腕が伸びている。
無骨で、角ばった腕。
それが自分に向かって突き出されている。
一本だけじゃない。
何本も何本も。
『オマエ ノ セイダ』
無雑作に転がった亀裂の入った頭部、その奥の瞳がそう訴えている。
腕と同様にそれも一つだけではなかった。
次々と積み上げられてゆく屍達の断末魔。
その全てが自分に向けられていた。
この光景を作り上げたのは、他でもない・・・。
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
幾多の輪唱。
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
幾多の呪詛。
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
『オマエガ』 『オマエガ』 『オマエガ』
そして・・・。
『
「違うッ!」
吐き出された自分の声の大きさに、自分で驚いて目が覚める。
見慣れた自分の部屋。
夢、全部夢。
そんな事はタクミにも解っていた。
息苦しさに上半身を起こしながら、ぼぅっと部屋の中を見回す。
そうやってみても、やはりここは自分の部屋だった。
嫌な汗がへばりつく。
ふと、自分の作業机に立つ影が視界に入る。
メグミに渡されたクノイチが破損した肩口から先を外された状態で立っていた。
「僕は・・・。」
破壊された数々のLBX達の光景。
夢として誇張されているとはいえ、あれは実際にあった光景だ。
「僕は・・・。」
視界が歪む。
「こんな事の為にキミ達を創ったんじゃないんだ・・・。」
留まりきれなかったソレは、一筋の涙としてタクミの頬を伝っていく。
「僕はただ・・・。」
その先は嗚咽に紛れて聞き取る事は誰にも出来なかっただろう。
しかし、誰にも憚る事なくタクミは独り涙した。
ひとしきり泣いて、再び床について眠りへと落ちてゆく。
今まで何回こんな事を繰り返しただろうか。
誰にも知られる事無く・・・。
否。
それを見ていた存在がいる。
"ソレ"は彼の信頼する、一体のアシストロボット・・・の瞳の奥いる存在だった。
それを介してタクミの一部始終を眺めていた存在は、やがてネットワークを駆使して必要な情報を集め始める。
やり方は簡単だった。
ただ一つ命じれば良いだけだったから。
そして、ただちに分析を始める。
何故、この少年は涙したのか?
それはLBXを破壊されたから。
破壊とは?
その機能を停止し、一切の活動を終える事。
破壊=停止
・・・イコール・・・死
死は嫌だ。
死は・・・。
死に涙する。
人は何故泣く?
人は嬉しくても悲しくても、同様に涙する。
彼はどちら?
彼は後者。
彼は命無き存在の為に泣く、心無き存在の為に泣く。
分厚い百科事典すらもコンマ数秒で読み終える速度以上の速さで、次々と情報を整理、関連付けてゆく。
ソレはやがて、その作業を終えると小さくなった自分の欠片、今や破片と言っても過言ではない存在の更にその欠片をタクミの持ってたCCMの端末へと駐留させる。
そして、残った自分自身の大半、バックアップや得た経験値を溜める記憶野を残して、全てをタクミを見るのに使っていた存在へと速やかに移動させた。
勿論、それはタクミ自身も知らぬ間に。
そんな出来事を知る由もなく、数時間後、朝を迎えたタクミは盛大な溜め息をついたのだった。
1つはクノイチの修理が完了していなかった事が1つ。
もう1つは・・・。
「おはようゴザイマス。」
ヤケに流暢な言葉で挨拶するハル。
そのハルにはCCMとパソコンに接続されたままのコード伸びていて、今現在もアクセスランプが点灯していた。
「オマエ、一晩中ネットにアクセスしてバージョンアップしてたろ・・・。」
基本的にハルは独立型で稼動していて、きちんとした優先順位が存在する。
勿論、最優先事項はタクミの命令。
次が経験による学習である。
この為、普段はメールやチャットでハルが独自にログを収集する事でそれに宛てているのだ。
それ以外の場合、基本的には常にタクミの命令を遂行する為の待機状態であり、自分から外部にアクセスしないようになっている。
無用なトラブルを避ける為に制限しているという意味合いもあるのだが・・・。
昨夜はクノイチのデータを分析している途中でタクミは寝てしまった。
タクミが寝る=命令が来ない。
そういう認識が成立してしまったのだとタクミが気づいても、もう後の祭りだった。
「とりあえず、変なサイトにアクセスしてないだろうね?」
タクミがジト目で見たところで、表情を変えるワケがない。
しかし、ハルを見ると修理途中のクノイチをも見てしまい溜め息が出た。
「まぁ、いいや・・・しかし・・・。」
昨日、タクミはメグミに明日には直しておくと約束してしまった。
今日という日はまだ始まったばかりだが、メグミの事だ、約束を破ったら一日中・・・いや、一日で済めばまだいい、機嫌を悪くする事受けあいだ。
正直、タクミにとって、そんなのはどうでも良い事だったが、単純に修理する労力と彼女を宥める労力を天秤にかけた場合、前者の方が気が楽だし、手慣れている。
それにやっぱり壊れたLBXを放っとけはいられない。
(今日は遅刻だな・・・。)
一日で終わらせられないにしても、出来ることなら午前中にメドは立てておきたい。
『足りないと思ってね。』
ふと、タクミの脳裏にバトの言葉が過ぎった。
彼の言いたい事はタクミにだって解っている。
タクミが責任を感じる事はない。
そして、タクミは今まで通り自由にLBXを創り続けるべきなのだと。
けれど、タクミはそうしなかったし、出来なかった。
事故だと片付けられる事は出来ても、生み出した事への責任。
それは自分自身にある。
タクミはそう思っていた。
そうして、再び目の前のクノイチに視線を落とす。
自分が生み出した存在。
「これが・・・本当に最後。僕の創った最後の機体・・・。」
その言葉を噛みしめる。
やめたと言ったのに、あれだけ強固に拒んだというのに・・・それでもメグミの頼みを断れなかった。
大切な幼馴染だから。
「言い訳だね。」
その証拠にバトの言葉にこんなにも揺れている自分がいる。
それが更にタクミを落胆させた。
しかし、自分の創ったLBXくらいきちんとしたカタチで、相手に渡したい。
それも生み出した事への責任。
タクミはハルに視線を移す。
「ハル、インフィニティネットに接続。僕の分割アーカイブのHB-Vのファイルにアクセス。パスワード31sai4shi159ikoku2ni652mukouni.開いたら工房の電源を入れて、データを復元して成型機に。」
「リョーカイ 全工程完了マデ、about8エイチ。」
ハルの提示した時間は8時間。
これでは学校に間に合わない。
というより、帰宅後乗り込んできたメグミに何をされるか堪ったもんじゃない。
「データ0.1.2.3.6.7番を除外、8番を最優先処理。」
「作業順位変更、訂正、about140エム。」
提示された140分という時間は大幅の短縮だ。
ハルの返答に満足すると、タクミは朝食と登校の準備を済ませるべく行動に移したのだった。