Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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1層-10 不思議な槍使い

 はじまりの街に戻ってから数日、俺は窮地を迎えていた。始まって以来の大ピンチだ。その元凶は俺の隣で幸せそうに笑っている。

 

「んー! ベータの時にもすごく並んでただけあって、本当に美味しい!」

 

 本当に幸せそうなもんだ。噴水に腰掛け、行列ができる店のケーキに舌鼓を打つコハルは天使のように可愛らしく、同時に悪魔に見えた。○鉄でデビルカード引いた気分だ。

 始まってしまった、はじまりの街食い倒れの旅。今回ばかりはハイドアウトでパーティなんていう誤魔化しは効かなそうだし、覚悟を決めよう。

 

 レベリングがてらに倒したSCAVの装備を軒並み売り払ったが、それでもコハルの食欲には及ばない。ゲームで太らないから、スイーツ食べ放題なのだ。

 おまけに、保険で帰ってきたアーマーは耐久値を全損しており、修理費をかなり取られた。金欠で倒れそうだ。

 

 帰ったら、多分使わないであろう初期配布の装備を売るしかない。PP-19あたり、売っても問題なさそうだよなぁ……

 

「メニュー全網羅かと思った」

 

「その前に耐久値が無くなっちゃうよ。ほら」

 

 コハルが渡してきたパンを齧って、思わず顔を顰めた。歯が折れそうなほど硬い。

 

「俺の前歯が耐久全損しそう。ラスクというにも無理があるな」

 

「うう、せっかくキリトに教わったお店だったのに……」

 

 ホルンカの隠れ名店をキリトから教わり、しばらく朝ごはんにするんだとありったけ買い込んでいたな。

 それが軒並み"乾き切ったパン"に変貌した今朝、コハルの悲鳴で目を覚ます羽目になったのは記憶に新しい。

 

「まさか悲鳴で挫傷のデバフもらうとは思わなかった。耳がキーンとしたぞ」

 

「うう、私のパン……ライラおばさんの焼き立てパン……」

 

 ケーキを食べて喜んで、パンが硬くなって落ち込んで忙しそうだ。俺も金策に忙しくなりそうだしな。

 

「ふふっ」

 

 そんなやりとりをする俺たちの近くで、1人の少女が笑っていた。黒髪セミロングの槍使いで、どこか薄幸そうな雰囲気をしている。

 

「笑ったりしてごめんなさい。君たちが賑やかだったからつい嬉しくなっちゃって」

 

 妙に安心感を覚えるような笑顔だ。包容力というか、なんかこう、感じるものがある。

 

「うるさかった……よね。うう、恥ずかしいなぁ」

 

 そう言いながら足を踏むな。見惚れるのは自由だろうが。しかも、踵に全体重を乗せおって。圏内じゃなければダメージものだぞ。オレンジプレイヤーになりたいか?

 

「恥ずかしくなんかないよ。お腹が空いたとかパンが不味いとか、普通のお話ができるのって、いいことでしょ?」

 

「こんな時だ。ユーモアがないと窒息してメンタルが死んじまうよ」

 

 食べる? とカップケーキを差し出すと、少女は少し迷ってから受けとってくれた。

 

「そういうのが好きなんだ。凄く気持ちが落ち着くから」

 

「分かる気がする。美味い飯食ってバカやって、最後はゲラゲラ笑ってハイおしまい。理由も意味も、楽しいのそれだけで十分だしな」

 

 リョーハとは大抵そうだ。ネタ装備でボス狩りに行って返り討ちにあって、次行こう次とゲラゲラ笑っていたのが懐かしい。

 それを見ていた仲間も「またバカやってる」と釣られて笑っていたっけ。

 怨念マリモ事件とかトラウマランキングTOP10に入ってるけど、面白かったしな。

 

「なんだか気が合いそう。名前は?」

 

「レイジ。で、こっちが相棒(バディ)

 

「コハルです」

 

「私はサチ。2人の噂は少し聞いていたわ。私たちと同い年くらいの女の子で、前線ですごく頑張ってる子がいるって。それに、EFTプレイヤーの人と息の合ってるって話だもの」

 

 確かに息が合ってる。最近では俺の弾切れタイミングを体で覚えたらしく、射撃が止まると同時にコハルが突撃、トドメを刺すスタイルが確立しつつある。

 勿論SCAV相手には俺の独壇場だが、モンスター相手ならばコハルがいなければどうにもならない。本当に助けられている。

 

「昨日フィールドで見かけた時も、思わず見続けちゃうほど凄かった。凄く強いし、信頼し合ってるんだなあって」

 

「ちっとも凄くないよ。レイジがいなかったら、私は前線になんていなかったと思う。今も、どこかの宿で泣いてたんじゃないかな」

 

「Woodsのボスぶっ殺した奴がよく言うぜ」

 

「レイジがヘマするからじゃん!」

 

 そんな俺たちを見て、サチはまた笑い出す。

 

「やっぱり、君たちは面白いね」

 

「おかげで退屈しない。何なら、サチもパーティ入るか? 笑いすぎで顎が腹筋疲れるけど」

 

 しかし、サチは首を横に振った。

 

「同じ高校の……リアルの仲間と組んでるんだ。今は別行動だけどね」

 

「そっか……でも、必要なら呼んで! 私はすぐ行くし、レイジも連れてくるから! レイジはこう見えて優秀なんだよ!」

 

「おい、普段どう見えてるんだ」

 

 尚、回答については黙秘された。おのれ、後で激辛料理の店に連れて行ってくれようか。

 

「ありがとう。その時はよろしくね」

 

「おーい、サチー!」

 

 門の方からサチを呼ぶ声がする。4人組の彼らがパーティメンバーだろうか。「もう行かなきゃ」とサチは立ち上がる。

 

「楽しかったよ。ありがとう」

 

「こちらこそ、またどこかでね!」

 

 俺もお土産にとフレンド申請を送っておく。きっと、また会える日が来るだろう。死ぬとすれば、俺の方が先か。

 

「さて、腹一杯食ったらまた狩りに行くか」

 

「そうだね。キリトやリョーハたちも元気かな?」

 

「Woodsで色んなプレイヤーをキャリーしてるらしいぞ。PMCは兎も角SAO連中はマップに不慣れだしな」

 

「大変そうだね」

 

「しかも、序盤で最強格の片手剣が出るクエストあるとかで、順番待ちの列が出来てるらしい。今や死神じゃなくて森の熊さんだとよ」

 

 BEAR()だしな、と言ったところでコハルが笑い出す。最初の頃の泣きそうな顔は何処へやら、随分笑うようになったじゃないか。

 こっちの顔の方が見ていて好きだし、また泣かれたら嫌だなと、理由もわからぬままに思ってしまう。

 

 きっと、生きていれば分かる日が来るのだろう。でも、まだ見ぬ未来よりも生きている今に目を向けてしまうのは、俺が短絡的だからだろうか。

 

「私たちも負けないように、草原に行こう。またお腹減らさなきゃ」

 

「勘弁してくれ」

 

 また食われるのか。ヘルメット売っ払ったのに、まだまだ足りなそうだ。

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