対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。   作:槍刀拳

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26章 『対魔忍世界の夏休み』(後篇)
Episode186 『礼儀作法』


 

「……。…………。……」

「…………! ……。……」

「……、…………」

 

 今日は階下のリビングに誰かが来ているようで、何か色々とおしゃべりしているのが聞こえる。

 直通で私の元に来ていないことから、前回のインフルエンザの際にお見舞いに来てくれた陽葵ちゃんや鹿之助くん、その他の五車学園の友達ではないことは確定している。しかし具体的に誰が訪問しているかはまでは知らない。

 〈聞き耳〉で会話内容も盗み聞く気も起きない。

 

「何時……? ……まだ午前11時……

 

 枕に顔面を突っ伏して、行き倒れたあげく装備と貞操を奪われた女冒険者みたいな恰好のまま部屋のベッド上で力尽きていた。

 

「…………」

 

 何もする気が起きないし、もう数日寝ていたい。

 次の日程にある川遊びのためのライフジャケット4着は購入して届いているし、たまには冷房をガンガンに効かせた部屋で惰眠を貪るだけの時間があったっていいはず。

 そもそも数日前はショットガンみたいな下痢をしたのだ。そのせいで満足に寝られていない。

 腹の激痛で飛び起きたらトイレに駆け込む。水様か泥状の出すものを出す。たまに何も出ない。布団に沈み込む。ずっとこの繰り返しである。だから下半身はショーツ1枚だ。ああ、尻が辛かった。焼ける。今もちょっと焼けている気がする。

 されど東京湾を〈水泳〉したことによる大腸菌による下痢にしては、口からボーマー状態や発熱が見られないこと。腹痛でトイレに駆け込んでいるのに便秘の症状もあること。発症までの潜伏期間があまりにも短すぎるため、〈医学〉的に診ればストレス性の過敏性腸炎(下痢タイプ)あたりだろう。

 

「Zzz…」

「…………青空ちゃん……?」

「……ふぁっ」

 

 ベッド上でうとうと傾眠していたところに聞き覚えのある声で意識が覚醒する。

 枕から顔を側面に向けてみれば、部屋の中にショルダーバッグを携えた駒水ちゃんが心配そうな顔をして立っている。

 

「ぁぁ…………駒ちゃん……? いらっしゃい、気づきませんでした……いつ入ってきたのですか……?」

 

 みっともない格好だが取り繕う暇もなく、上半身をゆっくりと起こして肌着にショーツ1枚という格好で出迎える。

 

「さっき……ですね。実は私の両親と青空ちゃん家に来てて……。青空ちゃんのお母様が青空ちゃんを呼んでくださったのですが、来られなかったので、許可をもらってお部屋の方に。入るときはちゃんとノックしたんですけど……」

 

 彼女はチラリと1Fの階段方面へ視界を向ける。

 ああ、階下から聞こえて来ている声って駒ちゃんの御両親だったわけか……。

 

 …………ご両親同伴……?

 

 …………なぜゆえ……ご両親同伴?

 

 再び眠気が一気に吹き飛ぶ。

 

 ご両親同伴でなぜ!?

 

 初めての出来事とあまりの出来事過ぎて目が点になる。

 スーパーボールが跳ねるみたいに布団から飛び起きて、有事の際に目を覚ますための、カフェイン錠剤を口の中にぶち込んで無理矢理意識を覚醒させる。

 

「な、何故?!」

「なぜって……」

 

 下着と寝間着状態はさすがにまずいと思い、最低限駒水ちゃんの御両親に見られても恥ずかしくない青空一族に恥をかかせない服装を纏う。

 わたわたと着替えている間に、駒水ちゃんは荷物を出入り口の脇において、私の元までゆっくりと歩み寄って来る。

 それからフローリングの床に正座をして、三つ指をついてお辞儀を………………?

 

「青空ちゃん、いえ青空 日葵様。この度は、わたくしを助けていただき誠にありがとうございました」

 

 深々と……それこそ奥ゆかしい大和撫子のように綺麗なお辞儀で頭を下げられる。

 お辞儀だけで滲み出ている育ちの良さ。

 

「は、へ?! あっ! あっあっあっ!?」

 

 まるで五つ星和風旅館でしか見ないようなお辞儀に加えて友達からフルネーム+様付けで呼ばれる事態にほだされ、こちらも挙動不審な動きで駒ちゃんに釣られるように目の前で正座する。

 

「青空様が東京キングダムでわたくしめを助けて下さらなければ、あの闇の者が蔓延る街で生涯を魔族どもの所有物として弄ばれ続けたと思います。この御恩、一生忘れることはございません」

「あ、ああ、その件で……」

「はい。私、青空様に助けて頂いたのに東京キングダムでも、東京でも、五車町に帰って来てからも、何もお礼も告げず……。申し訳ございませんでした」

 

 駒ちゃんは度肝を抜いてくるほどの敬語で、頭をさげたまま謝罪も付け加えてくる。

 これにはこちらも彼女の後頭部から左下へ目を逸らす。

 あまりにも丁寧なお辞儀に圧倒され続けてしまったが、別に大したことはしてないとは思う。前世では毎度の如く、友達“が”厄介ごとを持ち込むことなんて日常茶飯事だったし。

 エドウィン・ブラックと高位魔族の蛇子ちゃんに人質にされていて助けなければならないと思ったから奪還しただけであって……。

 前世では割とよく遭遇する事案。一生、恩義を感じてもらうほどの事じゃない。それに一時的に敵対関係になりかけたが、生きてちゃんと正気に戻ってくれたのであればそれだけで十分だ。

 

 おかげで私はこの世界でも、また友達を手にかけることなく済んだわけだし。

 

 むしろ私と五車学園で友人関係を築いてしまったがゆえに、あの高位魔族の目標に定められてしまったこと。

 東京キングダムを脱出する間際まで、エドウィン・ブラック側に寝返ってアンブッシュしてくるのかと、友情を信じられず猜疑心に駆られて怪しい表情を見せた時は牽制していたこともあったし、謝らなければならないのは私のほうだろう。

 

「いえ!こちらも、巻き込んで申し訳なかったと思います……ごめん——申し訳ございませんでした」

「そんなっ!頭を上げてください!青空様に非はございませんのに!」

 

 土下座の風圧が駒ちゃんにも伝わったのだろう、こちらを確認した駒ちゃんの——頭頂部つむじの方角から声が聞こえてくる。

 それに非は無いと言ってくれているが……。社交辞令が上手だな。

 

 東京キングダムでの出来事を少し思い返しても……。

 人質の原因を作ったり。脅したり。怯えさせたり。裏切りを誘発させたり。争いに巻き込んで窒息死させかけたり。蛇子ちゃんとの追走撃(チェイス)の過程でゴミ箱に押し込んだり……と。あの高位魔族から奪還したことを差し引いても非そち*1なのは私のほうだったし……。

 土下座の姿勢から、少しだけ顔を上げて駒ちゃんの様子を伺う。駒ちゃんは三つ指を着いた礼儀作法のお手本のような姿勢のまま顔のみを私の方に向けている。

 

 その表情は私に非があることなど、一切認めていないような困惑しきった表情だ。

 

 ……社交辞令にしては妙な表情だな?

 

 一旦、土下座の状態から頭を上げて、駒水ちゃんにも頭と体を上げてもらう。

 

「……じゃあ」

「はい!」

 

 間髪入れない大きな返事に、いつもとは異なるかしこまった彼女に少し押され気味になるが……なんとか平常心を取り繕う。

 

「別にそんなかしこまった言葉遣いじゃなくてもいいですよ。洋館事件前の時みたいに青空ちゃん呼びとか、いつも通りの口調とか?」

「承知いたしました」

「承ち——うん。うん……

 

 両目を瞑って、後頭部を掻く。

 いつもだったら『わかりました』って言ってくれてたんだけどなぁ……。

 あと、もうちょっと、落ち着いた返事って言うか、少し間を置いた返事だったのが、なんかこう……。

 この状態は私が魔族を率いた時の、怯えを差し引いた魔族側の反応みたいになっちゃっているんだよな……。

 ダメなのかな……。駒ちゃん、学校の先輩方や先生の前でもこんな感じなときとかあったし、なんかスイッチ入っちゃってる感じなのかな?

 

「……あ、そうだ。対魔忍組織から何か連絡の方はありました? まさか、昨日の今日で無茶振りとかされてたりしません?」

「……無茶振り……というのは?」

 

 あっ!それ!いつもの反応ッ!!!

 答えに迷った時、少しだけ間を置くそのしゃべり方!

 思わず心の中の私が、黄色のインナーに赤橙色のダウンジャケットを羽織った坊主頭の髭面ラテン系外国人が人差し指を立てて満足した笑顔を向けるネットミームのような姿になる。

 

「無茶振りというのは……その、駒ちゃんは対魔忍だから、また捕われちゃうような……危ない任務に着けとか言われてない?ってこと、ですかね?」

「……そういった話は特に回って来てないですね……。でも……」

「でも?」

 

 膝の上で握りこぶしを作る仕草で、少し言葉に詰まっている。

 

「でも、今回の一件について“報告書”を作るように言われていて……」

「あー」

 

 駒ちゃんの言葉に少し納得したような共感するような声が上がってしまう。

 きっと表世界で言うところの研修報告書とかインシデントレポートを踏まえた書類関係だろう。

 わかるわかる。私も大学卒業して新社会人で働いたときはよく書かされたものだよ。

 あれはクッソ面倒くさかった。研修に行かないで普通に働いている方が私には性に合っていた。対魔忍は外部で仕事を済ませ情報や成果を持ち帰って来る以上は、常にそういう報告書を当事者の本人が作成しなければならないのだろう。

 

 肉体労働して“公式”書類も作成しなきゃいけない……。

 うわー!やっぱ、責任ばっかり押し付けられる対魔忍って面倒臭い職業だわ! お賃金がどれくらい貰えるかわからないけど、総支給額から所得税やら住民税やら社会保険料、年金などなどの税金差し引きしたり、時には人権喪失、命がけという点を考慮したらどう考えてもドブラック企業臭しかしねー!

 3Kブルーカラー*2も文字通り真っ青だよ!

 

『対魔忍って、月収・年収いくらなの?』

 

 って聞きたーい!

 

 福利厚生とかも根掘り葉掘り聞きたい。

 

 特に対魔忍という職業の専従職員が『労働者』とは異なることと定義されて、賃金がちゃんと支給されていない事態になっていないかどうか心配でならない。ただ表立った職業ではないのは明らかだから、民間企業ではなく公務員ではあるだろうけれども。

 公務員ですらなかったら、ブラックを超えたダークネスな組織だし労働者が守られる未来が想像できないのでせめて公務員であって欲しい(切実な願望)。

 ……とても心配だ。就労に慣れていない学生のうちは特に。世の中はマッポーだし、見習いのため割安賃金支払い・試用期間中(卒業するまで)とかありそう。

 

 両目を瞑って、後頭部を掻く。

 

 かといって年収が高すぎると今度、各種税金なんかでガッツリ給与から控除されるからなぁ。そしてその差し引かれた税金は懐裏金やらパーティ券やら不法滞在難民などで消えると。汚ねえ世界の税金の使い道が、みえるみえる。きっと現在(いま)前世(むかし)も大して変わらないし、より酷い現状も透けている。

 荒稼ぎ中の私が言えた義理はないが何事もほどほどの平均年収が一番なのだろう。でも対魔忍の場合、平均年収よりちょっと+程度ではわりに合わない・務まらないだろうし。

 そもそも学生が離職率*3の高そうな対魔忍やっている方が、よっっっっっっっぽどおかしな話なんだけどさぁッ!

 

 ぜったいに対魔忍になりたがってる陽葵ちゃんを他の職へ誘導、斡旋してやるぅー!!!!

 この機に駒ちゃんも辞めさせちゃおうね。対魔忍。

 

「その報告書なんですけど……」

「……作るの、手伝いましょうか?」

「いいんですか!?」

「うん。私は一般人だから、そういう報告書に出しゃばっちゃいけないんだろうけど……報告書お決まりの書き方やテンプレートや例文ぐらいなら手伝えると思う。それに駒ちゃんは、五車学園のクラスでのけ者な私と関係を持ってくれた友達だしね」

 

 水を得た魚のように目を輝かせる駒ちゃんの熱い視線を一身に受けながら、本棚からいくつかの参考資料を持ち出す。いずれも半世紀以上前に出版された絶版書ばかりだが、どれも有用で私が新卒の頃にお世話になったものだ。

 本をいくつか選別している間に、駒ちゃんは階下の御両親に報告を済ませる。

 それから私の部屋の出入り口に置いたショルダーバッグを持ってこさせて、彼女を適当な座布団に座らせる。

 

*1
非はそちらにある

*2
キツい・汚い・危険が揃った肉体労働系職業のこと

*3
失踪者も含む




~あけましておめでとうございます(遅め)~
 新年早々から税金の話なんて嫌になっちゃいますね!

 鹿之助くんの新立ち絵をTLで見ました。
 鹿耳がかわいいですね。
 ふさふさ軟骨をはむはむ深呼吸しそうなオリ主。
 オリ主設定と類似した黄緑色の虹彩をしていて喜ぶ作者。
 でもフォルムをよく見たらタケミカヅチそのものでした。五車祭あたりで実装されるのかな? 神村 東(ヴァンパイア仕様)の回想で青年連呼していたらしいけど鹿之助くんは来れるかな……?

 最近原作はイベント消化と無気力にかまけているせいでストーリーが追えて無いのをなんとかしたい。
 あと同時に絶望的な情報も開示されてましたね……。悲しみ。

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