脳裏にこびりつくヤツ。
「青空ちゃん。青空ちゃん?」
駒ちゃんがバックホウのキャタピラをよじ登って、操縦席の私の服を引っ張る。
その顔はどこか困惑気味で、意識は東京キングダム側にたなびいている様子だ。
「なんでしょう?」
「……私や伝令さん、オークさんの見間違いじゃなければなんだけど、向こう岸に居るの、隣のクラスの日ノ出さんだよね……?」
彼女の指さす方角に意識を向ける。
埠頭の先、朝日に照らされて見覚えのあるオレンジ色の物体が、ウサギの如くピョンピョン跳ね飛びながらこちらに大手を振っている。
「ん? ……んんッ!?」
ショベルで船を漕ぐのを止めて、バージ船の角に駆け寄る。
あのモジャモジャのライオンのたてがみのような癖っ毛、肋骨までの丈しかないオレンジ色のジャケット……。
間違いない。あれは陽葵ちゃんだ。
でもどうして? は五車町に置いてきたはずでは?
両目を瞑って後頭部を掻く。
駒水ちゃんが見えていることやオークと伝令もポカンとした顔で陽葵ちゃんを見ていることから、あれが幻覚ではなく本物であると言える。
もしブラック側の派閥に幻術師がいて、あの姿が幻視であっても陽葵ちゃんに対する解明度が高すぎて一周まわってどうやってあんなTHE 陽葵ちゃんを幻術として見せられるのか解説して頂きたい。
しかも鹿之助くんではなく、あえて陽葵ちゃんを選んで幻術を見せているところが特にポイントが高すぎる。鹿之助くんならやらないけど、陽葵ちゃんならああいうことをやりかねないし、私を誘い出すには十分すぎる幻覚だ。
「……駒ちゃん。服、脱いでもらえます?」
「え」
蛇子ちゃんの私を抱いた発言のせいで、駒水ちゃんが私を”ソッチ側"と勘違いしているような目つきで見つめてくるが酷い風評被害だ。
「少し泳ぎます。その武装難民の服は目立たなくて丁度いいだけです。他意はありません」
手のひらをヒラヒラさせながら、片手で頭を抱えて早く服を脱ぐように促す。
これは大々的に発表して押して行かなきゃいけないやつ?
『私の恋愛対象は男の子です! 女の子ではありません!』『アイアム、ノーマル!アイドント、レズ!』と? 一般的な恋愛対象なのに?
ただし男は男でも男の娘はセーフラインなのも説明が必要になってくるか?
「で、でも……」
「待ってくれ。ありゃ罠だぜ」
「そ、そうだよ!海の中には違法改造された海の魔物もいるって話だよ!?」
3人の反応は動揺と引き留めであり、反応としてはもっともだ。
加えて私はいま親友モドキの幻影の可能性と3人の命を天秤にかけようとしている。
生命1つの重さが同じなら3人のためにバックホウのショベルを動かし続けるべきなのだろう。
既に即席の船は1㎞地点に来てしまっている。ブラック達から逃れられたと確信が得られる場所か?と問われれば危うい位置にいることには変わりない。
しかし〈医学〉的知識を踏まえれば、私はあの埠頭の先端にいるのは幻覚だとは思っていない。ほぼまぎれもない本人だろう。
青空 日葵の目は遠方まで見渡せる素晴らしい視力もっているが、あの埠頭の先にいる陽葵ちゃんは薄くぼやけていて本当にオレンジ色の小さな塊だ。
あれがもし幻覚で作り出された存在ならば、幻覚は私の脳で作り出された虚影であるがゆえにもっとはっきりくっきり見えていなければならないのだ。
「あのオレンジ色の人が、幻じゃなくて本当に知り合いだったとしても、囮とか……。敵の待ち伏せだったらどうするの?」
伝令の言う通り蛇子ちゃんが陽葵ちゃんについて知っていたことから、既にあちら側も知っている線も十分に考えられる。
だがそれならば、なおさらあの時に駒水ちゃんを人質として起用したのか、なぜこのタイミングで陽葵ちゃんを利用しているのか、合理的な説明として思いつかないことや陽動作戦のタイミングのズレが気になる。
私の記憶を読み取った幻影創造でない可能性も存在するが、この類の疑問点や可能性はいくらでも浮上してしまうもの。こうして警戒して考える時間稼ぎこそが敵の目的だとも言えてしまう。
それに私にはアレが陽葵ちゃんだという確証も6割ぐらい持っているのだ。仮にエドウィン・ブラックが私に差し向けた刺客ならば、幻影など見せずに本人が私たちを重力操作を行って引き寄せれば済む話でもある。
第一に平安時代の兵法家ミヤモト・マサシのコトワザにもある『疑いだすとキリがない』
「大丈夫ですよ」
伝令の不安をぬぐうような明るい声を出す。
駒水ちゃんから武装難民の色あせた上着を受け取り、手作りのペットボトル浮き輪を手にする。
手斧で武装難民の衣服を断裁し、海洋を漂うゴミのように〈カモフラージュ〉を施す。
「罠だとしても、最終的に全員殺せばいいのですから」
「」
これは〈心理学〉判断を下さずともわかる。
伝令は絶句している。
絶句しているが、既に行き当たりばったりの段階に移行しているのだ。
探索者としても策や手が尽きた時には、だいたい他の
あとは何を取捨選択するか。状況に絶望・発狂するか。最善となしうる別の行動を取るかの違いだ。
広がりつつある友達の輪がこの世界での私の弱みであることは充分理解している。しかしそれでも、この手で取りこぼさないようにできるならば親友を救いたい。
せっかく転生したのだから、前世みたいに生き残るためだけに、世界を邪神に侵略されない様にするためだけに淡々と友人を見捨て、時には殺してストイックに生きなければならないという制約だってない筈だろう?
「いざとなったら泳いで帰ってください。残りは9㎞ですし、死ぬ気で頑張れば本当に死にますが、浮き輪もありますし……。死亡率はギャンブルの勝率より低いとは思いますよ。そのうち陸にも辿り着けるでしょう」
音もなく青緑色に濁った海に飛び込む。
〈手斧〉と〈改造した釘打ち機〉は当然もっていく。
海の中に魔物が居ようがいくらでも殺してやる。
それに罠なら、彼等は脳に刻まれることになるだろう。
——海にも河童はいるのだと。