兄妹で乙女ゲームの世界に転生したけど俺がヒロインで妹が悪役令嬢ってどういうこと?   作:どくはら

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66話:フレール

 気づいた時、辺りは真っ暗だった。

 暗くて、そして冷たくて。だけど怖いという感情より、寂しさを強く感じる。

 そんな場所に、俺はくらげのように漂っていた。

 

 浮かんでいるのか沈んでいるのかもよくわからない。

 息苦しい気もするけど、不思議とそれはあまり気にならなかった。

 それは、今にもうたた寝しそうなくらい意識がぼんやりとしているのもあるだろう。だがそれ以上に、寂しいと感じているというのがでかい。

 

 そう、俺は今、とても寂しかった。

 暗くて冷たいから寂しく思うんじゃない。

 寂しいから、暗くて冷たく感じるんだと思うくらいに。

 俺自身に何か起きたわけじゃないのに、つられて泣いてしまいたくなるほどに。

 

 

『兄をたぶらかす下賤な者には、死を』

 

 

「……?」

 

 ふと、物騒なことを言う声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に思わず眉をひそめながら、視線をさまよわせて声の出どころを探る。

 その間も、さっきよりはっきりとは聞こえなかったものの、ぶつぶつと声は聞こえ続ける。おかげで、声はどうやら後ろの方から聞こえてきているらしいことがわかった。

 俺は浮いている体をなんとか動かし、体の向きを反転させる。

 そして。

 

「は……!?」

 

 目の前に広がった光景に、一気に目が覚めた。

 

 それは、一言で言うなら『ゴミ山』だった。

 何かが積み重なり、折り重なり、一つの山を築いている。

 もちろん、それだけなら驚きはしない。なぜ目が覚めるくらい驚いたかと言えば、山を構成しているのが女の子の体だったからだ。

 

 下女の服だったり、メイドの服だったり、シスターの服だったり、ネグリジェだったり、ドレスだったりと、格好は多種多様。髪の色だけは全員同じ黒色で、周りの闇に溶け込んでいるせいか、まるで彼女達の髪がこの空間を造っているようにも見えた。

 距離があるから顔はよく見えない。

 それでも俺には、あの女の子達が――いや、あの女の子が誰なのかわかった。

 

「フレール……」

 

 女の子の名前が、口から零れる。

 それに呼応するように、また声が聞こえてきた。

 

 

『やはり貴方は兄に相応しくないようですね』

『貴族の長子でしかない私は、もう相手をするに値しないとでも言うのですか……?』

『ジャン=クリストフ様は、いずれこの国の王になる方です。そんなお方が、貴き身分を持たないメイドに入れ込むなどあってはならないこと』

『お前みたいな下女風情が、第一王子のお気に入りなんて許されるわけがないわ』

『新人が!クリストフ様に色目を使ってるんじゃないわよ!』

『お前を、誰かのものにするくらいなら……』

『どうして俺だけを見てくれないんだ』

『俺以外をその瞳に映すなんて許さない。それならいっそ……』

 

 

 聞き覚えのある声がほとんどで、たまに知らない声も聞こえてくる。

 共通するのは、ひとりの女の子を責め立て、詰り、そして傷つけているということ。真っ暗な中で目を凝らせば、山のように積まれている女の子達には首がなかったり、深い切り傷があったりと、どこかしら損傷している子が圧倒的に多いこともわかった。

 

 おいおい、これは全年齢向けだろ。

 過激すぎやしないか。

 っていうかおいクリス、お前キルスコア高すぎるだろ。キルリーダーかよ。

 そう思いながら顔を引きつらせる一方、グロだとはあまり感じない。多分それは、目の前にあるものが死体というより残骸という言葉の方が似合うからだろう。

 

 そう、残骸だ。

 色んな思惑に振り回されて壊れた、人の形をした何かだ。

 

 

『クソゲーすぎ』

『ビジュアルは抜群だしシナリオ自体も悪くはないんだけど……』

『ここまで別ゲーにするなら個別に出せばいいのに』

『ヒロイン感情移入できないなー』

『プレイ時間と手間に見合わなかったな』

『売っちゃお』

 

 

 そして、残骸に改まって同情するような子は少ない。

 つまらなかった、面白くなかった。そんな言葉ばかりが残骸達に降り注ぐ。

 気持ちはわかる。ゲームで嫌な気持ちになったら、まずゲームに対して不満を抱くのが一般的なプレイヤーだろう。俺だって、プレイ中に胸糞イベントとかクソゲー要素とかに遭遇した時は、登場人物を可哀想だとは思うのはかなり後回しだ。

 だから、気持ちはわかる。

 わかるけど。

 

「……あんまりだろ」

 

 ……この空間で聞こえる声は、全部が全部、悪いってわけじゃない。

 

 

『愛しいフレール。どうか私の伴侶になってはくれませんか?』

『再会できたこの奇跡を、私は決して逃したくない。フー、可愛いフー、私の傍にいてください』

『お前のためなら、私は家も地位もいらない。だからフレール、どうか私と一緒に』

『親愛なる女神の前で誓おう。僕はお前をこの世で最も愛していると。その証として、僕の大事なものをお前に渡そう』

『だからフレール――俺の伴侶になってくれ』

 

 

 ハッピーエンドに至った女の子も、積み重なった中にはいた。残骸ばかりの中で、その子達はまるで丁寧にラッピングされたプレゼントみたいに綺麗な、そして安らかな顔をしている。まるで、良い夢でも見ているかのように。

 

 でも、悲しいことにそれは『フレール』の救いにはならない。

 なぜなら残骸になったフレール達は、ここに彼女達がいることで知ってしまった。

 クリストフルートの自分達が、他と比べてどれだけむごい目に合っているかを。他の『フレール』はルートの途中で何度も死ぬような目に合ったりしないことを。

 知らないままなら辛いだけだったかもしれない。

 だけど知ってしまった以上、辛いと思うだけじゃ気持ちは収まらないだろう。

 ……いや、それだけならまだよかった。

 

 

(ジャックが憎い)

(義理の兄愛しさに、醜い嫉妬をぶつけてくる男が憎い)

(王子らしい無自覚な傲慢さで、私の人生を掻き乱してくる男が憎い)

 

(セザールが憎い)

(片思いのくせに、理不尽な憤怒をぶつけてくる男が憎い)

(純愛のふりした色欲で、私を先行きの見えない未来に連れ出す男が憎い)

 

(イーラが憎い)

(一番の理解者だって顔して、分不相応の傲慢さで裁いてくる男が憎い)

(幼なじみだからって勝手に所有権を主張して、私に怒りをぶつけてくる男が憎い)

 

(リティアが憎い)

(聖職者のくせして強欲で、平然と私の自由を奪う男が憎い)

 

 

 共感できない幸せな記憶には、どんどんフィルターがかかっていた。

 クリスルートのあいつらが憎いだけだったはずなのに、恨みつらみが強すぎて、違うルートのあいつらにまでマイナスの感情を抱いている。そんな声が、この空間には満ちている。

 

 

(憎い)

(許さない)

(許されない)

(私達はあんなに不幸になったのに)

 

 

「恨んで当然だろ、こんなの」

 

 この世界を造ったのは、ゲームに登場するキャラの恨みつらみ。

 未だに眉唾だった女神の話が、ここにきて痛烈に現実味を帯びてくる。

 そりゃあそうだろう、としか言いようがない。こんな目にあったら、ゲームのキャラでも自我の一つや二つ、持つに決まっているだろう。

 

「っ、ぅ……」

 

 気づいた時、俺はぼろぼろに泣いていた。

 あまりのやるせなさに、思わずスカートをぎゅっと握りしめる。

 

「……?」

 

 手のひらに硬い感触が当たる。

 それに首を傾げた直後。

 

 

『――――(フレール)をよろしくお願いします、お兄ちゃんさん』

 

 

 今まで聞こえていた嫌な声達が消え、代わりに聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。

 

 涙が止まるのを感じる。

 胸の中にあった憐れみとか寂しさとかが別の気持ちに塗り替えられていくのを感じながら、俺はドレスのポケットに手を突っ込み、硬いものの正体を探った。

 そして。

 

「……そういうことかよ、あいつ」

 

 もったいぶってないでちゃんと言えよバカ。

 つい少し前に言われた言葉を思い出し、思わず呆れたように笑った。

 でもあいつの言うように、先んじて使い道を教えられていたら、今と同じ結論にはならなかった気がする。それくらい、目の前に広がる光景とさっきまで聞こえていた声のインパクトは強かった。

 自分で気づいたおかげで、俺はこれを使ってみようと思えている。

 

 ……俺には『フレール』の気持ちがわからない。

 前世では平々凡々、でも親兄弟や友達に恵まれて、それなりに幸せな人生を送ってきた。今の人生も周りの環境に恵まれて、いわゆるハッピーエンドルートを歩いている。

 だから、俺なんかがこんなことを思うのはおこがましいのかもしれない。

 だけどそれ以上に、今感じている気持ちを発散する方が大事だった。

 

 だって俺は――――

 

 

 

「――――フレールっ!!!」

 

 

 

 不意に、大好きなヤツの声が聞こえた。

 

 直後、ばしゃんと。

 水が入った風船が割れるような音とともに、真っ暗だった世界が破裂した。

 

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