兄妹で乙女ゲームの世界に転生したけど俺がヒロインで妹が悪役令嬢ってどういうこと?   作:どくはら

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62話:舞踏会 4

 一歩、二歩と足を進めるたびに、音楽が遠ざかっていく。

 賑やかさからだいぶ離れたところで、私は足を止めた。

 

「……はあ」

 

 何やっているんだろう、私。

 お兄ちゃんが舞踏会に来てしまった以上、何が起きるか見ていないといけないのに。

 ジャックくんがお兄ちゃんをダンスに誘っているのを見た瞬間、鉛でも飲み込んでしまったかのようにお腹の中がずっしりと重くなった。そして気づいた時にはホールを離れて、お城の出口に向かってとぼとぼと歩いてしまっていた。

 

 軽率な行動だったのはわかっている。

 でも、だって仕方ないじゃない。

 

 油断するとすぐ脳裏によぎるのは、さっき見た光景。

 恭しく手を差し出してダンスに誘う王子様と、その手を恐る恐るとるお姫様。

 童話『シンデレラ』のワンシーンで、乙女ゲーム『サンドリヨンに花束を』のイベントスチル。

 元々交流を深めていた城下の人達や仲良くなったお城の使用人達に協力してもらい、水色のドレスでドレスアップされたフレール。別人のようになった想い人に、それでも気づくことができたジャック王子が声をかける。プレイヤーの間でも特に人気が高い、ジャックルートの山場のシーンと、全く同じ光景だ。

 そんなのを目の当たりにしちゃったら、ゲームプレイヤー兼悪役令嬢役としては「ああやっぱりね」と思わないわけにはいかなくて。

 ……攻略対象が悪役令嬢役のことなんか、本当に好きになるわけないもんねと。

 そんな風に、我に返らざるを得ないわけで。

 

 この世界は乙女ゲームの模倣。

 乙女ゲームの内容に沿うように、色んな力が働いている。

 だから、イベント通りのシチュエーションが起きれば、この世界の人達の心は簡単に変わってしまう。ちょっとしたことで、ゲームの配役に印象が引きずられてしまう。

 ずっとその法則に怯えて、ゲームみたいに破滅したくないって思っていたのに。私はそのことを真の意味で理解していなかったと思い知らされた。

 

 私の大好きなお兄ちゃんは、いつだって攻略対象から貞操を狙われる危険があるけど。

 ……私が好きになった人は、いつだってお兄ちゃんにとられてしまう可能性があるのだ。

 

「好きになってたんだなあ、ジャックくんのこと……」

 

 そんな言葉がぽつりと零れる。

 我ながら自覚が遅すぎるというかなんというか。

 まあ私も、前世では彼氏とかそういうのには全然縁がなかったわけで。

 三次元の恋愛に興味がないから、経験値なんてあるわけもなくて。

 むしろ自覚が遅かった分、傷は浅くて済んだと思おう。だって自覚が早かろうと遅かろうと、悪役令嬢(スール)主人公(フレール)に勝てるわけないんだし!

 

「…………はあ」

 

 もう一度溜息。

 オリキャラを作ってIFストーリーを考える夢女子の気持ちって前世だとわからなかったけど、今なら理解できるかもしれない。まあ、(スール)はスーさんちのメアリーちゃんみたいなトンデモスペックも設定も持たない悪役令嬢なんだけど。

 ……ええい!

 ずぶずぶと沈んでいく気持ちを奮い立たせるように、私は軽く頬を叩いた。

 

「……いつまでも引きずってても仕方ないし、今日は帰ろ帰ろ!」

 

 後でお父様に怒られるかもしれないけど、そんなの知ったことか。

 お父様の昇進より、乙女の傷心の方が重要だ。

 そう思いながら、出口に向かって足を進めた。

 

 ……あれ?私、出口に向かっているよね?

 

 歩き出したばかりの足を止め、慌てて辺りを見渡す。

 ちっとも見覚えのない景色がそこにあった。

 

「――――迷った!?」

 

 嘘でしょ!?

 ここはこう、シリアスな雰囲気のままお屋敷に帰るところでは!?

 

 さっきとは違う意味で泣きそうな気持ちになりながら、来た道を戻ろうとUターンする。

 その直後のこと。

 

「んぅっ!?」

 

 突然後ろから口元を押さえられ、そのまま暗がりに連れ込まれた。

 

「んーっ、んーっ!」

 

 ばたんという音で、暗がりがどこかの部屋の中だと気づく。

 さっきまでいた廊下は前世みたいに電灯でピカピカしていたわけじゃないけど、それでも明るいところから暗いところへの移動で視界は一気に悪くなった。そしていきなり何も見えなくなったことで、驚きだけだった感情に恐怖が混ざる。

 必死に逃げようとするけど、体はびくりとも動かない。

 かつん、ぺたんと二種類の足音を響かせながら、足だけがじたばたと揺れた。

 

「ははっ。必死に抵抗してら」

 

 焦る私の鼓膜を、男の人の声が震わせた。

 下卑た感じの声が悪役のテンプレすぎて、逆に冷静になる。思わず動きを止めると、怖がって大人しくなったと思ったのだろう。耳元でさらに笑い声が大きくなった。

 

「帰り際を狙うつもりだったが……、ひとりでホールから離れてくれて好都合。衛兵の意識はあっちに向いているからな。仕事もやりやすくなるってもんだ」

「……?」

 

 どういうこと?

 そう思いながら後ろを振り向くと、いかにも悪いことをしていそうな雰囲気をした男の人がニヤニヤと笑っているのが視界に入った。

 うわっ、テンプレ……。

 ついそんな感想が脳裏をよぎったけど、暗闇の中でもぎらりと光るナイフに気づいた瞬間、メタ的な考えは一気に頭から吹っ飛ぶ。

 

「ひぅ」

 

 引き攣った悲鳴が、ごつごつした手のひらに吸いこまれる。

 怯える私を見て興が乗ったのか、男の人はさらにべらべらと喋り始めた。

 

「ルクスリア家のご令嬢、スール。安くない金を積んででも、あんたを殺してほしいって依頼人がいてな。こんな若い身空で死ぬのはさぞ無念だろうが、俺の賃金のために大人しく殺されてくれや」

 

 そんな言葉に、思い出すのは一年前。

 私がクリス様をとろうとしていると誤解したジャックくんが、怖い顔して私ににじり寄ってきた時のこと。スールの破滅イベントじゃなく、フレールのデッドエンドイベントがなぜか私に降りかかってきたあの日のできごとが、まざまざと脳裏に蘇る。

 フレールイベントっぽいものが私に飛び火したのはあの一件以来で、ジャックくんを怖がらないためにあまり思い出さないようにしていたことが、ここにきて痛烈に響いてしまった。

 

 そうじゃん。

 そうじゃん!

 ジャック王子と仲良くしているの、お兄ちゃんじゃなくて私じゃん!

 暗殺イベントがこっちに来てもおかしくないじゃん!!

 

 致命的なミスを犯してしまったことに気づいたけど、あまりにも手遅れすぎた。

 その可能性に思い至っていないお兄ちゃんは今ごろホールにいて、暗殺イベントからフレールを助けてくれるジャックくんもお兄ちゃんと踊っている。勝手に抜け出してきちゃったからお父様も私がどこにいるか知らないし、セザールお兄様だって好感度が高くない妹がいつの間にかいなくなっていることに気づきはしないだろう。

 つまり、私がここにいることを知っている人は誰もいない。

 私を探している人も誰もいない。

 

 

 私を助けてくれる人は、誰もいない。

 だって(スール)は、主人公(フレール)じゃないから。

 

 

「一年後には目つきは悪いけど色っぽい女になってそうだったのにな……。そのころに殺しの依頼がくればお互いおいしい思いもできたのに、残念だぜ」

 

 クリス様の代わりに采配された暗殺者はそう言って、私の体を刃先でなぞる。

 ドレス越しでも伝わる金属の冷たさが、私の体を凍りつかせた。

 抵抗しないと、逃げないと殺されると本能でわかっていても、恐怖と絶望、そして諦めの気持ちが枷になる。せめてもの逃避として、潤んでいた目を固く閉じた。

 

 怖い、怖いよぅ……。

 誰か……誰か……。

 

「お兄ちゃん、ジャックくん、たすけてぇ……っ」

 

 口元を覆う手のひらで、くぐもったものになってしまった小さな懇願。

 背後の暗殺者を喜ばせるだけで、どこにも届かないはずの声。

 

 

 ――――ばたんっ

 

「スール、いますかっ?」

 

 ……そんな声に応えるように、光と呼び声が部屋を満たした。

 

 

「ジャン=ジャック王子……!?」

 

 ジャックくんの登場は、暗殺者にはかなり想定外のことだったらしい。

 私を押さえていた手が緩んで、ナイフが体から離れる。

 逃げる絶好の機会だと理性が訴えたけど、私にとっても彼の登場はあまりにも予想外だった。暗殺者という支えを失った体がずるずると下がっていくのを止めることもできず、扉の前に立っているジャックくんをばかみたいに見つめることしかできない。

 

「――――」

 

 ジャックくんは、そんな暗殺者と私を見開いた目で見つめた後。

 

「――うがっ!?」

「ひゃわっ!?」

 

 勢いよく、ジャックくんが何かを投げつける。

 それは動揺していた暗殺者の顔にクリーンヒットし、そのまま後ずさりをする。その拍子に投げ出された私は、半ば倒れるように床に座りこんだ。

 あ、あぶな!頭から倒れこまなくてよかった……!

 

 別の意味でバクバクする心臓を押さえながら顔を上げる。

 一年前に見たような、惚れ惚れするような飛び蹴りが暗殺者に決まったのは、それとほぼ同時だった。

 ただしその飛び蹴りをしたのはお兄ちゃんじゃなく。

 一年前に飛び蹴りを食らった張本人――――ジャックくんだった。

 

「おごぉ!?」

 

 汚い悲鳴、次いでどんがらがっしゃんと椅子やら机やらが散らばる音。

 ぽかんとしていると、ジャックくんが私の傍で片膝をつく。反射的に声をかけようと口を開く前に、力強く肩を抱き寄せられた。

 

「俺が惚れた女に狼藉を働くとは、いい度胸だな貴様」

『私が愛した女性に狼藉を働くのは許しませんよ』

 

 ジャックくんの口から出たどすがきいた声が、暗殺阻止イベント時に聞けるジャン=ジャック王子のボイスと重なる。

 前世で聞いた時はゲームの盛り場にテンションを上げただけだったけど。

 今は、どうしようもなく私のハートをときめかせる専用ボイスだった。

 

「く、くそが……!」

 

 ジャックくんの雰囲気に圧倒されたのか、暗殺者は忌々しそうに舌打ちをした後、私達の横を駆け抜けてそのまま部屋を出ていく。

 

「あ……!」

「衛兵!!ルクスリア公の令嬢を襲った暴漢が逃げたぞ!急いで捕縛せよ!」

 

 私の声を掻き消さんばかりの号令が響き、さっきまで静かだった廊下がにわかに騒がしくなった。

 

「お前かーっ!待てぇー!」

「お前が待て!!」

 

 その直後、部屋の前を見覚えがある人影が、二つ分駆け抜けていく。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 思わず声を上げ、反射的に立ち上がろうとする。

 でも、お尻が少し浮くだけで終わる。その後、どれだけ立とうと試みても足腰はうんともすんとも言わなかった。

 ……こ、腰が抜けている。

 えっ、お兄ちゃん放置しなきゃダメ!?

 

「スール。無理に動いてはいけませんよ」

 

 途方に暮れていると、義兄から譲り受けたようなガラの悪い口調から元の王子様口調に戻ったジャックくんに声をかけられた。

 そっちに顔を向ければ、そっと何かを差し出される。

 一瞬首を傾げた後、それが今日履いていたハイヒールだと気づいた。

 

「この部屋の前に落ちていましたよ。おかげで、貴方の危機に駆けつけることができました」

 

 そう言いながら、裸足だった足にそのハイヒールを履かせてくれる。

 その横顔を見ていると、言うつもりがなかった言葉がぽろりと零れた。

 

「……フレールの後、追わなくてもいいの?」

「なぜです?」

「えっと、その……。さっき、ダンス踊ってたし」

 

 さすがに「舞踏会イベント起きたから今はフレールのこと好きなんでしょう?」とは言えず、言葉を濁す。そんな私を見て、ジャックくんはなぜか甘いマスクを顰めた。

 えっ、なんでちょっと不穏なオーラ出しているの?

 私、何か変なこと言った?

 

「……そのフレールが、貴方がホールにいないことに気づきましてね。その時、彼女に叱られてしまいましたよ」

「えっ?」

「『スールは思い込みが激しくて気にしいだから、お前が俺とダンスに誘いなんかしたら「ジャック王子が本当に好きな人はフレールなんだ」っ思い込んで落ち込むに決まってるだろう。大好きなお兄ちゃんのためだからって、誤解させるようなことをあいつの目の前でするな』……とね」

 

 お兄ちゃんっ!!あいつ!!何言ってんの!?

 思わず心の中で悪態を飛ばしてしまった。

 正解だけど、大正解だけど!なんでそれをジャックくんに言っちゃうかなあ!!

 

 デリカシーのなさへの怒りと、期せずして思っていたことを暴露された恥ずかしさで、顔がどんどん熱くなるのを感じる。

 そんな顔を見られたくなくて、ジャックくんから顔を背けようとする。

 だけどそれは、他ならぬジャックくんに止められてしまった。

 

「じゃ、ジャックくん?」

 

 そのまま、ぐいっと肩を抱き寄せられる。

 不穏なオーラと至近距離のイケメンフェイスにたじたじになっていると、甘いマスクのイケメンはにっこりと微笑んだ。

 

「私はね、スール。貴方が私の想いに応えてくれなかった場合、第二王子という権力を使ってまで自分のものにしようとは思っていませんでした。返事をきちんともらうまでの間は、持ちうる手段を全て使って貴方を落とすつもりではありましたけどね」

 

 こ、怖い。

 別に怖い顔をしているわけじゃないのに、なんだか怖い。

 びくびくする私に気づかず、ジャックくんはさらに話を続ける。

 

「私が欲しいのは貴方の心です。それは、無理強いをしても手に入るものじゃありませんから。とても残念ですが、想いに応えてもらえなくても仕方ないとは思っています。……でもね?」

「う、うん」

 

 圧に押されて、反射的にこくこくと頷く。

 そんな私の顎を、彼の手がすくいあげた。

 

「俺の想いを疑われるのだけは心外だ。ゆっくりと外堀を埋めていくつもりだったが、そんな誤解をされるようなら話は違う。どれだけ君を想っているのか、これからじっくりと教えてあげよう」

 

 義兄にも負けない俺様っぷりを見せつけながら、ジャックくんはゲーム内で一度も見たことがないケダモノめいた笑みを浮かべる。

 それを至近距離で直視してしまった私の心臓は、死にそうなくらい高鳴っていた。

 

 

 ごめん、お兄ちゃん。

 妹はどうやら、この人と一緒になりたいみたいです。

 

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