兄妹で乙女ゲームの世界に転生したけど俺がヒロインで妹が悪役令嬢ってどういうこと?   作:どくはら

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26話:兄、再会する

 大きく息を吸えば、紙とインクのにおいが肺の中いっぱいに広がる。

 前世の図書館や本屋でだって味わえなかったような感覚。それを久々に吸収できた俺は、思わずうっとりした溜息を零した。

 

「はぁぁぁぁぁ……」

「お嬢ちゃん、相変わらず本のにおいが好きだな」

 

 そんな俺を見て、カウンターに座るモノクル装備のおじいさんが笑う。

 

「心から好きな人ほどではないんですけど。この独特のにおいは、どうにもくせになりまして」

 

 おじいさんの言葉には、メイドモードでおしとやかに受け答え。

 元々好きなにおいだったんだけど、今世では前世みたいに大量の本に触れる機会が激減している。その反動なのか、こうしてこの世界の本屋に来るとえもいわれぬような気持ちになるのであった。

 ガチな奴なら陶酔していると思うので、俺なんてほんとまだまだだが。

 

 さておき。

 本屋に来たならやることは一つ。

 おじいさんに一言断りを入れてから、俺は本棚を物色し始めた。

 スールお嬢様からの遣いという体でこの本屋に来るのはこれで数度目。見たい本がどこの棚にあるかはばっちり把握しているので、迷いなくその棚の前に移動した。

 

「……おっ」

 

 よさげな本を見つけたので、少し背伸びして棚から取り出す。

 そのタイトルは「オリエンス郷土菓子調理指南」。

 

 

 今までは前世知識や料理長の協力でなんとかやってこられたが、いい加減新作のネタ切れというか。そもそも俺自身が料理はそこそこしていたというレベルなので、レシピのレパートリーが、調理工程が簡単だったり覚えやすかったりなものばかりなのだ。

 っていうか三年近くもったのが逆に凄くない?

 そりゃあ毎日作っていたわけでも、毎回新作だったわけでもないけど。

 同じものを作っても妹もクリスも下女ちゃん達も喜んではくれるが、やっぱり別のも食べてもらいたいよなあというのが人情。

 お茶の時間と言えば焼き菓子が定番なこの世界。料理長もお菓子のレパートリーはそんなに多くない。そこでこのたび、この世界のレシピ本を手に入れようとやってきた次第である。

 

 城で執事長をやっているいー兄さんなら、レシピとか知っていそうな気がしないでもない。しかしあの人に頼るという選択肢はなかった。

 妹の口からあんなデッドエンドの話を聞かされたらなおのことだ。

 だって今現在、クリスの嫉妬煽りそうな奴筆頭だもんよあの人。あの後クリスが直談判したらしく、俺達の仲を引き裂くのは(表向き)諦めたっぽいけど。

 そもそも攻略対象の一人だしな……。

 正直クリスより、あっちの方が嫉妬に狂ってもおかしいと思う俺だった。クリス大好き人間だけど、この世界の住民はそういうとこでいまいち信用がならない。

 あとはまあ、いー兄さんに頼ると俺が外に出られないしな!

 妹は例の夢のせいで外出を渋っていたが、今回もなんとか許可をもぎとってきた。

 いやほんとね、俺もたまに外に出たいんですよ。

 屋敷の庭を歩き回るだけだと、運動フラストレーションがたまるっていうか。家事労働は他の子の仕事をとっちゃうからできないし。たまにはこうして外を出歩かないと落ち着かない。自分って結構散歩したがりだったんだなということを、転生してから自覚する俺であった。

 

 

「今日は調理の本かい」

「ええ。お嬢様においしいものを作ってあげたくて」

 

 おじいさんの言葉に、もう一度メイドモード。

 嘘偽りのない真実である。心からの言葉に、そうかそうかとおじいさんも微笑ましそうに頷いた。

 最初来店した時は貴族ってやつにあまりいい印象がなさげだったというか、識字使用人の心優しき味方みたいな感じだったおじいさん。しかし俺がスールと仲良しアピールしていたこともあってか、少なくともルクスリア家のスールお嬢様には良い印象を抱いてくれているらしい。

 いいことだ。実際うちの妹は良い子ですからね。

 

「そういうことなら、最近仕入れた「見習いに捧ぐ料理指南」って本もおすすめだ。こっちはまけとくから、一緒に買ってきな」

「わあ、ありがとうございます!」

「あと、口承メルヒェンの面白そうな本も手に入った。こいつも持ってきな」

「いつもすみません……」

「いいってことよ。本は楽しく読んでくれる人のもとにあってこそ、だからな」

 

 そして相変わらず俺に優しいおじいさんだった。

 こんな感じに気前がいいから、お嬢様との仲良しアピールに精を出したのもあるんだけどな。アピールしても気前の良さは変わらなかったけど。

 孫みたいに思われているんだろうか。

 そんなことを考えながら、会計を済ませて店を後にした。

 

 

 ほくほくで帰路につく。

 

「読むの楽しみだなあ」

 

 思わずそんな独り言も零れる。それくらいテンションが上がっていた。

 しかし、本に姿を変えた大金を持っていることに変わりはない。いかんいかんと気を引き締めて、道を進む。

 市場に寄りたいんだけど、さすがに今日は早く帰らんと妹が心配するだろう。

 おのれ自称神様。変な夢を妹に見せることで、俺の行動を間接的に縛るとは。

 寄り道ができない悔しさを、つい自称神様にぶつけてしまう。ついとは言ったものの、これ理不尽な八つ当たりではないと思うんだよな、うん。

 だが、そんな俺の考えはどうやら不心得だと受け取られてしまったらしい。

 市場の方に背を向け、さて近道は使うかどうかと悩みながら歩いていたところで。

 

「お嬢ちゃん!危ねえ!」

「へ?」

 

 急に聞こえた呼び声に、足を止めた。

 反射的に声がした方を振り向き。

 

「――――」

 

 目の前まで迫る馬車を見て、思考がフリーズした。

 え、やば。

 

 しぬ。

 

 

「フレール!!」

 

 

 頭が真っ白になった俺は、イケボと同時に思い切りラリアットされた。

 

「ぐえっ」

 

 潰れたカエルみたいな声とともに、近くの建物にぶつかる。俺達の後ろで暴れ馬車が通り過ぎる音がして、最初に声を上げたおじさんが「あぶねえなばっかやろう!」と俺の代わりに叫んでくれているのが聞こえた。

 そして俺はといえば、首と背中が痛い。

 助かった。

 助かったけどもっとこう、こう、他になかった!?

 そんな思いとともに顔を上げ、恩人(仮)を見ようとするが。

 

「間に合ってよかった……っ」

「ぐえ」

 

 サバ折りにされて、またカエルみたいな声が出た。

 ちょっと(この声の感じからして)お兄さん!

 助けてくれたのは大変ありがたいんですけど、俺に攻撃加えるのやめて!意図してないんだろうけどさ!

 苦しさを伝えるように、必死に背中をタップする。

 

「――っと、すまない!」

 

 それでやっと俺を苦しめているのに気づいてくれたらしく、お兄ちゃんはたくましい腕の中から俺を解放してくれた。

 あー、窒息するかと思った……。

 大きく息をついてから、改めてお兄さんの方を見上げる。

 …………ん???

 

 

 そこにいたのは、どえらいイケメンだった。

 アッシュグレイというやつだろうか。そんな感じの髪をしている、穏やかな顔のイケメン。見るからに鍛えています!と言わんばかりにたくましいが、暑苦しさではなく頼もしさが全面に出ている。

 恰好はなんというか、軽装の騎士。

 忠誠を誓いますだなんて言われながら手の甲にキスをされたら、大抵の女の子ならこっちこそ永遠の愛を誓いますとか言いそうな国宝クラスのイケメンだった。

 

 おっかしいな、見間違いかな。

 俺、こんな髪の色をした子を見たことあるんだよな。

 具体的に言うと毎日見ているんだよな。

 その子、スール・ルクスリアっていうんだけどさ。

 っていうかそもそもこのイケメンよく見なくても見覚えがありますね?

 

「…………セザール様?」

「ああ。久しぶりだね、フレール」

 

 恐る恐る名前を呼べば、イケメン騎士はさわやかに笑う。

 

 

 セザール・ルクスリア。

 武者修行に出ていた、スールの実兄。

 そして、『サンドリヨンに花束を』の攻略対象の一人だった。

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