サイド7で初めて連邦軍のモビルスーツと、ジオンのザクⅡによる戦闘があった日より、一週間ほど後の話です。
地球連邦軍、宇宙巡洋艦『エインズワース』の娯楽室を兼ねた食堂。
一人のまだ若い技術将校がボンヤリと書物をめくっていた。
「紙の本なんて、ずいぶんと古典的なものを見ていますね?ソウマ技術中尉」
呼びかけられた男は面倒そうに顔を上げた。
「今はオフタイムだろ。普段通りの呼び方でいいよ。オマエだって嫌だろ、一々『レドモンド少尉』とか呼ばれたら」
エイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉にそう言われると、笑いながらアルヴィン・レドモンド少尉は彼の隣に腰かけた。
「まぁな。一応士官候補訓練工程では同期だったからな。でもタメ口が見つかるとウルサイんだよ、ウチの艦長は固いから」
「コリンズ艦長は真面目だからな。だからこそ、俺みたいな『面倒な荷物』も運んでくれたんだろうけどさ」
「でもさ、エイタ。連邦の『V作戦』の要であるホワイトベースとモビルスーツ三機は、もうルナツーを出たんだろ?サイド7がジオンのシャアに攻撃されてから、もう一週間も経っているじゃないか。コロニー内は無人だって言うし、今さら何をしに行くんだ?」
「その話、誰に聞いたんだ?アル」
身を乗り出してきたレドモンド少尉を、エイタは呆れ顔で見つめた。
……V作戦とRXシリーズの事は機密情報のはずなのにな。ホワイトベースのモビルスーツ搭載機数が、一般の少尉レベルにまで漏れているのか?……
「そりゃ俺たちルナツー配属の連中なら、みんな知っているよ。元々『V作戦と連邦の新型モビルスーツ』の噂は広まっていたからな。そこに見慣れない船が入って来た上、ジオンの『赤い彗星』に追われてきたんだ。情報が入らない訳ないだろう」
それを聞いてエイタは納得した。二日前に地球から宇宙に上がって来た彼には、宇宙の事情は解っていなかっただけなのだ。
「それでエイタ、さっきの話だけど、無人のはずのコロニーに何をしに行くんだ?」
「別に、ただの残務整理だよ」
エイタは素っ気なく答えたが、レドモンド少尉は首を左右に振った。
「いやいや、そんな訳ないだろ。なにしろ『地球住みのエリート技術将校』が、わざわざ宇宙に上がって来てまで無人のコロニーに行くんだ。ただの残務整理のはずはない」
「確かに俺の家は地球にあるけど、仕事の関係で何度も宇宙には上がってきているよ」
「隠すなって。それにこの船の連中は知っているぜ。エイタが『テム・レイ技術大尉の直属の部下だ』って事を」
エイタはジロッとレドモンド少尉を睨んだ。
そう、迷惑な事に、それがエイタがいまここに居る原因だからだ。
「誰にそう聞いたんだ、アル?」
「ウチの攻撃隊の隊長、デュボア大尉から。そもそも酸素欠乏症で宇宙を漂流していたテム・レイ技術大尉を救出したのは、俺たちの隊だからな」
エイタは深いため息をついた。ここまで知られているなら、逆にある程度は話した方が、これ以上変に探られる事もないだろう。
どの道、彼の帰りにはこの船『エインズワース』に迎えに来てもらうのだ。
三日後に全て明らかになるのだから、今ここで話した所で問題はないだろう。
「ホワイトベースに搭載されていたモビルスーツ、その中でも中近距離戦闘タイプのRX-78、通称『ガンダム』だけど、それの『1G下でのテストベッド機』がまだサイド7に残されているんだよ。俺はそれを回収に行くんだ」
「え?サイド7にまだモビルスーツが残されているのか?でもホワイトベース報告では『残ったRX系パーツは全て破壊した』ってなっていたぞ」
「ホワイトベースの艦長のブライト・ノア中尉は、元は一般将校だろ?その上、RX系パーツを破壊したのは民間人の少年だ。全ての機密情報を知っている訳がない。それに『地上用モビルスーツの開発』は、途中から別系統だったしな」
エイタがそう答えた時だった。
食堂に備え付けらえたスピーカーから館内放送が流れた。
「まもなく本艦はサイド7宙域に入る。浮遊物、または敵船など周囲への警戒を厳に行う事。第二種警戒配備までの者は、所定の場所に着座、または待機するように」
それを聞いたレドモンド少尉はイスから立ち上がった。
「おっと、お仕事の呼び出しだ。あと三時間でサイド7だからな。それじゃあまた三日後の帰りにな、エイタ」
エイタもそれに片手を上げて返礼した。
再び食堂兼娯楽室で一人になったエイタは、書物に視線を落とした。
彼の名前はエイタ・ジョンソン・ソウマ。
地球連邦軍の技術士官で、階級は中尉だ。
元々はカリフォルニア工業技術大学の博士課程の研究者だった。
だが教授の強い推薦により、地球連邦軍の技術士官として任官する事になった。
彼の専門はロボット工学・電子工学・制御工学。
そして学生時代では数々の先進的な研究を発表し、その分野では名を知られた若手研究者の一人だ。
その実績を買われて、レビル中将から直々に指名された。そのため、エイタは特権的に少尉として任官、すぐに中尉に昇進した。
エイタ自身にも特に不満はなかった。
やっている事は大学の研究室と一緒だからだ。
彼にとってはモビルスーツは兵器ではなく、単に自分の研究の対象でしかない。
しかし彼が配属された直属の上司、テム・レイ技術大尉には閉口していた。
連邦軍内でも『変人』と噂の高かったテム・レイ技術大尉は、普段は寡黙であったが自分の研究分野に関しては一切の反論を許さず、独善的に作業を進める傾向があった。
それに嫌気がさして、何人もの優秀な技術者が彼の元を離れて行ったと言う。
そんな中でエイタだけは、テム・レイ技術大尉との関係をそれなりにうまくやっていたのだ。
だがある日、ついにエイタは彼と衝突する事になる。
エイタは「1G下でのモビルスーツの制御プログラムは、宇宙空間とは別に新規に開発すること」を主張した。
だがテム・レイ技術大尉は「ガンダムの自己教育型AIは、1G下の制御も自分で学び取るから必要ない」と拒絶した。
二人の反目が表面化した時、軍の研究所内で一つの怪文書が流された。
『エイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉はジオンのスパイである』
その理由は、エイタが大学時代に研修の一環でジオニック社のインターンに参加していた事からだった。
大学四年の時、エイタは『モビルワーカーで最先端を走っているジオニック社』にインターンとして参加した。
その時に『無重力下での二足歩行モビルワーカーの制御』について、いくつかプログラム付きで成果を発表していたのだ。
怪文書はその点を指摘していた。
エイタにとっては全くの濡れ衣だったが、これが許容されるほど当時の連邦軍の雰囲気は甘くなかった。
懲罰こそ免れたものの、エイタはRXー78の開発から外された。
そして代わりに任命されたのが「RX-78の余剰パーツの再利用」だった。
新規開発の上、あり得ないほどの高性能を要求されたRX-78は、莫大な開発費がかかっていた。
その過程で作られた余剰部品を有効利用する事が求められたのだ。
エイタはRX-78の余剰パーツや試作品にて、新たに1G下での使用を前提としたモビルスーツ・RX-79のテストベッド機の開発チームに参加する事になった。
そのテストデータの取得は、サイド7のコロニー建設区画で極秘裏に行われていたのだ。
エイタはその機体を回収するためにサイド7に向かう事を命じられた。
……まさしく残務整理だよな……
エイタは憂鬱な気分でもそう思った。
そしてこの作業が終われば、おそらく連邦軍に彼の席はなくなるだろう。
……かねてから誘いがあった、アナハイム・エレクトロニクスにでも転職するか……
エイタは広げた本を見つめながら、ぼんやりとそう考えた。
この続きは、明日朝7時半頃に投稿します。