対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
「さて。少しばかりの休憩も取ったことだ。このままこの洋館から脱出しよう」
「……! ……。」
「そうだね。それはコロちゃんの言う通りだ。まだ僕達には亡霊の脅威が残されている。寄り道はせずに早急に逃げ仰せるべきだ」
ちょっとした音量の落とした演奏会ののちに、天井を見上げながら真っ白になった私の代わりで今はなお先輩が6人の指揮を執っている。
……おかしい。休憩時間のはずなのに、休憩時間にならなかった人が居るのですが……。それは?
でも休憩していたとしても、この鋭くも鈍い足の痛みが軽減されるわけではない。むしろ叩きまくったことで、敢えて負傷箇所に刺激を与え激痛によるアドレナリンの分泌を促しこの後の活動がスムーズになればよいことを考えれば……これはこれでアリだったのかもしれない。
現在、脱出の為の『鍵』の所持者はというとコロ先輩が所持している。周囲からは神村が親からくすねたロケットランチャーを準備する音。心寧ちゃんが鹿子ちゃんの近くで励ましている様子が聞こえていた。
陽葵ちゃんはというと……。
「日葵ちゃん……大丈夫?」
「多分、大丈夫です。……走れると思います……」
「!? 走らなくていいんだよ!? でももし走ることになったら、私も神村さんみたいに日葵ちゃんのことを外まで頑張って連れ出すから遠慮なく言ってね!?」
「大丈夫。大丈夫ですってば。陽葵ちゃんはまずは自分の心配をしてください」
私の傍で左足の様態と励ましに訪れていた。私の身体はボロボロだが、ここまでまえさき市での出来事の時と同じように今のところ5人。誰一人として欠けさせることなく持ちこたえているのだ。このまま彼女たちを無事に洋館から脱出させて、日常に戻さなければならない。
幸いにも今のところ洋館の主であるドレスを纏った首のない貴婦人の亡霊には遭遇してはいない。……一度は遭遇しているのかもしれないが、あれはあくまでも声だけの存在で……こちらは誰も認識していない。
ともかくとして、このまま噂は噂。遭遇しないなら、遭遇しないで無益な戦闘は避けてさっさと脱出することがベストだろう。できることならば、このまま超自然的な存在である可能性を持つドレスを纏った貴婦人とは遭遇せずに、ちょっとドキドキハラハラした廃墟探索だったねー。でもお気軽に変なところに入ると今回みたいに永久に閉じ込められて出られなくなる危険性があるから、今度は学校の先生方が『入るな』と言った場所には入らないようにしようね! ということや……事前に情報収集を行って、その場所がどんなところか調査するという事さえ学習してくれればいい。
そんな展開になれば、きっと……彼女たちの未来は正気のままで明るく照らされているように見えるかもしれない。
「——っ! 鹿子ちゃんッ!?」
突然の心寧ちゃんの悲鳴。
脱出を目前にして垢抜けた状態の視線から、勢いよく上半身を起こす。
そしてすぐに目の前で何が起こったのか理解できた。
新しく脱出のメンバーとして加わった鹿子ちゃんが、痙攣をしている。それも何か変な痙攣の仕方だった。死体に発生していた痙攣とは異なる。まるで電気椅子に座らされて感電するかのような痙攣を、立った状態……MMD初期ポーズのような姿勢で痙攣していた。心寧ちゃんが彼女の肩を掴んで震えを止めようとしているが、残念ながら彼女の痙攣は止まらない。
「どうしたんだ!!!」
「わ、わからないです……っ! 彼女を整容して居たら突然……震え出してっ!」
現在、鹿子ちゃんは激しく痙攣しながらも白目をむいて口からは血あぶくを噴き出している。
先ほどまで穏やかな関係を築きあげて、これから一緒に脱出できると絆を深めた相手が目の前でこんなことになってしまうのは、心寧ちゃんにとっても心的ダメージが大きかったようだ。頭を抱え過呼吸気味になり、その場で膝を突いてしまう。そんな心寧ちゃんを助けるために、なお先輩が飛び込むように間に入って事情を聴いているが今は心寧ちゃんの方がパニックを引き起こして……このまま過呼吸の症状が続こうものならノイローゼを引き起こしてしまいそうな勢いではあった。
「ウゲ……ガ……ポ……ァァ」
それから、私達は信じられないものを目撃することになる。
痙攣し、白目を向き、血あぶくを噴き出し、失禁する鹿子ちゃんが十字架に掲げられているイエス・キリストのような姿勢のまま宙へと浮かび上がる。何者かによって持ち上げられていく彼女を止めようと、男手であるなお先輩が彼女の足を掴み引きずり降ろそうとするも、持ち上げる力の方が強いのか彼の方が彼女に引っ張られて持ち上げられてしまう。
更に大腿部頸部からゴキュンッという骨が脱臼するかのような鈍い音。即座になお先輩の方が彼女の足から手を離すが、脱臼した状態で重力が掛かった結果。左右非対称となった彼女の2本の足が、非対称のツララのようにダラン……と垂れ下がっている。
それから彼女の背後にまるで献血の採血チューブが繋がっているかのように赤い翼が生え始めた。幼い身体に対する僅かな貴重な血液や体液……複合有機液体が背後の翼状に姿を形成している存在に取り込まれて行く。
今の鹿子ちゃんの姿は、自らの体液を代償に手に入れた赤い翼の天使にも見える。
だが、それはそんな神々しいものでなければ、ましてや美しい造形でもない。
やがて、それは姿を現わす。
鹿子ちゃんの体内に存在する赤、錆色、黄色3色の複合有機液体を啜るもの。
絡まった血液チューブに体液が流れ込み、血液循環のように全身を模っていく。
まるでストローでコップに入った残り少ない飲料水を啜る嫌悪感を齎す音。
半透明の何かを彩っていく。
それは一見すれば筒状の物体。
噂では、首のない亡霊と言われていた。
それは恐らくヤツの身体がすべてドレスのフリルに覆われているようにみえるからだろう。
風も無いのにその全身に及ぶフリルは自由意思を持っているかのように蠢き、
規則正しさがあるようで不規則なヒラヒラと動くウミウシの足のように脈動している。
4本のどれもクラゲのストロピラのようなイボイボとした腕が備わっており、
指先はまるで鷹や鷲のような獲物を駆り立てる猛禽類の鋭利な爪がギラリと光っている。
総丈で3m以上、横幅奥行共に2m以上もあるのだ。
その腕は簡単に人間の胴体を鷲掴みにし連れ去るだけの大きさがあるように見える。
そんな腕で薙ぎ払われれば、死神の鎌のような切れ味であってもおかしくはない。
その怪物は幼気な少女の体液を啜り、僅かばかりの満足感を得られたのだろう。
上品だが、哀れな獲物を目前とした不快感を感じさせる笑い声を響かせ始める。
泣いているようで、嘲笑うような声。
くすくす……そう。くすくすくす……という…………
上流階級の貴婦人が他人を嘲るときに用いる笑い声だった。
「——!」
人間の血液や体液で彩られたドレスを纏った首のない貴婦人の姿を直視、遭遇した時。〈クトゥルフ神話〉技能で選抜されたそれがどのような神話生物であるかを直ちに理解する。
私の世界では赤き霧/
激痛の最中、椅子から立ち上がる。鹿子ちゃんはもう助からない。そんな予感が頭を過ぎり、真っ先に生存者の確認をする。鹿之助くんが大喰いの泥濘と遭遇した時、彼は一時的な恐慌状態に陥ってしまっていた。
つまりだ。ここでコイツを彼女達が見てしまったという事は——
「あはっ☆ きゃははっ! きゃはははははは!!! ひまりちゃん! みてみて! しかこちゃん! てんしみたい! きゃははははははは!」
「いや……いやっ……いやあぁアアアアアアアア!!!」ダダダダダッ! バタンッ!!!!
「」ビターン!!!
「よくもコロちゃんを……! 僕は君を許さない! 鹿子ちゃんも返してもらう! 嗤って居られるのも今の内だ! 覚悟はできているか?!」
「アレが亡霊だぁ? ……まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙ってぶっ殺す。まっすぐ狙って——」
あーあーあーあー……。
もうどこから手を付けていいか分からない状況だ。
私の隣で陽葵ちゃんはお腹を抱えて笑い転げ始め、両目にはいっぱいの笑い涙を浮かべている。心寧ちゃんは軽自動車と並走できそうなほどの速度で室内から悲鳴を上げながら逃げ出して行ってしまった。コロ先輩は白目をむいて仰向きに転がっている。それを見たなお先輩はドレスを纏った首のない貴婦人に対して、モデルガンを突きつけ……神村は陽葵ちゃんが洋館に入って行ってしまった時のような目つきでロケットランチャーを怪物に突き付けて——
(まずっ——せめて陽葵ちゃんだけでも助ける!)
笑い転げている彼女に覆いかぶさり、両腕で彼女の頭頂部を覆うようにして護る。大口を開けて笑う彼女の喉が焼けてしまわないように無い胸で塞ぎ——
「あははっ! ひま——」
ズガァァアアアアアアン!!!
……。……死んだ。今のは流石に私も死んだ。今度は廊下じゃない。密封された室内なのだ。バックブラストや彼女の放った爆風に巻き込まれて私は死んだ。
そう思っていたため、目は固く閉ざされ、体も硬直しているのが分かる。激しい爆音が聞こえ、熱風が私の頭上を通り過ぎる。陽葵ちゃんは無事な様子でモゾモゾと私に押しつぶされながら動いていた。折れた脚の痛みで全身が焼かれる苦痛を緩和してくれると必死に祈るが……。いくら待ってもその死の瞬間が訪れることはなかった。
あれ?
再度の爆裂音。
自分は死んでいるものと思いつつも、眼球が焼けることに恐怖を抱きながら、そっとほんのり瞼を開けて再び聞こえてくる爆裂音を放っている
ここでやっと、神村のロケットランチャーの仕様について気づきを得られる。
さてはて……あれはどういうわけか。どういう原理であの状態になっているのか、私の〈物理学〉〈工学〉では判断できかねるものだが……。
私の見る限りでは、彼女が連続して放っているロケットランチャー……バックブラストが影響していないようにみえる。バックブラストが発生していないにもかかわらず、無反動砲のように微動だにもしていない。ロケットランチャー自体が玩具……な訳ではない。現に砲身から激しい炎は噴いているし……。いや、今はバックブラストよりももっと突っ込むべきところが可視化されていた。装弾されている砲弾は多くても2発程度しか入らない構造をしているにも関わらず、彼女は連続で何発も赤き霧に対して弾丸を浴びせ続けていた。
これまでの私の警戒は杞憂にしか過ぎないものだと証明されたが、彼女のロケットランチャーを見て、次に率直な感想としては……。
「なにあれ私も欲しい」
この一言に限る。
実際に触って分解してみれば、科学的には説明可能な兵器なのかもしれない。だが、現状私の長けた〈物理学〉と〈工学〉で推察できないことを踏まえたうえでは超科学ロケランじゃん。
カルティストの拠点に対してロケマサし放題じゃん。軽率に“そしたら、釘貫のアネゴが1人でその場に行ってなァ。ロケットランチャーを連続でぶっ放して、ルルイエを出てくるカルティストもろとも木っ端微塵、瓦礫の山にしてもうたんじゃ” ごっこができるじゃん。
まぁ、そのためには〈砲〉の取扱い方についてもう少し訓練やトレーニング期間を設けて、あの神村が連射しているロケットランチャーが超科学によるものなのかと調査・分解したいところなのですけどね。
ブラッドドレスを纏った首のない貴婦人は、流石にロケットランチャーの連撃が効いたのか、たじろいで掴んでいた獲物をその足元に落とす。ゆえに奴の拘束から解放された鹿子ちゃんは、不自然な格好のまま地面に叩きつけられ、うつ伏せで寝そべっていた。
なお先輩はというと、持ってきたモデルガンがジャムを引き起こしたのか「こんな時に限って!」と言いながら神村の放つロケットランチャーの炎に銃を向けている。
あの、なお先輩? 銃はソーラーパネルじゃないんだから。モデルガンを神村の炎で、バーベキューしても銃身が温まるだけでジャムは直らないと思うのですけど……。あの行動の意味が分からない。もうあっちはあっちで支離滅裂な行動をとっている。
~あとがき~
前回、物語を省いたと書きましたが……省かなかったらあと5パートぐらい伸びていたそんな予感がします。
そして、前回お休みを頂いた分として「Episode63までの人間相関図」を作ってきました。pngで保存したものの、やや見づらいかもやしれません。要リメイク案件ですが、これ以上の画質向上は望めないのでこの画像で、ざっくり関係図の参考になれば幸いです。
※本来は塗りつぶしているところに、キャラ絵が入っていたのですが著作権的な兼ね合いで潰しております。
基本的に、温かい色の矢印は好意。
赤=絆を越えた究極の恋。
桃=恋心・大好き!
橙=恋心未満だけど、好き。
冷たい色の矢印は苦手となっています。
青=嫌い・苦手意識あり
紫=大っ嫌い・関わり合いたくない
黒=殺すぞ
色合いが濃いほど感情の振れ幅が強く、薄いほどどちらかと言えば好き嫌いというような感情になります。
黄色は好きでも嫌いでもない普通の関係です。
【挿絵表示】
最後に、そういえば前回 記念すべき77話目でしたね。
これに気が付かないとは……ちょっとメンタルやられ気味だったみたいですね。
~評価返信~
前回同様に評価に対する返信をしていきたいと思います!
『コンセントプロトタイプ様』
■ 心情描写がしっかりしていて非常に読みやすいです!動揺している場面では文字がぼやけてて見えにくかったり、文字が小さくなってるのもダイレクトに伝わってきます。
僕は対魔忍の方はあまり詳しくはないのですが、出てきたキャラクターがどういう人物なのか調べる位面白い作品だと思います
◇コンセントプロトタイプ兄貴~! 普段からの感想に加えて評価までしてくれるなんてありがとうございます!!!!
文章自体がその人物の心情をありのままを映し出しているので、その部分を汲み取って頂いて評価してもらえるのはすごく嬉しいです!
『トッポ(チョコ無し)様』
■ 文字の震えや色の使い分け、それに加えて対魔忍とクトゥルフへの深い知識。探索者見習いとしては尊敬せざる得ないです。
◇ 対魔忍に関する深い知識だなんて、そんな(*´ω`*)。
対魔忍に関してはクトゥルフ神話TRPGのシナリオから入った勢で、対魔忍RPG自体もまだ満1年も遊んでいないペーペーでございます。クトゥルフ神話TRPGに関しましてはそこそこ遊んでいますので、トッポ(チョコ無し)様が本小説を読んでルールで新しい発見を得て頂ければ光栄に思います!