対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
陽葵ちゃん達が『雨の降る中のみ出現する洋館』へ調査しに行く前日の放課後。
ついにほぼほぼ顔の痣や唇の裂傷が治った普通の顔で、陽葵ちゃんと心寧ちゃんの2人を呼び出し校舎裏で待つ。
手には2人が諦めるようにと祈りを込め『雨降/鋼人洋館』について調べ尽くした事前情報資料を手に持って。
「やっほー! 日葵ちゃーん!」
「こんにちは。陽葵ちゃんから聞きました。私達と一緒に『洋館調査』に参加されるんですよね。……眞田先輩と渡り合っていた日葵ちゃんが一緒であれば、更に安心できます。明日はよろしくお願いします」
二人は約束した時間通りに校舎裏へと姿を現わす。
この場所は神村さんや他の不良共のテリトリーとなっている。私が訪れた時には既に先客が居たのだが……。私がこのスペースを貸して欲しいと頼み込んだところ彼等は快く明け渡してくれた。また普段なら前述の理由から他の学生生徒は近寄って来ないような場所ではあったものの……。洋館への調査ということで、神村さんと面識のある陽葵ちゃんと心寧ちゃんは私の誘いに渋ることなく姿を見せてくれた。
陽葵ちゃんは、また私を喜ばせる為か制服の上にあのキマったライダースジャケットを羽織り、初めて出会った時のような笑顔を浮かべて大手を振っている。
一方、心寧ちゃんの方は極めて無表情であったが、ここであの時には気が付けなかった彼女の容姿に気が付けた。それは彼女の両足だ。彼女の両足は膝より少し上部の位置から足先にかけてすべての部位が義足装具が付けられており、側面には金色の人工筋肉のような筋が歩くたびに伸縮しているのがわかる。
……彼女は足が悪いのだろうか? だが、そうだった場合、眞田先輩と黒田先輩の大乱闘が発生したとき彼女はどうやって、その足の悪さで瞬時に出口まで辿り着いたのだろう?
……否。今はそんなことは重要じゃない。足が悪いのであれば、なおさら雨の日に森の中へ調査など向かわせるべきではない。
「……」
こぶしを握り締め、芽生えたばかりの友情を踏みつぶす覚悟で陽葵ちゃんに向き直る。
「……? 日葵……ちゃん? なんだか、顔が怖いよ……? ほら、いつもみたいにニコーって笑ってよ! 私、日葵ちゃんが笑う顔好きだし、日葵ちゃんが笑うと私も元気付けられ——」
「——単刀直入にお話します。陽葵ちゃん、心寧ちゃん。悪いことは言いません。直ちに明日の『洋館調査』を取りやめてください」
「えっ……日葵ちゃん?」
「……」
「あなた方がこれから向かおうとしている森は熊も居るような危険な場所なんです。道は泥でぬかるんで滑りやすく、視界は雨と草木で視界は最悪。さらに滑落の危険があって、お二人が想定しているよりも人間という種族は脆く、たった1mの高さから落ちただけでも簡単に死んでしまうんです。遭難したら雨風に晒されて凍死してしまうような場所なんです。お願いですから、『洋館調査』に行かないでください」
陽葵ちゃんは私の言葉に狼狽するかのように両手を胸元に当てて内股気味の立ち方になる。一方、心寧ちゃんはというとジト目の無表情で感情を読みづらく何を考えているかわからない。だが、ここでなんとしてでも諦めさせなければ悪い未来が訪れてしまう。そんな予感がしたのだ。
「……。……。…………わかりました。そんなに危険な場所であれば考え直します」
「えっ!? 心寧ちゃんも!?」
「!」
「ご心配をおかけしました。陽葵ちゃん、行きましょう。やはりあの場所は本当に遊びに行って良い場所か、ちゃんと検討するべきところだったんですよ」
「えっ。えっ。ま、待ってー!」
「…………」
……。
しばらくの間、彼女の反応に拍子抜けしてしまいその場から動けなかった。その場に茫然と1人取り残されることになる。
彼女たちが最初の制止で諦めなかったとき用に作成し、握りしめていた資料が手からバラバラと落ちる。足元にそれらが衝突したところで我に返ることができた。既にその時には彼女たちの姿は校舎裏からは消えていて、私一人だけが立ち尽くしているような状態だった。
まさか。まさか、こんなにも心寧ちゃんが話の分かる子だったとは想定しては居なかった。私はてっきり神村さんのように反発してくるものかと睨んでいたのだが……。
何がともあれ〈言いくるめ〉や〈説得〉することもなく丸くは収まったのだ。
落として飛散してしまった資料を拾い上げる。
今は陽葵ちゃんと心寧ちゃんの事よりも残り3人を止めに行くべきだが……。私1人で3年生の教室に遊びに行くのは些か心細い。だからと言って最も親しい3人の誰かに付き添って貰うというのは……悪くはない。悪くはない案であるが、話を聞いた友人達が『洋館調査』の話に興味を持たないとも限らない。
それに昨日の段階で洋館調査に同行する先輩2人について一通り調査はしたものの、人柄に関する情報を掴むことは叶わなかった。最低限わかった情報が『穂稀 なお』先輩の性別は男、『死々村 狐路』先輩の性別は女……それぐらいだ。具体的な性格が掴めなかった以上、神村さんのように反発してくる可能性だって考えられる。
……ゆえにこの状況下や時間帯を考慮して私が行うべき適切な行動は……————
………
……
——職員室————
……
…
「何!? 明日『森の鋼人洋館』に立ち入ろうとしている生徒がいるだと!?」
「はい。3年生2人と、1年生が1人。計3人です。18時30分に五車学園の裏門へ集合して、19時頃には現地で集合したメンバーでそのまま入ると……」
「はぁ……あの洋館には近づいてならないと入学当初から話していたはずですが…………いかがいたしましょうか、
……職員室に赴き、蓮魔先生への密告をしていた。
本当は放課後などではなく、早め早めの昼休みにでも密告をするべきだったのかもしれないが、昼休みは色々とごたついていたことや蓮魔先生に会えないことも重なって頼ることができず……。また私の中では、話を大ごとにはせず今までのように『タイムリミットまでには事態を収束させることができる』と過信していた部分もあった。
更にここだけの話として言ってしまえば、私個人の意向として教師陣の中でも比較的声の掛けやすい部類である紫先生に是非とも相談したい内容ではあったのだ。
……残念ながら紫先生は出張により不在。今日もつい先ほどまで職員室に居たらしいが、一度も会ったことはないけれどクラスメイトの話では優しいことで定評のあるさくら先生も不在。しょっちゅうふうま君の世話を焼く時子先生も不在。鹿之助くんの従姉にあたる上原先生、男子生徒から大人気の帰国子女っぽい英語教師の高坂先生も不在。
……残った教師と言えば
……以上の情報を査定し、その中でも頼れる教師が全身の衣服のコーディネートが美味しそうなブルーベリー色の不良生徒の天敵。
……黒田先輩はどれだけ蓮魔先生のことが好きなのだろうか? 初め。そのべったり具合から『洋館調査』について言及してしまったら、ついてきそうな予感はあったが、頼れる女教師陣が居ない今、頼れるのは蓮魔先生だけであるのもまた事実だった。
「それで? その『洋館調査』に向かおうとしている生徒の名は?」
「3年の穂稀 なお先輩。死々村 弧路先輩。そして、1年生の神村 舞華さんですね」
「……」
私が現状『洋館調査』とおもむく、生徒の名を告げると蓮魔先生は視線を外して、机の正面に向き直ると考え込むような素振りをし始めた。その様子は〈心理学〉の観点から推測するに、生徒の無謀な挑戦に無念がり頭を抱えた様子……というよりも、肘をついた顎に手を当て、依然として何処か納得が行っていないような怪訝とした顔つきだ。
「はぁ……。穂稀さんに、コロさん、神村さんですね。今日はもう下校してしまったでしょうから…………蓮魔先生は明日、私と一緒に張り込みを——」
「黒田、待て。——青空。本当にこの3人だけが洋館調査に向かおうとしていたのか?」
黒田先輩が解決案を述べるのを遮るように、考え込むのを止めたかと思えば言葉を発して私に目線を合わせて問いてくる。これは生徒のことをよく理解しているのか……それとも長年の教師の感か……まるでこちらの隠し事を見抜いているかのような問いかけだった。
「……また、どうしてそう思われるのですか?」
「いいから答えろ。本当にこの3人だけが洋館調査に向かおうと “していた” のか?」
「……はい」
「……」
少し苛立ちを孕んだかのような強い口調で放たれる〈威圧〉のこもった彼女の言葉に対して、私の視線が一瞬、右上に向く。
彼女もそれを見逃さず、先ほどよりも鋭い目つきでこちらを睨みつける。この無言の圧力から逃れることはできそうにもない。
「確かに……あと数人ほど向かおうとしていましたが……」
「名は?」
「……わかりかねます。廊下を歩いているときに、たまたま、聞こえてきたので」
……私はこれまで、自分以外の
彼女の眼は
「そうか。報告、ご苦労だった」
「はい。それでは失礼します」
だがしばらくの視線を合わせたにらみ合いののち。彼女側から、獲物から興味を無くした猛獣のような眼光をそっと私から外して、足を組んで机に向き直った。
こちらも引き締めていた緊張の糸が解けるように、張りつめていた気持ちを少しだけ緩める。
……現状、私ができることはやった。しかし、まだやるべきことは残っている。ゆえに踵を返して、足早にこの職員室から立ち去ろうと動こうとした時だった。
「——ところで」
しかし背中を見せたとたんに蓮魔先生が口を開き、黒田先輩も私の進行方向に立つ進路妨害により足が止まる。蓮魔先生が口を開いて0.2秒の出来事だった。黒田先輩からは蓮魔先生と剣技を教え合う師弟以上の絆よりも、教祖と信奉者のような関係があるようなそんな気がする。
……カルティストかな? 殺すか?
「……。まぁいい。どうしてお前が森に洋館が『危険であること』を知っている? お前はついこの間。この町、五車学校に来たばかりの新参者だ。ましてや “たまたま聞いた” だけにしては教師に助けを求め、学園から洋館までの距離と時間の把握や、洋館の名称……『鋼人洋館』について知っているほど、話を聞いただけにしては “妙に” 詳しいじゃないか」
「…………」
「正直に吐いた方が、お前が庇っている奴のためにもなるぞ」
……まいったな。そんなことを思いながら背後で言葉を投げかける蓮魔先生へ視線だけを左側に映して捉えようとする。そっちの2人に関しては話が無事にまとまったから、あまり責めないでもらえると助かるのだが。蓮魔先生は斎藤先生とは異なるベクトルで怖いし。
そして蓮魔先生の言動から、これから洋館に向かう3人は計画するタイプではないことがわかった。と、なると……残った主計画候補は1人しかいなくなる。
底抜けにポジティブで行動力があることは良いことだが……。新しい友人としてほどほどにしてほしいとは
だがこちらは心寧ちゃんが引き止めていたし、今回ばかりは陽葵ちゃんも諦めて明日蓮魔先生達の手を煩わせることもなく解散するだろう。……主計画者を抑えられることができたのであれば、蓮魔先生に助けなど求める必要はなかったのかもしれないが、調査の段階で主計画者を見抜けなかった今。それは結果論にしか過ぎない。
「……私、ホラー小説が好きなんですよ。女5人、森の洋館、奇妙な噂。ラッコ鍋……。何も起きないはずがなく……ってね。で。興味を持って図書館で調べたら
「ああ。それはすまなかったな。もう行っても良いぞ」
「失礼します」
「だが……分かっていると思うが。森で洋館を見つけてもお前は立ち入るんじゃないぞ」
「……善処します」
軽く首だけ振り向き会釈程度に頭を下げ、進路に立ちはだかる黒田先輩を避けて今度こそ職員室を後にしようとする。首の可動域の都合上、
今日は、家に新しい筋トレ機材とスズメバチを確殺するマグナムジェット一式が届く。きっと母親が荷物の受け取りをしてくれるだろうが、その筋トレの道具をDIY魔改造することが本命だ。この改造にどれだけの時間を要するか見当も付かない。時間はあまり残されていない。
私は——為すべきことを為さねばならない。
~日葵と別れた後の会話~
日ノ出 陽葵「こ、心寧ちゃんも『洋館調査』止めちゃうのっ?」
速水 心寧「いいえ? 陽葵ちゃんと一緒に行きますよ」
日ノ出 陽葵「え……? それじゃあ、なんであの時……?」
速水 心寧「あの時は、彼女の静止を断ればきっと彼女もムキになって止めに来ると思ったからです。あの場は丸く収めるために最善を尽くしただけで……今後の日程を神村さんや先輩方にも話して調整しておきましょう。先生に報告しないとも限りません」
日ノ出 陽葵「日葵ちゃんは、きっとそんなことまでしないよ?!」
速水 心寧「“念のため”ですよ。陽葵ちゃんは、時に友達を信用しすぎです。……それが陽葵ちゃんのいいところでもあるんですけどね。とにかく、私は先輩方へ話しておくので、陽葵ちゃんは神村さんにお願いしますね?」
日ノ出 陽葵「う、うん……。わかった」
~あとがき~
我々人間は1ⅿの高さから落ちると、打ちどころによっては本当に死ぬこともあるので気を付けましょうね!