デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
――ガタン
『スタートしました!』
ゲートが開く。一斉にウマ娘たちが走り出す。
……中には、珍しく私がゲートで喋らなかったことに対して疑問に思っている子もいるかもね。
けど今日のこのレースに限っては、それも計算の上。
「バクシィーンッ!」
「うわっ……!?」
「負けないよっ!」
「ちょっ」
ゲートが開くと同時に先陣を切ったのはサクラバクシンオーさんとセイウンスカイ。それと少し出遅れた形のサンライトグレープ。三人とも逃げウマ娘で、先頭を悠々と走るスタイルを得意としている。
逃げウマ娘はその性格上、大抵がハナを取れなかった時の調子が落ちる。他人の後ろを走りたくない気持ちが強すぎるせいで、萎縮してしまうんだ。
今現在先頭はサクラバクシンオーさん。
けどセイウンスカイはそれを強引に獲ろうとはしていない。
「ふっ……!」
むしろ、先を譲る余裕がある。彼女は多少のハナを取られたところで揺るがない理性を持っているし、今回はそれを裏打ちするだけの作戦があるからだ。
「くっ……!」
駄目そうなのはサンライトグレープの方だろう。彼女は先を行くサクラバクシンオーさんに釣られて盛大に掛かってしまった。
対するセイウンスカイは冷静そのものだ。サクラバクシンオーさんがスプリンターということはわかっているし、事前にペースを乱されないよう何度も確認している。
つまり、このレースが始まって既に二人の相手が戦闘不能になったということだ。
「まだ前じゃなくて良いじゃん、一緒に走ろっ……?」
「っ……!」
一番の難敵トウカイテイオーはスタートで先手を取った私の真後ろ。
その後方にジンジャーポーク、キングヘイロー、ケミカルシナモン、エアシャカールといった順で追走している。
“サニーレタス”も全員作戦を散らせているから、展開はこの人数でも縦長だ。
先方の逃げ組のペースのせいで全体が伸びているせいもあり、横並びになることがほとんどない。おかげで、私の“塞ぎ”もやりやすくて助かっている。
今回の“相手”は六人。そのうち二人既に脱落同然で、対処すべきは四人だ。
けどそこで私が相手にすべきウマ娘はただ一人
トウカイテイオー。他の子はともかく、あの子だけは絶対に塞ぐ!
「っ、なんで……! こんな……!」
軽々としたステップだ。左右にスッと動き、レーンを切り替える。
だけどレーンを臨機応変に変える技術で言えば私だって負けるつもりはない。ダービーは私の他に17人いたけど、今日意識すべき相手はテイオーただ一人。そんな条件で……私が前を譲ってやるはずがない。
「テイオーさん!? ……くっ、なら私が!」
完全にマークを外していたキングヘイローは……素通りだ。けど、後々対処できる。今は前を譲って良い。今はとにかくテイオーの速度と体力を削る!
「付き合ってくれるんだっ……? 嬉しいな……!」
「前、行かせてよ……!」
「やーだ……!」
1000メートル通過。このレースただ一人の追い込みのエアシャカールが追いついてきた。
そのまま私達の前を通り……過ぎること無く、私のやや左前側について並走する。
そこは絶好のお邪魔ポジション。テイオーが大きく膨らんで抜かす可能性さえも摘み取る、本作戦最高の位置だ。
「……っ!?」
多少の左右への移動は私がブロックする。それ以上の大回りにはエアシャカールが余裕を持って対応する。普通だったら絶対にできない協力プレイだけど……二人以上いれば、こういうことだってできるんだよ、テイオー。
「“キング! このまま行くよ! 右側開けて!”!」
「なっ」
「! ええ、わかったわっ!」
そしてペース早めに先攻位置を取っていたキングヘイローが横にずれる。
が、そこを突くのはトウカイテイオーじゃない。
「――サンキュ」
「なっ……!」
エアシャカールだ。
テイオーの声真似。走ってる時だとわからないもんでしょ?
しかも今回はそれが味方の声。咄嗟の指示を出されたら……ねえ?
「ひ、卑怯なっ!」
「褒め言葉っ!」
「うわ、そんな遅く……! どいてよっ……!」
好位置から一気に捲り上げるエアシャカール。ペースを落として垂れてきたサクラバクシンオーさん。そしてそんなサクラバクシンオーを利用してトウカイテイオーの前に“蓋”を作り、前も横も完全に封じて一緒に垂れ下がる私。
……はい、ここまでくればテイオーも完全に終わり。ここから逆転は絶対にできない。
「でも私と一緒なら堕ちたって良いよね? テイオー」
「……っ!」
「一緒に堕ちよ? テイオー」
「うっ……うううーっ……!」
やがて私達がノロノロと諦め気味に走る中、セイウンスカイが一着でゴールを決めた。
二着はエアシャカール。三着がキングヘイロー。
『ゴール! チーム“スカラー”のセイウンスカイとエアシャカール、堂々ワンツーフィニッシュを決めましたー!』
歓声。祝福の声。私に対するものではないけど……これはこれで、ちょっと心地が良い。
……私は八着で、テイオーは六着だ。まぁ最後の最後に抜かされちゃうのはしょうがない。
「いやー……こんなに気持ちのいい敗北なんて初めてかも。ねえどうだった? テイオー初めての着外は」
「ず……ずるいずるい! こんなの……!」
「えー? ずるくないよー、ルール通り走ったんだからー」
「ボク、全っ然本気出してないのに……悔しいっ!」
「あははは。着順は私のほうが後ろだけど……今回は私の勝ちだね? テイオー」
「むぅうう……!」
あー負けて悔しがるテイオー良いなぁ……そっかぁー、レースで負けるとテイオーはそんな顔するんだ……。
今回はチャンピオンズミーティングで、トゥインクルシリーズではなかったけど……そっちで私に負けてたらテイオー、どんな顔を見せてくれるんだろう……。
「テイオー、次も私に負けてね……? 私の後ろ姿を見て、悔しい思いをして……これからももっと、その顔を私に見せて……」
「! ちょ、ちょっと! ……見てる……から」
……ああ、さっきの子が見てたんだ。そっか、じゃあしょうがない。やめておこう。
「やー、一着もらっちゃいましたねー」
「……追いつけなかったか。途中のデバフに巻き込まれちまったらしいな……」
レース後、のびのびと走った二人はご満悦だった。エアシャカールは一着を取れなかったけど、まあこればかりは仕方ない。彼女にもトウカイテイオーの封じ込めを手伝ってもらったしね。どうしてもそこでロスは発生する。
結局一番自由に走れたのはセイウンスカイ一人だけだったようだ。
「話はさっきちょっとだけ聞いたけどさー。後ろの方の作戦はしっかり決めたんだってー?」
「うん、まぁバッチリかな。やっぱり仲間がいると妨害もやりやすいねー」
「ハッ。前レースの傾向からして周りが見えてねえ奴が多いとは思っていたが……今回走ってみた様子だと、“見えてる”オレらの方がマイノリティってとこなんだろうなァ」
レースの展開を読む。レーンを塞ぐ。速度をコントロールする。
簡単そうだけど、実はこういった技術は……他の皆はあまり持っていない。
今回のステラ杯を走ってみて、そんなことを再確認した私達だった。