対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。   作:槍刀拳

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Episode193 『五車町の夏祭り(前編)』

 

 ニュータウンとして定められている割には五車町の夜はひどく静かだ。

 静かと言っても都心部のように人々の喧騒の声や、電車などの騒音がしないだけであって野生生物——山鳩や蛙、鈴虫の合唱祭はある。人によってはうるさいと感じられるだろうが、私がこの鳴き声に対してうるさいと感じられなくなったということはこの五車町での生活にも慣れた証だと思う。

 

「よっこいしょ」

 

 自室の窓台によじ登って、壁に寄りかかるようにしながら窓の外の五車町を眺める。

 人が住んでいることを示す人家の灯りが川の沿岸にそって立ち並び、クリスマスツリーのイルミネーションのように瞬いている。

 

 夏休み期間中にいくつも新たに加わる課題に追われながらも、今日は鹿之助くんたちと稲毛屋に遊びに行った。鹿之助くんに稲毛屋のソフトクリーム以外を奢り、私は稲毛屋名物の御菓子類は避けて駄菓子ばかり頬張ったっけ。

 相変わらずあの店主の婆さんはいけ好かなかったけど、直接的な実害があるわけではないので表面上の付き合いはする。いずれ“稲毛屋のソフトアイスクリーム”は成分分析をかけるつもりだ。

 

 特筆することもない日常をいつも通り綴って、今日はこれからが重要な要になる。

 

 『新クトゥルフ神話TRPG』249頁と『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』の236頁を開く。

 どちらの書物も私に関する説明書の“とある記述”がなされており、綴られている内容は禁忌に至る御業の数々が記されている。この書物が私に関する内容だというならば、この禁忌も私は実現可能なはずなのだ。

 本来であれば触れるべきではない悍ましき所業の数々。

 しかし私の周りを取り囲む敵対関係者を考慮すると悪魔の御業であったとしても、それに触れておかねば五車町の友人達を護ることができないところまで来てしまった。

 それに私がここに記述されている役に立つ禁忌の1つでも覚えていれば、駒水ちゃんの《記憶を曇らせる》ことで嫌な出来事を二重封印するに至ることができたのかもしれない。

 

 ()()()私が撒いた種なのだ。

 私が責任をもって友人を護る義務と、退ける必要性と、責務がある。

 

 

ピンポーン!

 

 

 決意を固めて内容を理解しようとしたところで私の家のインターホンが鳴らされる。

 時計に視線を移してみれば時刻は18時。これから夕食だという時間に人が訪ねてくるとしても配達員ぐらいなものだが、幸いにも私は出る必要はない。青空日葵の実家住みである以上、来訪者の対応については母親である青空 八雲が担ってくれる。

 

「…………」

 

 …………されど念のため、襲撃者を見通して〈改造した釘打ち機〉を傍らに寄せておく。

 常に襲撃者が〈隠密〉状態で侵入してくるとは限らない。時には押し入り殺人という大胆な犯行だって考えられる。

 

コンコンコンッ

 

「ひまりー。日ノ出ちゃんが来ているわよ」

 

 身構えているところに部屋の戸がノックされ、穏やかな母親からの言葉に一気に気が抜ける。

 窓の外から玄関に視線を移してみれば、玄関部の(ひさし)から陽葵ちゃんが顔をひょっこり出して満面の笑顔のままこちらに手を振っている。

 

 ほらー、もー。お母さん……。

 

 一番の問題児に『いつでも来ていいわよ』*1なんて言うから、こんな時間に陽葵ちゃんが遊びに来ちゃったじゃん。てか1度しか家に遊びに来たことがない筈なのに、どうして迷うこともなく来れたんでしょうね? これが現代っ子の記憶力か?

 

「はぁ……今、行く」

 

 説明書2冊は本棚の中へ。〈改造した釘打ち機〉は机の二重底に隠して部屋を出る。

 部屋を出てきたところで母親が微笑んで少し嬉しそうな顔をしている。私、釘貫 神葬が青空 日葵へと転生する前では彼女は友達がいなかったようだし、友達がこうして来ている環境の変化がよほど嬉しいのかもしれない。

 だとしても。だとしてもだよ? この時間に女の子が1人で遊びに来るのは、どうかと思うんだよ。五車町が都心部と比較して犯罪件数が極端に少ない安全地帯だからと言って、そのぐらいの分別はつけるべきだと思うんだお母さん。

 

「はーい……」

 

 階段を降りて玄関に向かう。

 そこには陽葵ちゃんの姿が——

 

「日葵ちゃん! お祭りに一緒に行こ!」

 

 先ほどは庇で見えなかったが、浴衣を纏った陽葵ちゃんが……。

 

 やっぱりオレンジ色は陽葵ちゃんのMy カラーなんだね。まえさき市で痴女服ではない普段着を買った時もトップスにオレンジ色を好んでいたし……。浴衣もベースカラーはオレンジで統一してるんだ……。

 あと浴衣の太陽紋様、陽葵ちゃんっぽくて好きだな。

 …………口に出したら大変なことになるから言わないけど。

 

「いや、いいかな……やらなきゃいけないことがあるし……」

 

 せっかくの誘いだが、早々に一蹴する。

 嬉しい申し出ではあるが、今日はやらなければならない禁術の取得研究があるのだ。お祭りなら、また来年あるし別に急いでいかなければいけないものでもないし……。

 

「どうしてー!?」

 

 悲嘆の声が玄関に響く。

 どうして?じゃないんだよ。やらなければならないことがあるって言ってるでしょうが!

 陽葵ちゃんは引くことも覚えようね。全力でゴリゴリに来るのはいつも驚かされるよ。

 あの高位魔族の蛇子ちゃんですら3回ほど床の味を覚えさせたら、引くような別のやり口で私を攻めてきたよ?

 でも、その強気の押しは嫌いじゃないんだけどね。

 

「だから、やらなきゃいけないことがあるんですってば。だから出かけられないって言うか……お祭りに誘うなら、私とじゃなくても心寧ちゃんとか、持田ちゃんとか、陽葵ちゃんの交友関係なら他にいっぱいいるじゃないですか」

「心寧ちゃんは鹿子ちゃんとお祭りに行っちゃったし、持田ちゃんは登山に出掛けているから今日は居ないの! 私は日葵ちゃんとお祭りに行きたいから誘いに来たんだよ!」

 

 うっわ。めっちゃゴリゴリくる。めっちゃゴリゴリくるじゃん。

 前世では一緒に出かけることに対して、こんなにも人から誘われたことが無いから嬉しい反面。驚愕も大きい。

 しかもお誘いの言葉に裏がそんなにないことも衝撃がデカい。陽葵ちゃんは人のことドサクサに紛れて生贄にしようと画策したりしないもんね。そういう面ではある意味安心できる。……えっちなことは除いて。

 これには片目を瞑って後頭部を掻いてしまう。陽葵ちゃんの表情は、どうして断られてしまったのかよく理解していない——否。どうしても私を祭りに連れ出したい強い意思が感じられる。

 

「いいじゃない。いってらっしゃいよ」

「そうだぞ日葵。せっかくこうして親友の陽葵ちゃんが誘ってくれたんだ。行ってきなさい」

 

 突然の背後からの男女の声。

 驚いて振り返れば、青空日葵の父親と母親が、まさかの陽葵ちゃんの味方に回っていた。これには目を丸く見開いて信じられないと言った表情になってしまう。

 

「日葵ちゃんのお義父さん、お義母さん……!」

 

 いやいやいやいやいやいやいや。

 そこは、どちらかは娘の肩を持ってくださいよ。両親が2人とも肯定的だから、陽葵ちゃんの目がキラッキラッになっちゃったでしょうが。夕日が反射する河川の光みたいになっちゃっているでしょうが。浴衣の太陽紋様みたいなサンサンとした輝きを私に浴びせてきているでしょうが!

 そもそもこんな夜の時間から女の子2人で、夜の祭り会場へ遊びに行かせること自体どうかと思うんですが???

 

「よ、夜に、女の子2人で祭りに出かけるのって危なくないかな?」

「大丈夫だよ!日葵ちゃんに襲い掛かって来る悪漢は私が倒しちゃうからね!」

「陽葵ちゃん。あのね? 行きは良くても帰り道もあるんだよ……?」

「なら電話しなさい。父さんが迎えに行ってお友達も送って行ってやるから」

「本当ですか!お義父さん!ありがとうざいます!!!」

「で、でも、浴衣とか持ってないし、今の格好も面白Tシャツ*2に短パンだし、ほら浴衣があっても浴衣って着付けとかで時間がかかるってネットで見たことが——」

「ならお父さんの半襦袢を着て行けばいいじゃない。この前*3も男装して帰ってきたんだから名案だと思うけど?」

「私は男装でも大丈夫だよ! 日葵ちゃんの男装カッコイイし!」

 

 3対1、集団心理の特性で、たちまち私が〈言いくるめ〉られる側になる。

 

………

……

 

 最終的に——

 

「はーい、行ってきまーす」

「電話してくれたらすぐに迎えに行くからな」

「日ノ出ちゃん、うちの日葵をよろしくね!」

「はいっ!安心してくださいお義母さん!日葵ちゃんは私が絶対に守ります!」

「あら~。それならとても安心だわ~」

「いつも私が守っている側なのに、どうしてそんなに自信満々なんですかね~?」

 

 元気と自信だけは一人前の陽葵ちゃんに引きずられる形で、実家をあとにすることになるのだった。

 

 五車町の夜道は街灯がすくなく、五車町の中心部まで行かなければ灯りらしい灯りは民家の蛍光灯の光ぐらいなものだ。

 私の実家は田んぼ側の一軒家であり、街灯がなければガードレールもない土舗装の地面の1本道を歩いていくことになる。

 最終的に私の服装は父親の紺色の半襦袢と下駄を履く服装になった。下駄の歯によって身長がかさ増しされることになり、いつもよりも視界が広くとれる。それにこの下駄は『裸足のゲン』で描画があったようなブラスナックルの役割も担っている。

 普段なら陽葵ちゃんとほぼ同じ身長(彼女の髪の毛のモジャモジャ具合から、若干陽葵ちゃんの方が身長が高く見えるが)なところ、今日は私の方が彼女よりも目線が高い。男装と言えば男装だ。

 

「それでお祭り会場は何処にあるんですか? そもそも本当に祭りがあるんでしょうね? これでホテルに連れ込んで『このホテルが酒池肉林の祭り会場だー』とか言い出したら、流石に陽葵ちゃんと言えどもグーでぶっ飛ばしますからね?」

「もー! そうやって疑うんだから! ちゃんとしたお祭りだよ! 会場はあっちで山の方!」

 

 彼女が指を指した方角に視線を向ける。

 確かに山の麓から、中腹部にかけて提灯のぼんやりとした光が一直線に伸びているのがここからでも見える。

 

「回覧板でこの日にお祭りがあるよ!って回ってきたでしょ?」

「あー……。回覧板系統はお母さんに任せているので……私は見てないですね……」

「それならしかたないね! でもそれならなおさら誘ってよかったー! 私が迎えに来なかったら、日葵ちゃん秋までお祭りがあるの知らなかったでしょ?」

「五車町では秋にも祭りがあるのですか?」

「そそ! 秋だけじゃなくって、春夏秋冬にそれぞれ1回ずつお祭りがあるかな~?」

 

 こんなニュータウン(笑)な五車町がそんな活発な地域活動を営んでいることを知って目を丸くする。夏祭りは私の地元でもあったし別段驚くこともなかったが、春と秋は聞いたことも参加したこともないがゆえに、どこか新鮮さがある。

 

「へぇ……! ちなみにどんなお祭りなんですか? 興味が湧いてきました……!」

「秋はね。ハロウィンイベントって言うのがあって」

「あっ」

 

 秋のお祭りイベントがハロウィンという話を聞いて、一瞬で私の中の好奇心がスンッと穏やかになる。

 

「冬は、五車神社で初詣!」

「はつもうで、ですか……」

 

 ありきたりのイベントの開催情報に、私が話題を振っておきながら興味が薄れていく。

 ハロウィンと初詣自体の文化なら、50年前でもあったし参加したことも何回かはある。目新しさはないが、確かにあれらもお祭りごとと言われれば、お祭りであることには違いない。

 

「春は、春祭りがあるんだよ!」

「ふむふむ……。春祭りは具体的にどんなことをするんですか? パン祭りとか?」

「違うよー! みんなで桜の花の下で宴会を開いたり、春の息吹を感じよう!とかで花見をしたりかな!」

 

 【悲報】全部、知っているイベントだった。それは花見っていうやつかな?花見だよね?

 社会人として働き始めてしまってからは、めっきり参加しなくなってしまったイベントではあるが、いつもお茶の間には流れては居たので知っていることには知っている。

 

「……ほぉん」

「日葵ちゃんはどのお祭りが好き?」

「私は……夏祭りか、初詣ですかね。五車町での夏祭りは初めてですが、祭囃子を聞けば気持ちが晴れ晴れとしますし、初詣は来たる新年に対して平穏であることを祈る大切な行事ですから」

「じゃあ、今日は来てよかったと思う日になるよ! もうっ。夏祭りが好きなら、なんで行きたがらなかったの?」

「やらなきゃいけないことがあったんですってば」

「やらなきゃいけないことってどんなこと?」

「……やらなければならないことです」

 

 いつものように、こちらを覗き込んで色々質問してくる陽葵ちゃんに淡々と返事をする。

 やらなきゃいけないことについては、嘘を告げる訳でもなくぼかす形で答える。

 夏休み初日にも考えたことだが、陽葵ちゃんは好奇心旺盛で嘘をついてもその嘘に畳みかけるように新しい質問を乗せてくる。いずれボロが出るぐらいなら秘密は秘密にしているのが一番だ。

 このやらなければならないことについては、口が裂けても言えない。行き先が東京キングダムの時のように気軽に話していい事ではないのだ。

 

「やらなければならないことっていうのは……例えば?」

「いずれ必須になるので成しとけなければならないことです」

 

 こんな感じに。

 このように質問を変えて私に色々聞きたがるのだ。

 

「私の今夜の日程に関しては、これぐらいにしましょう」

「うーん。日葵ちゃんが何をしたがってたのかすごく気になるけど……」

「いいじゃないですか。今日は夏祭りに行くのですから、今や重要なことではないです」

「そうかなぁ? いつも嫌な時には1回は渋るけど、今日はたくさん渋ってたし……そんなに日葵ちゃんがしたかった重要なことってなんだったんだろう?」

 

 陽葵ちゃんが怖いことを言いだす。

 今まで私が正面を向いていたのに今度は陽葵ちゃんが正面を向き始め、私が陽葵ちゃんの顔を見つめる。

 私が〈心理学〉で友達の反応を窺っているように、陽葵ちゃんも私の反応や仕草から私の本心を見抜いていそうで怖い時がある。

 

「えっと、では私も聞きたいことがあるのですが……」

「なになに! 何が聞きたいの!?」

「年4回あるお祭りの中で、陽葵ちゃんが好きなお祭りについて興味があるのですが……どのお祭りが好きなんですか?」

「私は日葵ちゃんと一緒で夏祭りが一番好きだよ! お祭りの中で盛大に開かれるし色んな屋台が出るんだー!」

「ふむ、どんな屋台があるんですか?」

「お面屋さんでしょ。射的屋さんでしょ。くじ引き屋さんでしょ。綿あめ屋さんでしょ。焼きそば屋さんでしょ——」

 

 つらつらと指を折りながら、どんな屋台があるのかラインナップを上げてくれる。

 だいたい浅草神社で開かれる三社祭のような屋台の数々が出店として五車町でも開かれるようだ。

 彼女が屋台について話してくれている間に、笛太鼓の祭囃子が聞こえてくる。

 

 

*1
Episode122

*2
面白Tシャツ『異世界人』

*3
東京キングダム帰還日




~あとがき~
 ビックイベントだというのに、なぜ日中稲毛屋で遊んでいるはずの鹿之助くんやふうま一行が夏祭りにオリ主を誘いに来ないのか。
 代わりに陽葵ちゃんが夏祭りに誘いに来てくれたのかは追々……。

 それはそれとして、いつもオリ主を誘いに来てくれてありがとうね。陽葵ちゃん。
 陽葵ちゃんがいい塩梅に鹿之助くんグループでは成し得ない動きをしてくれるので、作者は超助かってる。
 オリ主を対等に扱ってくれているからだね。
 これからもオリ主を色んなところに連れ回してほしいね。

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