エリートオペレーターでも転職は考えます 作:休んじゃダメですよ
お久しぶりです。大変申し訳ございませんでした。
(謝罪)(土下座)(土下寝)
今回書きたい分を書いたらとても長くなってしまいました。
また、後半において一言が凄く長い『あの人』がいらっしゃいます。長くなってしまいました。ご注意ください。
年数がたってしまいましたが、改めて皆々様。ありがとうございます。(感謝)
その環境に身を置く以上、遅かれ早かれ呑まれる定めからは逃れられない。細心の注意をしてようと絶対にそう在るものかと決めていようと。気がついた時には後戻りなんて出来ず、やがて諦める。
だがその影響を良しとするか悪しとするかについては選択の余地があるだろう。染まり得たもの全てが価値のないものであるはずが無い。その全てが価値あるものと断言もできない。
唯一共通すること。それはどれだけの人生を歩んだとしても、一度歩みを進めたとあれば、一生それは拭いきれない痕になるということだ。
例えば俺の場合はロドスに勤務して約七年くらい。友人と言える人は片手で数えるくらいしかいなくて、周りから避けられてしまって、給料はまあ良い(つい最近良くなった)けど仕事量が半端なくて。お陰で並大抵の徹夜や野宿や目の前を埋め尽くす仕事に対してはメンタルは強くなりました。これは良いことなのかって? 悪いことに決まってるでしょう?? なんでこんな悲しいこと慣れなくちゃいけないんですか???
それでもここしか今は働ける場所がない。前に貿易所にいった時、合間を見て資料を読んでたけど……働ける場所自体は多かったけど場所……地域がなあ……。大企業は移動都市でどこもかしこも移動してるし、ロドスだって艦船で転々と移動しているから、どんな本社であれ向かうには果てしなく遠いところが多い。今だと良くて龍門くらいしか足を運べない。
個人で行けばいいんじゃないかって? 完全なプライベートのために移動機とか借りるだけでもお金が掛かるし、旅費だって沢山掛かるし、何よりどれだけの有給を消化しなくちゃいけないと思ってるんですか。金! 時間!! 何もかもが足りない!!! いや正確には足りてるけどまだ出来るだけ使いたくないです!!!
完全に転職するつもりなら片道だけでお金も済むものの、流石にそこまで無謀なことする訳にはいかない。今度はちゃんとホワイト企業であることを見抜くためにも慎重に、慎重に。資料に書かれるだけの方針や勤務体系だけじゃなくて見学とかも混じえて、しっかり考えないと……!
「…………あ」
そんなことを考えてると、廃れた建物が並ぶ戦場の空を一筋の信号弾が駆け上がっていった。それは作戦開始を知らせる合図。気を引き締めるために呼吸を整えて、眼前を捉える。
俺は今あのドクターの指揮の下、作戦に参加している。とはいっても相手は残党レベルの敵だし、俺がいる場所も念のための最終防衛ラインということもあって今のところ敵影も何もない。ほぼ待機しているだけですね。
楽な仕事してるなあって? 確かにこれだけ聞けばそうかもしれない。俺もこんなブラックな職場なのにドクターが作戦という建前で休ませてくれるなんて、って思ったよ。でもそんな喜びも束の間でした。
「…………」
「…………」
背後の高台から滅茶苦茶視線を感じます。真っ直ぐ冷たく射抜く勢いの眼力を感じます。圧を感じすぎて息苦しささえ覚えます。振り向けないけど辺りに散らばる金属の反射面で何となく姿は分かった。
視線を注いで来ている彼女はロドスのオペレーター……コードネーム、グレースロート。冷静な思考と機敏な行動、優秀な射撃能力を兼ね備える優秀な狙撃手。いやまあ共闘したのは初めてで、この情報自体は閲覧可能な範囲の各オペレーター資料の情報に載ってることなんだけれど。
何故彼女からここまで熱いのか冷たいのか分からない視線を送られてるのか。普段の俺ならハテナが頭を埋めつくしていたけれど、今回は覚えがあるんですねこれが。実は俺と彼女は初対面ではないんですよ。──そう、あれはまだ俺がエリートオペレーターを目指して日々一人での任務をこなしていた頃……いや、この期間はつい最近終わったからそれよりももっと前だね。
話自体は単純で、ロドスに入りたてでまだ幼かった彼女と交流をしていた時期があった。やってきた経緯が経緯なので笑顔は少なかったけれど、交流していく中で少しずつリラックスして会話してくれてたし。俺も少しでも元気づけたいと思って遊ぼうとしてたなあ、最初の頃は泣き出されるレベルで引かれてたけど。
彼女の感染者に対しての拒絶的な思考や行動に対しては仕方がないと傍から見ていてもそう思った。だからロドスに勤務してる人達の多くから良い目をされないのも理解していた。俺は非感染者の身だったから、側で話すことも許されてたのだろうと思う。一定の距離を保たれるくらいは引かれてたけど。
それでも比較的良好な関係は築けてると思ってたんです。けどそんなある日、ですね。突然グレースロートの態度が冷たくなっちゃったんです。おはようっていつも通り挨拶しようとしたら冷たい目で睨んで、ふいって顔を背かれたんです。おや? 何かおかしいな? と思ってすぐに後を追おうとしたら……。
『ついてこないで』
と、聞いたことも無い底から冷えたような声色で拒絶されちゃいました。あの時は心の芯がグシャッて折れちゃった音がしましたね。だっていつも仲良くしてた相手からいきなりですよ。それは精神も病みかけますって。仕事は休ませてくれないので、そっちに没頭してたら結局なんとかなりましたけど。
それからというものグレースロートは俺の事を露骨に避けるようになり、話す機会も関わりも段々無くなってきて……同じ職場だというのにすっかり疎遠となってしまってたのだ。
ただ考えてみれば心当たりがあった。何故彼女から避けられてしまうのか……その理由を。当たり前の変化に気づくべきだったのだ。それは──
思春期然り反抗期──!
年頃の女の子なら当然なりますよね、分かる〜〜。別に親とか何とか親しい続柄ではないけれど、誰かれ対して自分に関わって欲しくないとか、絡みたくないって思うのだって無理はない。ましてやグレースロートの立場からすると尚更、誰かを自分に近づけたくなかったのかもしれない。
その考えに至ったのがつい最近。数年レベルで疎遠になったから、もしまた職場で会う機会があったら交流にまたチャレンジしてみようと思ってはいたものの……。
「…………」
「…………」
ぎま゛ずい゛。こんな突拍子もない展開、状況で昔の話なんて出来ませんが!! 誰か冷気系のアーツでも使った? ここものすっごく肌寒いんですけど?? 一度も話したことがない人ならまだしも、嫌われてる相手といきなり二人きりだなんてどうすればいいんですか??? もし話しかけて開口「死ね」とか言われたら今度こそ立ち直れないかもしれないよ????
おおお、落ち着け。こんな時は頭の中でなにか数字を数えればいいってケルシーさんが言ってた。何の数字だろう。とりあえず同じでいっか。1、1、1、1…………。
「ねぇ」
「いち」
「は?」
はい終わりました。
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私が酷い性格だということは私自身が一番よくわかってる。それでも生理的嫌悪や一度抱いた印象は払拭出来ないし、それに合わせた対応も反射的にとってしまう。だからだろう、私は自分から味方となってくれていた彼のことを振り払った。
重装オペレーターのblackout。装いなんかは普通なのに雰囲気にいつもどこか……違和感を匂わせるループス。彼の第一印象は冷徹そうで近寄り難い人。それを証明するように側に居続ける人は片手で数える程しかいなかった。だというのに、私には自分から近づいてこようとするよく分からない人物。幼い頃の私は、情けない話だけど最初のころは雰囲気の重苦しさを感じるやいなやすぐに逃げていた。目が合えばすぐに顔を逸らして距離を取ったし、会話だってしようとも思わなかった。
私は源石や鉱石病を忌避し感染者を嫌っていた。いや、今でさえ忌避しているが昔は特に、か。感染者の治療組織であるロドスにいるのにそんなことを思うなんてと……実際に口に出す人はいなかったが、私の感染者への態度を非難する人は確かにいた。境遇が境遇だから同情してくれる人もいたけど、それも居心地が悪かった。こんな私が誰かを頼るなんて虫のいい話許されるはずが無い。
ただそんな中で転機があった。暗黙の空気を気にも留めないフリをしてるのも疲れてしまっていた頃、私から声をかけたのか彼から声をかけてくれたのか覚えてないが、相談に乗ってくれたのはblackoutだった。
『恐怖を感じるものに恐怖心を抱くこと、逃げること。それに何か問題がある? 少なくとも俺は万人が抱くべき自然だと思うよ。感染者は恐ろしいから、なりたくないし触れたくない……うん、ごく自然。別に無理して克服もしなくていい。恐ろしいと感じなくなるより遥かに人として正しいよ』
忌避への肯定に、克服しなくてもいいという言葉。それだけで私は自分がロドスに身を置いていても大丈夫だと、無理に感染者たちと接触しなくても良いのだと心が軽くなった。オペレーターとして活動する以上いずれは通る道であっても、自分の心を押し殺し捩じ切るまで変わる必要は無いのだと言われてるようで。
感染者からも彼自身からも避けてばかりだった私と、彼は変わらず接し続けてくれたのだ。
しかしこれを経てなお、当時から目と勘が冴えていた私は目が合うどころか気配を察知した時点で何度も逃げていた。彼の周囲は時々重苦しくて動きづらい、そんな空気が張り詰めていたものだから。それでもblackoutはそんな私を無理には追おうとはせず、少しずつ少しずつ距離を縮めていってくれたのだと思う。彼の雰囲気に馴染めば馴染むほど自然と会話をしてみたいとも感じた。非感染者であったことも含めて、当時の私にとって数少ない頼りに出来るオペレーターだった。
だった、のに。
『メディカルチェックの結果はどうだった?』
彼の部屋から、ロドスの最高責任者の女性の声がした。
『………………良くは無いですね』
『曖昧な答えは口で語るからこそ起こりうる。勿論文面であっても抽象的表現は同様の可能性があるが、ロドスの誇る精密機器と医療従事者の審査は断定の信用に値するものだ。君が後ろ手に隠したものこそがそれを証明してくれるだろう、鉱石病に対するこのロドスのカルテであれば』
『……、……どうぞ』
『──物事に手を出す以上はその物事への干渉は避けられない。消火するのであれば猛々しい炎に。潜水するのであれば空気無き水のなかに。感染病であれば伝染ることも自明の理だ。しかしだからこそ、我々は細心の注意を払っている。君もその一人だと私は認識していたはずだが、blackout』
『まあ、これは……仕方がないですよ。強いて言うのなら原因は注意力が散漫だったから……結果がこうですから、きっとそうだったんでしょう』
その日は私の方から初めて彼に相談してみようと思い立った日。普通はロドスの私室はある程度の防音性能があるんだけれど少しだけドアが空いていたせいで耳にしてしまった。blackoutの声と、普段よりも僅かに焦ったかのような責任者……ケルシー先生の声。ただならない雰囲気に私は息を殺して、こっそりとドアの隙間から中を覗いた。
いや、その断片的な会話だけで私は察していたのかもしれない。けれど頭に過ったことを信じたくなくて。私は、自分自身の目と勘の良さをその時初めて呪った。
「…………え」
立ち位置の関係からケルシー先生が持つカルテの文字が目に映ってしまった。そこに書かれているのは……。
【──以上から、鉱石病患者と認める】
私は、脇目も振らずその場から逃げ出した。激しく動悸する胸を抑えて逃げ込むように自室へ戻った。ベッドの上に横になって身体を丸くして、布団で全身を包んで隠した。
一連の流れに一切の迷いもないのに自分自身困惑して、目の前で見てしまった出来事で頭の中が混乱の渦に飲まれて、しかし心を支配している感情だけははっきりと分かっていた。恐怖だ。心をあっという間に埋めつくした圧倒的な、……おぞましいという感情だ。
相談の時に続けてblackoutが口にした言葉が、自然と思い起こされる。
『俺はどうなのかって? もちろん怖い。というより基本病には掛かりたくないよ。でもそれが患者達との関わりに関係あるかどうかはまた別の話。大丈夫、俺は簡単に侵されるつもりはないよ』
張り詰めた空気が解け少しだけ笑いながら語っていた。余裕ではない、しっかりとした意識を持っていた。その上でblackoutは感染者と非感染者の壁なく接して自然体でいた。第一印象とは全く真逆の、私とは全然違う良識あるオペレーターだったのに。だというのに、この世界の残酷さはそんな人に限って牙を剥く。善人に待ってるのはいつも理不尽な現実だ。blackoutや、アーミヤだって、どうして優しい人ほど損をしてしまうのだろうか。そんなことを想像するだけで、許容できる恐怖の範疇を超えていた。
blackoutは鉱石病に侵されるつもりはないなんて言ってた。それを勝手に信じていた私は裏切られた気分で、腸が熱くなるのを感じる。そんな一方的な怒りを考えてる私があまりにも不甲斐ない。思考も心もぐちゃぐちゃになった私は結局、布団に潜り込んだまま涙が枯れるまで自分の部屋に引きこもった。
いつの間にか眠ってしまって、目が覚めたのは翌日のことだった。夢であったなら良かったのに落ちかけていた日はもう既に上がっていた。夕飯を食べず寝たのにも関わらず空腹感はない。代わりにあるのはこの残酷な世界に対する虚脱感だけ。
それでも部屋から出ていつもの様に訓練室に向かうのは、ほんの少しでも気を紛らわせずには居られなかったから。このまま部屋に閉じこもってたら気が沈むばかりだから。
「……おはよう。今日も良い朝だね」
自室から出て少し、廊下でblackoutとばったりと出会う。挨拶をする彼の声色は普段通り落ち着いているように見えて少し低く、覇気のない気がするのは私の気の所為だろうか。そんなはずない。目敏い彼のことだからきっとあの時私が駆け出した音を耳にして、部屋の前で話を聞いてたことを知ってるのだろう。その証拠に僅かにいつもより表情が曇っているように見えた。
その上でそんな言葉を掛けるのなら、分かっているのなら……私は無言で彼の横を避けるように通る。追ってくるような足音が聞こえかけて反射的に私の口は開いていた。
「ついてこないで」
自分でもどうかと思うくらい冷えた無機質な声。感染者に対してはもう、当たり前に近い声調。一瞬の静寂の後に彼の足音はこちらに迫ることなく、無言で遠ざかっていった。
何度でも言おう。私が酷い性格であることは自分が一番よく分かっている。してはいけない差別をしてることなんて重々承知してる。
──でも、どうしようもないじゃない。怖いものは怖いんだから。それはblackoutだって言ってたこと。きっと理解してくれる。
──なんて、甘えたにも程がある思考。ああ……私、なんて救いようがないんだろう。
それからというものblackoutとは顔を合わせることすら無かった。いや、少しでも気配を感じてはそれが日常であれ任務の帰りであれ私の方から避けていた。あんなこと言った手前どんな顔で会えというのだろう。ロドスで過ごすうちに少しずつ、本当に少しずつ感染してしまった患者たちと話す機会が増えて抵抗意識が薄れてはきた。それでも恐怖は拭えない。私の両親を奪い彼さえも侵した鉱石病は、未だ私の心に巣食っている。
謝りたいという気持ちはある。けど、酷いことを口にして一方的に拒絶した私は彼に合わせる顔がない、叶うことならば二度と会いたくない。そんな気さえ起きていた。
けどそんな思いはありふれた日常のように、簡単に壊された。手配された作戦で指示された位置。そこに背中を向けて立っていたのは見間違うはずもない……私が会いたくなくて堪らなかったブラックアウト、その人。ドクターとは直接的な交流はあまり図ってないし、第一他人に彼との関わりなんて口にしたことすらない。だから偶然、なのだ。気配は感じてたが此処が最終防衛ラインである以上避ける訳にもいかない……避けられない邂逅だった。
私の視線には気づいている筈だ、私だということも気づいているに違いない。だというのに彼は背中を向けたままこちらへ顔を向けようとしない。何故という疑問より、当然という答えが頭の中に浮かんだ。ずっと避けていたのだから顔も見合せたくないと思うのは自然だ。私だって、会いたくなかった。……私から縁を断ち切ったんだから。
だというのに心に溜まっていく、重く苦しい感情はなんだろうか。寂しいとでも言いたいんだろうか? 馬鹿げている。あまりにも勝手すぎる。自分から突き放しておいて自分で悲しんで、まるで子供のように稚拙な感情だ。違う……違うに、違いない。
でも、ああ、私の感情とか、そんなのではなくて。単純に、そう。たまたま作戦で鉢あったオペレーターが、コミニュケーションを図るというのはきっと、自然なことだ。それから……うん、謝れば……いい。私はもう子供じゃないんだから、それくらい出来る。息を大きく吸い込んで、一歩を踏み出して、
「ねぇ」
「
私の勇気を出した第一声は、食い気味にそんな言葉で返された。
「は?」
だから自然と口から漏れた文句たっぷりの返答は、これに関しては私は悪くないんじゃないだろうか? 出鼻をくじかれたどころかへし折られたレベル。突然何の数字を言い出すかと思えば……と、そこまで思考して今の状況を思い出す。
ここは? ──戦場だ。
私達は? ──最終防衛ラインの位置にいる。
彼の視線は何処へ──。
その思考の答えが出る前に、私の眼は彼の背中なんかでは無くその前に広がる戦場へ向け直された。気が緩んでいた訳では無いが気を取られすぎた。言葉の意味を理解した瞬間に視線を追って、クロスボウに矢をつがえて構える。敵影は見えない、だが彼の口が無意味なことを発する筈がない。目を凝らせ、空気を掴め。姿が見えない敵は必ずその存在地点に違和感がある。
「──ここ」
見つけた歪みに向けて、番えた矢を躊躇いなく放った。何の変哲もない瓦礫に突き刺さるはずの矢はしかし、宙で勢いが急に止まりその場所から赤が滲み出し始めた。
「馬鹿、な……!? 何故わかった!?」
「答える必要なんてないわ。私から言えるのはアンタはここで通行止めってこと」
「この、小娘……!」
明らかな焦りを見せる敵の声が耳に入る。滲み出た赤は宙に揺れ動きもはや姿を隠すことはできなくなった。特殊な迷彩にもう意味が無いと悟ったのかそれを身から剥がし、レユニオンの仮面を被った人物が姿を現す。出血する肩を抑え仮面越しでも分かるほどの忌々しい視線を私に向けて。
『すまない、今一人を取り逃してしまっている事態に気づいた。至急対処を』
「もうやってるわ。ブラックアウトと私で仕留めておく」
『……分かった。任せる』
通信機から聞こえたドクターの声に冷静に返すと、すぐに通信は切れた。後続や仲間が潜伏しているとも思ったが問題は無さそうだ。再び動き出そうとする敵へ向け再装填した矢を放つ。しかし敵は焦ることなく矢を交わし、瓦礫を壁にしてやり過ごされた。ドクターの指揮する戦場を掻い潜っただけあって身のこなしが巧い。万が一姿がバレた時のために、辺りの地形を頭の中にインプットしておいたのだろう。迷いのない動きだった。
私の持つ武器には流石に建物の瓦礫を貫通するほどの威力はない。出てきた所を撃てば良いのなら話は単純、しかし既に逃げるための算段を組み立てた敵が簡単に撃ち抜かれるとは思えない。……仕留め切るにはとてもではないが難しい。つい舌打ちを打ってしまう。
「……グレースロート」
ふいに声がかかった。視線だけを声のする方へ向けると、そこには相変わらず私に目を合わせようとせず敵の隠れた方向に顔を向けたブラックアウトの姿が。ようやく声を……なんて事は思わず、敵の前でもあるのであくまで一オペレーターとして言葉を交わす。
「何。悠長に話してる暇はないと思うけど。……流石に瓦礫を貫通するほどの矢は放てない。それとも、なにか協力でもしてくれるの?」
少々毒のある言い方をしてしまったかもしれないが、瓦礫の影にいるであろう敵を決して逃さないように気を張りつめているから仕方がない。だというのに、ブラックアウトの頬は僅かに緩んだように見えた。
「弱っているのは敵本人だけじゃない。
「……何を言って……」
抽象的な言葉に眉を顰めるが、過去の会話の中でも彼が無意味なことを口にしたことは滅多にない。敢えて遠回しにするのは……私のことをオペレーターとして試してるのかもしれない。さっきもそうだ。存在に気づいているのならブラックアウト自身が不意打ちでも何でもレユニオン兵を取り抑えれば早かった。けどそれをしなかったのは……私の実力を推し量るが為?
──上等。内心にあった闘争心を釣り上げられるのが感じられた。再会を喜ぶより過去を謝るより先に、私を試すブラックアウトに今の私のことを見せたくなった。後悔で心が沈むのはその後で良い。
言葉の意味を考えて更に思考を深める。脆く壊れるという言い方なら物体のことを表しているはず。今この状況で壊れる……壊す必要のあるものと言えば、おのずと答えは限られてくる。
「……そういうこと、ね」
私は姿勢を低くして構えた。狙いはレユニオン兵の身を潜めている
「私からは良く見えたけど……向こうからすれば、残念だったわね」
特殊な構造のロングボウから、連続で三矢を一気に解き放つ。反動が腕へ伝わるがブレはほぼない。狙いは一点。一つ目は瓦礫の壁へ突き刺さる。二つ目はその矢を押し出すように同じ着弾点へ。そして三つ目は……崩壊した瓦礫の壁をすり抜け、レユニオン兵の身体をどんぴしゃで射抜いた。
「がぁ、っ……!? 馬鹿な、あんな矢で壁が壊れ……!?」
「運が悪かったのね。偶々脆い瓦礫の壁に隠れてしまって。地形を理解してたまではいいけど、頑丈さまでは頭に入れなかったアンタの敗北よ」
そう、レユニオン兵が身を潜めた瓦礫の壁には他の瓦礫に比べてひび割れた部分が多かった。脆く壊れやすい障害物、ただの矢ではビクともしないだろうが私の武器と力であれば充分に破壊できる。……とはいえ実際に一回でここまで上手くいくとは思っていなかった。壊れるまで何度も三連矢を放つつもりだったが、運良く噛み合ったのだろうか。偶然にもレユニオン兵は矢を避けるために隠れた壁が脆く、偶然にも脆い壁は私の力で破壊出来るほどだった。
──なんて、あまりに出来すぎた偶然だ。
「凄いねグレースロート。いつの間にあんなこと出来るようになったの?」
「……こんな事でそんな風に褒められても嬉しくないんだけど」
射抜かれたレユニオン兵は遠目で見ても気絶している。辛うじて息があるのならと私達は最低限の救命処置をする為に近づいていく。その途中でブラックアウトから称賛じみた言葉が吐かれるが素直に受け取れない。彼の助言がなければここまで容易に敵を倒すことは出来なかったし、情けないことだが瓦礫の脆さにも気づかなかった。
タイミングよく敵がいたことを知らせたのもちょうどあの兵士が咄嗟に身を隠せる瓦礫の近くまで来た時だった。……タイミングも何もかも、思惑通りに上手く事を進められたと思うのは考えすぎだろうか。そんな彼がまるで驚いたと言わんばかりの言葉を並べるんだから、あまり嬉しくないと思うのは仕方ないはずだ。ブラックアウトは私の心情を察したのか困った笑顔を向けてから、それ以降は口を閉じた。先にブラックアウトが倒れた兵士に近づいていき、私も気まずさを感じつつ後から続いた。
射抜いたレユニオン兵が死なない程度の処置を終え、やがて前線を張っていたオペレーターやドクターたちと合流する。ここにいた敵を全て片付けたことを確認し任務が終わったことをドクターが改めてオペレーターと各位に報告。その後は艇へ全員で帰投……の、はずなのだが。
「……ねえ、ドクター。ブラックアウトはどこ?」
いつの間にかブラックアウトの姿が消えていた。帰投の準備をしている間、誰もが目を離している隙に忽然と。声が聞こえた他のオペレーターはまるで聞き覚えのない名前を聞いたようにきょとんとしており、ドクターも今気がついたかのようにハッとして周りを見渡す。代わりに答えたのはドクターの隣に立っていたアーミヤだった。
「ブラックアウトさんは作戦が終了したらいつも一人で後から帰られることが多いんですよ。現地に来る時も皆さんと同じ車両等では無く、自分のバイクで一人移動してるみたいで」
「……なんでわざわざ?」
「本人に聞いたことが無いので正確な理由は分かりませんが……ブラックアウトさんは他の方と一緒には移動しないとだけ仰っていて……なにかやましい事があるとか、決して悪い方などではないんですけど」
「それは知ってる。流石にまだ発ってはいないでしょ、少し探してくる」
道理で移動車両で見かけなかったのに作戦エリアにいた訳だ。何故移動まで一人でやってるのかは分からない、だって私はオペレーターとしてのブラックアウトを殆ど知らない。今日だってその実力の片鱗を垣間見ただけ。でもその心根は知っている。たとえ感染者になったとしても、そこは変わらないはずだ。
どうしてか少し驚いた顔をしてるアーミヤを他所に私はドクターたちから少し離れた高い場所に上り、周りをよく見渡す。そこで物陰に隠すように置かれていたバイクへ搭乗しかけているブラックアウトの姿を見つけた。私は建物から飛び降り、図らずとも前を塞ぐような位置に着地する。既にヘルメットを付け顔を覆っていた彼だが、ぴくりと身体が跳ねたことから驚いたのは目に見えた。
「アナタ、いつもこんなコソコソ一人で帰ってるの」
「隠れてしてるつもりはないんだけどね……。そんなことよりどうしたの、もう任務は終わったでしょ?」
ヘルメットを外した彼は苦笑い気味に口を開く。ループスの耳が少しだけ力なく垂れているのが気にはなるが、声からも察するにブラックアウトはこう言いたいのだろう。
──任務が終わったのだから、オペレーターとして自分に接触する必要は無い……ましてや苦手な感染者とは。
私は今きっと苦い顔をしている。何せ返す言葉が喉に詰まったかのように出てこない。感染者への苦手意識は未だにある。でも、変わらなければいけないのだ。少なくともブラックアウトに対しては。
ブラックアウトが感染者だから接触したくなかった。最初は勿論その通りだった、でも今は違うとハッキリ言える。いつの間にか避けていた理由が置き換わっていたのだ。私は感染者であることを建前の理由にして、自分が彼にした過去の酷い仕打ちを見て見ぬふりをしていた。本当に情けない性格だと思う。だからこれだけは伝えるんだ。
「ブラックアウト……私は感染者だから苦手だったんじゃない。私と話してくれていたあなただから、あんな事してしまって……会いたくなかった。だから……ごめんなさい。今まで伝えられなくて」
顔を合わせたくなかった理由は感染者だからではなくてブラックアウトだから……病ではなく後悔が原因だったから。顔を合わせれば過去の酷い自分を突きつけられてるみたいで嫌だった。自分勝手な理由で彼をずっと傷つけていた。例えこれから先嫌われてもう顔を合わせないことがあったとしてもこれだけは伝えておきたかった。
彼は驚いたように目をぱちぱちとさせる。私が謝ることがそんなに意外だったのだろうか。いや、意外なんだろうな。思い返してみればブラックアウトに面と向かって謝罪の言葉を述べたのは彼と出会って初めてだ。過去の後悔がまたひとつ増えた……と視線を逸らしかけたところでブラックアウトの口が開いた。
「グレースロート……君の気持ちはよく分かったよ。伝えてくれてありがとう。会わないうちにグレースロートもやっぱり、成長してたんだね。これからもロドスのみんなを守る立派なオペレーターとして頑張って欲しい」
語る目は暖かな色で細くなっていて口調も穏やか。あの時とまるで一緒の私への態度。やっぱりこの人は甘い……だから私だってその厚意に悪く甘えてしまう。許してくれたのだと思って安心する。そんな私の単純で自分勝手な心がまた嫌いになるけど……今回ばかりは、何年に渡るわだかまりが解けるきっかけを得た今は──許して欲しい。
「……そういうアナタはちょっと上から目線なところちっとも変わってない。……ありがとう」
反射的に口に出た悪態と掻き消えそうなくらいの小声。ブラックアウトは昔と同じように笑いを零すのみ。前と同じ、私と彼の普段のやり取りができた。ようやくまた一歩、大きな一歩を踏み出すことが出来たと胸の前に置いた手を強く握る。
「……先に戻る。何で一人で帰ってるかは聞かないけど、早くブラックアウトも来てよ」
「分かってるよ。そう時間は掛からないから」
気恥ずかしくなってすぐその場を離れたくなり、私は最後に言葉を掛けてから帰投準備をしているロドスメンバーたちの方へ戻る。一緒に帰ろうと言えるほど私たちの間柄の溝はまだ埋まってないはずだ。……ブラックアウトはどう思ってるか分からないけど、少なくとも私はそう思う。少しずつ一歩ずつ埋めていけばいい。感染者である以上ブラックアウトにどれだけ時間が残されてるか定かではないけど……でも大丈夫だと、昔の私のように幼稚な安心感を覚えてるから。
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「我々は常に同じ状態を保ち続けている訳では無い。体内で細胞が巡り身体を動かし分裂を続けることで老化を進めているように、表面上異常がないと証明することは決して易くはなく、それこそ奇跡のような体調と環境、習慣等を合わせなければ不可能だ。その一つの大きな要素として挙げられることが多いのは時間だろう。進めば決して戻ることがなく、何を行うにしろ消費は避けられない個々人における限られた資源だ。とりわけ緊急事態が起こった際はこの資源は第一に考えなければならず、遵守しなければならない。我々は常に何にどれだけの時間を使うのか、それが人生においては数え切れない分岐点になりその人物における評価にも繋がるのだ。ブラックアウト、君はロドスで勤務するオペレーター達の中でも厳しい審査を通り抜けたエリートオペレーターだ。それだけの価値と評価を持つ人材だ。そんな君が作戦帰投予定時間よりも二時間遅れてロドスへ帰って来たのには相応の理由があると考えていいな?」
「ケルシー先生……聞いてくれるんだね……!!!」
俺はロドスのいつもの休憩室の一室で、偶々居合わせていたケルシーさんに声を掛けられた。いつも通り一言が長い彼女だけど要は「帰りが遅かったけど何かあったの?」と心配してくれているのだ。表情も声の抑揚も何も変わりはないけれど俺には分かります!! 優しい人って知ってるから!!!
ケルシー先生はというと腕を組んで視線を真っ直ぐ向けてくれている。とんとんと腕を指を叩いてるのは相談事を待ってくれている合図……これは正しく話を聞き入れてくれる姿勢、俺じゃなきゃ苛立ってると勘違いしちゃうね。お言葉に甘えて今日の作戦であったことをありのまま相談しちゃおう。
「実は今日、久しぶりに後輩の女の子と面と向かって話したんですよ。グレースロートっていう疎遠になってた子で……」
「私が全てのオペレーターの容姿や名前、経歴程度把握していないと思われるのは心外だ」
「あ、じゃあそのまま話しますね。それでいざ緊張しちゃって、声を掛けられた途端に頭の中で色々考えてたものがつい口に出てしまって……。そうしたら突然グレースロートがクロスボウを撃って、迷彩で見えてなかった敵を射抜いてたんだよ。いや俺も空間に違和感あるなあとは思ってたんだけどそれを伝えてないのにですよ」
話している俺はあの時の状況を思い起こす。彼女の言葉をさえぎって出てしまった俺の声……それに一瞬キレたような声をグレースロートから被せられたと思ったけど、実際には敵を見つけたから言っていたんだと。ケルシー先生も興味深そうに眉を潜めている。
「でもその時のグレースロートの顔とか言葉がちょっとこう……ね? 心に来るものがあって……そもそも久しぶりの再会の時にガン見されてたらそれは締め付けられるというか。だから一旦その事を遠回しに伝えたんです。
「ブラックアウトの話の中では、君は今のところ敵を前に話をしているだけの人物像になっているが」
「今回は何もしなかったですね、グレースロートが優秀過ぎて……彼女ならあっという間に俺のことも追い抜いていきそう……。俺なんて結局倒れたフリをしてた残党を応急手当をする前に再度気絶させたくらいですし。まあそんなことはどうでも良いんです!」
ぱん、と手を合わせて話を戻す。本当に俺の活躍は何も無いもの。矢が身体を貫通したのに尚も起き上がって攻撃を仕掛けてきた敵をささっと気絶だけで。グレースロートは尚も俺に視線を向けてきてたから気づいてなかったかもしれないけど、瀕死のところを追い討ちしただけだからなあ……ホントに功績も何もない話になるから。やめです! やめ!!!
「そしてここからが本題なんです。作戦が終わってからいつも通り一人で帰ろうとしたらグレースロートがやって来て。何だろうと思ったら……う、うぅ……」
「語るのであれば出すのは眼球部からのタンパク質ではなく、口からの言葉であるべきだ」
「ありがとうございます……気遣ってくれて。やってきたグレースロートが突然その……一方的に俺に謝ってきて」
そう……二人きりになった時にようやく昔のように会話が出来るチャンスだと思ったらグレースロートは謝罪の言葉を述べたのだ。反抗期に入っているんだからやり取りがそっけないとか、グレースロートの態度がちょっと冷たいとかはまだ良かった。でもその時の言葉が……。
「『感染者じゃない、話してくれていた俺だから会いたくなかった……今まで伝えてなくてごめんなさい』って……! これってつまり彼女が感染者のこと苦手とかどうとか以前に俺自身のこと苦手だったってことだよね!? ということは今話してくれてる時も昔話してた時だって嫌々付き合ってくれてたのかなって!! 今回は勇気をだして彼女の方から謝ってくれたんだと思うと、今まで良好な関係だと勘違いしてた自分の不甲斐なさが本当に心に刺さりまして!!!!」
「私はその場に居合わせ一言一句を眺めていた訳では無い。他者からの話は語る人物の記憶と思考、解釈に基づいて広げられる……しかし人づてに伝わる言葉はいつも不規則に移り変わる曖昧なものだ。ちなみにブラックアウト、君の思考には癖があることに気づいてるか? 良しとすることを悪しと受け取り、悪しとすることを良しと解釈する癖だ。それも客観的な意見をフィルターのように除き上手く自身に向けられるもののみに限定している。君の話した内容の湾曲した解釈をしていないと証明出来るものなのだろうか」
「でも実際グレースロートは俺の事を避けてたから……彼女が苦手な感染者以外で避けたいって思うほど、俺は良くない存在だったんですよきっと……」
ケルシーさんなりに俺の事を励ましてくれているのはよく分かる。考えすぎとか気のせいとか俺も最初は考えました。だけど一度は他愛ない会話をしていた間柄だったのに、ある時以降は避けられていたことを思うと我慢しきれなくて離れたんだと納得がいく。滅茶苦茶気分が沈んじゃう。
「君の言う同僚間の感情について、これ以上君と私が話していても大した身にはならないだろう。グレースロート自身と話をすればあっという間に解決するのではないか? そして私が耳を傾けていた中でブラックアウトが定刻を過ぎて帰投したことに関与する事柄は見当たらないが、いつその話は姿を現すのだろうか」
「あ、遅れちゃったのは帰り道でちょっと残党の更に残り……っていえばいいんですかね。それと交戦していて遅れちゃって」
そういえば愚痴は聞いてもらっても肝心な遅刻理由はまだ話せてなかった。これ自体も大したことでは無いのでパパっと説明してしまおうと缶飲料を飲みつつケルシーさんに話す。
「今回の依頼の報告書では規定捕縛対象の漏れは無かったと聞いているが?」
「あそこで戦った時の残党は全部解決してます、それは間違いないですよ。ただロドスへ帰投する車両の後を追ってきてたのを倒してて。その時俺の二輪車が傷つけられて直すのも合わさったりして二時間遅れに……って感じで。申し訳ないです、他のエリートオペレーター……例えばブレイズなら一時間足らずで終わったでしょうに」
「そんな報告は受けていないが、しっかりとドクターやアーミヤには伝えたのか?」
「えっ。作戦外のことですし言う必要はないと思って別に……あ、ちゃんと元々の依頼主である龍門近衛局の方には全員届けましたし後からロドスの方にも残り分の御礼は送るって言ってましたから安心してください」
もしかしてケルシーさん、俺が個人で別に報酬を貰ってるのではと思ったのだろうか。そんなことは流石にしません! 確かにお給料とお休みはもう少し欲しいなと思うけど、俺だって底辺とはいえエリートオペレーターなんだからロドスの秩序を乱すようなことは致しません!! ただ遅刻に関してはごめんなさい。追加の報酬で許してください。
しかしケルシーさんは顔を顰めてため息を付いている模様。……そうか、それはそうだよね。たかだか追っ手に時間をかけるわ乗り物は傷つけられるわ、下手な交渉だったから貰える追加報酬もそんなにないわでエリートオペレーターという枠組みで考えると散々な成果だし。褒められたいという気持ちは微塵はあったけどこれじゃあダメってことですよね……ううん泣きそう……。仕事場が辛い……。
「まあいい、この件については後日に回す。それよりも時間が迫っている……もしアレを行うのであれば今回はハイペースでいくぞ。例のものはちゃんと手元にあるか?」
「了解しました、と勿論! これがケルシーさんの分で俺はこっちで……よし。じゃあまたお付き合いお願いします」
元々予定したことを始めるということで気分を入れ替えて返事をする。とあるきっかけで昔から俺とケルシーさんがやっていること。休憩室で二人きりの時、誰とも時間が被らないことを条件にしてケルシーさんにも承諾してもらったこと。いわば二人の秘密のようなものだろうか。初めの頃はケルシーさんも渋々という雰囲気だったが最近は心なしか躊躇いなく付き合ってくれている。
そして俺たちが取り出したのは、一冊の小冊子とカルテや報告書一式……の作り物。小冊子のタイトルは『鉱石病に掛かったらどうなるの? 〜予防しよう、今からでも遅くない鉱石病対策! 〜』だ。要するに──寸劇である。
「……過去を蒸し返す訳では無いことを先に伝えておく。私はこれでもロドスアイランド製薬のトップの一人として位置している。勿論私の管轄内の仕事であれば引き受けないことはないが、この寸劇には他に適役は存在するはずだが」
「俺もそう思ったんですけどね、他のペアでするよりも妙に俺とケルシー先生がする時の方が評判が良いみたいなんですよ。雰囲気の重苦しさとかリアリティが違うとかで真剣に聞き入ってくれるみたいです。実際、オペレーターの皆が鉱石病感染のリスクを軽視してしまうのは危険ですから効果が大きいなら……多少時間や手間を取らせてしまってるのは申し訳ないんですけど……」
「……そうか。我々は試験や審査、そして個々人の希望を経てオペレーターとして任務に就くことを許可している。人材不足があらゆる分野で目立ちつつある現状、オペレーターとして登録される人物の中には心身未熟な一面を持つものも珍しくは無いのが現状だ。一時の劇とはいえそこに確実に起こりうる現実を突きつけ注意を促すことが出来、かつ私と君の組み合わせに著しい効果を得られるのなら、時間を割くに値するとも言えるだろう」
「ケルシー先生のそういう真面目なところ本当に助かります! こういうカルテも凝った甲斐がありました!」
俺は改めてケルシー先生にお礼を述べて、医療班の方々にも協力して作って貰ったカルテを片手に持つ。俺は任務中に感染予防を怠り、新たに鉱石病を患ったオペレーター……という設定の書類で俺の本当の個人情報そっくりに書かれたニセモノだ。ここまでの小道具は必要ないと思う人もいるかもしれないが、今テラでもロドスでも最も重要視されているこの病に真面目に向き合って貰うためなら、例え一寸の劇であっても本気でせねばならない。少なくとも俺はそう考える。
鉱石病に関する注意点や病の進行状況に伴う病状、命の危険性……感染しない為にどのような予防が適切だったかなどを医者役でありロドス責任者のケルシー先生直々に教えてもらうといった学習も兼ねているので幼い子達はもちろん、オペレーターたちもこぞって劇を見に来てくれる。ちなみに俺はロドスに存在してる一介の匿名オペレーターということでフードで顔を隠しているので、見に来ていたオペレーターとすれ違っても挨拶されることなく避けられる。うーん、悲しいね???
……まあ。辞めたいという気持ちはあるしいつかは辞めるつもりだけど、職場にいる以上は例え人間関係のほとんどが冷たく悲しいものでもその最後の時までは尽力する。ここにいる人はみんな優しいし。ケルシー先生だって、ちょっとした小言を言いながらも既に書類を手にして準備完了してくれてるもの。振られる仕事ももっと優しくしてくれていいんだけどね? どうでしょう??
「気にする事はない。仕事の一環であり君の頼みであるなら、断る理由が無ければ私が続けられる限り付き合おう。それでは何処から始める?」
そんな交渉する暇は無いと言わんばかりに切り出されたので、俺も気を取り直して台本を取りだしひとつのページを指さす。冒頭の場面だ。
「えーとそうですね、じゃあ……ここ、このページからでお願いします」
「了解した。では──」
────メディカルチェックの結果はどうだった?
(※非公開は現段階で開放されている情報、及び本編でも非公開となっているものが入り交じっています。ドクターや他オペレーターは確認が出来る項目になっていますのでご注意ください)
【コードネーム】ブラックアウト
【陣営】ロドスアイランド
【性別】男性
【戦闘経験】七年
【出身】非公開
【誕生日】非公開
【種族】ループス
【身長】162cm
【鉱石病感染状況】非感染
・能力測定 (非公開)
【物理強度】?
【戦場機動】?
【生理的耐性】?
【戦術立案】?
【戦闘技術】?
【アーツ適正】?
・個人履歴
少年のような風貌だが実は見た目よりも年上。最近エリートオペレーターに昇格したばかりのようだが……?
・健康診断
造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。循環器系源石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候は認められない。以上の結果から、現時点では鉱石病未感染と判定。
【源石融合率】0%
鉱石病の症状は見られない。
【血液中源石密度】1.2u/L
接触の機会は多いがまだ鉱石病は発症していない。
以下 ……非公開