高校2年の夏休み。倫也の家にサークルメンバーが集まっている。
「倫也ぁー。人生ゲームしよ」
英梨々が有名なボードゲーム『人生ゲーム』を買ってきた。
「あら、澤村さん、まるで小学生みたいね」
詩羽が眠そうに言う。今、シナリオが一段落したところだ。
「おっー、懐かしいなやるよー」
美智留はノリ気。
「恵は?」
「わたしはどっちでもいいけど・・・ゲーム制作サークルなんだよね?」
「あんまり固いこと言わない方いいわよ」
「まぁ・・・ね」
恵が承諾する。ずっとゲーム制作も疲れる。息抜きも大事だ。というか、そんなに一生懸命いつもゲーム制作をしているわけでもない・・・
「ほら、倫也もはやく切り上げて参加しなさいよ」
「おぅ・・・」
倫也は作業をセーブして、ノートPCを閉じる、それから背伸びしてテーブルに座った。
「私が銀行やるわ」
「あら、霞ヶ丘詩羽は戦うことをやめるかしら?」
「そうね、こういうスゴロクの不条理があまり好きじゃないのよ」
「そ。別にいいけど」
英梨々が箱を開けて、説明書を読みながら準備をする。
こういうアナログゲームもなかなかいい。
小学生の時によく遊んだ。しかし、倫也とボードゲームをしたことはない。今は仲が改善されたので、良い機会だと思っている。小学生にできなかったこと、やりたかったことを一つずつ倫也と一緒にすることも、英梨々には大事なことだった。
※※※
「倫也、車は何色にする?」
「何が余ってる?」
「えっと、あたしが黄色でしょ。恵はあざといからピンク。美智留が青ね」
「じゃあ、白で」
「倫也くん、英梨々がなんか一言多いのはスルーするの?」
「何か言ってた?」
「もういいよ・・・」
詩羽もルールブックをざっと目を通して把握した。
なんてことのないスゴロクだ。
「じゃあ、最初あたしからね」
英梨々が1~10までのルーレットを回す。
この人生ゲームの序盤は、職業を安定させることにある。
人気のスポーツ選手やアイドルは収入も多いが、安定しない。サラリーマンが収入は低いが安定する。うまく就職できないとフリーターになる。けっこうバージョンアップされていて時代を反映しているのもある。
「あたしはイラストレーターね」
英梨々がイラストレーターの職業カードを受け取り、駒を所定の位置まで進める。みんなの仕事がきまるまでそこで待機だ。
美智留がアイドルになって、恵はサラリーマンになった。順調なすべりだしだ。
「さっ、倫也の番ね」
倫也がルーレットを回す。
「よし!スポーツ選手だな。これで、ほぼ勝ちだろ」
「倫也、別に確定しなくて、またルーレット回していいのよ?」
「いや、一番いいの引き当てて、断るバカいないだろ?」
「そうかなぁ。安芸くん。その先に『社長』もあるよ。自分の夢は追わないの?」
「ゲームだよねぇ!?」
「トモ、こういうところで人間性がでるんだよ」
「すごろくで人格否定しないで!」
「はいはい、安芸くん、もう一回ルーレット回して」
「社長になりたいやつが、スポーツ選手になってどうするのよ」
「わかったよ・・・」
・・・無事、フリーターになる。
「まっ、倫也らしいじゃない」
「他人事だよねぇ!?」
「そうかな、夢を諦めないで挫折するところなんて、安芸くんらしいと思うけど」
「挫折前提!?」
「リアルでバイト3つも掛け持ちしているから、ボードゲームでもフリーターになるんだよ。トモ。もう少し学生の本分をがんばらないと大学いけないぞ?」
「いや、スポーツ選手だったよねぇ!?」
「倫也、女々しいのよ。過ぎたことをネチネチと・・・」
「・・・」
※※※
中盤に進む。
中盤の大事なところは、結婚だ。このイベントがのちのちに影響していく。独身はなんとなく寂しいスゴロクになる。
「よし、結婚。お祝い金いただくわよ」
英梨々が早々と結婚した。保険をかけたり、株をかったりと順調にキャリアを歩んでいる。
「あたしも結婚したいなー」
美智留は、すでにアイドル活動でマイナス収入がかさみ、少しのお祝い金をもらった程度では財政は改善されない。手形ばかりが増えている。
「えっと。1,2,3・・・株かぁ・・・いらない」
恵は結婚マスにとまれずに進む。チャンスはあと一回だけだ。
「あら加藤さん、株を買わないと大きく儲からないわよ?サラリーマンだと収入少ないし」
「いいの」
恵はボードの先まで見つめている。余計なことはしない。コツコツと進んでいく。
美智留は順調に借金を増やしている、アイドルも失業してフリーターに転落した。それでも最後の結婚マスに止まり、無事に結婚する。ご祝儀で手形を少し返す。
「嫁の貰い手があってよかったよ・・・」
「アイドルやめて結婚とか、けっこういいんじゃないの?」
「でも、借金だらけだー」
美智留は株を買っても大損している。ここまで借金作るとそれはそれで才能のように思える。
「ふぅ・・・」
倫也はため息とともに中盤を独身で終えた。駒は一番先に進んでいるとはいえ、フリーターで収入も少なく、辛い。株も買ったがあまり儲からない。実に底辺だ。
最後に恵も中盤を終えて、独身で通過する。
「恵は高望みするタイプだから、チャンスを逃すのよ」
英梨々が満足そうに言う。結婚したら独身者を下げるのは、このゲームのお約束である。大人になったらわかる。
「ほっといてくれないかな」
恵は大過なく駒を黙々と進めることを考えていた。
英梨々はその後も順調で子供も3人いる。株も儲かって、一番いい家を買った。まさに順風満帆であり、満足気な顔をしている。
美智留も借金は増やすものの、子供が4人以上増えて、車に乗り切らない。棒を倒して車に乗せている。貧乏子沢山と言われながら進める。
※※※
ゲームが終盤になる。
倫也が借金したり、それを返したりでギリギリのラインで生きている。手形を返すたびに「流石社長」とみんなに笑われる。一応、駒は一番手なのでゴールすると賞金がでる。それだけが楽しみだ。
二番手に恵がつけている。サラリーマンを無事に勤め上げて退職金も手に入れる。一番安いマンションを買う。借金で終えることはなさそうだった。
美智留はさらに子供を増やし、さらに借金を膨らませながら進んでいる。
英梨々だけが何事もなく、すべてにいい方の目をひいている。1人で8割以上の財産をもっている。もはや富豪だった。ずっと笑っている。
「えっと・・・あがりかな」
恵が10の目を出し、最後の最後で倫也を抜いて、1位でゴールインをした。詩羽から賞金の金額を受け取る。
2位に倫也、賞金を受け取り、手形を返すと、わずかな金額が手元に残った。
「辛い人生だった・・・」
「計画性がなさすぎるんじゃないかな?」
恵があきれている。
「スポーツ選手になりたかった・・・」
「そういう後悔はよくないと思うな。老後を前向きに生きないと」
「いや、もう終わりだから」
続いて、美智留がゴールした。
「なんとか、人生の荒波を乗り越えたよ」
「お疲れ」「お疲れ様」
倫也と恵が美智留をねぎらう。どうしたらこんなに借金できるのか不思議だった。最後に賞金と子供の人数で受け取った金額で借金を返すが、手形が残っている。ビリが確定した。
美智留は嬉しそうに手形の枚数を数えている。
ちなみに、最後の1人がゴールになるまで年金を受け取る老後になる。
※※※
「ふふん♪」
英梨々がのんびりと駒を進めている。もう逆転されることはない。賞金を受け取れなくても大勢は決していた。
「まっ、悪くない人生だったわね」
「ほんと、澤村さんには歩めない人生よね」
詩羽がつぶやく。
「あら、人生ゲームに参加していないニートにはいわれなくないわね」
英梨々が満足そうだ。
倫也はよかったと思った。自分で提案してビリだったら機嫌も悪くなる。美智留はこういうので暗くなることがない。むしろ借金まみれの方が明るいぐらいだ。何事も全力で楽しめる。
「しかし、倫也の老後もかつかつね。なんなら雇ってあげましょうか?」
「いいよ・・・なんでボードゲームの老後まで考えないといけないんだよ」
「老後は大事だよ?」
と恵が一言ぼそり。
「それだと澤村さんは、不倫願望が老人になってもあるってことね」
「霞ヶ丘詩羽っ~」
「結局人生に成功しているように見えて、成功していないのよ」
「・・・これ、ゲームで勝っているのあたしよね?」
「そうね、だったら、加藤さんの一言でも聞いてみたら?」
「どういうこと?」
英梨々が恵の方をみる。
恵は自分の駒と倫也の駒をくっつけて並べる。
ピンクの車にピンクのピンが一本。白い車に青いピンが一本。
「倫也くん。独身同士、助け合って老後を一緒に過ごそうか」
恵が満足そうに微笑む。
倫也が参加している人生ゲームで、結婚さえしなければあとはどうでもよかった。
英梨々は自分の駒を見る。助手席に旦那が乗っている。やっと気が付く。
「霞ヶ丘詩羽っ~!あんた最初から気が付いていたわね?」
詩羽が当然でしょ、と、英梨々を見て笑う。
倫也は並んでいる自分と恵の駒を見る。それから恵をみて、顔が赤くなった。
(了)
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