対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
コホン。いろいろハプニングは起きたものの死人は出ていない。
ただし鹿之助くんの背後に隠れて私の逆鱗に見事に触れてしまった綴木さんには、ちゃんと襟首を引っ掴んで鹿之助くんの背後から引き摺り出して普通の組手を受けさせた。
ちゃんと型も雷家流のものから、東京キングダムでオークを惨殺した時の構えで手加減した。
今では組手も終わった。
彼女は私の正面で俯き正座をしながら、総評が下されるのを説教を待つ子供のように待っている。
「さて綴木さんの総評ですね。まず相手に精神攻撃を仕掛ける時は仕返しをされないときに存分にするようにしましょう。精神攻撃自体は戦術として有用なのですが、行った後のアフターケアは忘れずに。今回は脅し程度のつもりだったのですが、このように報復される危険性があるので利用には注意が必要です(2敗)」
「はい……」
「でも勝てない相手には逃亡する。この判断は素早かったですね! 素晴らしいことですので自信を持ってください。実技テストの組手では役に立ちませんが、日常生活では役立ちます。……でも逃げ込む場所は考えましょうね?」
「はい……」
「肝心の組手ですが……」
両目を瞑って後頭部を掻く。
組手における彼女の良かった部分は正直に言えば、何もなかった。戦術も攻撃手段もド素人レベル。鹿之助くんのような両手ぐるぐるパンチや陽葵ちゃんのような力技による組み伏せや連続攻撃のような技は一切見られなかった。
ただの〈こぶし〉。鹿之助くんの時みたいに一発、二発……四発ぐらい殴られて威力を確認してみたけど、鹿之助くんよりもより貧弱な……脆弱な一撃だった……。
「…………すごく。すごく伸びしろがある段階ですね! まだ初期段階、パソコンで例えるならセットアップが終わった新品と言えばいいでしょうか。これから組手の技術を高めたいのなら喜んで相手になりますし、これから覚えることはたくさんあってテストの時には一通り合格ラインには達成できるように頑張りましょう!」
「ぐふぅっ……。青空センパイの鬼……。悪魔……。逸般人……。運動は苦手って言ったのにぃ……」
彼女は正座の状態から五体投地するように力なく前のめりに倒れる。
なんとか精一杯のフォローをしたつもりなのだが……。片目を瞑って後頭部を掻く。
彼女にとっては訓練に付くと言ったことがよほど嫌だったのかもしれない。でも彼女の技術はそのレベルなので経験を積んで強くなってもらうしかない。
過去の神話的事象の中には国民的アイドルの人気性を妬み、アイドルを喰らうことで外見をアイドルに化けた人物が居たものだが……。技術力は人を食った程度で付与されないのと同様に、組手も同じことが言えるのだ。身体に定着させることも踏まえて、こういうのは場数を踏んで成長するのが最も手っ取り早い。
「あー、えっと、こんな時どんな風に励ましたらいいのか……。大丈夫です。運動が苦手なら運動以外の方法でも組手の型は一通り習得可能なので、綴木さんはその方針で鍛えてみます?」
「運動じゃないなら……」
土下座のように背中を丸めながら呟く彼女にどのように組手を習得させるか、空で絵を描く。やはり映画『ベストキット』のような日常生活の中で習慣的な動きをさせて咄嗟の時にその動きが出るプランで計画資料を作るべきだろう。
普段の出来事として物が落ちた時に足を突き出して落下物の衝撃緩和をする人が、包丁を落とした時も反射的に足を突き出してしまうようなクセを組手の一環として習慣づけさせる。
よし、そんな感じで彼女の組手の強化プランは定まった。
「鹿之助くん、陽葵ちゃん、綴木さんも。組手における一番大事なことを教えたいので集まってもらえますか?」
3人への指導が終わった後は、綴木さんの一件も踏まえて話しとかなければならないことがある。
部屋の隅で見取稽古をしていた2人を手招きして呼びよせて近くに座らせる。
綴木さんも上半身を起こして、正座から安楽な座り方に足を崩してもらう。
「ええと、いま3人と組手をしたと思うのですが絶対に忘れないでほしいことがあって」
「忘れないでほしいこと?」
片目を瞑って後頭部を掻きながら、呟くように。
気落ちしているような冷静な声色で伝える。
「はい。これはあくまでも実技テストの対策を目的とした組手のみで、実戦では使わないようにしてほしいんです」
私の言葉で3人がお互いに顔を見合わせている……と思う。
うつむいていたせいで表情は見えないが、下半身の身じろぎでそんな雰囲気は伝わってきた。
きっと疑問に思っているはずに違いない。学園にて授業の一環で組手を教えてあの東京キングダムのようなマッポーな都心部で備えを整えているのに、私がなぜ『実戦で使わないでほしい』などと言い出しているのかと。
「そのテストの組手はあくまでも、“テスト”なので命まで取られるようなことには発展しません」
だから落ち着いたトーンで続ける。
今度はうつむいて目をそらすことはせず、彼らの顔をちゃんと見据えて。
「でも実戦は違います。相手は恐ろしい存在です。時には我を忘れて襲い掛かってきます。組手における禁止技も使ってきます。武器だって使ってくるでしょう。でも、それを止める人物は周囲に誰もいません。常にすべてのルールを決めるのは暴漢側なのです。だから学園生活での組手での経験が役に立つってことは……ありません」
言葉を短く区切って、内容が伝わるようにハッキリとした声色で話す。
3人に教えた技術は学園の試験の中でのみ使ってほしい理由を説明する。
夏休み明けに実技テストがあったとして、私が組手を教えたことで良い成果を出せたとする。それを糧に自信をつけて次へ挑むことは是非とも体験してほしいが、その技術を一般人の3人には実戦には持ち込んでほしくないとは心から思う。
「じゃあ、どうしようもなくなっちゃった時とか、どうしても戦わなきゃいけなくなっちゃった時はどうすればいいの?」
私の真面目な声のトーンに合わせた陽葵ちゃんが、突っ込んで聞いてきて欲しかった質問を投げかけてくれる。
しかし実戦にも持ち込もうとしていたことも同時に判明した。指導の導入としては完璧だ。
「それを今から教えようと思っていたところでした。さぁ、3人とも立ってください。そしてあっちの壁際に行ってほしいんです」
3人が言うことを聞いてくれている間に、私は引っ込むナイフの玩具を手に持つ。
「陽葵ちゃん。陽葵ちゃんが私の相手役を務めてください」
「うん!まかせて!」
彼女に引っ込むナイフを持たせる。
「さて状況説明です。3人は実戦でどうしても戦わなくてはならない状況になってしまいました。相手は興奮して武器を取り出しナイフを持っています」
「うぉ~!刺しちゃうぞー!」
「ふふっ、役作りありがとうございます」
「やった!褒められちゃった!」
素直に喜ぶ陽葵ちゃんは、かわいいな。
……だからこそ心配でしょうがない。
「……こんな時、鹿之助くんと綴木さん、陽葵ちゃんならどうしますか?」
「武器を奪うとかか?」
「違います」
「壁際……相手を壁に叩きつけて気絶させちゃうとかですかねっ?」
「違います」
「じゃあ、さっき言ってたみたいにカウンターで一撃で相手を葬っちゃうとか!?」
「違います」
組手をするだけで終わらせなくてよかった。
今日も研究をほっぽり投げて、3人の組手相手になって本当に良かったと切に思う。
「陽葵ちゃん、構えてください」
「はい!」
「実戦でどうしても戦わなくてはならないときは——
陽葵ちゃんが引っ込むナイフをシャコシャコ指で出し入れしているので構えさせる。
構えた瞬間に、踵を返して出口まで全力で走り逃げ去る。
陽葵ちゃんとしても私が何か新しい技でも繰り出すのかと想定していたのだろう。踵を返して全力で離れていく私をそのまま引っ込みナイフを手にしたまま私を見ている。
「ざっとこんな感じです」
「……」
「……」
「……」
出入り口で声をかける私に3人とも唖然と佇んでいる。
『戦わなきゃいけない状況なのに先輩、戦ってないじゃないですか!』『逃げ……逃げる?』『向かってくると思ったのに拍子抜けだよ?』とでも言いたげなそんな表情だ。
再び3人の元へ近づく。近づきながら解説する。
「実戦での適切な対処法は『戦う』ことよりも、まずは『逃げる』。これが最も大事です」
「……」
「鹿之助くんだって私が東京に遊びに出かけた時、同じような注意をしたでしょう? 『戦うな、逃げろ』って」
「それは……そうだけどよぉ…………」
「先ほど組手で綴木さんが私の前から敵前逃亡しましたが、私は総評で褒めたと思います。あれでいいんです」
自分は私に逃げろって諭してくれたくせに納得していない彼の声のトーンに、後頭部を掻きながらやはり伏目がちになってしまって3人から目を逸らす。
「日常生活の中では戦わなくていいんです。特に皆さんはまだまだ子供で学生さんなんですから……危ない目に遭う必要は無いんです」
鹿之助くん、陽葵ちゃん、綴木さんの3人が、対魔忍だった駒水ちゃんと重なる。
もしも同じような状況に陥ったことを考えると酷く気分が重く胸が苦しくなる。
3人の実力で高位魔族級の相手と対峙しようものなら手も足も出ないだろう。そしてきっと……——駄目だ。その想像を考えるのをやめろ。
左手の甲で口を拭う。
こうならないよう、できる限り私が彼等を対策を取って護るんだ。
「綴木さんには付け足すように『逃げる場所は考えましょうね』とも指導しましたが、あれは角や壁際など逃げ道のない場所に行かないように意味も含んでいます。そりゃ、まぁ……よりにもよって鹿之助くんの背後に隠れて盾にしたことに対して怒った部分もありますけどね!」
脳内に浮かび上がった最悪の想定を搔き消すように、明るい声で綴木さんがしたことを話す。
組手は組手。
個人的に話させてもらうならば……。
東京キングダムで見た体験や経験から、五車学園の方針を考えるならば学生さんたちには自分の身を護る術を付けて有事の際に過酷な現実を生き延びて欲しいという配慮が込められているのかもしれないが……こんなにも身体構造が脆い上に社会経験も未熟な学生へ戦うことよりも、まずは逃げることを教え込んで欲しかったと思う。
そりゃあ、誰もが逃げ足が速くないかもしれないけど……。私は戦う選択肢は執ってほしくなかった。学園の方針、個人に合わせられないカリキュラム、良くも悪くも日本国における全体主義の縮図な学園だから仕方のないことだけれども。
――もしくは私の世界でもそうだったように、既に政治の中枢や文化科学省にも害獣が侵食していて『私腹を肥やすために日本の少年少女を外敵に売り渡そうとしている売国奴』が
……親友の雷ちゃんが
「もー!日葵ちゃん! どうしても戦わなきゃいけない状況だよ!? 『逃げられない!』そんな状況でも逃げろって言うの!?」
「できることなら、そのような状況に至らないような、立ち回りをして逃げて欲しいです……」
「――っ」
陽葵ちゃんは怒った口調で私を詰めてくるが、私が彼女の目も見ずに弱々しく逃げて欲しいと伝えると少し言葉に詰まっているようだ。
考えないようにしているのに、前世での仲間の遺体の数々を思い出して、じんわりと眼球が熱くなる。目を完全に閉じて短期的な〈瞑想〉を行う。冷静を保つ。
泣くな。泣くな。泣くな。泣くな。
泣くんじゃない。泣いたところで何も変わらない。変えられない。行動しろ。それが最善策だ。
「…………青空センパイ、もしかして泣いてます?」
「泣いてないです。……適当に私をからかうと、はっ倒しますよ?」
「わ~っ!ごめんなさいっ!!!」
「コホン。では陽葵ちゃん、こうしましょう。逃げるのではなく、後日有利な状況下で戦うために命を大事にする方針を取る——一見その場では逃げるような策に見えますが、情報を持ち帰って対策を立て直して再度挑むか検討する。俯瞰視点から再挑戦が見合う価値があるか再検討する。それでもそれだけの価値があるなら、強くなってから挑戦を検討する。これならいかがでしょう?」
「むぅ……」
代案を提供するも陽葵ちゃんは口をとがらせている。
私は別に泣いてなどいないが、彼女としては大好きな私を意図せずいじめてしまったような気持ちに駆られているのだろう。
「ずるいよ。そんな顔……。そんなすっごく悲しそうな顔するなら何も聞けないじゃん」
ぼそぼそと何かを呟いている。
追求こそしないが納得していない様子だ。
どうすれば納得してくれるかな……。