対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
「そこまでです!!!」
先ほどの超自然的な現象発現のおかげで満足に身体が動かないせいで、完全に囲まれた状態から今度こそ私が殺されると危惧したところで背後の頭上部分から綴木さんの声が響く。
「それ以上のことをするつもりなら、わたしは青空先輩に土下座を強要している動画をネットの海にばら撒きますよっ! ふうま先輩に対する劣情を公開処刑されるロングバージョンです! 動画をネット民に見てもらってどちらが当主に相応しいかアンケートでも取りましょうか? わたしがこんな動画を流されたら二度と五車町を出歩けませんけどねっ!」
ひょっこりと公民館の2階から自信満々な表情を浮かべている彼女へ、二車の従者たちの殺意の眼光が向けられる。
「おおっとぉ? いいんですか~? そんな反抗的な態度で??? 私のスマホには二車さんのあられもない姿を動画として残しちゃいましたけどー? 自分から喧嘩を売った二車さん、青空センパイから無残に敗走! 夏休み明けが楽しみですねー♪」
「……!」
これはナイスアシストとしか言いようがない。
大きな舌打ちと梅干しのように皺を寄せた顔で従者たちは私を一瞥すると、中型級ナイフを納刀し去ってく。
硬直して動けない連中も引きずって、やがては見えなくなる。
………
……
…
「にししししっ! やってやりましたよ! 青空先輩が作ってくれた資料の中の——青空せん……ぱ……い?」
しばらくしてデバイス装置を手にした綴木さんがピョンピョンと軽やかに2階から降りてくる。危機的状況を脱せる状況を作ってくれた彼女をとことん褒めたいところだが……。
「日葵ちゃぁぁぁぁん!!!!コワカッタヨー!!!それはそれとして大好きだよぉおおおおっ!!!!」
「お、お、おぉぉぉ、オアーッ!!!」
「約束のちゅーして!ちゅー!ちゅぅううううううう!」
二車からは逃れられたが、一方で陽葵ちゃんに公民館の床の上で押し倒される羽目になっていた。
当社比では過激なことはされていないが、いつもより激しい求愛に困惑を隠せない。まるで洋館事件での館内時の求愛のような——
両手を挙上される形でがっちりと片手で掴まれ拘束され、私の平たい胸板に全体重をかけながら爆乳を押し当ててグリグリくる。唇を
鼻孔に漂う汗とお日様の匂い。
「ちゅーもそうだけど!早速、日葵ちゃんの指導が役に立ったよ!!!日葵ちゃんがやるみたいに手首をガッて掴んで、脇にビュンッてして、脇腹にドゴォって!成果を出したから褒めて!ほめてッ!!!!」
「うわわ……」
脇で鹿之助くんがこの痴態を眺めているが、陽葵ちゃんの暴走に圧倒されてしまい手出しができない。視線でSOSを出すが、首を横にぶんぶんと振って介入できない意思を伝えてくる。
たすけてー!たすけてー!鹿之助くん!
陽葵ちゃんなら難易度的に低いよ! 状態は凄いけど!
「ではまず両手を放しぁぁぁ!放してもらえますかぁぁ!?」
「約束を果たしてくれるなら離してあげるよ!」
「私にも心の準備が! キスの約束のはずですがぁ!?」
「そうだよ!ちゅぅうううううっ!」
陽葵ちゃんの顔面が近づいてくる。唇がタコの吸盤のように拡大と縮小を繰り返している。
逃れるために濡れた犬が身体を震わせるみたいに頭が左右にドリルのように動かす。
鹿之助くんという恋人の前で、唇が奪われるのはそれはもうNTRに近いものを感じちゃうんだ!
しかも深呼吸までし始めてない? 私の口臭のニオイを嗅ぎ始めてない? ちょ、ちょっと対魔忍らしい世界観的なマニアックプレイ!
「情報としては知ってましたけど、あれが日ノ出ちゃんの青空先輩に対する求愛行動ですか?実物を見ると、び、びっくりしますね……っ」
「俺もこんな日ノ出さんを見るのは6月の病院以来だから、すげービビってる」
「青空先輩すごく嫌がっているように見えますけど、上原さん的には止めなくていいのでしょーか?」
「止めたいけど……看護師7人がかりで“やっと”だぜ? 俺で止められたら……こんなに悩まなくていいんだけど」
「それだと私達2人がかりで止めに入っても、弾き飛ばされちゃいますね……っ」
少し離れたところで熱烈なハグを直視して悶々としてそうな表情の二人がくっついて何かを話している。
陽葵ちゃんがやかましく迫っているので何を話しているのかは、まったく聞こえないし〈読唇術〉で読むことにも失敗してよくわからない。
「そうだ!総評!陽葵ちゃん、二車くんとの立ち回りについて総評聞きたくありませんか!?」
なんとかキスから意識を逸らそうと、陽葵ちゃんが興味を持ちそうな話題を必死に振る。
「総評!聞きたい!」
「では立ち回りは良かったと思います!私を庇ってくれた時、陽葵ちゃんが意図していたかはどうかわかりませんけど!二車くんを煽って判断力を鈍らせた状況を作って、勢いづいた攻撃を受け流してのカウンターは痛快でした!」
「でしょー!!!煽った覚えはないけど綺麗なカウンターだったよね!」
うん。あれは無意識で言っちゃったのか……。
割とドドン太郎にとってはクリティカルヒットだったと思うよ。
うん。でも陽葵ちゃんだもんね。本当に意図はなかったんだろうね。
意図したことは、ぜんぶ行動に現れるもんね。
今みたいに。
「はい!ちゅー!」
ここで挙上して掴まれていた両手首が離される。代わりに首を振って逃れていた私の顔面がホールドされる。
ハリウッド映画での取っ組み合いのように、両手で挟まれて強制的に唇が3の形に作られてしまう。
肩を掴んで押し返そうとするも、びくともしない。プレス機に挟まれた素材のように完全に押し負けている。
あっちょんぶりけッ!
「で、ふ、が、言、った、で、ふぉ、う?」
「何が!?」
「『武器を持った相手には戦わずに逃げてください』っへ。逃げられない絶体絶命の状況でもないのに素手で武器を持った相手に立ち向かおうとしたことは減点でふ! しゅかも実戦技術ちゅかったろほ?!」
唇を強制的に3の形にされたまま注意もする。
大きな手のひらでバカみたいな怪力のまま両側面がプレスされているせいで、目じりまで圧迫されて不安の種に登場するオチョナンさんみたいな顔にきっとなっている。
「そんなぁー!? 私は日葵ちゃんを護ろうと思っただけなのにー?!」
よっしゃ!動きが止まった!
「その域に達するには20年ぐらい早いです!まずは奇襲ではなく組手で私に勝てるようになってから守ってほしいですね!」
「20年ぐらいって、それはもう38歳になっちゃってるよー!?」
「それぐらいでやっと今の私に追いつけますよ!」
悲しそうな顔をするが、はっきりぴしゃりと否定する。
大太刀1本、ナイフ数十本を素手で相手にするのは本当に無茶が過ぎるからやめて。
陽葵ちゃんが刺されたら泣くぞ? 本当に泣くぞ? 稲毛屋のアイスクリーム事件なんかの嘘泣きじゃない、周囲をドン引きさせるぐらいに号泣する自信があるぞ?
「それじゃあ総評が終わったから、ちゅーしよっ!約束でしょ!!!」
「はいはい! …………ちゅッ!」
ゼロ距離射程で“投げキッス”を陽葵ちゃんにする。
キスをする約束だが、どんなキスをするかは特に指定していない。
約束は守った。
彼氏が目の前にいるのに誰が親友と唇合わせのチューをするもんか!
すげえNTRだよ! NTRは脳みそ破壊されるからナシ!
対魔忍世界に転生したけど、一般人枠として脳に優しいえっちな行為で許して!(1敗)
「…………」
「……」
ここでやっと徐々に迫りつつあった陽葵ちゃん唇プレス機が停止する。
オーバーヒートを起こしたように陽葵ちゃんの顔が赤くなっていく。
上半身を起こして、私の腹の上で騎乗位の座位のまま赤面した両頬を両手で覆っている。
……既に私の顔も真っ赤だが、これは必死に抗った結果だ。
けっして恥ずかしがってなどいない。断じて。
「……ファースト投げキッス貰っちゃった」
「……ヨシ」
納得してくれて良かった。
現場猫ジェスチャーをする。
「……いいな、それ」
「鹿之助くん?」
こっちは良くない。
何がいいの? 鹿之助くんにも投げキッスを飛ばすよ?
はい、ちゅちゅちゅちゅ~っ♥
「投げキッスで恥ずかしがるとか青空センパイって、噂によらず意外とウブなんですねーっ!」
「綴木?」
状況わかってる?
そのゴーグルデバイスで撮影するの止めないと、お前との明日の組手が恐ろしいことになるよ?
………
……
…
寝袋から抜け出すようにして陽葵ちゃんから離れ、今度こそ3人を引き連れて帰路につく。
地面に突き刺さったままの二車が残していってしまった大太刀は公民館の中に預けておく。
ついでに破壊してしまったパイプ椅子代と消火器代も事務所に置いておく。
「鹿之助くんは武器の提供ありがとうございました。パイプ椅子では強度が物足りなかったので重量のある鈍器でうまく〈回避〉できて助かりました」
「本当にどうなるかと思ったぜ? 俺は日葵が無事でよかったよ……」
「綴木さんも。咄嗟の機転での〈威圧〉行為、完璧でした。殺る気でしたので、二車くんの配下をあのような形で退けて下さったのは綴木さんのおかげであることに違いありません。ありがとうございました」
「お役に立てたのであれば恐縮ですっ!」
帰路の途中。1本道をそれた場所に稲毛屋があるので3人を誘って立ち寄る。
アイスクリームやあんみつ新メニューの羊羹は、避けて駄菓子や飲み物を奢るのだった。
~生還報酬~
正気度回復ロール 1D4
新クトゥルフ神話TRPG 選択ルール:幸運ポイントの回復(95頁)
成功した技能の成長ロール
上原鹿之助、日ノ出陽葵、綴木みことへの訓練
・特記
日ノ出 陽葵ちゃんに、《クトゥルフ神話》技能を+1% 贈呈。不定の狂気、再発狂
釘貫 神葬に《クトゥルフ神話》技能を+1% 贈呈。
~あとがき~
AimaYさんへ。
いつも私側では見つけられず、誤ってしまう部位の発見と修正と報告ありがとうございます!
非常に助かっております。