姉さまが役者として大成した時より、少し時間を遡る。第151回夜凪家家族会議での出来事。
「昨日のひげの男怪しいと思った人、挙手をしてください。」
姉さまがそう言った。ルイが手をあげた。レイが両手をあげた。命も手をあげた。びしっ!
「レイ、二人分も上げないで不正よ。」
命も両手をあげた。姉二人を見たルイが、パッと顔を輝かせて真似して両手をあげた。
「命、ルイ、不正よ。」
「必要悪です姉さま。あの男は信用なりません。」
「おねーちゃん美人だから狙われてるんだよ!監督は監督でもえっちな監督に決まってるわ、顔に描いてた!」
「車おっきくて怖かったしヒゲだし絶対悪い奴だよ。今度来たらケーサツ呼ぼう。」
「……やっぱりそうよね。ぬか喜びするとこだったわ。」
物憂げにため息をつく姉さま。警戒心が強いのは父親の影響()である。
「わたしには根っからの悪人という風には思えませんでしたが、未成年女性(姉さま)の家に事前の連絡もなく訪ねてきたのが怖いです。
住所は個人情報ですよ!礼儀知らずにもほどがあります!訴えたら勝てます!」
まあしかし訴えるにも相手の素性がわからないので、とりあえず「次来たら警察を呼ぶ」という結論で夜凪四姉弟は合意に至った。
しかし、長姉 景がその男に誘拐されるのはその日の内の事である。
まあしかしその事件には次女 命は関わらないのでひとまず彼女の事を紹介しよう。
夜凪命。15才。高校一年生。実の父親にして文学の師につけ狙われている。姉に「
通信制の高校に籍を置いているが、本業は同人作家。絵はそこそこだが筆力は確か。特に発想力がずば抜けており、「次は何が出てくるのか金を出してでも読みたい!」という固定ファンもいる、人間びっくり箱(作家のすがた)。
引きこもりの割に社交能力が高く、コミュ力に欠けた所のある姉の代わりにご近所づきあいを請け負う。お裾分けハンターとしても家計を支えるが、別に狩っているわけではない。老人から絶大な人気を誇る。
知力は高いが体力は無い。中学時代は保健室登校だった。フレンドリーで勉強を解り易く教えてくれるので、当時の異名は「学力とコミュ力のある座敷童」。
かつて、夜凪家にはネットが存在しなかった。そこで命は、自分でネット環境を用意することにした。
ルーターが約5千円。月々の料金が3千円ちょい。夜凪家の家計から見るとかなり痛いが、自分のポケットマネーに余裕があった。
命には、あちこちの家の暇を持て余したご老人の家でお茶やお菓子をごちそうになって帰ってくる習性があるが(異様に老人にモテる)、時々おこづかいをあげようムーブを断り切れないときがあるのだ。
金銭トラブルはマズイと命も分かっているので、基本的に徹底的に断るようにしている。しかし、相手も手強いのだ。亀の甲より年の劫。具体的には「お年玉」のタイミングで徹底的に攻めてくる。
姉さまと双子たちの分まで用意して貰っては、命の一存で断ることなど出来ようもない。普段節制に努めている分、マイファミリーは善意の施しに弱い。
というわけで、保護者不在の夜凪家ではあるが年始にはご近所からのお年玉攻撃を喰らい、プチ豪遊をするのが恒例である。
閑話休題。
まあそんな理由で、命にはささやかな貯金があったのだ。浪費するタイプでも無いし。
ネット環境を手に入れた命はネット小説を読み漁った。気が狂うほど読んだ。図書館の蔵書に少し飽きてきていた本狂いの命にとって、そこは新しい宝の山であった。
ネット小説に出会い、プロより面白いこともあるめちゃくちゃな素人小説を知って価値観がひっくり返された。命の人生史に残る大事件であった。
まあそこからの苦労はあえて省略しよう。自分で書いたものをあの人以外に公開するようになり、躓くことも思うようにいかないこともあったが些細な話だ。
元々、積み上げてきた筆力があるのである。こつこつ作品を積み上げれば、支えとなるファンも増えていった。
しっかり書いて、推敲して、もう一回推敲して、継続して続ける。あとはもう時間の問題だった。
現在の命の活動状況は、連載中のネット小説が3本。有料のネット小説が18本。自費出版した電子書籍が2冊。
月々の収入はだいたい3万~5万。まちまちである。
JKにしては破格の上出来であると思うのだが、姉さまのように
というか姉さまにはもっと楽して欲しい。学校で友達とか作ってきて欲しい。遊ぶ時間があるのかすら疑問である。
頑張り屋さんの姉さまも大好き!!だけど過労はNGです!
同人作家JK、夜凪命。ファンは主に愛はあるが拡散力は無いタイプが多く、いわゆる「読み専」ばかりだった。たまに感想が届き、一部の者だけが金を出してくれる。若さを思えば素晴らしい城を建てたともいえるが、安定しているとはとても言えない現実。
世間に名の知れた小説家には程遠い、今現在だった。
まあ本人的には「道のりは長いけど、努力していく」というつもりだったのだが、「流行」とか「ヒット」とか「ブーム」とか、そんなのは彼女が思うよりもずっと気まぐれで、運任せで、そして運命的であった。
姉の景が初めての
タイトル「天使を演じるのは、ただの子供の遊びで済むだろうか」
百城千世子がそのネット小説を読んだのはほとんど偶然、ではなかった。千世子の日課はエゴサーチである。自分の評判を確かめるため、結果を次にフィードバックするために、信者もアンチも丸裸にする。
「このネット小説、めっちゃすこ。ちよこちゃそ主演で映画化してくれ。まじで。」
「いやこれ「天使」主役っていえるか?舞台装置じゃね?まあ確かにスターズの天使はハマり役かも。」
「おもしろいわ。作者ダレ?「よるのいのち」さん?「夜の命」?しらん。」
千世子のエゴサに「百城千世子に演じて欲しい作品」が引っかかるのは珍しいことではない。そして千世子は大抵、話題に上がっていた作品を確認する。
「アタリ」なら準備をしておく。「ハズレ」なら放っておく。内容は「アタリ」でも映画化する可能性が低い隠れた名作であれば、アリサさんに話をまわしておく。
その小説は、「大アタリ」だった。
剣と魔法の世界。いわゆる異世界モノ。ハイファンタジーで転生者などは無し。魔法を使える数人の子供たちをメインに、陰謀と冒険を描く。
あらすじには、
「ひとりが魔法で「天使の幻」を作り、ひとりが軽い魅了魔法を仕掛け、ひとりが仲間の姿を隠し、ひとりが策略をたてる。
子供たちが皆で協力して天使を演出してみた。ただの悪戯のつもりだった。
大人たちは驚くほど愚かで、あっさり「天使様」を信じてしまった。「村を救ってください」「盗賊が」「飢えが」「重税が」
子供たちは苦しい現実を何も知らなかった。泣きながら縋る母親たちの姿に、「バレたら叱られるどころじゃない、皆で死んでしまうかも」と後に引けなくなった子供たちは、必死に作戦を立てて「天使様」として村を救おうとする。」
すごく、面白かった。
美しい天使は「天使作成役」の子の「理想の美少女」の姿をしてるけど、宗教的には「天使は男性のはず」という世界観。これは現実のキリスト教も確かそんな感じだよね。
子供だから無学。だから天使を美少女にしちゃったんだ。
それを察して天使の中で演技をする子が、男性的に振舞ってカバーしようとする。「僕のどこが少女に見えるのか?ああ、哀れな地上の子たち。君たちの知識で僕を判断しないで。」って。
これ、凄く良い!!
この「中の子」がたぶん主人公だよね。他の子より魔法が苦手だけど頭が良くて、現実的。参謀役だ。魔法を使わない作戦立案と天使の演技を担当してる。
緊迫したシーンも多いし、現場での活躍もきっちり果たす。凄く良い。男の子だけど、そうじゃなかったら演じてみたいくらい。
問題は、ネットで無料で公開されてる作品だってこと。
商業化、映画化、ううん、せめて3年、いや2年以内には演りたい。
まずアリサさんに話を通して……。こういう作品って書籍化するのにどういうルートを辿らせればいいのかな?とりあえず人気がなくっちゃはじまらない。
どうしても、「この天使」を演じたい。
百城千世子は「天使」ばかり演じていた。
だからこそ、「天使を演じる役者」を演じたいと思った。「男っぽい天使」がやりたいと思った。「主役」ではなく、「舞台装置」であり、「世界観」であり、「作品のすべて」ともいえるこの役を演じたいと思った。
だから、拡散した。天使パワーは強力だった。だから使った。そして、ネットの力もまた偉大である。
夜凪景と夜凪命。ともに芸術家の姉妹は、奇跡的にも同時に世間に発見された。
その結果はまず、バズった。その後に「スターズの天使」と姉さまが、「天使様」役をどちらが演じるか争うことになるとは、だれも予想していなかったことである。
夜凪命
好きな映画
ジブ〇はだいたい好き。特に「風の谷の〇ウシカ」姫姉さまがとっても姉さま。
ハ〇ー・ポッターシリーズは嫌いだけど好き。原作派であるため、初見では「あのシーンもこのシーンも無くなってる!」と感じてかなり嫌いだったが、慣れると割と好きになった。
基本的に映画はあまり見ない。「映像と音」にあまり慣れていない(本ばかり読んでるから)ので、すぐにキャパオーバーしてしまう。ちょっと苦手。
原作既読か、もしくはアニメ映画なら休み休み見れる。
連載作品「天使を演じるのは、ただの子供の遊びで済むだろうか」
主役の子供たちが陰謀を巡らせ、脇役の大人たちが必死で冒険するという逆転構造のファンタジー小説。評判はかなり良いが、ネット小説らしく長すぎで、話も多すぎ。
作者は有料化の予定はない。趣味兼、有料小説と作者の宣伝を担当してくれる作品。