対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
「あの……うん……。えっと、本当にごめんね……?」
「ごめんねじゃないよ!!?本当に危なかったんだからな!!?」
上原くんが声を荒げる。
私たちは、あの魔族のお店から逃げ去ったあと、休憩所にある窓付近のテーブルで足を休めていた。あの場から逃げるように去ったあと、途中で半分魂の抜けたようになってしまった彼の手を引いて、適当な座席に座らせ、一息をつくためにお茶を渡したところで彼は正気を取り戻したようだった。
彼いわく、彼女が顔を覗かせたときから凄まじいと称するレベルの高位魔族的な波動(上原くん曰く『瘴気』と言うものらしい)が滲み出るように放たれており、私は平然として話していたが、彼にとっては本当に足が動かなくなって、全身の震えが止まらなくなるほどの存在だったらしい。
「日葵には見えていなかったのか!? あれは本当に危険だったんだって! なんであんなのがこんなショッピングモールにいるんだよぉ……! あんなのは普通は魔界にしかいないらしいし、魔界でもそうそう出会わないような存在だぜ?!!」
「……本当?」
「俺が嘘を言ったことがあるか!?」
「ない……けど……さ……」
彼が両手で頭を抱えながらも、迫真極まる声の覇気から相当危険な状況だったと再認識することが出来る。
それにしても、上原くんが意地でも止めてくれなかったら……。蛇子ちゃんが食べ過ぎてうんこに行ってなかったら……? 間違いなく私は彼女の言葉を鵜吞みにして、好奇心のままついて行ったに違いない。引き止めてくれた上原くんの存在と、食べ過ぎた方の蛇子ちゃんと、蛇子ちゃんのうんこに感謝するばかりである。
「はぁ……。もうあの店に行くなよ……」
「本当にごめんね……」
「いいよ、俺は青空さんがわかってくれたならそれで……」
彼は真夏の車内に放置されたアイスクリームのように、その場で椅子にもたれ掛かりながらドロドロと崩れ落ちる。余程、緊張していたのであろう。もしも彼に骨と皮がなければ、そのまま肉団子のようになって蒸発してしまいそうだ。
「ちなみに……『高位魔族』って……なに?」
……そんな魔族についてなんて、病院にいるときには学んでなかった。確かに『青空 日葵』のノートパソコンの中身からそれらしい情報は見つけてはいたが……。自分は対魔忍とは無縁のクソ田舎へ引っ越しするから、今後は遭遇することもない存在だと思っていたし、あの入院生活や退院後にはオカルトや魔術的なものは目に触れたくなかったし……。……まさか、こんなところで不利益に働くなんてこっちは想像すらしてない。
「……青空さんが入学してきたあと、つい最近にも先生から授業で習ってただろ?」
「……。……忘れちゃってぇ……」
「……青空さんってさ」
「はい……」
「俺が言うのもアレだけどよ……。一見、しゃべり方とか、立ち振る舞いから勉強できるように見えて……そこまで実はできない感じなのか?」
「ははは、何言ってるんですか上原くん。一般知識は人に教えられるぐらいには得意ですよー? 上原くんもよく知っているでしょー?」
「じゃあ、魔族知識は?」
「んー……はい」
「……」
「高位魔族について、教えてください……」
「お、おお、おい……。な、泣くなよ……。そんな責めるつもりはなかったんだ。ご、ごめんって」
彼は、筆記用具を取り出すと机に置かれていた口拭き用ペーパーで高位魔族と呼ばれる種族について解説してくれる。
現在、人間側が認知し設定している高位魔族には、吸血鬼、淫魔族、レイス族、ナーガ族(蛇神族)、鬼族、鬼神乙女の6種類がいるらしい。その他にもはぐれものである高位魔族が魔界から現れることもあるらしいが……。ひとまず最低限、門を潜って人類に干渉してくる可能性の高い魔族と言えば、この6種類が主な種族のようだ。
説明を聞く分に高位魔族とやらは、私の世界でいうところの『グレード・オールド・ワン』……あるいは、脅威度が若干落ちるが『伝統的な怪物』みたいなものだと理解する。これ等は『神格』とまではいかないが、人類にとって十分な脅威的で恐ろしい存在だ。おまけに人間の行動にちょっかいを仕掛けてきたり、個人的に接触を試み信奉者に変えたり、簡単に破滅的な未来を齎してくる。
私が有している知識として、私が定めている脅威度は
・『夢幻の始祖と終焉 > 外なる神=旧き神 > グレート・オールド・ワン > 奉仕種族 ≧ 伝統的な怪物 ≧ 独立種族』
と、なっている。
この表の外なる神、旧き神を まとめて異形の神々と称したり、その異形の神々や奉仕種族には上級の~ 下級の~という細分化がされるのだが……。現状は細分化する必要はないだろう。だって、ここに彼等は居ないのだから。……あれは見間違いなんだ。居るはずがないモノなんだ。
「——とまぁ、こんな感じだな」
「なるほど……かなり面倒な連中ですね。……上原くんは、先ほど出会ったショッピングモールの高位魔族種はどの分類にあたると思いますか?」
「俺の見立てでは……そうだな。……青空さんがチャームの術に引っ掛かってる様子があったから淫魔族かなぁ……って思ったんだけど。でも淫魔族にしては、俺は魅了に掛からなかったし、動けなくなるほどの威圧と気配があって素で怒ったときの蛇子に似てたから、あれはナーガ族かも……」
「ナーガ族……ですか……。ところで蛇子ちゃんって怒るとあんな感じになるんですか? 想像が付かないのですが……」
「おう。まぁ……普段の口調にドスが入って、真顔で敬語を話す感じかな……。……一時期、ふうまの奴がいじめられていたことがあるんだけど、そのとき蛇子が虐めている奴にバケツ1杯分ぐらいの墨をぶっかけて強制的に辞めさせたことがあってさ……」
「墨をッ!?」
えぇ……? いじめを止めさせるために墨汁をぶっかけるって……なかなかないよな。
前世で親友であり幼馴染のような存在だった
……巴ちゃんは、元気かな……。
「虐めてたアイツ……3日間臭いが落ちなくって、逆にクラスメイトから煙たげられてたっけなぁ……」
3日間臭いが落ちなかったぁ!?
販売されている書道用墨汁液ではなく……。まさか、天然の香りを追求して硯で墨を磨りだしたのだろうか? 私も学生時代に書道溶液の墨汁ではなく、墨から錬成したことがあるが……。磨るだけなのに、すごい手間暇と労力がかかった記憶がある……。最後は飽きて、墨を粉になるまで乳鉢と乳棒で粉砕して水で溶かしたっけ……。
そんな手間暇の掛かる貴重な液体をいじめを止めるためにバケツ1杯分貯めて……ぶっかけて…………。凄い……。
「すごい。……私にはとても真似できないです……」
「俺にも出来ねぇよ……」
「私なら直接、ガツンと——」
「言って止めに行くのか? それもそれで勇気があるなぁ!」
「いえ、墨でいじめっ子の頭と墨。どっちの方が固いか試しに行きます。それを蛇子ちゃんはその墨で……平和的に……」
「えっ?」
「え?」
「墨の話……だよな?」
「墨の話……ですね?」
「え?」
「えっ?」
なんだろう? 何か私はおかしなことを言っただろうか……?
でも、墨と言えば習字か、キャンプで火起こしか、
でも、やはり……キャンプで? 熱した墨をぶっかけた……? ちょっと小中学生でそれはバイオレンス過ぎないかな……? 3日間臭いが落ちなかったのって……皮膚が焼けただれて? ……蛇子ちゃん、外見に寄らずアグレッシブ……。
「……ちょっと蛇子ちゃんに詳細を聞きたくなりました」
「それじゃあ、帰りの電車で聞いてみるといいぜ! 蛇子の中で一番思い出深いと思うからな!」
「そりゃぁ……ねぇ? そんな手間暇かけたら……そうなりますよね」
「手間暇……? ……え?」
「え?」
「えっ?」
「えっ?」
「「え???」」
今日も、こうして平和な
~あとがき~
今後、登場する神話生物の種族名は使用せず その神話生物を象徴するような二つ名を使用していきます。(例:夢幻の始祖と終焉)
閲覧者兄貴姉貴達は、この物語の中で神話生物たちのちょっぴり怖いけど神秘的な存在感を感じてください。
~補足解説~
対魔忍に疎い方への解説 『Episode8』から登場している『相州 蛇子』ですが、彼女は対魔忍の忍法として自身の下半身をタコの足のように変化させることができます。彼女の能力として、タコっぽいことなら何でもできます。
……これで対魔忍未履修の兄貴姉貴達も『上原 鹿之助』と『釘貫 神葬』がどういったすれ違いを引き起こしているのか、分かりやすいと思います。