無限転生 ~LOST REQUIEM~ 作:とんこつラーメン
良い子の皆さんは、画面から離れて明るい場所でご覧ください。
「山の…中…」
「その通りだ」
錬金術師さんのまさかの告白に、この世界に来て初めて表情筋が仕事をしてくれた。
具体的には、思わずお口があんぐりとなりました。
「当時の俺達は成果を求めてなりふり構っていられない状況だったからな。だから、例え相手が身元不明の女であろうと問答無用で実験体にするしかなかったんだ」
「なんともまぁ……」
そこまで切羽詰まるって、一体今までどんな生活をしてきたんだよ。
錬金術師ってそんなにも貧乏な職業だっけ?
いや…本当は大半がそうなのかもしれない。
国家錬金術師たちの金銭感覚が狂っているだけだ。
「あなた方が私を発見した時、私はどんな格好をしてましたか?」
「どんな格好…か。そうだな…薄汚れたボロ布を身に纏っていた」
「他には?」
「何も着ていなかった。上着も無ければ靴も履いていない。着の身着のまま山に迷い込んで倒れたって感じだったな」
「迷い込んだ……」
聞けば聞くほど、増々分からなくなる。
覚醒する前の私は本当にどこで何をしていたんだ?
「言っておくが、嘘は言ってないからな。この状況で嘘なんか言っても意味無いしな」
「それは分かっていますよ。そちらにメリットなんてないことぐらいは」
心なしか、今まで逃亡生活をしていた割には彼の顔は随分とスッキリしているような感じがする。
まるで、ようやく人間としての安心を得られた…みたいな?
「私を拾った時、周囲に何か落ちてはいませんでしたか? こう…身分を証明するような代物は」
「運転免許所とか生徒手帳的な物か?」
「はい。何かありませんでしたか?」
「あの時は急いでいたからよくは覚えていないが…そんな物は落ちていなかったと思うぞ? さっきも言ったが、お前を拾ったのは山の中だ。そんな物が地面の上に落ちていたら普通に気が付くだろう。仮に俺が気が付かなくても、一緒にいた仲間達が回収している筈だ。だが、そんな報告は一切聞いていない。と言う事は…」
「私の正体に近づく物的ヒントは存在しない…ってことですか」
「すまんな」
「いえ…謝る必要はありません」
正直、ダメ元だったし。ここで情報を入手できなかったとしても落ち込む必要は全く無い。
生憎と、学校に通ってもいなければ働いてもいない実質的なニートである私には時間だけは沢山ある。
その無駄に有り余った時間を使って地道に調べていけばいいだけの話だ。
「念の為に、私を拾った後の話をお聞かせ願いますか?」
「まぁ…いいだろう。人体実験に使う…なんて息巻いていても、実際にはそこまで出来なかったんだしな」
「それは、拠点に襲撃を受けたからですか?」
「あぁ。心身ともに疲弊していた俺達があんな形で強襲されれば、碌な抵抗も出来ないからな。精々が、僅かに残っていたアルカ・ノイズを放つことぐらいだったが、それも装者達に瞬殺されたし…」
響さん…貴方達は一体どんな風に彼らを捕まえたんですか…。
ほんの少しだけこの人達に同情してしまいそうになった。
「話を戻そう。お前を連れ帰った俺達が一番最初にしたのは、お前の体をチェックする事だった」
「チェック…」
「そうだ。人体実験をするにも、まずは被験体に健康状態が第一だからな。じゃないと、実験どころじゃなくなる」
「御尤も」
「で、お前の体…具体的にはバイタルだな。それを調べた。別に変な事はしていないから安心しろ」
「はーい」
多少、何かされても何の文句も無いけどね。
眠姦なんてこれまでに何度もされてきてるし。
「そうしたら案の定、お前の体は非常に衰弱していた。だから、実験の前にまずはお前さんの体を実験に耐えられるまで回復させることにした」
「私が聞いた話では、なにやら培養層のような物に入れられていたとか…」
「それが一番手っ取り早かったからな」
その気持ちは分かる。
面倒な事を手早く手間なく済ませられるのなら、それが一番だし。
「順調にお前の体調は回復していった。なけなしの資材で栄養剤なんかも投与していたしな」
「拉致と言うよりは、保護されたと言った方が正しいような気がしてきました」
「結果的にはそうなってしまったな」
なんだろう…最初からこの人達に対して怒りとか憎しみとかの感情は全く抱いてはいなかったけど、それとは逆に感謝の気持ちが湧いてきたんですけど。
というか、冷静に考えるとこの人達こそが本当の意味での命の恩人なのでは?
「えっと…ありがとうございます?」
「疑問形で礼を言われても普通に困る」
ですよねー。
「それに、礼を言われる資格も無いさ。もしも奴らが来なければ、本当に人体実験をしていたんだしな」
「それはIFの話です。それこそ気にする必要はないと思いますが」
「…かもしれないな」
大きく息を吐いているが、その顔はなんだか穏やかに見えた。
彼の過去を知っている訳ではないが、まるで憑き物が取れたかのような、そんな顔だ。
「もしもここを出られたら、また錬金術師を続けたいとは思っているんですか?」
「いや。俺と同じように収監されている他の仲間達は錬金術師としての誇りがどうとか言っているが、少なくとも俺はどうでもよくなったよ」
「と言いますと?」
「プライドでは腹は膨れない…ってことさ」
「…今までで最も説得力のある言葉ですね」
ある意味、この世の真理を突いている言葉かもしれない。
私も激しく同意しますよ、錬金術師さん。
「ここにいれば、少なくとも逃亡生活中みたいにひもじい思いをせずに済むし、追っ手に怯える日々ともオサラバできる。やるべき事さえやっていれば何も言われないしな」
「それが普通なんですけどね」
「全く持ってその通りだ。こうして捕まる事で、ようやくその『普通』に気が付くだなんて、皮肉ってもんじゃないな」
「気が付けただけマシじゃないですか。世の中には、その『普通』を理解していない人々がまだまだ沢山いるんですから」
「違いねぇや」
・・・・・
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・・・
・・
・
別室にて監視カメラを通じて部屋の様子を伺っていた弦十郎と慎二の二人は、何とも言えない顔をしていた。
「まさか、奴等でもナナシ君の正体を分かっていなかったとは…」
「山の中で拾ったと言っていましたが、どこの山なんでしょうか?」
「可能であれば詳しく問いただしたいところだが、聞いても無駄だろうな。逃亡中に山の名前なんて気にしている余裕なんて無かっただろうしな」
「そうですね……」
モニターの向こうでは、残された時間でまだ錬金術師と話しているナナシが映し出されている。
相回らずの無表情だが、いつもよりは舌が回っているように感じた。
「しかも、奴等もまた彼女の事を回復させようとしていたとはな…」
「実験される前に保護出来て良かったと言うべきなのでしょうが…」
「病院での検査では、ナナシくんの体は衰弱はしていても、そこまで致命的ではないと言っていた。彼女の命を救うための応急処置を奴らがしていたと考えると…」
「急に罪悪感が出てきますね…」
そこにどのような意図があったとはいえ、はぐれ錬金術師たちが彼女の命を救ったのは紛れもない事実。
慎二と顔を合わせてから、弦十郎は強く頷いた。
「上にこの事を報告して、奴の減刑でも言ってみるか…」
「報告では、収容されている錬金術師たちの大半がまだ色々と言っているようですが、彼のように落ち着いた様子で真面目に刑務作業をしている者もいるようですし…」
もしも彼らの減刑が許されたら、その時は自分達で再就職先でも探してやってもいいかもしれない。
そんな事を考えつつあった弦十郎だった。
「そろそろ時間のようですよ」
「では、ナナシ君を迎えに行くか」
画面の中でナナシが部屋を出るのを確認してから、彼らもモニター室を後にした。
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・・
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「お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。だが……」
面会室を出て廊下を少し歩くと、向こうから弦十郎さんと慎二さんが一緒に歩いてきた。
なんだか弦十郎さんが悲しそうな顔をしているが、私の事を気にしているのだろうか?
確か、監視カメラでこっちの様子を見聞きしていたと言っていたし。
「大丈夫ですよ」
「ナナシくん……」
「これで全ての希望が閉ざされた訳じゃありません。寧ろ、彼とこうして話せたことは私にとってもいい事だったと思っています。少なくとも、スタートラインには立てたのですから」
「前向きなんですね、ナナシさんは」
「能天気なだけですよ」
実際、私は落ち込んでもいないし焦燥もしていない。
『この世界における自分の正体と探る』というやるべき事が具体的に決まっただけでも私的には大きな前進だ。
何もせずに死ぬまで無為に時間を浪費するよりは、ずっと有意義だと言えるだろう。
「…そろそろ帰るか」
「その前に、お手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」
「構わないぞ。場所は……」
「大丈夫です。面会室に来るまでの間に見かけた案内板で場所は把握してますから。先に車に戻っていて結構ですよ。ちゃんと警備員の方々に事情を話して貰うのをお願いして貰いますが…」
「分かりました。こちらから説明はしておきます」
「ありがとうございます。では……」
廊下内は走ってはいけないと分ってはいるが、それでも急ぐために私は早歩きでトイレまで向かう事に。
私の記憶が正しければ…こっちだった筈。少し急ごう。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ジャー…。
女子トイレの個室を出て、手を洗ってから備え付けのハンドペーパーで手を拭く。
「ふぅ……」
スッキリしてからトイレを出て少し歩いてから、私は唐突に立ち止まった。
「……いつまでコソコソと隠れているつもり?」
顔を横にし、視線だけを後ろへと向かせる。
すると、そこには全身黒ずくめで、一度見たら絶対に忘れようが無い程に絶大なインパクトのある青年が立っていた。
「やぁ…久し振りだね」
「…アサキム・ドーウィン」
嘗て私が転生した世界『多元世紀』にて引き起こされた史上最大の決戦『多次元戦争』にて幾多の策謀を巡らせ、最終的にはどことなく去って行った人物。
時には敵で時には味方と言う、実に曖昧な立ち位置の男だったが、実は私と同じ宿命を背負っている男だと知った時には、私は彼に対する敵対心は完全に失せていた。
「目を覚ましてからずっと誰かの視線を感じていたけど、それってアンタなんだ?」
「さぁ…どうだろうね?」
相も変わらずはぐらかす。
疾風というよりは微風みたいな奴だ。
正体が分かっても掴み所が無いのは変わらない。
「それが、この世界における君の姿なのかい?」
「そうみたいよ。そっちはどの世界に行っても姿形は変わらないみたいだけど」
「僕は別に転生している訳じゃないからね」
「そうだったね。お前の場合は転生じゃなくて『転移』なんだし。そりゃ、何も変わらないのは当たり前か」
無限の転生と無限の不死。
いや…アサキムの場合はその場で転生をしているようなものか。
「どうしてアサキムがこの世界に…なんて、聞くだけ野暮か。至高神ソルがいた頃とは違って、今のお前は風のように気紛れに並行世界を旅する彷徨い人だものね」
「その通り。僕がこうしてここにいるのも、単に君の姿をこの世界で目撃したからにすぎないのさ」
「人はそれをストーカーと呼ぶ」
「ははは……」
「笑って誤魔化すな」
こいつ…やっぱりセツコのストーカーだったんじゃなかろうか?
そうとしか思えない部分が多々あるしな…。
「私をずっと見てたって事は、もしかして…この世界における私の正体についても知ってたりする?」
「知ってるも何も、君は君だろう?」
「いや…そうじゃなくて……」
「僕が知っているのは、君がこの世界に現れた瞬間だけさ」
「え?」
今…なんて言った? 私がこの世界に現れた瞬間?
「君はある日突然、とある山の中にその姿の状態で出現したんだ。まるで、何かに導かれるように」
「それって…転移してきたって事?」
「流石にそこまでは分からない。君には前の世界で死んだ記憶があるのだろう?」
「それは勿論。だからこそ転生したんだし……」
それだけは間違えようが無い。
確かにあの時、私は死んだ…というか殺された。
完全なる即死だった。痛みを感じる暇すらなかった。
だけど、その瞬間までの記憶はちゃんと残されている。
「全く訳が分からない…」
「もしかして、異質な形で転生したのは『アカシック・レコード』の仕業かもしれないね」
「だとしたら、もう私にはどうしようもないじゃないか」
少なくとも、個人でどうにかできるレベルの相手じゃない。
気紛れな神の次は、気紛れな大いなる意思に振り回されている…か。
もし仮に本当にアカシック・レコードの仕業だとしたら、かなり早い段階で介入して来ていたと見るべきだろう。
「だけど、君は決して諦めない。無気力になっても、排他的になっても、その心の奥底にはいつも『希望』を…いや、『夢』を持ち続けている。そうだろう?」
「『夢見る双魚』のスフィア・リアクター。洗礼名『バキエル・ザ・ローズ』」
もうめっちゃめちゃです。
気にしたら負けです。
私も気にしません。
皆で頭を空っぽにしましょう。