イニミニマニモ?様の「BLACKSOULS -黒の童話と五魔姫-」及び「BLACKSOULSII -愛しき貴方へ贈る不思議の国-」の二次創作小説です
私が愛した少女は二度の豁サぬ過程を辿る。
向かい合う形で座る私と紅ずきんとの間には、大衆食堂の喧騒を裂く様な冷めた空気が漂っていた。
紅ずきんが差し出されたプライムリヴを口へと運ぶ度、かつ、と銀食器が耳に障る鳴らす。それが美味かは彼女の表情からは窺えない。そんな朧気な様をどことなく眺めていた。
「グリムも、何か食べたらどう。」
___頂きたい処だけどね。生憎あまり腹が減っていないんだ。
「ならいいけど。」
そう告げると器用に細切れにした肉片の欠片を再び食べ始めた。照った肉が少女が食べるには少々重たそうにも見える。
「私が何を好き好もうと、別に構わないでしょ。」
確か、ポロの食事を用意していたのは彼女だった。そのよしみなのだろうか。
___ポロも肉が大好きだったからな。旅を共にしているうちに、食の嗜好が似たのかもしれない。
冗談めかして、笑ってみせる。
「...ポロ?一体、何の話?」
___君といつも一緒だった狼が居ただろう。…憶えて無いのか?
食器を握る彼女の手が止まる。
ポロ…ポロ…と譫言の様に呟きながら。自らの中で、その存在を反芻させている。
「...私、ポロの事を忘れるなんてどうかしてたわ。ずっと一緒にいるって、約束したのに。」
___...君は十分戦った。今更、自分を責める事はないさ。あまり無理をすると身体にも毒になる。
「ええ、そうね…。」
___時間はあるからゆっくり食べなさい。
私がそんな軽薄な言葉を掛けずとしても。
皿の上に載せられた肉塊はとうに冷め切っていた。
帰路。夜道を照らす街灯の光を縫う様に人々は行き交う。雑踏を掻き分けながら進む私。その後ろを半歩離れた紅ずきんが追って歩く。
陽が沈めば忽ち、街は人々で溢れかえる。群衆の賑わいと月の澄んだ光とではとても似つかわしさは見出せない。幾ばくかの不快感が私の中で渦を巻いていた。
私は脇目に目立たない路地を見つけると、紅ずきんを連れて暗い小道へ足を踏み入れた。
「ねぇ。」
人の気配が無くなった所で、紅ずきんは私のコートの裾を軽く引っ張る。振り返れば、暗闇の中に彼女の双眼が光っていた。
「……手を繋いでもいい?」
私を凝視める碧眼が、彼女の
じっとりと、こちらを窺っている。
その視線は、私を穿って何処か遠くを眺めている様だった。
そのまま、私を通り越して、彼女までもが遠い何処かへ行ってしまいそうだと。
そんな予感を抱いていた。
射竦んでしまう。
ロストエンパイアに居た時から、怖かった。
足音を殺して私の後ろを歩く彼女。
ふと、振り向いたら何処にも居なくなっている様な、そんな予感が。
___駄目だ。
一歩、近付いてくる紅ずきんから、思わず後ずさる。それは半ば拒絶だった。彼女の視線に耐え切れず、私は前へ向き直る。
「……そう。」
呟きだけが残る。
それ以上、二人の間に会話が訪れる事は無かった。
本当は。
何処へも行ってしまわない様に。
手を繋いでいたかった筈なのに。
触れれば、きっと壊れてしまう気がした。
彼女を繋ぎ留める術が見つからない。
何も出来ない。
何も無いのだ……。
はらり、ページを捲る。
___歌え歌え 六ペンスの歌を
二十四匹の黒つぐみ
夕食の後はこうしてマザーグースの唄を紅ずきんに読み聞かせるのが決まりだった。何時からそうであったかは、よく覚えていない。ただ、未だ読み聞かせていない唄が残り少ない事が、随分と前から続けている事を物語っていた。
紅ずきんはベッドに寝そべりながら窓に映る景色を眺めている。視線を傾ける事なく、ただ黙って私の読む詩を聞いていた。
はらり、ページを捲る。
___ロンドン橋落ちる 落ちる 落ちる
ロンドン橋落ちる 可愛いお嬢さん
この唄には聞き覚えがあった。時計塔の頂上で狂鳥が唄った童謡の一つ。けれどもあの狂鳥が愉快に唄う様を、私は真似る事が出来ない。
あの悪夢の箱庭から逃れ、歯車からも開放されたというのに。未だ、何処か心が満たされないのは何故なのだろう。これまで血を浴びる冒険を繰り返した私にとっては、平穏な日常こそ異質であるかの様ににも想えてしまう。醜く歪められた童話の世界を歩く為だけに生み出された、私。私が平穏の幸せを享受する事は果たして許され無いのだろうか。現実へと至っても尚、メアリィ・スーの呪いからは逃れられないのだろうか。
はらり、ページを捲る。
___お母さんが私を殺した
お母さんが私を殺して
お父さんが私を食べている
兄弟たちはテーブルの下で私の骨を
「やめて。」
僅かに震えた声で、紅ずきんに制される。
「その唄は、聞きたくない。」
……すまない、と軽く詫びる。彼女だって普通の人間だ。触れたくないものの一つや二つ有って当然だと、自分に言い聞かせながら。
はらり、ページを捲る。
___東に風が吹くときは
人も獣も喜ばない
西に風が吹くときは
釣り名人も漁に出ない
南に風が吹くときは
魚も餌を食べられない
西に風が吹くときだけに
みんながみんな喜ぶだろう
「きっと、誰もが西風が吹くのを望んでいるわ。」
紅ずきんの見据える先は、遠い遠い星の
「人に恨まれる東風は、きっと西風を羨んでるでしょうね。」
紅ずきんも同じだ。私と同じで、きっと満たされぬままで。
……私達は一体、何処へ向かっているのだろうか。
私が彼女にしてやれる事といえば、父親の代わりに、こうして唄を読む位しかない。
そうだ。次は年相応の少女が好みそうな、ロマンチックな唄を聞かせよう。どれを読んであげようか。栞を挟んだ項を開いて。
はらり、ページを捲る。
___彼は彼女を愛してる
それでも彼女を愛せない
彼は彼女と結ばれたい
それでも彼女と結ばれない
彼は彼女を受け入れたい
それでも彼女を受け入れられない
一瞬、息を詰まらせる。
___だから、彼は誰も愛する事が出来ない。
そっと視線を本から紅ずきんの方へと移す。
彼女は既に眠りについていた。苦痛や憂いの一切を帯び無い安らかな寝顔が吐息を立てている。その凛とした顔立ちに、先の詩を読んだむず痒い気恥ずかしさが空回る。
気が付けば随分夜も耽っていた。ランプの灯火を消せば、月明かりの差さない部屋に一気に闇が立ち込む。私も休むとしよう。眠り支度の為、徐に立ち上がる。
暖炉の微かに揺れる炎に、紅ずきんの戦う背中を重ねてしまう。小さくとも力強い、彼女の後ろ姿。篝火に当たっていた時も、よく物思いに耽っていたと、苦く思い出す。
焚べた炭が弾ける。
ふと。
いつかの日に紅ずきんが残していった短い書き置きが頭を過る。
『ただ一つ、私を探さないで。帰りを待っててくれたら、今度こそ。私を普通の女の子として迎えて欲しい。』
彼女らしい、短い文章の其れを。
……私は今でも君を見つけ出せないままで居るのかもしれない。揺れる度に小さくなる残火が潰えるのを、ただ眺めていた。
ううっ......うぅ......
真夜中。廊下から響く嗚咽の声に目を覚ます。寝床から跳ね起きた私は駆け足で紅ずきんの元へと向かう。勢いのままに寝室のドアを開けると。
紅ずきんが泣いていた。
薄暗い部屋の真中でたった一人、か細い声で啜り泣いていた。
如何なる時も気丈の心を保つ紅ずきんが、繊細な少女の様な情けない流涕を他人に見せている事が。
私にとって、大きな違和感となっていた。
「…どうして、私を見てくれないの?」
舌を引き攣らせながら、紅ずきんは私に問いかける。
「…どうして、私を愛してくれないの?」
そんな事は無い。君を愛してる。何よりも大切に思っている。君の為なら、私は何だってやってのけてみせる。君が一緒に居てくれるだけで、私はどれだけ遠い場所であろうと何処へだって行く事が出来る。だから。涙を拭いておくれ。一体何が、それ程迄にも君を哀しくさせるんだい。泣かないでおくれ、紅ずきん。
「…貴方が」
こちらを凝視める紅ずきん。碧眼が赤く腫れた瞼を際立たせている。それでも。その端正な顔立を歪ませぬまま涙を伝わせる彼女の表情は。先の寝顔のそのままだと。
「…貴方の成す事総てが、私の中で上滑りしていくの。…いつも、そう。…貴方が凝視めているのは私を通した別の何か。私を通り越した貴方が、そのまま本当に遠くへ行ってしまいそうで、…私は、怖くて。」
それは、私が心の内に秘めてた筈の想いで。
如何して、君が、そんな事を。
彼女の言わんとしている事が、理解らない。
理解ってしまえば。
きっと壊れてしまう。
彼女に触れてはいけない。
彼女の名を呼んではいけない。
「…それが、私にとって、耐え難い苦痛だったわ。」
夜を超えた陽射が、窓の外から彼女の薄い肌を更に白く染めあげていく。
そして。
そのまま。
ああ。
世界が色彩を欠いてゆく。
彼女のブロンドの髪も。
美しい碧眼も。
総てが薄汚れた灰に塗れて。
解体されてゆく。
彼女を彼女たらしめるモチーフが。
彼女の存在を結び付ける関連性が。
何もかも。
鈍色に境目が曖昧となったまま、仔細を欠いてゆく。
あの時と、同じだ。
私はまた。
君を喪ってしまう。
君だけだった。
私と共に生きて、幸せだと言ってくれたのは。
君しか居なかった。
君だけが、幸せである事を赦してくれた。
君を喪えば。
私はまた一人になる。
不幸に陥ってしまう。
誰もを呪ってしまう。
もう何も手放したくなかった。
誰も傷つけたくなかった。
許せなかったのだ。
君の居ない現実を。
認められなかった。
だから。
私は。
君を。
彼女を。
彼女の屍体を
「私は、紅ずきんじゃない…。私はずっと、私のまま…。」
彼女を泣かせてしまった。
私は、幸福に至る事が叶わなかった。
誰一人、幸せにする事も出来ない。
「…おまえを…愛してる。」
xxxxは涙に濡れた唇を近付けると、そっと私にキスをした。
私が愛した少女の吐息は、こんなにも腐臭漂うものだっただろうか?
幸福は個人的だが、不幸はしばしば社会的である