『書籍化&映像化しませんか?保護者の方もご一緒にお話しさせてください。』
→「家庭の事情で無理ですわ」
『断るにしても、一度お会いさせてください。』
→「ごめんなさいなのです。」
『ご家庭の方には内密にされていても構いません。直接お話させて下さい。』
→「神よ許したまえ……。ムリです。」
『……集A社の見学に来ませんか?漫画家のサインをプレゼントしますよ!』
→「……行きますクマ。」
時はデスアイランド最終撮影日、昼頃にまでさかのぼる。夜凪命、またの名をよるのいのち先生は、南の島で、迷子になっていた。
「にゃああー」
「ニャー」
おおう、返事してくれた。南国ののら猫さんは、近所ののら猫さんよりもフレンドリーですわ……。
嗚呼、何故こんな状況になってしまったのでしょう……?
数日前、命は集A社の見学を楽しみ、お土産のサインを貰ってご機嫌でおうちへ帰った。なんか見覚えのある星アリサ社長とも会ったが、そんなものは忘却の彼方であった。
そして今日。突如として家を訪ねてきた星社長と秘書のスミスに丸め込まれ、気付いたら飛行機に乗せられていて、気付いたら南の島に来ていて、そして、迷子になってしまったのである。
いやそうはならんやろ。
命は決して、押しに弱くはない。むしろ強い。丸め込まれるよりも、丸め込む方が得意である。
しかしあの女性、星アリサさん。彼女を見ていると、「映像酔い」するのだ。
女優を引退して久しいはずだが、まるで常にスポットライトが当たっているような存在感。厳格にして優美な美貌。表情は硬く、距離を置いた態度。
わたくしの敗因は、そう……、ふたつありますわ。ひとつは映像酔いしたこと。ふたつめはコミュ力の敗北ですの……。
姉さまがスターズのオーディションを受けた以上、夜凪家の住所が知られていることは意外ではない。オーディション中に星アキラ殿が、その後にクロヤマが訪ねてきたことからも命の中では周知の事実である。
そして現在、姉さまが女優として取り組んでいるお仕事がスターズ主催であり、姉さまが未成年である以上、スターズには、そしてその社長には姉さまの緊急連絡先を知る権利と義務がある。
そして姉さまが、そう、夜凪景は体調不良を起こした。撮影中に雨に当たり、寝込んでしまったのだそうだ。
その連絡を受けたわたしは、そしてレイとルイは、雪さんも、心配で心配でたまらなかった。多分クロヤマはあんまり心配していなかった。
「風邪ぐらい誰でもひくだろ。すぐ治る。」
「どちらのどなたがお風邪を召しても構いませんが!姉さまがご病気なんて、とても久しいことなのです!きっと心細いでしょうに、心配なのです……。」
「健康優良児かよ。」
「うん、とっても!」「おねーちゃんカゼひかない。」
まあそして、何故か次女の命が一人で姉さまの迎えに行ける?ことになって、星アリサ同伴で飛行機に乗ったのである。どうしてそうなった???
ただひとつ理解できるのはそう、上手く引きずり出されたということである。
……ここにきて、「天使遊び」が狙われていないと考えるほど命は鈍感でも謙虚でも無かった。
だが、向こうも想定していなかったであろうトラブルが起きてしまったのだ。おかげで考える余裕と時間ができた。
トラブルとは単純に、スターズ(主に千世子)目当てに集まっていたファンたちが星アリサに気づき、大騒ぎになってしまったのである。
そしてスターズ関係者でない少女が、人の波に流されてはぐれてしまったというわけです。
初めて来た南の島で、一人で迷子。大ピンチ、という訳ではない。
命はこんなのなれっこなのである。あの人の英才教育にこういうのがあったので。
「はじめてのお〇かい」という命が大好きなテレビ番組がある。父曰く「要するにとても困っている人間はエンターテインメントになる」のである。
ヒトデナシめ。
なので命は、あの人に言われて小学生の身で一人で遠出をしたり、めっちゃ遠くで放り出されて「一人で帰って来い」させられた経験があるのだ。
そして旅日誌?というか、体験を文章で纏め上げるところまでが課題であった。
まあ、一晩帰れなかった時はお母さんと姉さまに非常に心配をかけてしまったが、それほど深刻な問題ではなかった。
なにせ命ちゃんはかわいいので。ルックスの話ではなく、猫被りの話だ。
コミュニケーション能力と体力の問題。いざとなれば交番に駆け込めば良し。「迷子なんです。」と道を聞けば、大抵の人間は親切にしてくれる。
ましてや飛び切り賢そうな幼女であるのだから、飴ちゃんをくれたり車で送ってくれたりもする。
知らない人にホイホイついていくのはめちゃくちゃ危ないが、まあいざというときのためにGPSを持たされていたので。
なつかしい思い出です。お母さんと死別してからは家に籠りきりでしたが、人生経験はとても役に立つものですね。
「すいません、迷子なんですけど。この辺で目印になるような場所ご紹介いただけないでしょうか?」
「あら~、可愛いおじょうちゃん。迷子?旅行?」
「はい。はぐれてしまって。」
「そっかー。最近映画の撮影やってるもんね、その見物かな?あそこの角を右に曲がって、それから……」
これをボーナスステージと言いますのね。楽勝でしたわ。
☆
そして現在に戻る。夜である。
サインに釣られて正体を現し、姉の体調不良を口実に南の島までさらわれてきた「よるのいのち」、本名を夜凪命。追い詰められた彼女は、もはや最後の命綱とばかりに姉にしがみついていた。
「ぎゅうう。です。」
星アリサは彼女を覚えていた。忘れもしない夜凪景のオーディション、『野犬』というテーマに対し圧倒的な無言劇を見せた夜凪景。そして彼女に魅了される観客たち。
その場にいた全員が、ただの観客にされてしまうような演技に対して、ただ一人目を背けていたのが夜凪命だった。
奇妙で、すこし気味が悪くて、よく覚えている。
よく似た姉から目を背ける少女。そのくせ、誰よりも姉の演技を賞賛していた。きらきらしい言葉を使って。
すこし青褪めた顔で、役者のように猫を被って、実の姉の演技を上っ面だけで称賛する。そういうふうに見えて、気味が悪かった。
認めるしかないが、夜凪景の芝居は確かに素晴らしい物だった。それを、何故?
「よるのいのち」と対面して、彼女だと判明して、不快感や不気味さを感じなかったと言えば嘘になる。夜凪家とは相性が悪いのかもしれないとすら思った。
気味の悪さはすぐに興味に変わった。
この私から目を逸らす。姉にそうしていたように。そして顔色を悪くする。
恐れられているわけでは無い。憎まれているわけでも無い。そう言った感情なら簡単に把握できる。だけど、違う。
視線を逸らす前に、目を丸くしてじっと見詰めてくる。まるで猫か幼児のように。うっとりと見惚れるかのように、見詰めてくる。
(見たことないタイプの人間ね。小説家なら知的か内向的かとも思ったけれど、そのどちらでもなさそう。”落とす”手掛かりがつかめない。
なんとしても、彼女に映画化の同意をさせなければいけない。)
だからこうして連れてきた。彼女の実姉である夜凪景が現在だけ、スターズの下で仕事をしていることを縁にして、千世子とアキラと直接会わせる。
デスアイランドの現場ならスターズの人間が多くいる。彼女の姉もいる。千世子が説得出来れば、もしくは場に呑まれてくれれば良し。そうでなくても、大勢の嘆願に押されてくれれば良し。
家族の同意が得られればさらに大きい。
現場の戸惑いは大きいが、千世子は流石に冷静だ。すでに彼女を魅了するために微笑んでいる。手塚はらしくもなく動揺しているらしい。
「あー、社長?どうして来られたんですか?台風はありましたが、結果的には何の問題も……、」
「ええ。予定通り撮り終えることが出来たようね。」
「……なら、どうして?」
それは皆そう思っている。というかこの状況に疑問しかない。
だが、夜凪命を観察していて答える気の無い星アリサに代わり、秘書の清水が返答を返す。
「オーディション組の夜凪さんが体調を崩されたということで、彼女のご家族に連絡したところ、……妹さんが迎えに来た、という流れです。」
いまいち答えになっていないが、清水自身も理解しきれていない。謎の状況に楽しかった打ち上げ(BBQ)が静まり返る。
シーーーーン
「えっと、命?心配かけてごめんなさい。私、もう大丈夫だから!漫画家のサインって?誘拐?え、えっと……、そう!あのね!私、千世子ちゃんと友達になったのよ!あのね、聞いて欲しいことがたくさんあって……」
「はい。姉さま。」
「私、カメラに隠れて吐いたのよ!!それでね、千世子ちゃんがとっても天使で、綺麗でね、」
「天使。」
妹がそう言うと、姉はそれきり黙り込んでしまった。景は妹の調子が悪いことを察知したのである。知らない人が大勢いるのに、社交的に振舞わずに言葉が少ない。何か考えている。
景は妹のこういう調子が苦手だった。
(私は解ってもらえるように話すのが苦手だけど、いつもは命の方から歩み寄ってくれる。でも、こういう時の命は私よりも解り辛いのよね……。あの人にちょっと似、)
何をするのか、何をしたいのか理解できない、そういうところが座敷童なのである。でもかわいいから許されているところもある。
「天使。」
そうつぶやいた命は、すっと景から離れて百城千世子をみた。視て、観て、何故か愛おしげにみつめた。
「わたしは映画には詳しくないです。ですが、好きな言葉はあります。『私のジジを見つけたわ』『他の者はルーナを演じることが出来た。けれど彼女はルーナだった』。
……なるほど。頭ではなく感覚が理解を示します。よく似てるとか、生き写しとか、そういう話では全く無い。」
ふらふらと軽い足取りで夜凪命が百城千世子に歩み寄る。愛おしそうに、まるで我が子を見るように。
「『オレの天使が、ここにいる。実在する。』」
誰も、何も反応できないままに、そのまま抱き着いた。さっきまで姉にしてたように、家族みたいに抱き締める。
千世子も反応が出来ずに、人形のようにただ抱き締められていた。暖かくて、不快感はない。
「あれ?」
不思議そうな声を出して、命は千世子から離れた。手のひらを自分の頭にそえ、とんとんと叩きながら首をかしげる。
「姉さま、わたしいま、もしかして、バグりました?」
「え、うん。オレって言ってたわ。わざとじゃないなら”ばぐ”ね。」
「ああーー、うーーん、申し訳ない。ご迷惑おかけしまう。きゅう。」
きゅう、ぱたん。
夜凪命はそのまましゃがみこんで気絶した。
まず、命ちゃんは夕食を食べていません。昼もろくに食べていません(アリサさんが居たからキョドってあんま食べなかった)。
そして乗り物酔いをします。飛行機に乗ってきました。
そして映像酔いをします。ここには役者が大勢います。
だいぶ理性が死んでいる状態だったため、とても挙動不審になりました。ガチで死にかけのオタクの挙動。
健康であればあるほどマトモに見える、不健康になればなるほど奇人(座敷童)に寄る。そういう子です。
寝て食って元気になれ。
アリサさんが疑問に思っているところ、命ちゃんは映像酔いしているだけです。
「私のジジを見つけたわ!」by小説家シドニー=ガブリエル・コレット
自作『ジジ』のブロードウェイ主演にオードリー・ヘップバーンを選んだ時の言葉。
「他の応募者はルーナを演じることが出来た。けれどイヴァナはルーナだった。」
映画『ハリーポッター』のルーナ・ラブグッド役にイヴァナ・リンチが選ばれたときの言葉。