前略、俺は転生した異世界でデリケートかつ面倒な仕事を押しつけられてしまった。
魔法が実在するファンタジーなこの世界では、個人が規格外の強さを持つことが稀にある。その代表的な例が、魔女だ。人を嫌い、暗い森に隠れ、怪しげな実験を日夜繰り返している魔女達からすれば、そっとしておいてほしいだけの話なのだろうが、個人で国同士の力の天秤を大きく傾けてしまうことが可能なその強さを、無視することは出来ないわけで。
当時の三大国が同盟を結んで魔女狩りが行われ、多くの人と魔女が死んだ。そして、一部の魔女達は既に死さえも克服していることが、知られることとなった……のが千年前のこと。
「ユーリさん、中庭にいらしたんですね」
陽気な風が吹き抜けて、サワサワ、と新緑の木々の葉擦れの音が耳に心地よい中庭の東屋で紅茶を飲んでいると、今は宮廷に出向しているはずの秘書のカーネルが、日向の中を涼やかな表情を浮かべて歩み、東屋へと入ってきた。
「ああ、最近は書斎ばかりにいたから……ちょっと気分転換がしたくなってね」
「巨塔の魔女様からお手紙です」
「えっ」
「……そんな傷ついた顔をしないで。馬車は既に用意してありますので、手紙は揺られながらでも読んでくださいね」
「カーネルは、とても優秀だな」
「恐縮です。それでは私は宮廷への報告がありますので、ここで失礼します」
呪いをたっぷり込めた俺の言葉はさらりと受け流されてしまい、一礼の後にすたすたと、カーネルは去ってしまう。そして手元に魔女からの手紙だけが残っていた。
「君がカーネルの手配した馭者かな?」
「はい、そうです。その、今は馬に水を飲ませているので、出発はもう少し待っていただけますか?」
「それじゃあ馬車の中で待つから、いいというタイミングで、もう一度声をかけてくれればいいよ」
革張りの席に座って、魔女の手紙を睨む。手紙の角には、円に矢じりのような模様の魔法が施されている。魔法の効果は素人の俺には理解出来ないが、俺以外の人間には読ませる気がないのはなんとなく分かる。
巨塔の魔女かぁ……。中身を読まなくてはいけないけれど、どうも気が重い。
読むか。
一呼吸を入れて、手紙にナイフを差し込む。ペリペリ、と乾いた紙の裂ける音がして、中から一つ折りの紙が出てくる。それを開くと、そこには一文だけ書かれていた。
『死んじゃう、ユーリたすけにきて』
「うわぁ……」
ミミズがのたくったような文字は茶黒く滲んでおり、そのインクには悪趣味にも本物の血液が使われているようだ。
まだ元気がありそうだから、一週間ぐらい放置してもなんとかなりそうだけれど、乗算でめんどくさくなる予感があるのでやはり向かうしかないのだった。
「準備整いました」
「出してくれ」
◆
ヒヒィィィン、と馬が嘶いて顔を上げる。
あれから、一級禁足地帯に指定されている森にかなり近づいていたようで、窓からは白亜の巨塔が嫌でも視界に入ってくる。
「ここまでで結構、あとは歩くよ」
「すみません、馬もすっかり怯えてしまって。正直助かります」
少し歩いて、境目の曖昧なはずの森に入ったのだと、肌で感じる。空気はコールタールのような黒くドロドロな気配が飽和状態で、息が苦しい。
──突然、手紙の紋様が鋭い輝きを帯びはじめ、矢じりがぷっくりと膨らんで、銀の尾を引く。ギギャア、と悲鳴が響き、木の幹からゴロンと猿の魔獣が転がり落ちてくる。白目を剥いてビクンビクンと痙攣している魔獣の苦悶の表情にドン引きしていると、銀の矢じり……が白蛇に変異した姿が手首にぐるりと巻きついて、その頭の先で巨塔を指し示しているようだった。
「なるほど、こいつが水先案内人というワケだ。うひぃっ」
蛇の頭を指で撫でると、長い舌でチロリと舐められてゾゾッと怖気が走る。……機嫌を損ねないように、気をつけよう。