対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい。 作:槍刀拳
月日が経つというのは早いもので……。
私が足の骨が砕けてから、入院生活を強いられて既に1週間が経過しようとしていた。
魔界医療様様ってところで足の骨は完全に元通りになり、いつでも退院できるような状態ではあった。
実際の季節は6月のままだが、病室内の窓の外は早めに7月に切り替わっていた。人工ホログラムは、青い空と巨大な入道雲、そしてうるさくない程度のセミの鳴き声が響いている。
流石、2070s。私の時代では考えらえないようなシステムだ。今日
「はい! 日葵ちゃん♪ あーん♪」
今日は優雅に1人で病院食の昼食を……。
「日葵ちゃん! あーん♪」
せめて……1人で昼食を……。
「あーん♪」
「あーん……もぐもぐ……」
「ムフー♪」
「もぐもぐもぐ……」
「美味しい?」
「味に関しましては……味気なくて、もう嫌……。主食は粥だし……おかわりはできないし。家のご飯とか、五車学園の食堂のご飯が食べたい……」
「そっか……。でも、元気になって退院できるようになったらきっと好きなだけ好きなものを学食で食べられるよ! だから、それまで一緒に頑張ろう!?」
「……」
「そんなジト目で見られてもお菓子は持ってこないからね! はい! あーん♪」
「……あーん……もっちゅもっちゅもっちゅ——」
……優雅に1人で病院食を食べられるなんてそんな理想的なことはなく、にっこにっこの陽葵ちゃんの食事介助の元ご飯を食べている。いや、食べさせられている。
あれから陽葵ちゃんも別室に入院し始めて、約4日目。
他の看護師さんの話では、私に対する執着の落ち着きを取り戻したと聞き……一時は安心したが……。実情はそんなことなかった。
以前のように収容房の扉をぶち破ったり、ベッドの拘束具を引きちぎって私のベッドに潜り込もうとしたり、口移しで食事を食べさせにきたりなどの行動をしなくなった程度の変化だった。
彼女はまだ発狂・狂気状態なのか? それともシラフなのか? 〈精神分析〉に長けていない私には計り知れない。発狂していると言われれば、発狂しているように見えるし。看護師さんがマトモだというのであればマトモに見える……そんな状態に見える。
「青空お姉ちゃん、おなか空いてないの? 鹿子が食べてあげよっか?」
「あ、はい……。いいですよ。まだ手の付けてないご飯半分とおかず全部あげます……。鹿子ちゃんは育ち盛りなんですから……いっぱい食べて、どうぞ」
「わーい。やったー!」
「鹿子ちゃん、ダメだよ。日葵ちゃんは怪我人なんだから、栄養を付けなきゃいけないの。鹿子ちゃんはもう食べたでしょ?」
「えー……」
そしてこの部屋にはもう1人、五車学園地下の病院の患者が混じっている。今、陽葵ちゃんに叱られているこの少女……。私達が、『鋼人洋館』のクローゼットに隠れていた幼女こと『
彼女は洋館から出る間際。赤き霧/磯八目巾着鰻、またはブラッドドレスを纏った首のない貴婦人に襲われ、重度の失血状態に陥っており私は助からないものとして見捨てていたのだが……なお先輩が彼女を背負って洋館から連れ出したのだ。
その後、私の粉砕骨折だろうと横隔膜破裂だろうと治している魔界医療で治療され、彼女はたちまちに元気を取り戻し……今はすっかり元通りである。
「はい、日葵ちゃん♪ あーん♪」
「アーン……もぐ……もぐ……もぐ……」
「……青空お姉ちゃん元気ないね……。どうしちゃったのかな、日ノ出お姉ちゃん」
「うん……そうだね。一人でご飯を食べるのは寂しいと思って、私達もお見舞いに来ているのに……」
二人そろって、ベッド上で死んだ目のまま食事を咀嚼する私の顔を左右から覗き込んでくる。その顔色は実に心配しているように感じられるが……。
私に元気がないのは、別に陽葵ちゃんによって味気ない病院食を無理矢理食べさせられているわけでも、1人で優雅な病院食の昼食を邪魔されたからなどではない。そりゃ、最初の食事介助が鹿之助くんではなく、陽葵ちゃんという部分に多少なりとも不満はあるけど……そんなことは私の元気力を低下させる理由として微々たるものだ。
私はこの2人、特に陽葵ちゃんを見ていると沸々と沸き上がってくる感情があるがゆえに元気がないのだ。
キーンコーン…… カーンコーン……
「あ、お昼の休み時間が終わっちゃった……。ご飯の途中だけど……ごめん! 午後にも
「はーい……」
陽葵ちゃんは病室から退出するまでに、名残惜しそうに何度も何度も振り返りこちらを見る。
まるでお気に入りのペットを
「…………」
「青空お姉ちゃん? 口をムの字にしてどうしたの?」
……なんで、陽葵ちゃんは退院できて学校生活を送れてんのに、私はまだ入院したままなんですかね? 自主退院は相変わらず認められないし、治ったはずの脚のギプスは天井から吊るされたままで外して貰えないし……。おかげで立ち上がることも、紫先生に与えられた筋トレのノルマも腹筋と床頭台を用いたダンベル上げでしか鍛えられないんですけど。
あと足が蒸れてクソ痒い。
それにおむつぐらしにも慣れたとはいえ、やはり個人的な尊厳のダメージがある……! いくら看護師さん達が“仕事”として清拭、陰洗、おむつ交換をしてくれると言っても限度があるんですよ……!
これも対魔忍世界だからか? 対魔忍世界だから、私は
それでもいくら同性の御姉様方、看護師一同にとっては業務上の一環、何百人と相手しているがゆえに何とも思っていない作業とはいえ、ペットボトルに入れられたぬるま湯で、股ぐらをぬらぬらさわさわ……時にはガシガシと洗われる私の気持ちもちょっとは考えたことはあるのか?
私の身体は何故か、媚薬を盛られた女騎士張りに正直になっているんだぞぉ!? 室井ィ!
「…………」
「今度は、口がヘの字になっちゃったー!」
しかし、怒り狂ったとて何か状況が変わるわけでもない。少し笑い話っぽく鬱憤を募らせてみたが、鬱憤あることには変わりない。更に気分が落ち込む。
……こんな時に限って、室井先生の言葉が記憶から想起される。
『青空さんの場合は身長を伸ばすことよりも、慎重を伸ばすことを優先した方がいいと思いますね』か……。あの時は笑えたが……言われなくても分かってるよ。そんなこと。
私だって最初はそのつもりで居たさ。大喰いの泥濘に横隔膜をブチ抜かれた時から、学校のイベントを逃さないように入退院を繰り返さないようにしようとしたよ? でもね。でも、今回の骨折はどうしようもないのよ。気が付いたときには、陽葵ちゃんの鉄球が脛に刺さっていたんだからさ。ま、アレに関しては私の注意不足な部分の方が大きいから、どうしようもなくもない案件ではあるけど。
そもそもの話、自主退院を認めないってまずどうなのよ? それさえなければ、今頃私は学校のプールで、水着の鹿之助くんとキャッキャウフフしていた筈なんだが?
「…………」
「今度は『い~っ』の口だ~!」
いくら青空 日葵の母親に五車町の電気街でボイスレコーダーを購入してもらって、室井が私の自主退院の申し出を一蹴しているという確固たる事実を録音しているとはいえ……。
やむ負えない事情の元、学校を欠席しているという揺るぎない情報を手にしているとはいえ……ッ!
「はぁ~~~~~!!!」(クソデカため息)
私の貴重な青春イベント(2回目)が潰されて行く! 入院(2回目)という形で潰されて行く! こんな青春はこちとら望んでねぇんだよ!!!
鹿之助くんの水着見たかったァァア~!!! 合法的にボディタッチしたかった!
大人になってからわかったこと! 学生時代の男はねぇ! 基本的に!お花畑な人が多いから、かわいい女の子がセクハラをかましてもセクハラされていると思われなかったりするの!!! 青空 日葵の顔はセクハラセーフラインなの!
あぁ^~鹿之助君の!!! 乳首と水着を!!! 拝みたかった!!! 鹿之助君の乳首と水着ッッッ!!!
ドンドンドンドン!!!
「すっごーい。ベッドをそんなに叩いて、まさか太鼓の達人!」
私の両親や鹿之助くん達は見舞いに来てくれるし、そっち方面の不自由は何もないのですが……。でもさ、違うんですよ。こういう充実感じゃないんですよ。もっと学校内で充実してるイベントがさ、欲しい訳ですよ。……わかります? 私は、分かります。だって当事者だもの。
鹿之助くんの水着姿が見たいなら、病室内で着替えてもらうことも考えたのですが……それは違うんです。それだと私はただの変態になりますし、学校、プール、水着姿という一つのセットだから萌えるわけであり、合法的に見られる訳で……。
それに病室でそんなことをしようものなら、絶対に室井から『青空さん、貴女の病室はイメクラ・プレイルームではありませんよ(キッ』ってお叱りが来るのは目に見えているんです。はぁ……ここまでイメージできてしまう私の想像の豊かさがつらい。
そして『イメクラ』したその日のうちには、青空 日葵の両親の耳にも入ると……。そんなことになったら、目も当てられるはずがない。絶対、蓮魔先生の耳にも話が行くゾ。蓮魔先生が、お固い思考をお持ちの黒田先輩と氷室先輩を引き連れてやってくるゾ。折檻だけじゃ済まされないゾ。そんな気しかしないゾ。
「はぁ……」
鹿之助君の水着姿……。きっとぴっちりの……ボクサーパンツ。
……待てよ? なお先輩の制服は女子生徒の服を着用していた。
……これは鹿之助くんもワンチャンスで、スクール水着(女児用)……は、流石に……ないか。
いくら私服が全てレディース品だとしても、学校の制服は男子生徒の制服なのだから、水着も男子生徒用の水着で統一されている可能性の方が高いだろう。そもそも、公立学校という公的機関でいくら男の娘でもスクール水着を着用するのは勇者すぎるでしょ。性癖が歪んじゃうよぉ!!!
「青空お姉ちゃん! 青空お姉ちゃん!」
「ん、ん、ん? ん? ん? 鹿子ちゃん、いかがされましたか?」
「青空お姉ちゃんの、ドンドンドンドン!ってのすごかった! あれも楽器なの? また弾いて! ねぇ、また弾いて! お願い!」
小さな鹿子ちゃんの手が、私の腕を掴み大縄跳びのように左右にブラブラと揺らしたところで、私も現実へと戻ってくる。彼女は、歓喜の表情を浮かべて今ベッドのマットレスを〈こぶし〉でドンドンと叩いている。
……まさか、鹿子ちゃん。私に病室で演奏会を開けと申すか?
「あー、あれは頭に浮かんだ嫌な記憶を紛らわせるためにやっただけですよ。申し訳ございませんが、流石に病院では演奏会はできませんね。他の患者さんの迷惑になってしまいます」
「え~……そんなこと言わずに1回だけ! 1回だけ! ねっ!?」
断る私に鹿子ちゃんは、うるうると目を潤ませて自分の指を祈るように組んだあと、私の事をプルプルしながら見上げてくる。
その顔が、幼い頃の鹿之助くんに似ているような……そんな気がして……。
幼い頃の鹿之助くんは知らんけど。
1回だけなら……。1回だけならバレへんやろと……。いやいやいや。駄目だ。駄目だ。室井に強制鎮静剤を投与される確定演出みたいな行為にしかならない予感がする。
「残念ですが……」
「そんなぁ~……」
「でも、そんな鹿子ちゃんへ演奏会よりもいいものをあげましょう」
「えっ! いいもの!? なになに?」
大きな声で喜ぶ鹿子ちゃんに対して、子供ってチョロい。そんなことを思いながら、陽葵ちゃんにちゃんと食べるように促された……ほぼ冷めた昼食の御膳上に乗ったミルクプリンと使い捨てのスプーンを手渡す。
「陽葵ちゃんには内緒ですよ」
「わーい! プリンだ! プリンだ~!」
「鹿子ちゃんの部屋に持って行くといろんな人の目についてしまいますので、食べるときはここでお願——」
「ありがとう! 青空お姉ちゃん」
鹿子ちゃんは私からお昼ご飯のミルクプリンを受け取ると、その場でピョンピョンと嬉しそうにジャンプして、お礼だけ言ってそのまま部屋から出て行ってしまった。
……うん、誰かに見られるリスクを抑えるために室内で食べて欲しかったんだけどなぁ。
まぁ、でも彼女が私のプリンを片手に部屋を出て行ったことで、少しの間だけ見舞客が誰も居ない自分の時間が作れる。
さて、看護師さんの昼食の食器回収が来てしまう前に病院食の昼食を全部食べてしまおうっと!
病院食って味気は無いんだけど、青空 日葵の母親が買ってきてくれるふりかけとか、食塩があれば結構味が出るようになって美味しくなるんだよね~。『塩分の過剰摂取は身体に悪いよ!』って言うほかに没収されちゃうから陽葵ちゃんには内緒だけど。
ぱくっ
「ヘッヘッヘッヘ……ねればねるほど、塩分がご飯に染みわたって……もぐもぐもぐ……。うっま~い! テーレッテレー!」
そういえば。『鋼人洋館』の小部屋にて発見された紋章だが……。
あれは『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』における《異次元への門(門の創造)》なる
また織田 鋼人が読んでいた本だが『クトゥルフ・ダークエイジ』と呼ばれる私の説明書における
緊急搬送後の入院の際に持ち込んだ『クトゥルフ・ダークエイジ』を開く。
『クトゥルフ・ダークエイジ』中身には中世ヨーロッパ時代物のシナリオや、当時の武具、病に関する情報。新たな魔術について記載されていたため、何かの役に立つかもしれないという望みを込めて研究を始めるのだった。
………
……
…
~あとがき~
次回はいよいよ1周期記念なので、いつもより早めに投稿します!
一周期記念ですからね!
投稿時間は最初に合わせます!