Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
Level 3 BEAR Operator”Rage”
Aincrad layer1 “Holnka”
小鳥の囀りが聞こえて、風がそよぐ音がする。
嗚呼、なんと心地のいい音なのだろう。安らかな眠りを妨げず、心を落ち着かせてくれる穏やかな音が耳に優しい。
もう少し、眠りを享受していようか。でも、何か忘れているような。なんだったかな。
もう少し。そんな俺の頭を誰かが撫でる。嗚呼、なんだか落ち着く。小さく、細い手のひらに守られているような気がした。
もう、起きなきゃ。
ふと、そんな声が聞こえたような気がした。僅かに目を開けて見ると、窓から暖かな光が差し込んでいる。それが顔を照らさないのは、コハルの体が影になっているからだ。
俺の顔を見下ろす翠の双眸。優しいその顔がくしゃりと歪んで雨を降らす。どうした、怖い夢でも見たのか?
そこで、思い出した。俺はシュトゥルマンに撃たれてダウンして、そのまま失神したはずだ。ならば、ここはまだWoodsだろうか。
にしては覚えのない場所だ。ウィンドウを操作しようと伸ばした手は、コハルに掴まれてしまう。
「もう、大丈夫。終わったよ」
「じゃあ、ここは村?」
「うん。私とキリトで担いだの。重かったよ?」
悪いことをした。それに、信じろと言っておきながらこの様だ。顔向けするのも気まずくてたまらない。
どう接すればいいのか迷う俺の額に、コハルの手が添えられた。動いちゃダメ、そんな意思が伝わってくる。
「おかえり、レイジ」
「……ただいま」
「命知らずって話は、本当だったね」
暖かな雨が頬を濡らす。見るべきではないと目を閉じ、俺は雨に降られ続けた。
リョーハの治療によって回復したものの、俺は失神してしまっていたそうだ。
デバフでもなんでもなく、本当に失神だ。回復させようが鎮痛剤を使おうが、起きなかったのも仕方ない。そんな俺に、コハルはずっと付きっきりで看病してくれたという。
「ホント、ごめんな」
危うくトラウマを植え付けるところだった。EFTの頃と同じように胸部耐久全損が即死ならば、俺の脳味噌は焼かれていた頃だろう。
きっと死体になってフィールドに残り、消え去るその瞬間までそこに転がり続けていたと思う。それも、第1層。まだまだこれからの時に。
そんな思考を切るかのように、軽く頬を叩かれた。コハルの手が叩いたらしい。
銃撃に比べればなんてことがないのに、どうしてこんなに重いのだろうか。
「……約束して。勝手にいなくならないって」
「まだ組んで2日目の野郎に、それ言うか?」
「レイジがいなくなったら、私はどうすればいいの?」
キリトやリョーハ、クラインがいる。そう言おうとして、やめた。繋がりは確かにあるけれど、一緒にいた時間は断然俺の方が長い。
それに、まだまだ開始2日目。不安定であってもおかしくない。落ち着くその時までは、無茶はよそう。
俺がいなければ、なんて思い上がりはしないけど。
「すまない」
「約束、だからね。私は、レイジのパートナーなんだから」
俺の小指をコハルの小指が絡めとる。指切りなんていつぶりだろうか。それで落ち着くなら、いくらでもするけど。
「嘘ついたら……どうしようか?」
「針千本飲ませるんじゃないのか?」
「そんなことしないよ。財布が空になるまで食べ歩きで許すね」
「えぐっ! せめて弾代は大目に見て!」
決まりだね、とコハルは笑う。命を預けあっただけあって、たった2日なのに随分濃密な思い出が増えたと思う。
きっと何気ない1日のことでさえ、最期の瞬間まで忘れることはないんだろうな。
※
「で、俺の装備は放り投げてきたと?」
「そうだ。重くてどうしようもなかったからな」
リョーハからはショッキングな報告を受けた。失神さえしていなければ、自分の装備を着て帰って来れたのになぁ。
「でも保険あるだろ?」
「まーな」
EFTでは死ぬと装備をロストしてしまう。だが、保険を掛けた装備は拾われなければ数時間後に返ってくる。
入手したアーマーと着ているものを交換することもあるだろうと、保険を掛けていたのが役に立ちそうだ。
「返ってくるまではありあわせ装備で我慢しろ。コハルを泣かせた罰と思え」
「もっと重い罰になりそうだが」
「それは後でコハルに執行して貰うんだな。ブチ切れたコハルがシュトゥルマン倒したおかげで、ゆっくり治療出来たんだ。ヤンデレ開花したかと思ったわ」
「……コハルには殺させたくなかったな」
「NPCとはいえ、まんま人間だしな」
SCAVもボスも、NPCの人間だ。人を攻撃することを一度でもして仕舞えば、次からは躊躇いがなくなる。
俺はコハルを怪物になどしたくはない。だから、散々タルコフの世界で擬似的な殺しに慣れ親しんでしまった俺とリョーハ、シノンで仕留めるはずだったのだ。
「って、お前が持ってるAKMN、俺が拾ったやつか?」
「ああ、捨てるの勿体無くて」
「元々お前にあげるつもりだったから」
「持つべきものは友達だな」
サンキュ、とリョーハが差し出してきたのは、B-13マウントベースとHHS-1サイト。あの時AKに取り付けていた物で、拾い物だから保険が掛かっていないと諦めていた物だ。
「どうしたこれ」
「外して持って帰ってきた。お前のお好みのサイトだったしな」
「助かる。コハルがくれたやつだから、無くしたの気にしてたんだよ」
あとは取り付け可能なAKを探すか。そう思っていた俺を、リョーハがニヤニヤと見つめていた。
「何だよ」
「随分仲良いんだな。ホの字か?」
馬鹿なことを言うリョーハに蹴りを入れ、俺は立ち上がる。そろそろ行かなければ。コハルとはじまりの街へ戻るのだ。
「リョーハ、お前はどうする?」
「ああ、キリトとシノン、あとアルゴに誘われて、しばらくWoodsでレベリング兼情報収集。しばらくお別れだな」
ベータの頃、それ以前からの付き合いの友に再会して、またお別れか。寂しい気もするが、これで最後ではあるまい。
今回ばかりはヘマしたが、こいつも俺もそんなにヤワではない。タルコフに鍛えられてきたのだ。簡単に死ぬもんか。
「寂しくなる」
「また会えるさ」
拳を打合せてから部屋を出ると、廊下の壁にシノンが寄りかかっていた。何だ、待ってたのか?
「助けられた。ありがとう」
「別に。コハルからコレも貰ったし、私は文句なしよ」
シノンはSVDSを大切そうに持っている。高威力の弾薬を絶え間なく撃てるこの銃は、現環境において間違いなく最強格だ。それを得てホクホク気分だろう。
「そうか。リョーハをしばらく頼む」
「後で子守代請求するわね」
「勘弁してくれ……」
シノンとの軽い雑談を終え、俺は宿を後にする。外ではチェックアウトを済ませたコハルが待っていて、俺を見つけると子犬のように駆け寄ってきた。
「行こっか」
「ああ。強くなって、ボス戦で再会するとしよう」
振り向けば、キリトやリョーハ、アルゴにシノンが見送りに来てくれた。なんだかんだ言って、互いの身を預けた戦友だ。やはり、他の人間とは思い入れが違う。
そんな仲間との暫しの別れ。転移門が輝きだし、俺とコハルは光に包まれる。仲間たちの姿が見えなくなるまで、俺は手を振り続けていた。
・SVDS
ドラグノフ狙撃銃の空挺部隊仕様。EFTにおいて強力な7.62×54R弾をセミオート射撃可能であり、かなり強力。
但しカスタム費用が嵩むほか、独特の銃声によって使用武器がバレやすい。