「ここが小説投稿サイトハーメルンかぁ」
白い雲と青い空、照り付ける眩しい太陽。
快晴の下、ゲームのはじまりの町っぽい市街地に一人の少女が佇んでいた。
先ほど『ユーザー登録』という看板が建てられた建物から出てきた彼女は、見るからに新参者だった。
「えーっと、マイページって結構項目多いな……」
手元に半透明のウィンドウを立ち上げ唸る彼女は、紺色のスカートに白いブラウスという清楚な町娘スタイルである。
日差しもあってのどかな初夏の風景として絵になっていた。
しかしその時、無害そうな少女の下に、無数の影が迫る。
「オラどけー! 日刊ランキング更新の時間だー!」
「TS! 配信! TS! 配信! TS配信TS配信TS配信!!」
「ウマウマウマウマウマウマウマウマウマ!!」
「掲示板掲示板掲示板掲示板掲示板掲示板!!」
中山の直線みたいな集団がハヤテの如く疾走し、そのまま少女を上空へ撥ね上げた。
「きゃあああああああああ!?」
完全に気を抜いていた状態で突然逆バンジー→バンジーのコンボをキメられ、少女が悲鳴を上げる。
このままでは地面に叩きつけられアカウントは爆散、暁への登録を余儀なくされるだろう。哀れにも規約違反一覧にすら載らず一つの垢が散ろうとしていた。
「チッ――感想のgoodを15消費! あの子を助けろ!」
その時、鋭い声が響いた。
代償を支払って行使される特殊な魔法(現実では未実装)が発動、優しい風となり、約9.81 m/s²を無効化する。
「あ、あれ……」
「ったく迷惑な連中だな。TSと配信はもう落ち着いただろ……ウマと掲示板は確かにtier1だけど……ていうか掲示板ほんと定期的に流行るな……」
ゆっくりと地面に下され、少女はぽかんとする。
見れば漆黒のローブを纏った、いかにも上級者っぽい黒髪の青年が歩いてきていた。
「災難だったな」
「あ、あの……助けて下さったんですか?」
「ああ。って初対面相手にタメはないな。見たところユーザー登録を済ませたばかりだと思うんですけど、この時間はランキングが更新されるから通りに出てない方がいいですよ」
「SIRENみたいな場所なんですね……」
それはそれとして、青年の顔をちらちら見ながら少女は頬を染めている。
「じゃあ俺はこれで……」
「あ、あのっ。見たところ、このサイトの先輩ですよね? 敬語とか大丈夫なので、良かったら色々教えてほしいんですけど……」
「む……確かに。分かった、機能とか結構多いし、風習も独自だから、説明した方が良さげだな」
「じゃあよろしくお願いします! あ! 私、シャボン多摩っていいます! さっきユーザー登録して、規約を読み終わったところです! よろしくお願いしますね!」
元気よくあいさつする少女に、青年は頷く。
「シャボンさんか。いい心がけだな、素晴らしい。このサイトは、規約を読まなかったやつから死んでいくからな」
「当然では?」
規約を読まないままインターネットのコミュニティに参加するのは、しきたりを知らないまま田舎の村の怪しい神社で地蔵を蹴倒すようなものだ。死ぬに決まっている。
「いや本当に大事だから。マジで。知らなかったじゃ通らないこともままあるからね」
「なるほど……! ありがとうございます! ええと」
「あ、申し訳ない。自己紹介がまだだったな。俺の名は、黒牙斬月(2代目)だ」
「再登録してません?」
シャボンの指摘に、黒牙はさっと顔を背けた。
「やってません? アカウントロック後の再登録してません??」
「いやあれは違うんだ、兄弟がたまたまユーザーだったのを複垢と誤解されて…」
「ああ、なるほど……ってそんなことあるわけないじゃないですかッ! 見え見えの言い訳ですよねぇ!」
右手をかざし、シャボンはステータスオープンならぬ情報提供ページオープン!
規約を熟読した証拠である。黒牙は顔を彼女の方へ戻すと、満足げに頷いた。
「いや失礼、試すような真似をして悪かった。今のは冗談だ」
「あ、良かった……そっか。私がちゃんと規約を理解できたか試したんですね。じゃあ本当の名前を教えてくださいよ~」
「? 2代目なのは本当だぞ」
「情報提供のチュートリアルまでさせてくれるなんて親切だなあ」
「待て待て待て待て」
シャボンが情報提供フォームに文字を打ち込み始めた。本気で通報する気だった。
慌てて黒牙がその手を止める。
「そもそも情報提供のチュートリアルって何?」
「ほら、あるじゃないですか。最初にガチャを回させてくれるあれ」
「『ちょうどここに規約違反が一件あるな。よし、譲ってやるから通報してみろ。このフォームに詳細を書くんだ』ってか? 治安悪すぎるだろうが!」
例えのおかげで意味は伝わったが、脳内に描かれたイメージ映像は最悪だった。
次々に現れる規約違反者をサクサク倒していくのだろうか、と黒牙は頭を抱える。ハーメルン版ゴッサムシティである。
「違うのならいいんですけど、(2代目)表記はちょっと紛らわしいのでは?」
「ああ、よく言われるよ。ただ、これは外したくないんだ」
「何故?」
黒牙は少し照れ臭そうに頬をかき、ぽつぽつと話し始める。
「尊敬していた師匠がいたんだが自主退会してしまってな……退会する前に何度か引き止めたんだが、だめだった。そこで許可をもらって、2代目を襲名させてもらったんだ」
「デカイ感情すき……」
「仕上がったオタクの発言やめろ」
自己紹介を終えて、二人は並んで町の通りを進む。
大小さまざまな建物が並び、その看板をシャボンはきょろきょろと見渡す。
「いろんな建物があるんですね」
「このあたりは作品ジャンルが多いからな。ガンダムとかポケモンとかの老舗も出店してて、あちこちに立ち寄るだけで一日が潰れてしまう」
「なるほど」
人が絶えず出入りをする、活気あふれた商店街といった具合だ。
広い通路はランキング更新勢の通過を終えて、露店も戻ってきている。
その中の一つ、ミキサーをいくつも並べたジュースバーの前で黒牙が立ち止まった。
「喉が渇いてないか? 俺が奢るよ」
「えっ! そんな悪いですよ」
「じゃあいつか君がまた、新人さんを案内するときがあったら、その人に奢ってあげてくれ」
「わっ……イケメンにしか許されないタイプの今度の行動に制約を課す奢り方だ……」
「撤回したくなってきたな」
「いえ、全然大丈夫です!」
むん! と両腕を豊かな胸の前に構えて天地魔闘の奢られの構えを見せるシャボン。
小説がイタいのは許容だが言動がイタくなるのはマジで勘弁してほしい程度の自意識を持つ黒牙は、若干へこみながらも露店のお兄さんに注文する。
「えーと、このなのはとfateのミックスと、あとISとガンダムのミックスを1つずつ」
「あいよ。旬の注文だねえ!」
「このメンツで旬を言い張るの、パイロットとしての強さならキラよりシンの方が上みたいな強弁さを感じますね」
数秒ぐらいで往年のクロスオーバーじゃなかったミックスジュースがお出しされる。
黒牙がお代(感想と評価と読了ツイート)を支払った後、二人は飲み物を啜りながら散歩を再開する。
「ああ……懐かしい味がしますね」
「駄菓子屋で売ってる、水に溶かす粉末ジュースの味だよな」
「そこまで言うつもりはありませんでしたが……!?」
そうこうしているうちに、メインストリートの大きな十字路に差し掛かった。
今まで歩いていた活気のある商店街とは違い、通りを挟んで向こう側は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街の様相を呈している。
「こ、ここは……?」
「ここはヒロアカ、ダンまち、鬼滅だ」
「『摩天楼 -スカイスクレイパー-』みたいになってません?」
行きかう人々はさらに多いものの、建物が大きすぎて逆に行き来は少なくなっている。
「一回ビルの中に入るとマジで一日経つんだよね、フロアが多すぎて」
「ああ、サイト巡回してると時間の経過が異常に早くなるみたいな感じですね」
「そういう感じ」
身に覚えのある現象にシャボンは頬をひきつらせる。
ビル群を抜けていくと、不意に視界が開けた。
そこでシャボンがあっと声を上げる。眼前には、オフィス街のど真ん中で巨大な敷地を占有する、巨大な建造物があったのだ。
「これは……国会議事堂ですか?」
「ウマ娘プリティーダービーだな。築二カ月ちょいだ」
「二カ月!? 有形文化財みたいな迫力があるんですけど」
爆速で建築されたクソデカ建造物にシャボンは驚愕する。
多分ボーイミーツガール杯でもウマが多数出てると思うので、建物はどんどん大きくなる。ドバイのマンションみたいになるだろう。
「建物の紹介はこのぐらいかな。じゃあ今から、交流所に行ってみようか」
「交流所?」
ああ、と頷いて黒牙は歩き出す。
国会議事堂の前を横切り、オフィス街の片端にある自然公園へと向かっていった。
「建物じゃないんですね。なんていう名前の公園ですか?」
「Twitter」
「ああ、はい……」
全部に納得のいく言葉だった。
まあやってない神作者もいるがそれはそれで神秘的なので良い。ルシエドは早くTwitterを開設しろ!*1
「今日もにぎわってるな。猛者たちがたくさんいる。良かったら紹介するよ」
「えっ……は、はい! でも、いいんですか? 神作者さんと会うには、いささか穢れを落とせていないのですが……」
「ご神体と会うわけじゃないからね?」
シャボンのインターネットしぐさは結構堂に入っていた。
そうこうしていると、黒牙たちの前を背の高い美女が横切った。
「早速お出ましだ。彼女はユーザーネーム『TS娘はTS男子と恋愛をするべきだと思うの』だ」
「TSクロスカウンター性癖は業が深すぎる……」
「気をつけろ。やつの視界に入ると、TSさせられるぞ」
「発動条件緩すぎません!?」
シャボンの絶叫を聞いて、『TS娘はTS男子と恋愛をするべきだと思うの』が二人の方を見た。
ウワッと悲鳴を上げて逃げようとしたシャボンだが、TSする気配はない。
「あれ……?」
「あら、新人さんですか。こんにちは、『TS娘はTS男子と恋愛をするべきだと思うの』です」
「あ、はい。えっと、視界に入ると……」
「ええ、ええ。もうお聞きになったのですね。私は性癖を突き詰めていく過程で、この力を手にしました。ですが誰もかれもをTSさせたいわけではありません。普段は特殊なコンタクトレンズを使い、この力を押さえ込んでいるのです」
「完全に異能バトル文脈じゃん!!」
明らかに一度暴走して悲劇を起こしたのを経た対応である。誰かが犠牲になったのだろう。
口元を押さえ上品に微笑み、『TS娘はTS男子と恋愛をするべきだと思うの』は一礼して去っていく。
「ネームからは想像もできないぐらい、礼儀正しい方でしたね……」
「まあね。インターネットにはよくあることだよ」
「それもそうですかね」
気持ちを切り替えるシャボン。
するとまた続けて、二人の前を、四つん這いで高速移動する上裸の青年が通った。
「やつはユーザーネーム『幼女のお膝なめなめ』だ」
「規約違反では?」
「服についての規約はない」
「そうですか……」
諦めの息を漏らすシャボンだったが、『幼女のお膝なめなめ』がぐりんとこちらを見ると、キャッと悲鳴を上げ黒牙の腕にしがみついた。
「ロリの膝からしか摂取できない栄養素は実在するんだぜぇ! ペーロペロペロペロ!」
「こんなにも名が体を表すことがあるんですね……!」
さっきの『TS娘はTS男子と恋愛をするべきだと思うの』とは逆に、ユーザーネームと精神性が完全に同一化していた。もうこのネーム以外はあり得ないだろうというハマり方だった。
「きひひひ! 怖がらせて悪かったな嬢ちゃん! だがもう俺は、この姿から戻れなくなっちまったんだ!」
「力に呑まれてるじゃないですか! さっきのコンタクトみたいなのはないんですか!?」
必死の訴えを見せるシャボンに対して、黒牙は沈痛な面持ちで首を横に振る。
「半年間は面倒見のいい女騎士ジャンルで投薬期間を置いたんだが、逆におねロリもイケると覚醒してしまったんだ」
「毒手みたいになってる!」
それはそれとして腕が柔らかい感触に包まれて黒牙は挙動不審になっていた。
二人がラブコメムーブをする正面で、上裸の男は紳士的に背を向ける。
「きひ、きひひひひ! ノーマル男女ヘテロは別腹……! ごちそうさま!」
「あいつ何言ってるんだ……?」
去っていく『幼女のお膝なめなめ』の姿に、黒牙は首をかしげる。
一方でシャボンは全てを察し、顔を真っ赤にしてそっと黒牙の腕を放した。
「こっ、個性的な方々ですね」
「いやごめん。こんなに変わり種が集中するとは思わなかった。ほら、あそこで一人でソシャゲやってるやつとかちょうどいいぞ」
黒牙が指さした先では、日陰に座って黙々とデイリーをこなした後、ガチャのスクショを撮る男がいた。
「お知合いですか?」
「ああ。彼はユーザーネーム『コウトー』、ツイッター・スイングフルの異名を持つハメ作者だ」
「あれ、名前は普通な感じなのに異名があるんですね……どういう由来ですか?」
「たくさんのハメ作家とTwitterでFFになっているんだが、しょっちゅう巻き込みリプをしている」
「駄目じゃないですか」
「この間も有名なハメ作者に怒られていた」
「駄目じゃないですか……!!」
普通に駄目だった。
「あ、黒牙さんだ。こんにちは~」
「おっ、瀬戸さんか。乙~」
その時、二人のそばを通りかかった男が気さくに挨拶してきた。
白シャツにカーディガンを合わせた、丁寧な暮らしをしていそうな好青年である。私物の八割が無印良品で固められていそうだ。
「あ、知り合いの人かな? 作者ページ飛んでもいい?」
「いや、新しい人だ。今はサイトを案内してからここに来た」
「あ~なるほどね。確かに昨日更新してたし、時間もあるか」
「見てた感じか?」
「うん、読んだ読んだ。更新乙。面白かったよ。やっぱ鰤二次は卍解が入るとアガるよね~」
「めっちゃ分かる~。あ、瀬戸さんの新作も読んだよ、めっちゃ良かった、普通に泣いたわ。一次でもあんだけ書けるのマジ強いわほんと」
「あざざ~。今回のは結構書いてて難しかったから、反響あるとその分嬉しいんだよね」
わいわいと会話する二人。
シャボンは少しむっとした表情で、黒牙の袖を引く。
「あの」
「ん?」
「おっと、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね。僕は『瀬戸ウツミ』といいます」
「あっ、す、すみません、話遮っちゃって」
「んーん、いいよ。お邪魔しちゃったのはこっちだったし」
ね? と意味深にシャボンへ目配せする『瀬戸ウツミ』。
意図を察し、シャボンはもにょもにょと唇を尖らせ横を見た。
「瀬戸さんとは長い付き合いでね。にじファンでも一緒だったんだ」
「にじファン?」
「黒牙くん、ダメでしょ。今のは老害ムーブだよ」
「マジ悪かった。忘れてくれ」
「は、はあ」
一瞬二人はすごく怖い顔をした。
ア・バオア・クーを生き残ったパイロットみたいな顔だった。
気を取り直すように、黒牙は『瀬戸ウツミ』を手で指して口を開く。
「で、瀬戸さんはレッド・ワンという名でも呼ばれている」
「レッド・ワン?」
いや~お恥ずかしいと『瀬戸ウツミ』が頭をかく。
「1話完結の短編しか投稿しないが、毎回赤バーで満タンまでいっているんだ」
「へえ……平均評価値が8以上で、投票者数が50人を超えてるってことですよね。それってどれくらいすごいんですか?」
「マジでセルを倒せるミスターサタンみたいな感じ」
「ヤッバ……」
思っていたよりすごい人だったと気づき、シャボンは額に汗を浮かべた。
「そんなに大した人間じゃないよ。また縁があったらお話できると嬉しいかな」
「は、はいっ。こちらこそ!」
「じゃあ僕はこの辺で。ウマに蹴られたくないし~。まあランキングでは蹴られてるけど」
「あの人イイ性格してますね!」
飄々とした振る舞いで去るレッド・ワンの背中を見送り、二人は息をついた。
一通り通行人との紹介を終えて、自然公園を出る。
「紹介はこんなところかな。どうする?」
「えっと、まずは個人サイトで書いていたのをひとまずこちらにも載せようかと」
「成程な。弾数はある感じか」
元来た道を歩き、ユーザー登録の建物の向かい側、『執筆フォーム』と看板をつけられた建物に入る。
「わっ……広いですね」
「一応町のあちこちにあるけどね。そっちは高機能執筆フォーム部屋だから、最初は使わなくていいよ」
並んだ机の一つに座ると、シャボンは手持ちのメモリーカードを挿入し、文章整形をささっと終えると自前の作品を保存する。
それからタイトル・タグなどの設定を終えて、投稿ボタンを押した。
「手馴れてるね」
「そ、そうですかね」
うんうんと黒牙は感心していた。
「小説を投稿するのはいつになってもドキドキするものだけど、手つきに淀みがないからね」
「えへへ……渋で慣れてますからね。でも向こうだと、感想っていうよりはスタンプが百個ぐらいばーっと並ぶ感じだから、感想返信とかはいろいろ教えてほしいです!」
「スタンプ百個??」
あっこれこの子めちゃくちゃ強いな、と黒牙は冷や汗をかき始めた。
シャボンは小説が問題なく公開状態になったのを確認すると頷き、席から立ち上がる。
あたりを見渡すと、投降した人間専用の、Twitter公園へのワープゲートが開かれていた。
「とりあえずTwitterに戻って、宣伝ツイートをしておきましょうかね」
「待った」
「え?」
歩き出そうとしたシャボンを、黒牙が素早く制止した。
「気をつけて。君はユーザーページにTwitterへのリンクを載せただろう」
「え? はい、何か問題が?」
「もう『コウトー』にフォローされている」
「巻き込みリプだけはやめて!!」
更新ツイートで巻き込みリプなんてあんまりないので、杞憂ではある。
「まあでも、ひとまず投稿ツイはやっておきますね」
「そうだね」
二人はワープゲートをくぐり、Twitter公園へと戻った。
単純に一往復した形だが、インターネットでは意味もなく一度訪れたページをもう一度訪れることが多々あるので、これはガバとかそういうのではありません(鋼鉄化×3)。
二人は公園で木陰のベンチに座ると、シャボンの小説への反応を見守る。お気に入りがぽんぽんとつき、9評価がガンガン入っていく。
「わ、結構いい感じですかね」
「いいんじゃないかな」
投稿ツイートにも反応がつき始め、素直に喜びを見せるシャボンを見て、黒牙は微笑む。
「楽しいか? 小説を書くの」
「はい! でも、もっと上手になりたいとは思います……どうやったら小説がうまくなりますかね」
「さあな。それは俺が知りたいぐらいだ」
「ですよねー」
「本当に小説のこと何も分からん。受け売りなんだけど、いろんな人から反応貰うのが手ごたえと言うか、このシーンは良かったんだな良くなかったんだなっていう答え合わせになるから、うまくなるためには人に見てもらうのがめっちゃ早い。だからハメでうまくなるには評価を稼ぐのがいい」
「……? うまい小説に評価が集中するのは分かるんですけど。うまくなるために評価があった方がいいってことですか?」
「そうなるな」
「クソゲーでは?」
「小説執筆はあらゆる趣味の中でもコスパ面で
そもそもうまい小説、面白い小説、評価の高い小説、人気の高い小説はどれも重なっているようで微妙に違ったりもするので、あんまり真剣に考えても結論は出ない。
「楽しく書ければいいんだよ、結局は」
「……そうですね」
真剣な表情で語る黒牙に、シャボンは笑みを返す。
なんだか照れ臭くなって、顔を背けて黒牙は頭をかく。
「ま、まあこれも受け売りなんだけどね」
「もしかして、名前をいただいた師匠さんですか?」
そうなんだよ、と黒牙が返そうとした刹那だった。
「――そうか。まだ私の言葉を覚えていたか。相も変わらずだな、自立型クローバー……いや、黒牙斬月2代目よ」
「……っ!」
声が響き、黒牙は弾かれたように立ち上がる。
二人が座っていたベンチの後ろ、木の幹に背を預けている黒マントの男がいた。
シャボンもベンチから立ち上がり、この人誰だろうと黒牙の隣で首をかしげる。
「久しぶりだな」
「ええ。我が師……黒牙斬月(初代)……!」
「先代の人来ちゃった!?」
まさかの登場にシャボンが声を上げる。
「ええと、黒牙さんのお師匠の先代黒牙さん……え? なんて呼んだらいいんでしょうか」
「今のペンネームは牧島タツミという。そしてその男とは昔からの、なろうに二次を投稿していた時代からの付き合いだ」
「時系列が分からない……」
なろう→にじファン→ハーメルンなので、瀬戸よりも長い付き合いとなる。
牧島タツミはゆっくりと歩み寄ってくる。
「師匠、どうしたんですか。ハーメルンに来るなんて……退会したはずでは」
「笑止。ここはTwitterだ。お前がその小娘の投稿ツイートをRTしたのを見てシュババって来たのだ。新規投稿お疲れ様です、後で読ませていただきます」
「えっあっはい、ありがとうございます」
何しに来たんだろうとシャボンがいぶかりながら頭を下げる。
だが牧島タツミは、黒牙に向けて一冊の本を突き付けた。
「これが何かわかるか」
「えっ? いえ……ん!? 著者、牧島タツミ……まさかッ!?」
驚愕にガバリと顔を上げる黒牙。
牧島タツミは不敵な笑みを浮かべて、唇を開く。
「書 籍 化 し た」
「おめでとうございます!」
頭を下げる黒牙の隣で、シャボンも慌てて再度礼をする。
だが称賛されたというのに、牧島タツミは鼻白んだ様子を見せる。
「ふん。タイトルを見ても素直に頭を下げられるか?」
「え?」
手渡された大判の本を、黒牙とシャボンは頬を引っ付けるようにして覗き込む。
『最弱スキル<占い>でなんとか五年頑張ってきた俺、退職金ゼロでパーティをクビになったけど翌日起きたら<未来予知>に進化してた〜聞きつけてもう一度やり直そうと言われてももう遅い~』
「「ウワッ」」
シャボンと黒牙は揃ってちいかわになってしまった。
シャボンは小さくて可愛いのでセーフだが、黒牙は小さくないし可愛くもない。自意識がデカイのでじいでか辺りが妥当である。
「ていうか前から思ってたんですけど、これクビにした側が見る目がなかったって断罪されたり痛い目に遭ったりするけど、本質的には機会損失の話ですよね? むしろ五年待ったのは結構リスクヘッジした方なのでは……」
「君ちょっと黙ってろ」
そこで二人は自分たちの距離感に気づき、バッと身体を逸らす。
目の前で弟子がラブコメし始めて牧島タツミは唾を吐いた。
両眼に怒りの焔を宿し、それから彼はかつての弟子にビシイと指を突き付ける。
「そりゃタイトルも内容も媚びに媚びた……! だが結果が伴えばいいだろう!? なのにお前全然反応しないから……ッ!!」
えっ、とシャボンは声を上げて、黒牙を半眼になって見た。
「ちょっとちょっと。これは先代の方の言い分通りますよ。名前貰うぐらいだったのに無反応は、見限っちゃったみたいな感じ出てますって」
「やっべ、俺師匠のTwitterミュートしてたんだよね」
「本当に見限ってません?」
「いや、めちゃくちゃエグい方向性のエロ絵のRTが9割だから……」
「ああ……」
それは確かにそうなるな、とシャボンも頷く。
「ま、まあその、見落としててすみません。師匠がデビューしたのは本当に嬉しいです」
「うん」
「あっ素直な返事になってる。この人本当に一言お祝いしてもらうためだけに来たんじゃないですか? 可愛いですね」
「君師匠相手だと凄い攻撃力高くない?」
牧島タツミは満足したのか、マントをなびかせ踵を返す。
「ククク……では俺はイラストレーターさんが描いてくれた宣伝漫画をRTしてくる……!」
「あ、宣伝まで力を入れてくれる熱量の高い絵師さんと出会ったみたいですね」
「いいことだな」
立ち去っていく彼の後ろ姿に今後の活躍を祈り、それから二人は息を吐いた。
「最後の最後に俺の個人的な話に巻き込んでしまったな。申し訳ない」
「いえ、これから先のハーメルン生活が楽しみになりましたよ!」
朗らかな笑顔を浮かべるシャボン。
その後ろで彼女の作品の評価バーが赤満タンになっているのを確認して、黒牙は冷や汗を浮かべる。つ、強ぇ……と呻きそうになった。
「やっぱり創作してて楽しいことって、作品を出して読んでもらうのもそうなんですけど、同じ創作者さんとのつながりが得られることだと思うんですよね」
「あ~確かにな。それなら企画に参加するのはどうかな」
「企画?」
黒牙はTwitter公園の隅にある掲示板へシャボンを連れていく。
そこにはハーメルンで現在行われている企画、並びにこれから行われる予定の企画の情報がまとめられていた。
「へ~。いろいろな杯があるんですね」
「ああ。一番間口が広くておすすめなのは、ちょうど今やってるボーイミーツガール杯っていうのだな」
「あ~……30日までですか。ちょっと新作は厳しい気がしますね」
該当する旧作があればいいんですけど、とシャボンは記憶をたぐり寄せ始める。
「まあ大体の小説ってボーイミーツガールみたいなところあるからな。個人Aと個人Bが出会ったらもうボーイミーツガールだよ」
「性別とか不問なんですね。それなら確かに参加できそうです。もちろん手直しは必要ですけど」
「ははっ。まあボーイミーツガール杯以外にもいろんな企画があるからね」
黒牙はやる気を見せるシャボンの様子に、掲示板から適当にビラを一枚取りながら目を細める。
「ビビッと来たのがあれが積極的に参加すればいいよ」
「……あの。そういう時は、黒牙さんも読んでくれますか?」
「もちろん。もうシャボンさんのことお気に入りユーザーに登録したから」
「お気に入りユーザー!? そ、そんな大胆な……」
「顔見知りは大体入れてるんだ」
「なっ……!? そ、そんな尻軽だったんですね! 軽蔑しました」
「ちょっと待ったなんかずっと認識ズレてるな! フォローしたみたいなものだから! そういう意味じゃないって!」
出会いは一期一会。
こうしてつながった黒牙とシャボンはこれから先も高め合い、磨き合い、笑顔で創作を続けていくだろう。
「で、そのビラは何のビラですか?」
「あーいや。シャボンさんがやる気なの見てたら、俺も何か新作つくってみようかな~と思って」
「いいですね! 私まだ黒牙さんの作品読んでないですし」
「普通だよ普通。なんかこう普通に試練を乗り越えてハッピーエンドになる感じのやつ」
「ああ、試練を乗り越えていくのいいですよね」
「いいよな……」
深く頷き合いながら。
二人は、黒牙がランダムに取ったビラの内容を確かめる。
『~第一回愉悦杯のお知らせ~』
「おっ、面白そうなのがあるね」
「うわ、こういうのやる人の気が知れませんね」
「「ん??」
二人は視線を重ねた。
出会いは運命的だが、同時に悲劇的でもあった。
作品を通さない出会いは、後付けの殺し合いを生むことがある。
「いや……試練を乗り越えるのが好き、なんですよね?」
「ああ、そうだよ。乗り越えた先のハッピーエンドが好きだ」
「はい、はい。で? え?」
シャボンは笑みを浮かべていた。
つられて黒牙も笑顔になる。
──それは獣が牙を剥くが如き光景でもあった。
「
「
「あ、日本語通じませんね」
「創作は自由だ」
「存在を否定はしません。ただ批判します」
「批判?」
「もっと踏み込んで言った方がいいですね――殺します」
ぞわりと黒牙の背筋を悪寒が舐めた。
即座にその場から飛びのき、代償を支払って行使される特殊な魔法(現実では未実装)を発動させる。
「感想のgoodを20個消費!」
黒牙が放った幾十のレーザービームが折れ曲がりながらシャボンへ殺到した。
それらを視界に収めながら、シャボンもまた迎撃のため、ハーメルン特有の魔法(現実では未実装)を初めて行使する。
「さっきついた9評価を50個消費して反撃します!」
「なんで投稿して十数分で9評価50個ついてんの!?」
シャボンの腕の一振りで暴風が吹き荒れ、レーザービームを残らず屈折させ、そのまま黒牙へ跳ね返す。
「チッ、Twitterでの更新ツイートへのいいねを累計40いいね分消費して防御!」
展開されたシールドが、レーザービームを霧散させる。
(長引くと戦闘中に反応が補充されるかもしれない。一気に決める!)
黒牙とシャボンの視線が交錯する。
互いの意図は読めていた。次の一手で決着がつく。
同時に代償を叫び、ハーメルン魔法を発動させる。
「虎の子だ! 感想数を100件消費、勝負を決める!」
「さっきの投稿ツイートについたRT145件を全部消費します」
「あ、これ俺死んだわ」
黒牙が大型の突撃槍を顕現させる一方で。
シャボンは次元を引き裂き異空間から招来された、禍々しい漆黒の大剣を肩に担いでいた。
「黒牙さんが、サイト内だけじゃなくてTwitterからも代償を支払ったので……私もできると思ったんです」
「ぐ……しかし! 男として性癖は譲れない!」
ここは小説投稿サイトハーメルン。
多種多様な作品と、それを創り出す作者たちの性癖が、ここでぶつかり合い、しのぎを削っている場所。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ていっ」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
ここは小説投稿サイトハーメルン。
強き者が弱き者を蹴散らし、抗う力を持たぬものは頭を下げ、嵐が過ぎるのを待つしかない場所。
「ぐ、う……」
「ふふふ……ゆっくり、試練を乗り越えた先の輝きのまぶしさを教えてあげます……愉悦なんて漢字が一生書けないようにしてあげますからね……」
ここは小説投稿サイトハーメルン。
敷かれた世界の法則は単純明快。
生き残りたければ――書け!!
本文中に登場する「小説投稿サイトハーメルン」は、現実の小説投稿サイト「ハーメルン」様とは一切関係ございません。
本作品は氷陰様主催のボーイミーツガール杯レギュレーションに則り、あらゆる小説のジャンルを応援する目的のもと作成されました。
ボーイミーツガール杯に留まらず、御覧になってくださった書き手並びに読み手の皆様にとって、ハーメルンというサイトをより楽しく活用できる切欠となれば幸いです。
氷陰様、ご企画ありがとうございました。