ひとまず夜凪景の初めての映画のお仕事が終わり、姉弟がみんなお家にいる普段の生活に戻った、ある日の事。
「舞台?」
「ああ。チケットを貰ってな、2枚ある。行って来いよ。」
「私それより次のオーディションを受けたいのだけど。」
「観劇も勉強だ。
「……2人で、ですか?わたしと姉さまだけで?レイとルイを置いて?」
じとぉ……。
のっそりとソファから起き上がり、命は黒山を咎めるような眼差しで見る。この子は南の島から帰って以来、ずっと何かを悩んでいる様子なのだ。
「……気分転換になるだろ。なんだよお前こないだから。鬱陶しいからさっさと元気出せ。」
「むぐぅ。」
何を悩んでいるのか家族にも黒山や雪にも話さずに、ぐるぐると一人で悩んでいる様子の座敷童ちゃんである。
「……ご遠慮します。四人家族に2人分のチケットをプレゼントするような、デリカシーの無い男の誘いに乗りたくありません。
姉さまとデートするなら、もっとわたしたちの好きなところを選びますわ。」
「舞台は好きじゃねえってのか?」
「むかし親に連れられて行って、
「お前は虚弱か。」
「大正解。なのですが、クロヤマに指摘されるのは不愉快ですね。」
「はあ。じゃあ夜凪だけでも行って来いよ。千世子でも誘ってよ。」
「!!千世子ちゃんを!?」
大黒天のみんなが、元気にわちゃわちゃしている。景の新品のスマホを囲んで、(一人だけ)ドキドキしながら天使と連絡を取っている。
その賑やかな声を聴きながら、命はまたソファに沈んだ。
(百城千世子……。どうしたらいいのでしょう?わたし、わたし……、二次元のプライドも、作家としての矜持も、嗚呼、わたし、未熟者ですわ……。)
「あ、お帰りお姉さま!デートはどうでしたか?舞台、楽しかったですか?」
「…………。」
舞台に行った当日の夜、姉さまがうつ伏せで拗ねていた。わたくしの美しい姉が死んだ魚のよう。
そんな姉さまに雪さんが、「明神阿良也」さんという舞台役者さんについて解説をしてあげている。
「(前略)…とんでもない実力者だよ。舞台もすごかったでしょ?」
「……うん。本当にすごかったわ。(中略)
なのに会ってみたら失礼なセクハラ男だったのよ!!舞台の上ではステキだったのに騙された気分だわ!」
「あーそれで不機嫌だったのね…。」
「姉さまにセクハラなんて、命知らずな男もいたものですね。……あ!駄洒落じゃないですよ!」
「……ん?」
「おねーちゃん反抗期?」
「おねーちゃんたち思春期だよ。」
「……悔しいわ。私あんなお芝居できない。」
「できないじゃねーよするんだよ。阿良也にあってお前に欠けているもの、”観客への意識”だ。(中略)……
「…黒山さん。久しぶり。」
「昨日も一昨日も会ってるよね!?」
「そうだっけ?」
「クロちゃんいつ働いてるの?」
「一応確認しておきますと、姉さまの時間感覚は集中力ですぐにズレるのでこれは本気で言ってますよ。ざまあクロヤマ。」
「夜凪家この野郎。新しい仕事紹介してやんねーぞ。」
「仕事!?お芝居の!?私オーディション受けてないのに!」
「良い鼻を持った演出家はときにオーディションなんて必要としねぇもんだ。阿良也の芝居に近づきてぇならココに行け。
お膳立ては済んである。」
ぐぬぬクロヤマ墨字、腹立つけど有能である。姉さまがキラキラしている。
「あ、夜凪、のーえっと作家のほう、妹のほう、命、お前も行けよ。」
「
「お前の姉が新しく世話になる現場だ。挨拶くらいしろ。あと、そこの元締め、じゃねえ、えっと……ボス、あー一番偉いジジイに、お前が小説家だって紹介してあるから。」
「……個人情報!わたし!未成年!おのれクロヤマ!この世の不条理の擬人化め!」
「比喩の規模がでかいな、オイ。」
わたしは渾身の物理攻撃を実行した。いつの世も本の角アタックが大正義である。
「そういえば、阿良也君ってちょっと……、『座敷童むーぶ』?してる時の命に似ていたわ。」
「その人絶対変な人ですよ。」
「お前が言う?」
知らない
「で、お前が夜凪か。」
「……はい。」
「一人か?姉妹で来ると聞いていたが。」
一方夜凪命は、ストライキ中であった。
「此度ばかりは許せぬ!命は!無職ニートひきこもりじぇーけーなのですが!?趣味で同人作家してますけど!稼いでますけど!おたくの社員ではありませんが!?勝手に、わたしを、斡旋するなーー!」
「でもお前の姉はウチの役者だし。身内身内。」
「コラア黒山!めいちゃんイジメてんじゃないよ!!家賃上げるよ!」
「ごめんなさい!」
場面転換。数時間後。
やはり人脈。人の助けはすべての苦難に勝る……!
「そう思うなら尚更だろ。劇団天球に行けば人脈が広がるぞ。」
「やです。やーなのです。」
「なんでだよ。別にお前人見知りするようなタイプじゃねえだろ。」
「そう思うならクロヤマ、お前はやはり節穴ですわ。人が怖いから愛想良く、ただそれだけのことなんですから。
縁起でもない、コホン、失礼、誤字りました。演技でもない、「嫌われたくない」という本心からの猫被りだからこそ、わたしは容易く愛されるのです。
まあ、安い親愛などは、脆く捨てられるものでもありますけどね。」
「……ま、理解出来なくはない。よくある真理だな。」
「オヤジギャグですか?」
「は?何が。」
「心の理と書いて「心理」。真の理と書いて「真理」。知的ぶった洒落になってますわよ。」
「お、マジだ。ああ、さっきお前が言ってた「誤字りました」は同系統の洒落を遠慮がちにアピってるわけだ。」
「いえ、口頭で「誤字った」と主張するだけの変人ムーブです。」
「本題に戻りますよ。つまり、わたしは生粋の人見知りなんです。ニンゲンコワイなのです。一度「安心」認定できれば大丈夫ですけど、でも、それ以前に超重要難関イベント「初対面」を回避したいのです。」
「甘えてんじゃねえよ。そんなやり方じゃ自由が無いだろ。」
「欲しい自由と別に興味ない自由があるんですよ。クロヤマだって、まあ、わたしと違って人見知りはしませんが、クロヤマだって、人との信頼を築こうとはしないでしょう?」
「は?」
「言っておきますけど、わたしはクロヤマにされて不快だった事、全部伝えてきましたよ。「姉さまに失礼」とか「個人情報を守ってくれ」とか、色々。だから、わたしあなたのこと大嫌いなんです。」
「…………。」
そう、この男一言も謝っていないのである。悪い事をしたと思っていないから。彼女らの喜び、将来のためになることをして、ウィンウィンだと思っているから。
指摘されてなお普通に思っているが。
それでも、やっと気づいた。嫌われるのが当然だという現状に。
「…………………。」
でも謝らないのである。否、謝れないのである。
何故なら、男の子だから。トシいくつだてめぇ。
自分が悪い事を理解して、それでも素直に謝れない大人げない男に、あいにくながら夜凪命は慣れていた。表情で理解してくれたことがわかったので、今日はもういいのである。
(一歩前進。謝罪してもらうのはまた今度にいたしましょう。時間をかけてたっぷり悩めよ良い年した大人が。)
ストライキ終了。
「……まあ、わたしはクロヤマのこと人間関係的には嫌いですが、変な人としては好みですよ。好きじゃあないですけど。
現実は空想より奇なり、みたいな人と、ずっと友達になりたかったんですから。クロヤマの事は嫌いですけど。」
ずっと、そう思っていた。だから、嫌いな人に優しいのだ。命ちゃんは大人なのである。
(もうじゅーごさいですからね!いえい!)
「『よるのいのち』?『天使』とか、『探偵調べろ』とかの?」
「ああ、そういやお前ハマってたな。動画あげたんだったか。」
気怠げな色男だった明神阿良也が、みるみるうちに楽しげに、幼げに、子供っぽい表情になっていく。
「俺、よるのいのちに会いたい。」
感想欄で指摘がありましたが、作中の
「アニメ化から実写化する流れが普通」という理屈は命ちゃんの感覚です。彼女は体質上、実写映画が見れません。
なので、「知ってるアニメ」が実写化したヤツしか知らないわけです。
「世間知らず」の一部ですね。父親に情報統制もかけられてたので、常識におもわぬバグがあります。
誰か指摘すればそれがバグだとわかるのですが、もともと漫画・アニメ・二次元系統のネット小説、ラノベだった上に、表紙などに綺麗なイラストを全作品に用意しているのでみんな「ああ、売れたらアニメ化する系統か」という認識があります。
なので命のバグと噛み合っちゃってるんです。しばらく自覚しないと思います。