顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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メジロドーベルと日記帳

 

 ――〇月〇日。

 

 明日から、中央トレセン学園に入学。

 みんなのおせっかいには参ったけど、仕方ないからプレゼントのこれ(日記)くらいは使うことにした。

 抱負ってわけじゃないけど、レースで活躍できるように頑張るつもりだ。

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 みんな、すごい。けど、私だって負けたくない。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 マーベラスにしろ、一番の注目株って言われてるテイオーにしろ、レースどころかトレーニングでもみんなの話題になってる。

 すごいと思う。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 また負けた。

 こんなんじゃ帰れない。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 先生に言っても、トレーニングの機材は貸し出してくれない。

 デビューしてからしか使っちゃいけないものが多すぎる。デビューすら、出来ないかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 もぎレースに負けた。

 分かり切ってた。くやしくなんてないのに、マーベラスがおせっかいだ。

 

 ――〇月〇日。

 

 昨日は本当によくなかった。マーベラスに謝ったら、許してくれたけど。忘れないようにしたい。

 でも…今はもう、マーベラスにはトレーナーが付いてる。それも忘れないようにしたい。

 才能、才能か。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 退学届けをもらってきた。出すかは分かんないけど。

 こんなこと続けてても仕方ないし。

 テイオーに言われて気が付いたんだけど、私3着ばっかり取ってるみたい。

 お馴染み3着、なんてね。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 どうしたら速くなれるのか、分かんない。

 トレーニングの時間は、マーベラスより長いはずだ。

 ていうか、そもそもそんなこと考えてるから遅いままなのかな。

 じゃあどうすればいいの。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 テイオーがまたもぎレース出てた。一着取って、トレーナーは保留。

 隣に居た子が、テイオーのやってることをじゃまだよねって言ってた。

 あのキラキラしたテイオーの笑ってる顔見て、何も言えなかった。

 

 ――〇月〇日。

 

 寝られなかったから書いておく。

 私、あのテイオーみたいなキラキラした顔に憧れてこのガッコ来たんだよね?

 なんで、じゃまなんかじゃない、って言えなかったの?

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 才能がないんですよ。人よりトレーニングしなきゃ、デビューもできないんですよ。

どうして、どうしてさ。

 

 

 練習用具も、貸してくれないの。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 藤沢(豆腐屋)さんから一昨日メール来てた。気付かなかったのもそうだけど、返し方が分からない。

 明日忘れずに返す。

 

 ――〇月〇日。

 

 むり

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 与えられたもので頑張るしかない。

 そうだよ。そのはずだ。

 だって、テイオーたちはそれで結果出してるんだから。

 

 でも

 私、テイオーじゃないよ

 

 テイオーには、なれないんだよ

 

 

 キラキラ したいな

 したかったな

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 また負けた。

 いい加減、終わりにしようと思う。

 

 退学届け書いた。明日、リギルのテスト受ける。

 ダメだったら、やめる。もうやめる。

 

 ――〇月〇日。

 

 負けた。やめる。

 

 ――〇月〇日。

 

 おかあさんになんていおう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 やめることもできない自分がいやだ。

 

 もう、意味なんてないじゃん。走ることに、意味なんてないじゃん。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 卒業までデビューできない人の数って、意外と多いんだ。

 ちょっと安心した。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 なんだかふっきれた気がする。

 友達とも話せるようになった気もする。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 なんか最近、レース場を見るだけで気がめいる。

 練習は、頑張ってるはずだ。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 練習頑張ってるとか書いてるし。

 なんのためにがんばってんの?

 また負けましたけど?

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 マーベラスが最近すごいらしい。

 メイクデビューの準備には時間かかるみたいだけど。

 ともだちとしてほこりに思う。

 ほんとに、あなたのともだちがこんなんでごめんね。

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 先生に会った。練習用ゴムの返却期限忘れてた。

 延長したら、そんなに力ばかりきたえてもどうこう、とかいわれた。

 アドバイスのつもりなのかな。

 

 ――〇月〇日。

 

 別に誰に見られるでもないけど、ほんと性格悪いなこいつ()

 なにがキラキラだよ。

 

 じっさい、なんのためにこの練習続けてんの。答えられないじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 拾った日記が誰のものなのか分からなかったから、開いた。

 読み込むつもりはなかった。

 ただ、誰のものかを特定できればそれで良かった。

 

 すぐに先生に届けなかったのは、単なる落とし物というわけではなさそうだったから。

 可愛らしい装丁は、紐で丁寧に閉じることの出来るそこそこ高級な代物。

 

 だからひょっとしたら、親戚の誰かのものかと思ったのだ。

 それなら自分が探す方が手っ取り早いし、もしちょっと読んでしまったとしても許して貰えるだろうから。

 

 ただ、出てくる情報はマーベラスという子と友達であることくらい。

 最近トウカイテイオーとナイスネイチャが世代最高の注目株として取りざたされているから、その辺の世代の子なのだろうか。

 

 入学タイミングとデビュー時期はよくずれるものだから、あまり比較対象にも出来ない悩ましさがある。ただでさえ、日付に記載されている時期からトウカイテイオーは有名であったし。

 

 マーベラスというのも、マーベラスクラウンなのかマーベラスサンデーなのか、はたまたキタサンマーベラスなのかと不明なことばかり。

 

 ただ一つだけ言えるのは、この子はとても苦しんでいるということだった。

 

 気づけば胸の内に、この子をどうにかしてあげたいという感情が芽生えてしまっていただろうか。

 内心で謝りつつも、ページを捲ってしまう。

 

 日記帳を見るだけで分かる。この子は、誰かに愛されて育った子だ。

 だからこそ――自信の喪失と期待の重圧が痛いほど分かる。

 

 自分だって、経験がないわけではないのだ。

 

 

 ただ。

 ただ、ここから日記の流れは、大きく変わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 マーベラスが、急にご飯食べたいとか言い出した。

 なんか…言い訳をもらった気分だった。

 

 久しぶりに商店街に顔を出した。

 帰りに迷子拾ったら、マヤノが知ってる人らしかった。

 

 外国から帰ってきたトレーナー。

 私の知らないところでは世界はどんどん動いてるなって感じがした。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 昨日の人がそのトレーナーかどうかはまだ決まったわけじゃないんだった。

 

 ただ、海外で活躍したトレーナーの話題はすごい。

 

 賛否両論って感じだけど、あの生徒会長が期待してるって……

 学園来て一日でも、すごい人は一瞬で話題持ってくんだね。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 トレーナーの話題のせいかもしれないけど、最近チームとかトレーナーの姿がよく目につく。

 スカウトされるためのもぎレース出るようになってから、逆に考えないようにしてたからかな。誰にも、声かけられない自分がいやすぎて。

 

 カノープスの人たちと目が合って、避けちゃった。

 なんかもう、日陰者って感じ。まあ、お似合いと言われればそうなんだけど。

 

 

 でも…今日。

 久々に、練習楽しかった。

 

 

 ――〇月〇日。

 

 昨日の人が、例のトレーナーじゃないといいな。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 踏み込みのトレーニングばっかりしてる。

 名前も知らない人にちょっとほめられただけで。

 でもさ。仕方ないんだよ未来の私。

 

 ちょっとほめられたことさえ、ここ入って一度もなかったんだ。

 

 あの人が見てくれた日の練習が楽しくて、こんなこと繰り返して。

 どうしよ、笑われる未来しか見えないね。冷静に考えたら絶対おかしい。

 わかってるのに。わかってるのにね。

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 あの人は、例のフランス帰りだった。

 楽しかったのはやっぱり、教え方がすごく上手だったからだ。

 私でも、あんな風に頑張れて、嬉しかったんだもん。そりゃそうかって納得はあった。

 

 また練習見てもらえた。そうしてほしかったはずなのに、私にはもったいない幸せなんだって思い知らされた感じがして、なんだか寝られない。

 

 もぎレースで担当決めるみたい。

 チーム入りできないかな。

 

 できないかなあ。かんがえたくないけど、みんなのことを、私みたいにほめてそうだ。

 なに調子乗ってんだろ。当たり前じゃん。ひとよりすごいなら、こんなことになってないよ?

 

 ――〇月〇日。

 

 変なこと考えたせいでほんとに寝られない。

 もぎレース頑張る。それでいいじゃん。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 トレーナーさんが、トレーナー体験講座やってた。

 行った方がいいはずだった。自分の成長のために。

 行けなかった理由がひどすぎて、死にたい。

 他の子ほめてるとこ聞きたくないとか…私ごときが現実見れてないだけじゃん。

 

 ――〇月〇日。

 

 これでもぎレース結果残せなかったら私どうすんだろ。

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 テイオーがレースに出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや小説を熟読する勢いで、少女は食い入るようにページを捲っていた。

 日記の読み方ではない。それも他人の。

 次の展開どうなるの、なんて感想は人の日記に抱いていいものではない。

 だがそんな当然が、今頭の中から抜け落ちてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 ゆめみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに!? どうなったの!?」

 

 誰も居ない放課後の教室で叫ぶ少女の姿は、幸いなことに誰にも目撃されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 ゆめみたい。

 

 ――〇月〇日。

 

 昨日のことはちゃんと書いておく。

 昨日のことだけは。

 

 もぎレースは、めちゃくちゃに負けた。誰の目から見ても…っていうか、誰の目にも残らなかった。

 

 みじめだった。頑張ったつもりになってただけだった。

 ちょっとでも、テイオーに近づけるかもって思った自分がいやになる。

 

 トレーナーさんは、チームを組まないってレース直前に知った。

 テイオーが、トレーナーさんと専属で組むつもりだった。

 

 もう何がなんだか分からないまま、勝ち目もないのにめっちゃ走った。

 

 負けて、テイオーがトレーナーさんと話してて。

 情けなくてばかみたいで逃げた。

 

 

 気づいたら(これが笑っちゃうんだけど)トレーナーさんと一緒に練習してた公園来ちゃってんの。もーどんだけ未練がましいんだよ。

 

 なのに、トレーナーさんが来たんだ。

 信じられなかったよ。私追いかけて、テイオーの誘い断ってきたって。

 

 もう、あの人めちゃくちゃ迷子になること知ってたからさ、私最初ただの迷子になってきたもんだと思って。こんなとこ見られたくなさすぎて、めちゃくちゃ言って追い返そうとしちゃって。

 

 そしたら。忘れないように、きちんと書いておく。

 自分がめっちゃバカなのはそうなんだけど、忘れたくないから。

 

 俺、フラれちまった、って。

 迷子で来たと思ったら、まさかの私のスカウトで。それ知らずに、来た理由分かってるから帰ってって言ったら、そんなこと言われてさ。

 

 もう頭どうにかなりそうだった。

 ほんと、引き留められて良かった。パニクったままあそこ見送ってたら私、後悔じゃ済まなかったね。

 

 専属で、たった一人しか選べないのに。

 テイオーじゃなくて私が良いって、言ってくれた。

 

 3着ばっかりで、ろくに成績も残せてなくて。

 もう、なんのために練習してるのかも分からなくなってた、私が良いって。

 

 テイオーを追いかけて最後まで走ったその頑張ったとこが、一番育てられる資質 だ  っ て  。

 

 

 正正正正正正一

 

 

 前のページぬれちゃったから、ちょっともったいないけどこっちに書く。

 乾いたら、読み直した回数とかでも記録しよう。

 

 私は、トレーナーさんにスカウトされた。

 一緒にすごいことしようって誘ってくれた。私とならそれが出来るって。

 

 今まで頑張ってきたから、スカウトしたい私が居て

 これからは、キラキラできる私にしてくれるって。

 

 そんなに3に縁があるなら、まずは3冠取りに行こうぜって。

 

 

 私は昨日、初めてあの人を、トレーナーさんって呼ぶことが出来た。

 

 ――〇月〇日。

 

 ていうか、冷静に考えたらあの時、私の練習を止めようとした時点でトレーナーになってくれる気なんだって分かるね。全然気づかなかったけど。

 

 ――〇月〇日。

 

 ていうかあんにゃろ、あとから聞いたら生徒会長のおすすめだからって理由だけでトレーナーさん奪われるとこだった。とんでもないやつめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、深く息を吐いた。

 それからの日々は、楽しく幸せそうで。

 しかし一方で、日記はかなり飛び飛びになっていた。

 疲れたとか、しんどいとか。そんな言葉ばかりが並ぶようになり、それでも今が楽しいといつも書き加えられている。

 

 日記を読み返す度に今の幸せをかみしめていると、そんなことまで書いてあった。

 

 最新の日記は、自分の実績の話。

 メイクデビューを大差勝ちしたことで、トレーナーさんを逆スカウトしようとする子が増えたとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――〇月〇日。

 

 最近、トレーナーさんの話をよく後輩から聞かれる。

 私の成績は、全部トレーナーさんのおかげ。だから、トレーナーさんに見てもらいたいって子が増えるのは仕方ないこと。トレーナーさんがもう一人抱えるって言うなら、がまんですよ。これ以上欲張れるほど、この幸せを安く感じてなんかいないんだ。

 

 ――〇月〇日。

 

 今の俺は、あいつだけのもんだ。お前にはお前の、お前だけがいつか見つかるさ。

 

 って聞いちゃった。どうしよう。頭から離れない。

 盗み聞きするつもりなかったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんというか。いちいちこう、読んでいる側の少女の琴線にびしびし触れる台詞である。ちょっと怖いけど、言われてみたい。そう思った。

 

 あとしっかり台詞を一言一句忘れず書いているあたり、読んでいる側からすればとても助かるとも思った。向こうは全くそんなことを考えてはいないだろうが。

 

 と、その時だ。

 自分が読んでいるのが他人の日記であることを思い出したのは。

 

 こんなにがっつり読み込んでしまって、本当に申し訳ない反面。

 なんだか、漫画の原液みたいなものを無理やり摂取させられたような感覚にアタマがくらくらして落ち着かない。

 

 努めて冷静になろうとして、ようやく彼女は推理に移った。

 いくら名前が殆ど出てこなくとも、ここまで読めば分かることもある。

 

 まず、この12/15にメイクデビューで大差勝ちをしたウマ娘。

 これは調べないと分からないが、そもそも大差でメイクデビューを勝利なんてめったにないこと。おそらく話題になっているはずだ。

 今年のメイクデビューで話題になっている子。

 そのうち消去法でトウカイテイオーは減らせる。そりゃそうだ、これ書いてるのがトウカイテイオーのはずがない。なんのホラーだ。

 

 となると――と他の情報を探ろうとして、大きなものが一つ落ちていることに気がついた。

 

 フランス帰りのトレーナー。彼が物語もとい日記に登場した時は、「ああそんな人も話題になっていたなあ」で済んだけれど。

 

 その人が担当になったとなれば一撃で絞り込める。

 現在そのトレーナーが担当しているウマ娘は、確かまだ一人しかいないはず。それがこの日記帳の持ち主だ。

 

 

 そんなことを考えながら少女はスマートフォンを開く。

 メイクデビュー関係の情報を漁ろうとニュースサイトを開くと、そこで一枚の画像が目に飛び込んできた。

 

 来期のレースの煽りポスター。

 

 両雄邂逅の若駒ステークス。

 トウカイテイオーとナイスネイチャ。

 有記念が終わった以上、話題は一月のそれに移る。

 オープンの中でひと際沸騰しているのが、あのポスターに描かれた二人。

 

 彼女から見ても、楽しみな一戦。

 

 そういえばこのナイスネイチャという少女も、凄まじい才能を持つ新鋭として最近ものすごく取りざたされている。

 それこそトウカイテイオーと並べて遜色ないくらいで、だからこそ若駒ステークスの話題は彼女も知っていたのだ。

 

 確か、そう。このナイスネイチャも12月中頃のメイクデビューで勝利していたはずだと、スマートフォンを操作して。

 

「え?」

 

 その手が止まった。

 

「……12月15日、衝撃の大差勝ちデビュー?」

 

 若駒ステークスの記事に書かれた、ナイスネイチャの経歴。

 

 デビュー前は誰も知らなかった、今年の台風の目だと語る記者。

 

 そして、自信満々に彼女を誇る受け答えは、見覚えのあるトレーナーの名前から。

 

「まさか……」

 

 

 この日記の持ち主が、もしも。

 

 もしも今、あんなにも世間から注目されつつある"あの子"だというのなら。

 

 それは、あまりにも。

 

 この才気が物を言うレースの世界において。

 才能が突き抜けているわけではない、夢を夢と分かっても尚追い続ける数多くのウマ娘たちにとっては、眩しすぎる希望ではなかろうか。

 

 

「マーベラース★」

「ちょ、ちょっと待ってってばマーベラス! 流石にこんなとこには無いと――」

「でもでも、思い当たるところどこにもないのなら、思い当たらないところにあるとマーベラスは思うの!」

「そりゃそうだけど、そもそもここアタシたちの教室ですらないし!」

 

 少女は思わず身を隠した。

 

 

「……あ、うそ」

 

 机の上に鎮座した、ナイスネイチャ自身"自分には似合わない"と自嘲する可愛らしい装丁の日記帳。

 

「マーベラース★」

「いや……あんたすごいわ」

 

 ぽん、とマーベラスの頭に手を置いて、ナイスネイチャはそっとその日記帳を拾い上げた。

 

「良かった……」

「多分、この辺りで落としたから、とりあえず誰かが机の上に置いてくれたんだと思うの!」

「そだね」

「でもでもネイチャ、どうしてそんなに大事な日記を持ち歩いたの?」

「いや、そんなつもりはなかったんだけど。……たぶん、部屋の机から落としたんだと思うんだよね。あけっぱの鞄の中に」

「そういうことかー!! とっても凄い偶然だね!! マーベラス!」

「ごめん全然マーベラスじゃない」

「でも見つかったのは!?」

「…………」

「見つかったことは、とっても!?」

「…………」

「とってもとっても!?」

「分かった分かった。マーベラスが居なかったら見つからなかったし。うん」

 

 諦めたように溜め息を吐いて、微笑む。

 

 日記帳を大切そうに抱いた彼女の微笑みは、同性から見てもとても綺麗で――日記を読んだあとだと、なおさら儚くて眩しいものに見えた。

 たとえるならそう、とても、キラキラしていて。

 

「マーベラスって、言っておいてあげましょうか」

「マーベラース★」

「ほら行くよ、マーベラス」

「うん!! ネイチャも早く、練習行きたいものね! うふふふふ!!」

「ちょ、もう、良いから!」

 

 

 

 

 二人が出ていったあとで、こそっと耳を出した少女は。

 

「……日記に書かれてたみたいにうらぶれて学園で過ごしてきた子が、トレーナーにあんな……あんなふうにスカウトされて……今」

 

 画像の中で変わらずトウカイテイオー(世代最高)と向き合う、日記の持ち主。

 

 それは、それはなんて。

 

「――私だけが、これを知ってるの?」

 

 鎌首をもたげた疑問。

 

 瞬時にはじき出されたのは、彼女自身の強烈な使命感と創作意欲であった。

 

 フィクションということにすれば、きっと許される。バレることも多分ない。

 

 

 そう、熱に浮かされたように少女――メジロドーベルは頷いた。

 

 

 

 

 なお。頒布されたあとの話。

 改変された名前がマーベラスネイチャとセイカイハオーだった時点でトレセン学園の全てのウマ娘にとって、特定は余裕だった。

 

 


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